護法戦記   作:ほすほす

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私は平安。璃月のしがない物書きだ。
胡桃に連れられて、お化けが見られるというツアーの途中、私は望舒旅館で宴会で飲みすぎてしまったようだ。
おかげで妙な夢を見た。
とはいっても、今まで何度も見た夢の続きであったが。
頭がやけに痛い。
二日酔いがかなりひどいな。
考えなければならないことはたくさんあるというのに。

――これは層岩巨淵のイベントストーリーの裏側で巻き起こる、もう一つの護法夜叉の話。


護法戦記 13話 無妄の丘への旅路4

 私はのろのろと起き上がり、ベッドの上に胡坐をかく。

 

 窓の外からは、柔らかな朝の光と、小鳥のさえずりが聞こえてくる。

 

 普段であれば、訪れたさわやかな今日の始まりに、大きく背伸びの一つでもしたことだろう。

 

 だが今の私は、まるでそんな気分にはなれない。

 

 ただ純粋に、私には今朝の夢を整理する時間が必要であった。

 

 体はどうしようもないほど眠さを訴え、頭は二日酔いでずきずきと痛む。

 

 しかし、思考は自分でも驚くほど澄み切っていた。

 

 

 夢で印象的だったのは、やはり前回の夢でも現れた仙衆夜叉の一人、伐難。

 

 見た目は可憐な少女だった。

 

 華奢でどこか危なっかしく、庇護欲を掻き立てる幼い容姿。

 

 そんな伐難と、大男である弥怒の逢瀬。

 

 身長の差だけで言うと、子供一人分くらいは優にある。

 

 ただ、こういうことを私が言うのもなんだが、その。

 

 

 

 ……いい雰囲気だった、と思う。

 

 

 そもそも仙人たちの年齢は見た目で推し量ることなど不可能。

 

 あの降魔大聖でさえ、少年のような出で立ちである。

 

 たとえ見た目が少女だとしても、その精神は私など遥かに及ばないほど高い次元にあるかもしれないのだ。

 

 だから二人がそういった関係に発展したとしても、何らおかしなことではないのだ。

 

 

 いや違うな、と私は考えなおす。

 

 

 よくよく思い返せば、私が思うほど二人の距離は縮まっていなかったのではないだろうか。

 

 弥怒もなんだか伐難の前ではぎこちないというか、いつもの弥怒ではなかった気もした。

 

 そう考えると、だんだんと気恥ずかしくなってくると同時に罪悪感が芽生えてくる。

 

 不可抗力だったとはいえ、あまり私が見てはいけない光景だったのかもしれない。

 

 私は弥怒に対し、少し申し訳ない気持ちになった。

 

 

「いや、そうじゃなくてだな……」

 

 

 締め付けるような痛みが頭を走り抜け、脳が思考を放棄しかけたところを私は無理やり引き戻す。

 

 

 まだ、考えなければいけないことが残っているのだ。

 

 弥怒たちの会話の中には、気になる点が散見される。

 

 業障という聞きなれない言葉や、ひどくなっていく弥怒の物忘れだ。

 

 前回の夢でもその兆候はあった。

 

 ただ私はそれを何かの間違いか、私のように頭を強く打ったのかもしれないと思っていた。

 

 しかし、あの症状はどうやら継続しているらしい。

 

 今の弥怒には全くそのような症状は見られず、私よりも記憶力はいいとすら思える。

 

 おそらく戦いで受けた傷かなにか、身体的な要因であのような状態になってしまったのだろう。

 

 

 気になったのはそれだけではない。

 

 今回の夢は、前回とは大きく異なる点があった。

 

 弥怒と私の精神体が分離していたのである。

 

 今までは弥怒の身体を使い、直接世界を見ているようだった。

 

 弥怒の感情や見たものがダイレクトに伝わり、目が覚めた時はその余韻すら感じていた。

 

 前回などはその典型で、気持ちを持ち直すのが大変だったくらいだ。

 

 それが一変、まるで夢の世界に自分という存在があたかもそこにあるかのような感覚だった。

 

 今こうして冷静に思考を回せるのも、夢の中で弥怒と体が分かれていた恩恵が大きいだろう。

 

 

「何かが、今までと違う……?」

 

 

 私は首をかしげながら、小さく独り言を漏らした。

 

 

『何が違うのだ?』

 

「うわあああっ‼」

 

 

 突然耳元で弥怒の声が聞こえたため、私は盛大に取り乱す。

 

 

『おい、声がでかい。やめろ本当に。頭に響く』

 

 

 少し苛立たし気な弥怒の声。

 

 同時に鋭い痛みが思い出したかのように頭蓋に走り、私はこめかみをぎゅっと押さえる。

 

 

「す、すまない……いてて。さすがに飲みすぎたな……」

 

 

 頭の中で巨大な銅鑼を打ち鳴らされているようだった。

 

 しばらく痛みに耐え、痛みが和らいできたところでふと、素朴な疑問が浮かびあがった。

 

 私は呼吸を整えつつ、それを弥怒にぶつけてみる。

 

 

「その、なんだ。私が二日酔いなのはわかるが、どうして――弥怒もそんなに苦しそうなんだ……?」

 

 

 それを聞くやいなや、弥怒は決壊した堰のようにまくし立てて来た。

 

 

『お主と言う奴は……! 当たり前だ! 己れとお主は体を共有している! 昨晩も告げようとしたが、まったく聞く耳持たずで考えなしに杯をあけおって。己れの身体であればあの程度の酒量などどうってことはない。しかしな。お主の身体は驚くほど! 圧倒的に! 恐ろしく酒に弱いっ! あんなに酔うたのは初めてだ! おかげで酒を飲み始めてからの記憶がほとんどないではないか! だから飲みすぎるなと言ったのだ‼』

 

 

 堰なんてかわいらしいものではなかった。

 

 これではまるで嵐の後に増水した川の濁流である。

 

 頭の中で弥怒の小言はわんわんと響きまくった。

 

 声がでかいのは一体どっちだ。

 

 あまりのうるささにめまいすら覚える。

 

 このままではかなわないので、私は弥怒が次の小言を言う前に、無理やり遮り割って入った。

 

 

「すまない! すまなかった! だからやめてくれ! 頭の中で直に騒がれると、余計に……」

 

 

 が、それも時すでに遅し。

 

 案の定足元から崩れ落ちるほど、猛烈な頭痛が天から降ってきたのであった。

 

 

「うぅ……」

『うぅ……』

 

 

 床の上に横たわり、ベッドの端を片手で掴みつつ、私たちは二人揃えて情けないうめき声を上げる。

 

 私はベッドの横板に頭をこすりつけたまま、たっぷり数十秒ほど痛みとせめぎ合う。

 

 そのままでの体勢で波が引いてくれるのを、私はひたすら待ち続けた。

 

 やがて頭痛と耳鳴りが消えてくると、遠くから厨房の奏でる金属音と朝食をとる人々のざわめきが微かに聞こえてくる。

 

 口を開けるまで痛みが引いたので、私はすかさず弥怒に提案した。

 

 

「と、とりあえず一時休戦だ。厨房へ行き、何か酔い覚ましにいいものを口にせねば」

『あ、ああ。そうしよう……』

 

 

 同じ体を共有しているがゆえに、見事に意見が一致する。

 

 私は這うようにして部屋の角にたどり着くと、壁面に体重を預けたまま、よたよたとした足取りで自分の部屋を後にした。

 

 

 食堂へたどり着くと、胡桃がちょうど朝食を取り終えたところだった。

 

 こちらに気付くと立ち上がり、手を振ってくる。

 

 

「あっ、平安さんおっはよー! どうだった? よく眠れた? それとも金縛りにでもあったかな?」

 

 

 投げかけられた声量の大きさに、私は一瞬気を失いそうになった。

 

 

「んん……胡桃、あまり大きな声はやめてくれ……。あとそのテンションは今の私には少々辛い……」

 

 

 私はふやけてくたくたになった昆布のように、テーブルの椅子へともたれかかる。

 

 座り込むと、もう一歩も動ける気がしなかった。

 

 この際少々不安だが、彼女に助けを求めるほかはない。

 

 

「すまない胡桃、おかゆを私の代わりに頼んではもらえないだろうか……」

 

 

「あはは、いいよ! いいよ平安さん! 飲み過ぎたんだよねぇ! ああ、そういう不摂生な生活は、往生堂ポイントがすごく高いよ!」

 

 

「嫌なポイントだな……」

 

 

 私は気の利いた返事を返すこともできず、瞼の上に手を置いて天井を仰いだ。

 

 

「仕方ないなぁ。あっ、そうだ! 私が往生堂特製の、おかゆ揚げを作ってあげようか!」

 

 

「名前がもう不摂生だ。どう考えても二日酔いの朝に食べる物の名前じゃない。そもそも揚げ物とおかゆは共存しないだろ……。どんな食感なんだよ……」

 

 

「んー、ギトギトのべちょべちょ?」

 

 

「うん、おねがいだ。普通のおかゆを頼む」

 

 

 私は念を押してそう頼むと、やや不服そうにしながらも胡桃は厨房へ向かい、給仕におかゆを頼んでくれた。

 

 

 ほどなくして体格のいい男が、湯気の立つおかゆ皿を運んでくる。

 

「へい、おまちどう。なんだ、昨日の威勢はどこにいったんだ、兄ちゃん。ああすまない、大丈夫、そのままでいい。無理はするな。自分のペースでいいから、ゆっくりこいつを食べて、元気出してくれよな」

 

 

 慌てて背筋を正そうとしたところを男に止められた。

 

 私は軽く手を振り首だけで会釈をした後、テーブルに置かれたおかゆに目線を投げた。

 

 生成色のやや濁ったスープに、純白の米粒が浮かんでいる。

 

 ふわりと浮かぶ絹のような蒸気を吸い込むと、炊き立てのお米の香りが胸いっぱいに広がった。

 

 かさついていたはずの口元に、思わずよだれが滴りそうになる。

 

 私は重い上半身をなんとか持ち上げ、椅子を引いておかゆと向かいあう。

 

 見れば見るほど、旨そうなおかゆだった。

 

 頭の上から、先ほど聞いたばかりの声が再び降ってくる。

 

 

「どうだ、元気が出て来たか? 旨そうだろう。宵の深酒と早朝のおかゆはセットだからな」

 

 

 再び隣に現れた給仕の男性は、おかゆ皿の隣に水滴のついたグラスをコン、と置いた。

 

 思わず顔を上げると、男はにっと笑う。

 

 

「今朝早くに山から汲んできた水に、夕暮れの実を軽く絞って風味付けしてある。サービスだ。染みるぞ」

「これは……ありがたい」

 

 

 まだ火傷しそうなほどアツアツのおかゆを食べる前に、私は頂いた夕暮れ水を口に運んだ。

 

 常温よりわずかに冷えた山麓の水が、すぅっと乾いたのどを潤す。

 

 いったん腹に流れ込んだ水は、まるで乾いた大地にしみこむように、ゆっくりと体の隅々まで染みわたる。

 

 

 染みるとは、いい得て妙だった。

 

 

 少し遅れて夕暮れの実独特の、まったりとしたまろやかな香りが後を引く。

 

 

「これは……うまいな……!」

 

 

「へへっ、だろっ? ほれほれ、おかゆも冷めないうちに食べてみな」

 

 

 私は促されるまま、おかゆを匙で救い上げ、吐息で熱を冷ます。

 

 よく冷めたことを確認し、恐る恐るおかゆをすすってみた。

 

 

「ほっほっ」

 

 

 とろみのあるスープはまだ奥の方が冷え切っておらず、私は残っていた熱を冷ますため、あわてて口の中でおかゆを転がす。

 

 

「……!」

 

 

 だがすぐに私は気づいた。

 

 その絶妙な塩加減、雑味のないスープ。

 

 そして舌の上でホロホロと崩れる柔らかい米粒。

 

 

「ああっ! うまい……」

 

 

 自然とそんな言葉が口元からこぼれてしまった。

 

「はっはっは、それを聞くためにここでわざわざ待ってたんだ。おかゆのおかわりは無料だよ。ゆっくりしていってくれよな」

 

 

 そう言うと男は厨房へと戻っていく。

 

 

 もしかすると、彼は給仕ではなくこの望舒旅館の料理長だったのかもしれない。

 

 私はそんなことを考えつつ男の背中を見送った。

 

 その間も、手は休むことなく皿と口とを往復し続けていたのだが。

 

 結局私はその後おかゆを2杯おかわりし、なんとか昨晩のダメージから立ち直ることができたのだ。

 

 

 

 戻ってきた胡桃だけが「ああ、平安さんの顔に血色が戻っていく……。せっかくの往生堂ポイントが……」と、残念がっていた。

 

 

 

 

      ※

 

 

 

 

『――先ほどの粥、見事だったな』

 

 

(ああ、あれはうまかった。本当にうまかった)

 

 

 あれから私たちは望舒旅館を出発し、胡桃の言う無妄の丘という場所を目指して、荻花洲の水源を歩き続けていた。

 

 群生した馬尾が湖面に広がり、紫黄のまだらが打ち寄せる波のように揺れている。

 

 後方を見渡せば、モンドとの国境である巨大な石門が薄もやに包まれながらも、雄大に晴天を突き上げる。

 

 

『なあ、お主よ。身体が限界を感じるほど疲れているとき、人はあんなに食い物を旨いと感じられるのだな。料理などあまり興味がなかったゆえ、まったくの無知であった。……私もあのような食事を振る舞えば、よかったのであろうか。たとえ逆境の戦況とて、あれを食えば跳ね返せるかもしれぬ。お主もそうは思わぬか?』

 

 

(えっ⁉ あ、ああ)

 

 

 風景を眺めていた私は、弥怒の“戦況”という言葉につい過剰反応してしまった。

 

 一瞬昨晩の夢の風景が脳裏をかすめる。

 

 

『んんっ? なんだ。なにか己れに隠し事か?』

 

 

(い、いや別に、なにもないさ)

 

 

『真か……?』

 

 

(本当だ)

 

 

 弥怒と伐難の夢を見たなど、本人に言えるはずもなかった。

 

 

『……怪しいな』

 

 

 弥怒の疑いはより深くなってしまったようだった。

 

 怪しい、怪しくない、と意味をなさない押し問答がそのあとも続き、まるでらちが明かない。

 

 いつもより執拗に聞いてくる弥怒を振り切るように、私は前方を行く胡桃へ声をかけた。

 

 

「ふ、胡桃。前から気になっていたんだが、その服の花、綺麗だな!」

 

 

「……」

 

 

 

 

 ずんずんと前を歩いていた胡桃がぴたりと足を止める。

 

 

「え?」

 

 

 胡桃にぶつかりそうになり、私は急ブレーキを余儀なくされた。

 

 今までも胡桃という少女は、空を見上げたかと思うと突然方向を変えて崖に駆け上がったり、急にスキップや側転を始めたりと非常に自由であった。

 

 だから他の人が見れば、こうやって急に立ち止まった胡桃を見て、ああ、また何か変な遊びを思いついたんだな、と思うに違いない。

 

 

 

 だが少しの間だとしても、昨日からずっと隣で胡桃を見ていた私の本能は、何かが違うと訴えていた。

 

 

(しまった、弥怒に気を取られ余計なことを口走ったか)

 

 

 どうやら私は、とんでもない藪蛇をつついて出してしまったらしい。

 

 なぜそう思えたのかというと、答えは至極簡単。

 

 胡桃は私の普通の呼びかけ程度では、決して自らの足を止めることはないのである。

 

 

「……本当に、そう思う?」

 

 

 平坦な声が胡桃の背中越しに聞こえた。

 

 

「え? ああ、もちろん。白くてきれいな花だ。まるで……」

 

 

 そこまで口にして、私は目線を落とす。

 

 ひざ下まで伸びた長い外套。

 

 乳白色の刺繍で丁寧に縫い付けられた白い花弁。

 

 改めてその黒いキャンバスに咲き誇る花を見て、背筋に戦慄が走った。

 

 

 

 私は大きな過ちを犯していたのだ。

 

 

 

 一瞬にして、全身の血が凍る。

 

 私は改めて自分の観察眼のなさにあきれ果てる。

 

 同時に護法夜叉以外の事柄へあまりに無頓着であった、と後悔の念が胸中に渦巻いた。

 

 

 

 胡桃の漆黒の外套の裾に刺繍されていたのは、白く、美しい、【彼岸花】だったのである。

 

 

 

 私は言葉を失った。

 

 璃月人であれば、だれでも、恐らく子供でもその花の意味を知っているであろう。

 

 それほどまでに、白の彼岸花とはある意味有名な花であった。

 

 

「ほんとうに、そう思う?」

 

 

 胡桃が抑揚のない声で、再び尋ねてくる。

 

 私はごくりとつばを飲み込んだ。

 

 いつの間にか雲が日を遮り、周囲は薄暗くなっていた。

 

 薄手だと肌寒さを感じるほどなのに、私の額からは玉のような汗が噴き出している。

 

 

 それもそのはず。

 

 その花の意味を、私もよく知っているのだから。

 

 

「……ああ」

 

 

 やっとのことで、私は胡桃へ短い返事をする。

 

 胡桃はそれを聞いても身じろぎひとつせず、ゆっくり静かに、こちらを振り返った。

 

 

 

 

 彼女の口が、形を変える。

 私も、この花が好きなの、と。

 

 

 

 

 はしゃぐわけでも、興奮するわけでも、喜ぶわけでもなく。

 

 ただただ、胡桃には似つかわしくないほど真剣な表情を浮かべながら。

 

 私はというと、彼女の目を見ながら、ただうなずくことしかできなかった。

 

 

 

 周囲の草むらから、カエルたちの鳴き声がやけに大きく聞こえてくる。

 

 まるで、無神経な私を責め立てているように。

 

 

 

 白い彼岸花の葉は、花が咲いた後に現れる。

 

 他の花とは違い、花と葉が時を同じくしてこの世界に現れることはない。

 

 その様子を見て、璃月の歌人はこの花に、とある花言葉を授けた。

 

 

「そう言ってくれる人、なかなかいないから、とっても嬉しいよ」

 

 

 まるで道端の花の周りで舞う蝶々の羽音の様に、胡桃の声は透き通っていて、風に溶けていく。

 

 なのにその言葉は風と共に去ってはくれず、私の胸元に残り、幾本かの針を心の臓に突き立てた。

 

 

 

 胡桃の口元がわずかにほほ笑む。

 

 

 

 白の彼岸花の花言葉は――。

 

 

 

 

 

【決して会うことのできない、最愛の人】である。

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