今日は胡桃に連れられて、なんでもお化けが見られるというツアーに参加している。
お客さんという立場で。
だが、おかしいな……。
彼女の「お客さん」に対する態度、ちょっと軽すぎやしないか!?
――これは層岩巨淵のイベントストーリーの裏側で巻き起こる、もう一つの護法夜叉の話。
「ねえねえ」
「……」
「ねえねえねえ!」
「……」
「おーい、ねえってばぁー」
「……」
「むむむ……ほいっ」
「……? うわぁっ‼ なんだこれ! せ、背中に何かが!」
「トカゲだよ」
「なんで⁉」
「んー、暇だったから」
「これって、なんちゃらお化けツアーで、私はお客さんだよね⁉」
私は服のボタンをはずし、背中で暴れるトカゲを掴もうと体をよじった。
「そう! その通り! 私にとって、生きている人はみんなお客さんだからね!」
「え、縁起でもない……」
やっと捕まえたトカゲを野に逃がしてやりながら、私は彼女の台詞にげんなりとする。
私は現在、往生堂七十七代目堂主の胡桃が開催するお化けツアーに絶賛参加中だ。
なにやらお化けが見えるかもしれないというツアーで、胡散臭いことこの上ないが、旅費はすべて彼女が持つらしい。
先行投資、などとのたまっていたことを私は忘れない。
そんなわけで、彼女とふたり、目的地まで一泊二日の長旅が始まったのであった。
「そんなに怖がらなくても大丈夫! 安心して。もし仮に不慮の事故で命を落としても、ちゃあんと私が立派なお葬式をしてあげるから!」
ふふん、と得意げな黒ずくめな少女は、合流してからずっとこんなテンションだ。
璃月港を出発したての頃は、物珍しさから多少会話を続けたが、予想以上に体力と精神力が削られる。
「さっき、しばらく静かに考え事をさせてくれって言ったよね……?」
「あっれぇ? そんなこと聞いたっけなー……あぁ、ごめんごめん、言った言った! 聞いてました聞いてました! 怒らないで~」
じろりとにらみつけると、胡桃はわざとらしくぺろりと舌を出しておどけて見せる。
「……ったく。怒ってないが、もう少し静かにしていられないのか? まだ会話を終えて数分もたっていないぞ?」
「だってぇ、せっかくこうやって見ず知らずのふたりが出会って、時間を共にしているんだよ? このかけがえのない時間を大切にしなきゃ。その数分間の間に、山の上から岩が落ちてくるかもしれないし、崖から足を滑らせて谷底に落ちちゃうかもしれない。そしたら二度とお話はできなくなる。ねぇ、そう思わない?」
「それはそうかもしれないが……」
むろん、考え事をさせてほしいといったのは半分本当で半分は方便だ。
考えていたのは、今朝の夢のこと。
あの時感じた恐怖が一体何だったのか、考えても考えても答えが見えない。
この類の考え事は、胡桃が言うように今この場で思考しても仕方がないことなのだろう。
これに関しては胡桃の言ったことは一理ある。
だが一方で、少しは静かに景色を楽しみたいという純粋な思いもあった。
以前私は璃月を一人旅して回ったことがある。
その旅は誰とも会話をせず、ただひたすら自然を体に感じる旅であった。
時に寂しさを感じる時もあり、誰かと一緒に旅行ができたら、と思ったことも数知れない。
だがそれが実現した今現在。
ただひたすら感じるのは、ここまで騒がしいのは想定外、の一言だった。
「はーい、さっきみたいに黙って眉間にしわを寄せて黙々と歩くのは終わりー! ねね、お兄さんたちの話を聞かせてよ!」
胡桃はまるで背中に目が付いているかのように、器用に山道を後ろ歩きしながらこちらを見つめて目を輝かせる。
「いやそんなこと言われても、特段面白い話は持っていないぞ……」
私は後ろ頭に手をやり、なにか気の利いた講談師の話でもないかと思考を巡らせる。
「なんでもいいよ! 身の上話、面白い話、悲しい話、うれしかった話。私の知らない話だったら、何でも楽しめるから!」
「はは、そう言われると余計に困るなぁ」
苦笑いを浮かべつつ、私は思考を巡らせる。
(何かないかなぁ、なあ、弥怒。弥怒は長く生きているのだから、何か古い講和も知っているんじゃないか?)
考えているふりをしながら、私はさりげなく弥怒に尋ねた。
『おい、お主はつくづく鈍感だな』
(仕方ないだろ、私はこういう女の子と話をするのが苦手なんだ! 何を話せばいいやら)
『はぁ、まったく嘆かわしい。それについては後でよくよく教えてやるが、その前に気付くべきことがあるだろう』
(は?)
『胡桃との会話を思い出せ。その娘には気をつけろ。どこまで気付いているのか、底が知れん』
わけがわからない。
私が何か見落としていたとでも?
いたって普通の会話だったのではないか?
私は首を傾げつつ正面へと顔を上げて、強烈な違和感からぞくりとうなじの毛が総立ちになった。
目が本能的に、違和感の出所を慌てて探しはじめる。
しかし目の前の光景は、先ほどと比べて何も変わったことはない。
変わり映えのしない山道に、こちらを向いて後ろ歩きをする胡桃。
そこで私ははっとした。
先ほどと何も変わっていないからこそ、強烈な違和感を感じたのではないか、と。
そう思った瞬間、割れた水甕から水があふれるかの如く、違和感が明確な形となって私に押し寄せた。
胡桃は先ほどと寸分たがわぬ、張り付いたような笑顔を浮かべたまま、まばたきひとつせずじぃっっと私を見つめていたのだ。
瞬間、私は彼女の放った言葉を思い出した。
そして私の口がまるで答え合わせをするかのように、こう尋ねたのだ。
「あれ、私の聞き間違いだろうか。さっき、私に向かって、お兄さんた・ち・って、言わなかったか? それって……どういう意味、だろうか?」
途端に胡桃の顔がいたずらっぽい笑みに変わり、ニタリと口元がゆがむ。
「えへへ、やっと気づいてくれたんだ。そう、私は知ってるよ。今、ここにいるのは私と、あなたと。そして実は、もう一人いるってことを」
ごくり、と私の喉が大きな音を立てて鳴った。
『この娘、まさか』
弥怒の声に緊張が走る。
「視えて、いる……のか?」
私は驚愕のあまり、目を見開く。
「そりゃあもちろん、はっきりと……ね? 今も、あなたの後ろに……」
息を押し殺したような、演技がかかった声を出しながら胡桃が片手で口元を隠す。
「うし……ろ……?」
胡桃には、私の頭の中にいる弥怒が背後に立っているように見えているのだろうか。
思わず、私は振り返る。
だがもちろんそこに弥怒の姿はなく、今まで歩いてきた山道だけがどこまでも続いている。
『おい! 馬鹿者! 彼女から目を離すな!』
弥怒に活を入れられ、私ははじかれたように正面へ向きなおった。
「い、いない!」
先ほどまで胡桃がいた場所には誰もおらず、木枯らしがびゅうと吹き、周囲の木々がざわざわと葉音を立てる。
私は呼吸をすることも忘れ、少なくなった肺の空気を絞り出すように叫ぶ。
「弥怒! 胡桃がっ!」
うろたえた私は周囲を見回す。
そして再び振り返ったその時――。
真っ赤な瞳とばっちり目が合ったのである。
「ばあっ‼」
「うわぁぁぁぁあああああ‼‼」
私は驚きのあまり、2mほど後方に飛びのきながら勢いよく尻もちをつく。
「あははははは、平安さんって、本当に反応がいいよね!」
「へっ⁉」
思わず間抜けな声が口から漏れた。
「冗談だよ、冗談。ほら、私の手を握って」
胡桃が笑い涙を片方の指でぬぐいつつ、もう片方の手を差し伸べてくる。
「あれ、なんだか前にも同じようなことがあった気がするが」
私が伸びてきた手を半目でにらみつけると、胡桃は屈託のない笑顔を返してきた。
「そうかな? 気のせい気のせい。あんまりいろんなことを気にし過ぎると、寿命が縮むよ?」
「っ! それは胡桃にとって、願ったりかなったりだろう!」
「あはっ、それもそうだね! もっと寿命を縮めてみたい? 例えば、気づいているかな? 私があなたの名前を知っていることを」
「……おい。もうだまされないぞ。それは……これを見たからだろ?」
私は鞄から転がった書きかけの原稿を手に取り、砂埃を落とす。
表紙には、著者:平安としっかり書かれている。
「あれれ、気づかれちゃったか」
「そう何度もだまされないぞ」
「おや、おやおや? 2回も驚いて尻もちをついたのに?」
「あっ、ちゃんと前回のこと覚えているじゃないかっ!」
「見てみて! ヤマガラが巣を作っているよ! かわいいね!」
白々しくも気を逸らそうとする胡桃が、ヤマガラを指さし視線を外す。
私はその隙に、胡桃に気付かれないよう、急いで転がっていた弥怒の札箱を鞄の奥底へ戻した。
好奇心旺盛で、行動の予測がつかない胡桃のことだ。
これを見つけたら質問攻めにあうに違いない。
妙に勘が鋭いというか、底が知れないというか、胡桃は確かに油断ができない人物だった。
(おい弥怒、取り越し苦労だったな。ただの冗談みたいだったぞ。心配し過ぎってのもよくないものだと思わないか?)
年の離れた少女にこうも手玉に取られて、虫の居所が悪かった私は弥怒にからんだ。
『ん? 何のことだ?』
(なっ⁉ とぼけるな、弥怒! 弥怒が気をつけろなんて心配するからこうなったんだぞ!)
『ああ、彼女のことか。いつまでその話をしておる。いくら彼女に霊感があったとて、己れが見えるとは限るまい。見えたとて、特に問題もない。何をそんなに焦っているのだ』
ひょうひょうとしている弥怒の声を聞いて、私は思い出した。
そうだ。
この夜叉は、降魔大聖が顔に落書きをされているのを横で見ていて、3日間放置させ、さらにそれを笑い話にするような男なのだ。
(弥怒……図ったな‼)
『さあ、何のことやら。それよりも、彼女についていかなくてよいのか? 山道ももう終わりだぞ』
悔しさに奥歯を鳴らしながら前を向けば、胡桃は勝手に先へと進んでおり、遠くでこちらを振り返り手を振っていた。
その後ろには広大な帰離原の平野が続いており、はるか遠くに望舒旅館がうっすらと見える。
澄み渡った青空と、うぐいす色の大草原のコントラストが目に染みた。
「くそっ」
目に涙が浮かんだのは、風で砂埃が入ったからだ。
決してふたりがかりで、寄ってたかってからかわれたためではない。
断じて、そんなことはないのである。
こんな調子で、我々の一日目の旅路は中継地点の望舒旅館まで、ゆるゆると続いたのであった。