護法戦記   作:ほすほす

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私は平安。璃月のしがない物書きだ。
今日は胡桃に連れられて、なんでもお化けが見られるというツアーに参加している。
目的地までの中継地、望舒旅館にたどり着いた。
道中ストレスフルだったせいもあって、酒が驚くほどうまい。
いやぁ、楽しくて仕方がない。
ん、誰だその男は。鍾離? 客卿? ふぅん……??

――これは層岩巨淵のイベントストーリーの裏側で巻き起こる、もう一つの護法夜叉の話。


護法戦記 11話 無妄の丘への旅路2

 望舒旅館までの道のりは散々だった。

 

 胡桃の奇想天外な質問が絶え間なく投げかけられ、それに応えようと頭を回そうとするも、弥怒が邪魔をしてくる。

 

 かと思えば胡桃は突然立ち止まり遠くをぼうっと眺め出す。

 

 どうしたんだ、と聞いても「おやおや? もしかして私のことすっごく気になっちゃってる? えー? どうしよっかなー? 教えてあげよっかなー」などと絶妙にうざい返しをされるので結局私が疲れるだけだった。

 

 だからだろうか、くたくたになって望舒旅館に着いたあと、勢いよく飲み干した酒はこの世で一番うまいんじゃないかとさえ思えたのである。

 

 

「ぷっは~‼ 生き返る!」

 

 

 口元についた酒をぬぐいながら、心の底からそう叫ぶ。

 

 

『おい、羽目を外し過ぎるなよ』

 

 

 などと、弥怒が何やら小言を言っているがお構いなしだ。

 

 さんざん道中おもちゃにされたのだ。

 

 酒を飲まなきゃやってられない。

 

 

(別にいいだろ、ここの支払いは往生堂が持ってくれるんだ。私の懐は痛まない)

 

 

『そういう問題ではなくてだな、お主が酒を飲みすぎると……』

 

 

「はーい、お待ちどうさま! 旅館の厨房を借りてこの往生堂七十七代目堂主が、自らの手で作ったメインディッシュだよっ!」

 

 

 私が酒を勢いよくあおっているところへ、胡桃が大皿を抱えてやってきた。

 

 

「おぉ、豪勢だな! いいじゃないかいいじゃないか! はっはっはっは! 一体何の料理なんだ?」

 

 

「知りたい? 気になる? 食べてみたい?」

 

 

「あたりまえだろ! なあ早く教えてくれよ!」

 

 

「へ、平安さんお酒飲むとキャラ変わるね……」

 

 

 なぜか胡桃はやや引いている様子。

 

 彼女の表情を見て私は気が付いた。

 

 なんだ、こちらが受け身でいたからダメだったのか。

 

 勢いに任せてぐいぐい行けば、胡桃のからかいなんて気にする必要などなかったのだ。

 

 私は何杯目かわからぬ杯をぐいと飲み干す。

 

 

『おい、それくらいにしておけ』

 

 

「あん? 余計なお世話だ、いつもいつも小言ばっかり言いたい放題で」

 

 

 体が熱い。

 

 頭がふわふわして、妙に調子がいい。

 

 

「わ、私何も言ってないけど……」

 

 

 苦笑いを浮かべる胡桃。

 

 その顔を見て、昼間のうっぷんが晴れた気がした。

 

 実に爽快だ。

 

 

『お、お主が飲みすぎると、お、己れまでもが……くぅ、屈辱だ……』

 

 

 なんだかよくわからないが、頭の中で弥怒が悔しがっているようだ。

 

 より気分がいい。

 

 非常に上機嫌になった私は、もう愉快でたまらなかった。

 

 

「ひっく、せっかく堂主様が作ってくれたんだ、どれどれ」

 

 

 私はふらつく体をテーブルで支えながら、大皿に手を伸ばす。

 

 

「これは……なんて料理だ? 私の目がおかしいのか、なんだかうっすら湯気が幽霊の形をしているような……」

 

 

 思いついたことをそのまま口にしただけだったが、その台詞に思いのほか胡桃が食いついてきた。

 

 

「おおっ! よく気が付いたね! わかるかなー、このこだわり! 一番大事なのは火加減なんだ、湯気がこの形になるように、うまーく温度調節するから大変なんだよ!」

 

 

「すごいじゃないか! なんて料理名だ?」

 

 

「ふふん、その名も、幽々大行軍!」

 

 

「なるほど、このマツタケに顔が刻んであって、湯気の親幽霊がたくさんの子幽霊を従えているわけだ!」

 

 

「すごいすごい! 平安さん名探偵になれるよ! そうなの、家族道ずれの大行軍だよ‼」

 

 

「いやぁ、新しい才能が開花しそうだ、あっはっはっは!」

 

 

 酒も進めば会話も弾む。

 

 こんなうまい酒を飲んだのはいつぶりだろうか。

 

 

 ただひとり、頭の中の弥怒だけが『なぜ……こうも波長が合っているのだ……げ、解せぬ……』と、苦し気につぶやく。

 

 

 その後、宴会は望舒旅館の他の客も巻き込み、散々どんちゃん騒ぎを繰り返した。

 

 やがて私の卓が、空の酒瓶でいっぱいになった頃。

 

 ひとり、ふたりと、騒いでいた客たちが静かに席を立ち始める。

 

 気が付けば、食堂には胡桃と私だけが残っていた。

 

 

「平安さん、寝なくて大丈夫なの? 明日も早いよー?」

 

 

「だ、だひじょうぶらって。まら飲めるかりゃ」

 

 

「うっ、酒臭っ! さっきからずっとそればっかり。はぁ、めんど……いやぁ、困っちゃったなぁ。鍾離さんも後から合流するって言ってたのに、まだ来ないし」

 

 

「んあ? しょうり? 誰だぁ?」

 

 

「往生堂の客卿だよ! 鍾離さんは博識で私より謎の多い人なんだって……聞いてないよね、平安さん」

 

 

 胡桃がはぁ、と小さくため息をつく。

 

 冷たい風が吹いてきて、私はぶるりと体を震わせた。

 

 

「ぁあ、すこし、お手洗いにいってくらぁ」

 

 

 それを聞いた胡桃は、しゅっと背筋を正したかと思うと、満面の笑みを浮かべる。

 

 

「そっかそっか! じゃあ私も今日は部屋に戻るから、平安さんも早く寝るんだよっ! おやすみー‼」

 

 

「ふえ?」

 

 

 私が顔を上げたころには、胡桃の姿はもうそこにはなかった。

 

 この場を離脱する口実を与えてしまったか。

 

 まあ、それはそれでいいだろう。

 

 私はひとりでそう納得しつつ、緩慢な動作で席を立つ。

 

 あっちにふらふら、こっちにふらふらしながら、私は何とか便所にたどり着き用を足した。

 

 そして扉を開けた時、困ったことに気が付いた。

 

 

「ありぇ、どっちだっけ?」

 

 

 便所から出ると、通路が二手に分かれていて、どっちが客室だったか記憶が定かでない。

 

 少しの間逡巡したが、考えてわかることとわからないことがある。

 

 まあどっちでもいいか、と私は来た道と反対の通路へ足を踏み入れた。

 

 酔っぱらいの行動力とは恐ろしいものだ。

 

 そのまままっすぐ薄暗い廊下を歩いていくと、上に向かう階段に突き当たる。

 

 

「んん? 客室は確か下の方、でも階段は上向き。んー、まぁ、いいか」

 

 

 いやはや、酒は本当に恐ろしい。

 

 判断力は極限まで低下し、私は訳も分からず階段をよたよたと上っていく。

 

 

「おおっ、いい景色」

 

 

 階段を上がりきると、望舒旅館の最上階にたどり着いた。

 

 どうやら正規の道ではなく、従業員用の通路を通ってきたようだ。

 

 掃除道具などの向こうに、展望台が見える。

 

 あそこのほうがもっと見晴らしがいいに違いない。

 

 私はそう思いつつ、床に置かれたちりとりなどを跨ぎつつ、壁沿いに展望台へ向かう。

 

 その時だった。

 

 どこかで聞いたことのある声が風に運ばれてやってくる。

 

 

「……この地を守り百余年。勝手に離れたことはありません。無名夜叉の件だけは、どうか帝君のお赦しを」

 

 

(ん、誰かいるのか? これは、誰だろう、どこかで聞いたことのある声。思い出せない……)

 

 

 酔いがいよいよ回り、頭がずきずきと痛む。

 

 私は頭を押さえたまま、その場に座り込んだ。

 

 世界がぐるぐると回っている。

 

 見上げると満天の星空が私を見下ろしていた。

 

 

「ああ、綺麗だなぁ」

 

 

 星はいい。

 

 眺めていると、嫌なことも辛いことも、すべてを忘れることができる。

 

 頭の痛みは残念ながらそのままだったが、私は地べたに腰を据えたまま、空を見続けた。

 

 どれくらいそのままそうしていただろうか。

 

 不意に空へ巨大な影がかかった。

 

 私は眉間にしわを寄せる。

 

 なんだ、これでは星が見えないではないか。

 

 

「おい、星が見えないぞ」

 

 

 思ったことを一言一句たがわず漏らせば、奇妙なことに、空まで声が届いたのか雲がすっと動く。

 

 

「すまない、酔いつぶれていたようだったので、様子を見に来ただけだ。邪魔して悪かった」

 

 

 雲は動くどころか、返事すら返してくるではないか。

 

 

「おぉ? 雲が、しゃべった?」

 

 

 私が首をかしげると、雲はくすりと笑う。

 

 

「ふむ、やはり相当酔っているな。どれ、このままだと風邪をひく。俺が客室まで送っていこう」

 

 

 雲が手を差し伸べてきて、私はようやくそれが人だということに気が付いた。

 

 

「あっ、これは失敬。その、助かる。客室までの道が分からなくなっていたところなのだ」

 

 

「それは大変だ。ふむ……。そうだな。御仁、名前をうかがってもよろしいか? 旅館の主人に聞いてみよう」

 

 

「私は、平安だ」

 

 

 平安、と聞いて目の前の人物は考えるように口元に手を当てる。

 

 

「ふむ、平安殿。もしや、貴方は堂主のツアー参加者ではないだろうか?」

 

 

「えっ、なぜそれを?」

 

 

 初めて会ったその人物は、私が胡桃のツアーに参加したことをぴたりと言い当てたのだった。

 

 

 私は目を見開き驚く。

 

 

「いや、驚かせて悪かった。単純に俺がその話を堂主本人から聞いていたのだ。申し遅れてすまない。俺は鍾離。ただの鍾離だ。今は往生堂の客卿などをさせてもらっている」

 

 

 山間から顔を出した月明かりが、望舒旅館を照らし出す。

 

 私の目の前には精悍な顔つきをした丈夫が、口元に笑みをたたえて握手を求めていた。

 

 

「こ、こちらこそよろしく頼む。いえ、頼みます」

 

 

 汗ばんだ手を慌てて裾で拭き、私は鍾離の手を握った。

 

 なぜか、この人には敬語でしゃべらないといけない。

 

 そんなプレッシャーを感じながら。

 

 

「っ!」

 

 

 私の手を握った瞬間、鍾離の顔がこわばる。

 

 

「ん?」

 

 

 私が不思議に思い覗き込むと、鍾離は静かに首を振った。

 

 

「いや、何でもない。少し、古い友人のことが頭によぎっただけだ」

 

 

 そうつぶやくと鍾離は口をつぐみ、少し悲しげな表情を浮かべたまま、夜空を見上げた。

 

 

「は、はぁ……?」

 

 

 私はよくわからなかったが、とりあえず相槌だけ返すと、つられて頭上に目をやる。

 

 月明かりのせいで先ほどまでより星の数は減っていたが、それでもなお望舒旅館から望む星の海は美しかった。

 

 

「うまく、いかぬものだな」

 

 

「ええ……そうですね……」

 

 

 私は景観に圧倒され、たいして意味のない言葉を機械のように返す。

 

 

「信じる道が正しいとがむしゃらに走り続け、ようやく落ちつけると思い腰を据えて一息つけば、今まで見て見ぬふりをしていた過去の粗が余計に見えるようになってしまった。しかし、それらはもう過ぎたこと。今更俺が介入することもできない」

 

 

「……いろいろ、あったんですね」

 

 

「ああ。そうだ。いろいろ、あった。そして、もう手心を加える術もないのが現状だ。このような時、俺は思うのだ。普通なら、このような状況でどうするべきなのだろうかと」

 

 

 なにやら、いつの間にか難しい話になってしまっていた。

 

 私は相変わらず世界がぐわんぐわんとしていたので、ほとんど話の内容は頭に入ってきていない。

 

 だが、鍾離が過去にいろいろあって、なんだか悩んでいることぐらいは分かった。

 

 私は話を聞いていないやつだと思われるのも嫌だったので、取り繕うように適当に言葉を並べる。

 

 

「よくわかりませんが、鍾離さんはいろいろと頑張ったんでしょう? だったらいいじゃないですか。過去のことは過去のこと。今は今。今したいことをするのが、人間ってもんでしょう」

 

 

「今したいことを、する……ふむ」

 

 

「鍾離さんは難しく考えすぎなんですよ、きっと。私たちは神様じゃあない。ちっぽけな人間で、使えるのは自分の両腕だけ。手が届く範囲で、その時できることをすればいいんじゃないでしょうか……なあんて、酔っぱらいの戯言ですがね、あはは」

 

 

 私は柄にもないことを口走ったので、照れ隠しも兼ねて愛想笑いを浮かべた。

 

 それに対し、鍾離はにっこりとほほ笑む。

 

 

「ふむ。なかなか面白い答えだった。礼を言う、平安。今夜の出来事を、きっと俺はこの先、岩が風ですり減ったとしても、忘れることはないだろう。さあ、厄介な風がいよいよ冷たくなってきた。堂主が取っていた部屋は知っている。私の部屋の隣だ。約束通り、案内しよう」

 

 

 鍾離はくるりと踵を返し、歩き出す。

 

 後ろ頭に束ねた髪が風に揺れている。

 

 白銀の月光に照らされたその後ろ姿は、まるで絵画のように美しかった。

 

 男が惚れる男とは、彼のような人物を言うのだろうか。

 

 

「ん? 行かないのか?」

 

 

 同性にもかかわらず私が見とれていると、鍾離が足を止め、肩越しにこちらをちらと見る。

 

 

「あ、ああ、行きます、行きます」

 

 

 私はあわてて鍾離の後に続いた。

 

 そのまま彼の背中についていくと、ほどなくして自室にたどり着く。

 

 鍾離と軽くあいさつを交わし、私たちはそれぞれの部屋へと別れた。

 

 部屋に入ったあと、私は服を着替えるのも忘れてベッドに突っ伏す。

 

 眠気がどっと押し寄せてきたかと思うと、私は即座に眠りの沼へと落ちていった。

 

 

 

 

 ……そして私は、また、あの夢を見ることになる。

 

 遥か遠い過去の、もうどうすることも、変えることもできない、物語の続きを。

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