怪しい石商にわずかだがモラを払い、話を聞くことにした。
胡散臭い男だが、なぜか親近感を感じる。
なぜだろう。
彼の話す情報に、果たして価値はあるのだろうか。
――これは層岩巨淵のイベントストーリーの裏側で巻き起こる、もう一つの護法夜叉の話。
「ここ最近のことだ。言っとくがこいつは本当の話さ。俺はあの日、璃月港でちょいとばかしいい商売の話を聞いたんだ。なんでも青墟浦に宝盗団が隠したどえらい量の石珀が眠ってるらしいってな。へへ、あんちゃんも男ならこの類の話を聞いたらワクワクするだろ……? まあ安心するといい。この話はガセだった。そんなうまい話、そこらへんに転がってる方が不思議なもんさ。だが俺は青墟浦に向かった。なぜだと思う?」
私は静かに首を横に振る。
男はへへっと笑い、手に持つ箸の先端を私に向けた。
「商売だよ商売。そういった話に引っかかるのは命知らずで脳みそが足りない連中ばかりってもんさ。そういう奴らはたいてい準備なんてしやしねぇ。目的地についたはいいものの、あれやこれや足りないものに気が付くのさ。そこに商機があるってもんさ。俺は石を詰めるための麻袋を荷車に一杯と、一袋分の石珀を購入して青墟浦に向かった」
「石珀を探しに行くのに、石珀を買っていくのですか?」
「まあまあ、話は最後まで聴くもんだぜ、あんちゃん」
楊枝で歯を掃除しながら、男はもったいぶる。
私はなかなか進まない話にイライラしながらも、気づけば男の話に聞き入っていた。
「俺は夜が明ける前に青墟浦にたどり着くと、少し手前の街道に店を広げた。太陽が真上に来る頃にはちらほらと話を聞きつけたお馬鹿さんどもが集まってきたさ。そこで俺は言うんだ。俺は石商だ。璃月港で例の話を聞きつけて袋を大量に買ってきたが、運悪く足をくじいてしまった。おかげで遺跡の奥を見る前に引き返す羽目になってしまった。損した分を取り返すためにも、この麻袋をお前たちに売りたいってな。奴らはホイホイ買っていったさ。奴らの目線は俺の荷車にくぎ付けだった。わざと口を緩めたひとつの袋には、ぎっしりと石珀がはいっているからな。おいおい、そんな怖い顔をするなよ。俺は別に、誰かをだましたわけじゃないぜ。ただ奴らが勝手に、俺が自分で買った石珀を遺跡で見つけたものだって勘違いしただけだ」
私は男の顔に少し嫌気がさして、小さくため息をついた。
こういった輩は璃月では珍しくない。
彼らのような人間は詐欺まがいの商売を繰り返すし、だまされる人間も後を絶たない。
その構図は痛いほどよく理解できた。
なぜなら、一昔前は私もこの男と同じ側に立っていたのだから。
いや、完全な詐欺だった分、私の方がこの男よりもたちが悪かったかもしれない。
「面白いのはここからだ。案の定、何も見つけられなかった男たちが空っぽの麻袋をもって、とぼとぼと帰ってきた。その姿を見て、俺はいかにも慈悲深そうな声色でこう声をかけるのさ。おお、どうしたんだ、見つからなかったのか石珀は。そうか……。もしかしたら俺が取ってきたこの石が最後だったのかもしれないな。まさか、そんなはずは……ってな。それを聞いた相手が多少苛立ったところを見計らい、俺はこう言うのさ。なあ、お前たち。手ぶらで帰るのもなんだから、一つ、商売をしないかって調子でな」
男は声のトーンを落とし、ひそひそ声になる。
「奴らに俺はこう言うのさ。俺の石珀をまずは買え。そして袋と一緒に璃月港に持ち帰るんだ。そして何も知らなそうなやつにこう声をかけろ。とある場所で石珀が大量に手に入るうわさを聞いて行ってみた。すると、俺でもこの石珀を手に入れることができた。袋いっぱいに石珀を詰めていた奴も見た、とな。そうするとそいつはこう尋ねてくる。それはどこだ、とな。そうすればこう言ってやるといい。ただで情報は出せねぇ。せめて、石珀二つ分ぐらいの情報量はもらわねぇとってな。そうすりゃあ、今お前が俺から買う石珀一つ分、行きしがら買った麻袋分を足してもおつりがくる。あとはお前が聞いた噂話通り話してやりゃあいいってな」
誰も嘘をついていねぇし、勝手に勘違いした奴が悪い、そうだろ、と男は肩をすくめて見せた。
確かに間違ってはいない。
その通りだ。
だが……。
『下種だな』
(……そう、だな)
弥怒の声に強く返すことのできない自分が情けない。
だが、目の前の男が完全な善人でないことは間違いのない事実だ。
とはいえ、千岩軍に突き出すことも難しい。
彼らは、悪に染まるか染まらないかのぎりぎりの境界線を見極める知恵だけは働くのだ。
つい、私は表情を曇らせる。
男はわざとらしく、おどけた調子で両腕をさすった。
「おお怖い怖い、まあまあ、気持ちはわかるさ。こんな話、あまり聞きたいもんじゃねぇだろ。胸糞悪いってのもよくわかる。だが安心してくれ。うまい事やろうとした悪い奴には天罰が下るってもんだ」
そう言うと男は急にしおらしくなり、大きく肩を落とした。
「ん? うまいことモラをせしめたんじゃなかったんですか?」
私の問いかけに男は小さくうなずくが、その表情は浮かない。
「ああ、商売自体はうまくいったさ。俺は麻袋と石珀の代わりにモラがぎっしり入った小袋を荷車に積み、鼻歌を歌いながら璃月港へと向かった。このやり方であと2、3日は荒稼ぎできると思ったからだ。だが、そうは問屋が卸さなかったんだ。あれはちょうど、太陽が西の山に沈み、お月様がのぼりはじめた頃だった」
男の声色が、先ほどまでと打って変わって、真剣なものへと変わった。
見れば、その瞳が微かに揺れている。
まるで恐怖を感じているかのように。
私はごくりとつばを飲み込んだ。
「そのとき、街道には俺一人だけだった。他には誰もいやしねぇ。月と、風になびく馬尾と、岸壁に揺れる瑠璃袋。な、風流なもんだろ? いつもならな。だがその時の俺はなんだか胸元がざわついて仕方がなかった。商売がうまくいきすぎて怖いとかそういった類じゃねぇ。もっとなにか、おどろおどろしい気配を感じていたんだ。そしてとうとう、俺は見つけてしまった」
男は冷汗を額ににじませながら、身を乗り出す。
「人魂だよ」
ざわり、と体中の毛が逆立つのを感じた。
男はそんな私を気にも留めず話を続ける。
「この目ではっきり見た。街道の真ん中で、ポツンと青白い火の玉が浮いているんだ。最初は見間違いかと思って何度も目をこすった。でもそいつは間違いなくそこにいたんだ。それどころか、こっちに向かってゆらゆらと近づいてくるじゃねぇか。俺はあわてて荷車を道の脇に止め、草むらに身を隠した。草をかき分けて様子を探った俺は、今度こそ腰を抜かしてしまった。人魂はひとつじゃなかったんだ。最初の人魂を先頭に、うじゃうじゃうじゃうじゃ、人魂の大行進さ。開いた口がふさがらなかった俺は、まるで夢でも見ているのかと思ったよ。そうしてしばらく人魂の群れをただただ茫然と眺めていると、その瞬間はやってきた。そうさ、俺が悔やんでも悔やみきれない、最悪の瞬間。そいつは荷車の方からやってきた。そうさ、麻のこすれる小さな音だよ。きちんと縛っていなかったモラ袋から、あと少しでモラがこぼれそうになっていたんだ」
男はしかめっ面で頭を抱えた。
「なんでもっとしっかり縛ってなかったんだって俺は俺自身を殴りたかったよ。でももう後の祭りさ。モラ袋からこぼれたモラが転がり、派手な音を立てて地面に落ちたんだ。あの時のことを俺は忘れられねぇ。人魂には前も後ろもねぇはずなのに、確かに俺は感じたんだ。数十、いや、数百の人間の目線ってやつを」
ぶるり、と体を震わせて男は目をつぶる。
先ほど同じような経験をしてきた私は何とも言えない同情のようなものを男に感じた。
いたたまれなくなって注いであげた茶の椀を、男は礼も言わずに飲み干す。
顔の汗を手でぬぐいつつ、男は話を締めくくる。
「俺はそういうわけでモラも荷車もおいて一目散に逃げて来たのさ。おかげで商売は大損さ。手持ちもほとんどなくなってしまった」
なるほど、と私は納得した。
この男がこの望舒旅館で、なぜこんなあこぎな商売をしているのかがよく分かった。
「それで? 結局売りたい情報ってのは、何だったんですか?」
男は当時のことを思い出すのに夢中で本題を忘れてしまっていたのか、私の言葉にはっとする。
「あ、ああ。情報ってのは、俺の稼いだモラが、まだ青墟浦に置きっぱなしってこととだ」
私は眉間に皺を寄せる。
そんな何日も前に置き去りにされた街道沿いのモラなんて、誰かに拾われているに決まっている。
万が一残っていたとしても、その確率は非常に低いだろう。
男は私の表情を見て慌てて付け足した。
「ま、まてまて。そうだ、こうすればいい。あんちゃんは、このお化けの話を他の奴に話せばいいんだ。モラの話はついででいい。それで、情報料でいくらかもらえばいいんだ。そうだな、あの幽霊たちの向かっていった方角を考えると……今頃は層岩巨淵ぐらいにはついているんじゃないか? 多分そこに行けば、たくさんの幽霊が見られるぜってな。どうだ?」
男の表情はいつの間にか、あのうさん臭いニタニタ顔に戻っていた。
腰を抜かすほどの恐怖体験をしたというのにも関わらず、懲りないものだ。
私は男の肝の据わりっぷりに舌を巻きつつ、首を横に振った。
「申し訳ありませんが、私はあなたと同じことをするつもりはありません。この話も信じられるかどうか定かではないですし」
私は席を立ちながら男に告げる。
「あまり他国で璃月の品位を落とすようなことはしないでくださいね」
男は一瞬キツネにつままれたような顔をした後、鼻白みながらも私に捨て台詞を投げて返す。
「へん、まあそうくるとは大方予想はついていたがよ。だがな、あんちゃん。この話は作り話じゃねぇぞ。俺は紛らわしい話は大好きだが、嘘は好んでつかねぇ。まあ、信じるも信じないもあんちゃん次第だがな。はっ、せいぜい気を付けて旅しなよ、あんちゃん」
私は振り返ると、片手をあげた。
「そちらも。ちゃんとした商売の方でうまくいくことを願ってますよ」
男が最後、どんな顔をしていたのか、私は知らない。
もう会うこともないであろう男をテーブルに残し、私は望舒旅館を後にした。
空は晴れ渡り、心地よい風が吹いている。
腹に入った飯が体全体にいきわたり、活力に満ちていた。
少し休憩したので、足取りもだいぶ軽い。
この調子だと、夜までには璃月港に到着できるだろう。
私は鼻から空気を勢いよく吸い込むと、肺の中を新鮮な空気で満たした。
そうだ。
璃月港についたら、まずは洗濯をしよう。
うん、それがいい。
この服は汗と泥でだいぶ汚れてしまっている。
胡桃から逃げ回ったせいで、ところどころ枝が刺さって穴が開き、ほつれも見られる。
裁縫仕事は苦手だが、残念ながら頼む相手はいない。
自分で取り繕うしかないだろう。
『平安』
そうだ、服を直すのであれば、糸や生地がいる。
明日は璃月の市場で、買い物をしようか。
いやそうとなると、新しく服を新調してもいいかもしれない。
しばらく、服は買っていなかったからなぁ。
思い切って、今の服とは違った色の服を買ってみるのはどうだろう。
『おい、平安』
(…………なんだよ。弥怒)
私はぶっきらぼうに言葉を返す。
本音を言うと、しばらく弥怒を無視したい気持ちが強かった。
だからあえて、自分の気持ちが弥怒の方へ向かないよう、別のことを考え続けていた。
なぜなら――。
『ひとつ、頼みがあるのだが』
これまでの流れを考えると、弥怒がこう切り出してくるのは、火を見るよりも明らかだったからだ。
璃月港にモラミートを食べに行くときも、胡桃のお化けツアーに参加するときもそうだった。
弥怒が何かを頼んでくる雰囲気を予測することは、もう難しいことじゃない。
しかし、だ。
『先ほどの男が言っていた、層岩巨淵が気になるのだが少し――』
「嫌だ!」
私は自分の声量に驚く。
あまりにもはっきりと叫んでしまったため、あわてて周囲を見回したほどだ。
幸い、誰も周りにはいなかった。
私は軽く胸をなでおろす。
『っ……』
弥怒はひどく驚いたようで、話そうとしていた言葉を飲み込んでしまった。
チクリと胸元に痛みを感じる。
だが、私はその痛みにすら、無視を決め込むことを決めていた。
今回、私は大いに懲りたのだ。
こんな旅になるなんて、想像すらしていなかった。
ちょっとした日々の刺激として、お化けを胡桃の背中越しに見る程度だと考えていた。
ましてや、命の危険を感じたり、夜の森を走り回るなんて想像だにしていなかった。
私が目を落とせばそこには、広げた手に豆ひとつない、太くも無く、細くもないごく一般的な両腕。
その腕に昨晩胡桃から身を守った時の輝きと、夢の中で弥怒が息を引き取った時の黒い痣が重なった。
神の目をもたない人に、元素がどんな影響を及ぼすか、わからないんだから――。
別れ際に胡桃が口にした言葉が、耳にこびりついて離れない。
(なあ、弥怒)
押し黙る弥怒に私は語り掛ける。
(私は、確かに言った。できる限り、弥怒の力になると)
『……』
(だがそれは、あくまで私にできる範囲での話だ)
『わかっている、だから、少し見に行くだけで構わない』
(いいや、何もわかっていない‼)
私は歯を食いしばり、拳を強く握りしめた。
(今回のお化けツアーはどうだ? あんな風に追いかけまわされることを、弥怒は予想していたっていうのか?)
『……ぬぅ』
(さっきからヒリヒリ痛む膝の擦り傷も、この服の破れも想像していたっていうのか⁉ あそこで本当に胡桃の槍が刺さっていたら、弥怒は責任を取ってくれていたのか⁉)
『…………』
弥怒は押し黙ってしまった。
黒い靄のようなものが私の心に昏い影を落とす。
八つ当たりだって言うのは、自分でもよくわかっていた。
だからこそ、膨らんでいく怒りが自分でも制御しきれない。
ああ、小さい。
あまりにも小さい。
私という人間は、矮小でひ弱で臆病で、卑しくずるいのだ。
こうやって弥怒が言い返さないことをわかった上で責め立てる、嫌な奴なのだ。
嫌いだ。
自分という人間が嫌いだ。
あの望舒旅館にいた男と私は、何も変わらない。
人が見れば、少し距離を置きたいと思ってしまう人種なのだ。
聖人君主のような弥怒や、どこまでも透き通った水のように純粋な伐難や、闇を振り払いながらも前を向き進んでいく胡桃とは、根本的に異なる。
つまり私は。
私は――。
ダメな、奴なのだ。
ああそうさ、屑と言われれば受け入れよう。
そんな奴が、自分の身を守って何が悪い。
おのれ可愛さに、大きな役目を背負った弥怒を困らせて何が悪い。
弥怒が指し示す先にある、得体のしれない恐怖から逃げて何が悪い。
危険から身を遠ざけ、コソコソと隠れて何が悪い。
いままでもそうやって、生きて来たじゃないか。
私は。
私のような人間は。
英雄にも、夜叉にも、勇敢な人という称号にさえも手が届かない。
手を伸ばすことすら、怖くてできないのだから。
「……家に、帰る」
私はそう短く告げて、先ほどまでより大股で歩いた。
誰もいないというのに、背中に痛いほど視線を感じた。
それは弥怒の視線か、境界の向こうの伐難の視線か。
はたまた、札を守り抜いた王深の視線か。
いや、自分自身の良心が放つ視線だったのかもしれない。
私はそれらをまるで振り払うかのように、俯きながら前へ前へと進んだ。
やがて日が落ち、月明りの中を相も変わらず私は無言で歩き続ける。
ぐつぐつと腹の底で何かが煮えたぎっていた。
それをぶちまけることもできず、抑え込むこともできず、ただずっともやもやとした気持ちを抱えたまま時間だけが過ぎていく。
やっとの思いでたどり着いた璃月港の明かりを見た時でさえ、私の心は髪の毛一本たりとも動かされることはなかった。