護法戦記   作:ほすほす

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私は平安。璃月のしがない物書きだ。
伐難の葬儀の話を、胡桃から聞いた。
これでよかったのだろうか。
そんな問いかけをするも、答えなどない。
過去のことは事実として受け入れるほかはない。

弥怒は、どんな思いでこの話を聞いているのだろうか……。

――これは層岩巨淵のイベントストーリーの裏側で巻き起こる、もう一つの護法夜叉の話。


護法戦記 24話 霊魂の向かう先

「鍾離さんと私が葬儀を終えると、蒼い目をした少女は、彼女を縛り付けていた水辺から離れ、境界へと向かった。どれほどの時間をそこで過ごしていたのかは、私にはわからない。でも彼女はやっと、決心できたんだと思う」

 

 

 風も吹いていないのに、人魂の炎たちがわずかに揺らいだ。

 

 まるで胡桃の物語に、幽霊たちでさえ心が動かされたようだった。

 

 胡桃の淡々とした語り口調はやけに真実味を帯びていて、私のいる場所が舞台であることも相まってか、情景がありありと浮かんだ。

 

 

 一度森の奥、その先にある境界の方へと目線を送った胡桃は、私に向き直ると終わりが近づいた仙衆夜叉の少女の話を、穏やかに続ける。

 

 

「伐難は境界の向こうに旅立つ直前で、少しためらうように立ち止まった。そして振り返ると、私と鍾離さんに言った。もし、この先、私を訪ねる御方がいたら、伝えてほしいことがある、と」

 

 

 胡桃は首を肩に預けながら、瞳をこちらへと向けて微笑む。

 

 私と、私の中にいる弥怒に語り掛けるように。

 

 軽く私がうなずくと、胡桃も同じように返し、伐難の最後の言葉を弥怒へと伝えた。

 

 

「伐難は先に、向こうへ旅立ちます。行く先で大きな法螺貝を見つけたら、そこであなたを待っています。うんと散らかして待ってます、って。」

 

 

 それを聞いた途端、私の右の目から何かあたたかいものが頬を伝った。

 

 

 手を当てて気が付いた。

 

 

 泣いているのだと。

 

 

 私ではない。

 

 

 私の中で、誰かが、泣いている。

 

 

(弥怒……)

 

 

『……なんでもない。気にするな……』

 

 

 感情を押し殺したような弥怒の声に反し、涙は立て続けに流れ落ちる。

 

 私も胡桃も、何も言うことはできなかった。

 

 弥怒のことを思うと、胸が苦しくなるというものだ。

 

 ほどなくして落ち着いたのか、弥怒が私に尋ねて来た。

 

 

『……胡桃に聞いてはくれないか。彼女は最後、どんな様子だったかを』

 

 

 私は弥怒の言葉を胡桃に通訳する。

 

 胡桃は少し寂しげに笑った。

 

 

「笑ってたよ、彼女。泣いてた時は気が付かなかったけど、とってもきれいな子だった。私もあの子の笑顔が見れて、よかったと心の底から思ったよ」

 

 

『そうか……。そうか……』

 

 

「……」

 

 

 

 

 こういう時、何と声をかければいいのだろうか。

 

 

 

 慰めるのも、なんだか浅はかで嫌だった。

 

 かといって、同情するのも違う。

 

 

 結局、何も声をかけられないまま、時間だけが過ぎていった。

 

 

『胡桃に礼を、言ってくれ。あと、鍾離殿にも伝えてほしいと』

 

 

 私は弥怒に言われると慌てて胡桃に礼を告げる。

 

 

 突然のことに胡桃は目をぱちくりとさせたが、わかったよ、と短く答えた。

 

 

 無妄の丘は再び静けさを取り戻し、私と胡桃の間には何とも言えない空気が漂う。

 

 

 私は俯き目線を落とした。

 

 胡桃と対峙しておきながらも、わずかな疎外感を感じている私がいた。

 

 彼女と弥怒は実際に伐難と会い、言葉を交わしている。

 

 では私はどうだろうか。

 

 ただ弥怒の過去を夢で見ただけ。

 

 それも遠巻きに見ていただけだ。

 

 まるで野次馬が見物するかのように。

 

 この場にいる私だけが、伐難とは何の関係性もないのである。

 

 ふたりの間に私という不純物が存在することが、少しだけ申し訳なかった。

 

 

 ちょうどその時、私の視界の端で自分の影がふらりと揺らいだ。

 

 顔を上げれば、人魂たちがひとつ、ふたつと森の奥へと移動を始めているではないか。

 

 ふっと満足そうな笑みを浮かべた胡桃が見守る中、人魂たちは木々の向こうへと去っていく。

 

 まるで胡桃の話を聞き届け、それぞれが同じように、何かを決心したようにも見えた。

 

 私がその幻想的な光景を口を開けて眺めていると、胡桃が岩から腰を上げる。

 

 

「弥怒さん」

 

 

 胡桃は私の前にやってきて、目の高さを合わせるようにしゃがみ込んだ。

 

 

「あなたが彼女の、伐難が思っていた人かどうかは私にはわからない。だけど、もし話を聞いて気が変わったなら、私たち往生堂に任せて。ちゃんと、送ってあげるから」

 

 

 私は胡桃の熱い目線に対し、聞こえて来た弥怒の言葉をそのまま伝える。

 

 

「考えておく、だって」

 

 

 それを聞いて胡桃はがっくりと肩を落とし、大きくため息をついた。

 

 

「はぁ~、やっぱりダメかー。鍾離さんみたいにうまくはいかないなー。何が違うんだろ。声? 身長?」

 

 

「し、身長は関係ないんじゃないかな……」

 

 

「どっちにしたって同じだよ。納得してもらえないんじゃ、どうしようもない。あー、もう! 鍾離さんってば、肝心な時にいないんだから!」

 

 

 胡桃は頬を膨らませて、プンスカ怒っている。

 

 私は恐る恐る尋ねた。

 

 

「その、じゃあ鍾離さんは今どこに……?」

 

 

「んー、たぶん今頃璃月港に戻ってるんじゃないかな。望舒旅館で合流した後、今日はここまで一緒に来る予定だったんだけどね。朝になって急に、堂主殿、葬儀に必要な要の品を忘れてしまった、それと外せない用事も思い出したので、あとは堂主に任せる、なんて言って、さっさと帰っちゃったのよ。はぁ……」

 

 

 胡桃は盛大なため息をもう一度つくと、地面に転がっていた槍を拾い上げ肩に担ぐ。

 

 そしてそのまま私の目の前を横切った。

 

 

「どこへ行くんだ?」

 

 

 私が尋ねると、胡桃は心底うんざりした表情で振り返る。

 

 

「どこって、帰るのよ。往生堂に。目的が果たせないなら、ここにいたって仕方ないでしょ。それに――」

 

 

 そこまで言うと、胡桃は言葉を詰まらせる。

 

 あごに手を当てぐるりと周囲を見渡し、ひとしきり考え込んだのち眉間に皺を寄せた。

 

 

「ちょっと、変なんだよね……」

 

 

 立て続けに変なことが起こりまくっている私からすれば、もう何が変で何が変じゃないのか分かったものではなかったが、とりあえず胡桃に聞き返す。

 

 

「……なにが?」

 

 

 胡桃は私の方を見ながら口元に手を当て、うーん、と唸った後、腕を組む。

 

 

「見てわからない……か。そうだよね。えっとね、少なすぎるの。幽霊が。本当ならこの時間の無妄の丘は、璃月港の大通りと間違えるぐらい幽霊でごった返しているはずなんだけど」

 

 

「えぇ……」

 

 

 それを聞いて、私はげんなりした。

 

 つい先ほど、あれだけの数の人魂に囲まれたことでさえ、生まれて初めてだったのだ。

 

 胡桃の話したとおりだとすると、たまたま運がよかったのかあの数で済んだということだろう。

 

 もし何かが違っていれば、私は幽霊の人ごみの中に埋もれていたかもしれない。

 

 

 ……間違いなくトラウマ確定である。

 

 

「ここに来るまでも、幽霊が道から外れて別の方向へ向かっていくのを何度か見たの。それも、ぜんぶ同じ方向に向かって」

 

 

 唇を噛む胡桃。

 

 

 私はそれを聞いてはっとした。

 

 

 道中胡桃がふいに立ち止まり、景色を眺めていたのは、はぐれた幽霊の姿を見ていたからだったのではないか、と。

 

 だとすれば、胡桃の奇妙な立ち回りにも説明が付く。

 

 

 

 

 ……7割程度だが。

 

 

 私は胡桃が見つめていた方角を思い出そうと記憶をたどった。

 

 確かそのほとんどは、南西の方角だった気がする。

 

 

「その先に、何かあるのか?」

 

 

 私の問いかけに胡桃は首を横に振った。

 

 

「わからない。でも、葬儀屋として見過ごすわけにもいかない。退屈しのぎにはなるけど、今回の件はなんだか厄介なにおいがプンプンするんだよね……」

 

 

 あー、やだやだ、と肩をすくめて見せた胡桃は、踵を返し再び歩き出す。

 

 そして、あ、と何かを思い出したかのように立ち止まると、振り返ってこう付け足した。

 

 

「平安さん、ツアーはもう終わりだから、ここで解散。弥怒さんがついているし元素力も使えるんだから、帰り道は大丈夫でしょ。ただ、気を付けてね。神の目をもたない人に、元素がどんな影響を及ぼすか、わからないんだから」

 

 

 ふふっといたずらっぽい笑みを浮かべた後、胡桃は薄暗い木々の影の中へ消えていく。

 

 もうヤバい! と思ったら、往生堂に一本予約の連絡入れてねー、と、手をひらひらさせながら。

 

 

「……行ってしまったな」

 

 

『ああ』

 

 

 私は胡桃が去っていった後の暗がりを、呆然と見つめる。

 

 ふわりと冷気を感じそちらへと目をやると、私の隣、目と鼻の先を人魂がかすめていた。

 

 びくりと肩を震わせて、私は飛びのく。

 

 いろんなことが起こりすぎて麻痺しかけていたが、真夜中の森で、人魂の通り道に立っているなんて正気の沙汰じゃない。

 

 

(私たちも、帰ろう。できるだけ、早く)

 

 

 口に出してしまえば、勘違いした幽霊を連れてきてしまうかもしれないと思い、私は頭の中で言葉を発した。

 

 

『そう、だな……』

 

 

 少し名残惜しそうにする弥怒だったが、ほどなくして本人の方から、行こう、と促されたので、私は無妄の丘を降りることにした。

 

 

 

 勘を頼りに森を抜け、来た道を戻り望舒旅館へたどり着く頃には、日が高く昇っていた。

 

 

(さすがに腹が減った。望舒旅館で何か食べよう)

 

 

 ちょうど昼時までにここまでたどり着けて良かったと私は軽く安堵する。

 

 弥怒はあれからずっと黙っているし、ひとりで無妄の丘をさまよい続けるのは本当に怖かった。

 

 

 やれやれとため息交じりに望舒旅館へ近づくと、何やら様子がおかしい。

 

 旅館前の広場にある掲示板の周りに、人だかりができている。

 

 私は不思議に思い、その前で足を止めた。

 

 

「珍しいこともあるもんだなぁ」

 

 

 取り巻きの一人が、そうつぶやく。

 

 掲示板までの人の垣根は厚く、背伸びしても字が小さくて読めない。

 

 人を押しのけていくほどの勇気もなかったので、私は隣にいた男に尋ねてみることにした。

 

 

「すみません、今来たばかりなのですが、何かあったのですか?」

 

 

 先ほどまで首をかしげていたその男は、私に気が付くと、親指で掲示板を指し示す。

 

 

「いやぁ、何でも望舒旅館が、本日は休館なんだと。俺は今まで何度もここを利用してきたが、こんなことは初めてだぁ。なんかあったのかなぁ」

 

 

「そんな……ここで昼食を取ろうと思っていたのに……」

 

 

 私はここ数日の疲れがどっと押し寄せてくる感覚を覚えた。

 

 その様子を見ていた男は、うんうんとうなずく。

 

 

「わかるぜ、あんちゃん。ここは行商人たちにとっても、オアシスみたいな場所だからなぁ。ここの杏仁豆腐を食べれば、疲れも吹っ飛ぶって言うのによぉ。ま、こんなこともたまにはあるさ。そっちで簡易的な調理場なら解放されているから、今日ばっかしは自分で作るこったな。まあここに来るような奴の料理の腕は、ただが知れてるってもんだ。次の街まで、ちゃんとした飯はお預けだな」

 

 

 男の指さした方を見れば、携行式の竈が数台並んでおり、自由にお使いくださいと書かれた紙が張られていた。

 

 商売に目ざとい者たちが、その近くでござを敷き、食材を並べて売っている。

 

 私は男に軽く会釈すると、露店へ向かった。

 

 

 売られている食材自体は新鮮で問題なかったが、璃月港で見る価格よりも1割から2割ほど高い。

 

 とはいえこの近くで店などやっているはずもなく、私は仕方なくやや割高な魚肉と米麺、キンギョソウを購入する。

 

 

 私は使用されていない竈を使わせてもらい、魚肉の焼麺を作って食べた。

 

 

 味は、いたって普通。

 

 

 そりゃそうだ、私が普段調理し、食べているものなのだから。

 

 私が人心地ついたころには、だいぶあたりの気温も上がっていた。

 

 少し汗ばむので、私は両手の袖をまくる。

 

 

 右手の袖に手をかけた時、やや戸惑った。

 

 胡桃の槍を止めるほどの元素力が、この腕を通ったのだ。

 

 元素を取り込みすぎると体に良くないという話は私も聞いたことがある。

 

 特に、スライムを好んで食べていた者がお腹を壊した、とか、霧氷花を齧って病院に運ばれた、だのと言ったうわさ話ばかりだが。

 

 袖を思い切ってまくり上げてみれば、特にあざや変調はない。

 

 私は人知れず少しほっとする。

 

 そのままテーブルの脇に置いてあった、誰かが入れたやかんの茶を拝借し、私は手元の椀にそそいだ。

 

 

 ほんのり黄味がかった刈安色の茶はさっぱりとしていて、口直しにはちょうどよい。

 

 

 もうしばらく休憩してから出発しようかと、ぼんやり帰路の算段を立てているとき、先ほど掲示板の前にいた男がテーブルの向かいに座った。

 

 

「よう、また会ったな、あんちゃん。ここ、いいかい?」

 

 

「あ、ああ」

 

 

 男が持っていた皿の中には、微妙に焦げている目玉焼きが3枚ほど重ねられていた。

 

 本当に料理は得意ではないらしい。

 

 男はあまり行儀がいいとはいえない食べ方で目玉焼きを頬張ると、こちらを見ながらわずかに目を細めた。

 

 服装からして、璃月のどこかの商会に属する商人なのだろう。

 

 ただ、お世辞にも儲かっていそうな身なりではなかった。

 

 

「あんちゃん、その椀、貸してくれねぇか」

 

 

 男に言われるがまま、私は自分が飲み干した椀を男へと差し出す。

 

 へへへ、と下卑た笑いを浮かべながら、男は椀をゆすぐこともなく、茶を注ぐとぐいとあおった。

 

 椀自体は旅館の借り物なので、私の物というわけではない。

 

 だから、男が私の使いかけを使おうが全く構わないのだが……。

 

 私はこういうタイプの、馴れ馴れしい人間があまり得意ではなかった。

 

 

 席を移るわけでもなく立つわけでもなく、私は気まずさを紛らわすために、男を視界に入れないよう注意しながら水辺の景色を眺める。

 

 

 がしかし。

 

 

 

「なあ、あんちゃん」

 

 

 ……やはり、男は声をかけて来た。

 

 なんだかそんな流れになる気がしていた。

 

 ほかにも空いている席があるにもかかわらず、私の正面に座ったのは私に用があるからだ。

 

 あまり関わり合いになりたくなかったが、仕方ない。

 

 

「なんですか?」

 

 

 私は感情を表に出さないよう気を付けながら、平静を装い聞き返す。

 

 

「ひひ、ちょっとな。実はよ、俺は璃月の石商なんだ。だが、ちょっと商売がうまくいかなくてな。なんでもモンドの果実は結構実入りがいいと聞いたんで、こっちのほうまで足を延ばしてきたんだが……」

 

 

 そこまで言うと、男は声を落としてひそひそ声になる。

 

 

「あちらでの仕入れを考えると、ちょいとばかし懐が寒くてな」

 

 

 ああ、モラの無心か、と私は直感した。

 

 今までも望舒旅館で何度かこのような場面に出くわしたことがある。

 

 彼らは望舒旅館に泊まるモラも惜しいため、大抵旅館の近くにテントを張り野宿するのだ。

 

 その中でも食事すら旅館でとれないもの、食事だけは旅館で食べる者と二分される。

 

 なにはともあれ望舒旅館の表では、こういう輩に絡まれることは珍しくはないというわけだ。

 

 旅行に慣れた人々は口をそろえて同じことを言う。

 

 返答に困ったときは、きっちりと断ることが大切だ、と。

 

 私もそれにならい、できるだけ物腰柔らかに断ることにした。

 

 

「すまない。実は私自身もそこまで裕福というわけではない。残念だが、こちらも手持ちが心細いんだ」

 

 

 男はにたりと口元を歪めると、鼻で笑った。

 

 

「まあまあそう言わず。なにもタダでモラをもらおうってわけじゃない。情報を売りたいんだ、俺は」

 

 

「……情報?」

 

 

 男はうなずく。

 

 

「ああそうだ。ちょっとした儲け話さ。途中までは無料だ。もし続きが聞きたくなったら、500モラでいい。どうだ?」

 

 

 私は少し考えた。

 

 途中までは無料と聞けば、害はないように思える。

 

 金額も、ただが知れている。

 

 正直胡散臭いので、あまり相手にしたくはないが、こちらも今食べ終わったばかりで席を立つには早すぎる。

 

 

 私は仕方なく、首を縦に振った。

 

 

「へっへっへ、まいど」

 

 

「まだ、買うとは決まってないぞ」

 

 

「ああ、ああ。構わねぇ構わねぇ。ほいじゃあ、俺の持ってる情報を途中までおすそ分けだ。こいつを知れば、璃月港じゃちょっと有名人、いやもしかすると、うまくやれば一儲けできるかもしれねぇ」

 

 

 男は少し興奮した様子で語り始めた。

 

 その語り口はとてもこの商売を始めたばかりとは思えぬ身の入りよう。

 

 恐らく、こうやって観光客や暇を持て余した商人に話をして日銭を稼いでいるのだろう。

 

 石商というのも、なんだか怪しいくらいだ。

 

 

 なんにせよ、私は話半分で男の話に耳を貸すことに決めた。

 

 

「前置きが長い話は苦手なんです。本題に入ってもらえませんか」

 

 

 ため息交じりにそう告げると、男は少しむっとするもすぐに表情を元に戻し、演技がかった声色で尋ねてくる。

 

 

「なあ、あんちゃん。あんちゃんは……幽霊を見たことあるかい?」

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 思わず、私は聞き返してしまう。

 

 タイミングが悪すぎたのだ。

 

 先ほどまでこの世ならざる者たちに囲まれていた私は、この手の話にどうしても反応してしまう。

 

 

 しまったと思った時には、もう遅かった。

 

 

 男は私のやや驚いた顔を見て、にやりと笑う。

 

 

「実はなぁ、俺は見ちまったんだよ、ここに来る途中に。ひとりの幽霊じゃねぇ。何人もの幽霊が、列をなして歩いていく姿をな」

 

 

 私はごくりと喉を鳴らす。

 

 

 もしかすると、胡桃が言っていた、南西に向かった幽霊たちなのだろうか。

 

 

「気に、なるかい……?」

 

 

 男はニタニタと欠けた歯を見せながら、こちらの顔色を窺っている。

 

 その時、私はあることを思い出していた。

 

 それは、夢の中、弥怒が死に際に言った一言。

 

 

 

 ――この璃月に災いが降りかかるとき。この札は必ず夜叉たちの力となろう。

 

 

 

 弥怒は確かにそう言った。

 

 

 私の背中を、ゾクゾクと悪寒が這いあがってくる。

 

 今まで閉まっていることなど一度たりともなかった望舒旅館の、突然の休館。

 

 本来向かうべき境界へ向かわずに、はぐれた幽霊たち。

 

 弥怒がこの現代に、長い眠りから目覚めた意味。

 

 私の頭の中を一見つながりのない出来事が、ぐるぐると回る。

 

 まるで、すべての事柄は連続しているとでも言いたげに。

 

 私はそんな妄想を振り払おうと顔を横に振る。

 

 

 男は相変わらず嫌な笑みを浮かべていて、続き、聞きたいかい? と手のひらをこちらに向けて差し伸べて来た。 

 

 続きは金を払え、ということだろう。

 

 私は男の掌をじっと見つめる。

 

 

 男の手は皮張っていて青白く、あまり健康そうには見えなかった。

 

 

 そのせいか、私の脳裏に男の言っていた情景がぼんやりと浮かんでくる。

 

 人気のない道を、列をなして歩いていく無数の幽霊たち。

 

 誰も何も言わないのに、示し合わせたかのように同じ方向へと進んでいく。

 

 その先には、何かおぞましいものがあるように感じられてしかたなかった。

 

 気が付くと私は、懐から500モラを取り出し、男に手渡していた。

 

 

「へへ、まいどあり」

 

 

 男は低い声でそうつぶやくと、語り始めた。

 

 

 彼が出くわした、不気味な体験談を。

 

 

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