護法戦記   作:ほすほす

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私は平安。護法戦記という小説を執筆している。

取材のため、私は弥怒と層岩巨淵を目指し街道を歩き続けている。
景色を楽しむのもいいものだが、こうも手持無沙汰ではな。
そうだ、ずっと聞こうと思っていたあれを、弥怒に聞いてみるとするか。

――これは層岩巨淵のイベントストーリーの裏側で巻き起こる、もう一つの護法夜叉の話。


護法戦記 27話 後ろ姿

 

「なあ弥怒」

 

 

『なんだ平安』

 

 

 晴天の下街道沿いに歩きながら、私は弥怒にずっと気になっていたことを尋ねてみた。

 

 

「言いたくなかったら別に流してくれても構わないんだが、伐難以外の仙衆夜叉について、教えてくれないか?」

 

 

 弥怒は快諾する。

 

 

『構わんぞ。己れのことを気遣う必要はない。何が知りたいのだ』

 

 

 全部、と言いいところだが、そう来られると弥怒も困るだろう。

 

 私は少し悩んだ末、各々どういった特徴があるのかを聞いてみることにした。

 

 

『うむ……。誰から話そうか。そうだな。まずは騰蛇太元帥、浮舎から話していくとしよう』

 

 

「す、少し待ってくれ、控えさせてほしい」

 

 

 私は慌てて鞄から原稿用紙を取り出し、筆を構える。

 

 

『……よいか?』

 

 

「ああ、頼む」

 

 

 コホン、と咳払いをひとつしてから、弥怒は語り始めた。

 

 

『騰蛇太元帥浮舎は、仙衆夜叉の中でも腕の立つ男だった。性格は豪快奔放。人一倍情に厚く、民草のことを誰よりも大切にしていた。四つの腕を持つ巨漢で、妖魔必滅を誓いとしていたな。闇討ち、奇襲を得意とし、幻影を用いて戦う。奴の繰り出す掌打は地を裂き、滝を割った。それらを幻と織り交ぜ、妖魔を確実に死の淵へと追い詰めるのだ。奴との組手は非常にやりづらかったのを覚えている。実体かと思えば幻。幻かと思えば実体。数十を超える拳に襲われたときは、さすがにそのほとんどが幻かと思い、守りを一部に集中させたが失敗だった。実際はその逆。すべてが実体を持つ、高濃度に凝縮された雷元素の塊だったのだ。あれは痛かった……』

 

 

「な、なるほど……」

 

 

 こうやって弥怒に取材したのは、覚えている限り初めてだったかもしれない。

 

 もっと早く聞けばよかった、と思い、いや、それは違うなと考え直した。

 

 これまで弥怒と過ごした日々が、ここまで弥怒を饒舌にしたのだ。

 

 ちょっぴり嬉しかったので、私はそうに違いないと勝手に結論付けた。

 

 

『……次の仙衆夜叉の説明に移ってもよいか?』

 

 

「あ、ああ……よし、書き終えた。続けてくれ」

 

 

『うむ。次はそうだな。浮舎にべったりだった応達のことでも話そうか』

 

 

「応達……」

 

 

 私が繰り返すと、弥怒がそうだ、と相槌を打つ。

 

 

『応達は火鼠大将と呼ばれていた。仙衆夜叉の中でも、特に体術に秀でた夜叉であった』

 

 

 原稿の端まで書ききってしまったので、私は鞄から新しい紙を追加した。

 

 こちらを気遣い、少し待ってくれた弥怒は私の準備が整ったのを確認し、続きを話し始める。

 

 

『彼女の武を一言で表すのであれば、つむじ風に舞う柳の葉。ひらひらと舞いつつ、敵を剣で鋭く切り伏せる』

 

 

「ほう。華麗な夜叉もいたものだ」

 

 

『いや、違う。その逆だ』

 

 

 弥怒はため息交じりに私の言葉を否定した。

 

 

『応達は、仙衆夜叉の中でも、一番苛烈な性格をしていた。普段は温厚で淑やかなのだが、こと戦闘になると勝気な性格があらわになる。なかなか極端な特徴を持った夜叉でな。彼女の武術は大したものだったが、腕力は仙衆夜叉たちの誰よりも弱かった。人間の夜叉にすら、力比べで負けることがあったぐらいだ』

 

 

「い、意外だな……」

 

 

 てっきり、仙衆夜叉はすべてにおいて人に勝っているとばかり思っていたので、私は驚きを隠せない。

『だがそれは、平時の間だけだ。彼女に流れる血は、大気に触れると灼熱の炎と化す。燃え上がる炎元素は彼女の鎧と化し、応達の脆弱な筋力を外殻から補助した』

 

 

「つまり……追い詰められ傷を負えば追うほど、強さを増すということか」

 

 

『その解釈に誤りはない。負けず嫌いな彼女は、戦いの最中いつも怒っていた。まだ足りない、まだ足りないと。始動が遅い応達を助けるため、常に精鋭たちが部隊につけられた。その事実も、プライドの高い彼女にとっては足かせだったのであろう。とはいえ、全身に炎を纏った応達は、まさに怒りの具現とも言うべき無双の強さを誇ったものだ』

 

 

「すごい……。今まで想像で描いていた夜叉たちの姿が、こうも鮮明になる日が来るとは」

 

 

 私が舌を巻くと、弥怒は鼻で笑う。

 

 

『当たり前だ。己れが直接目で見た情報を話しているのだからな。なんだ、お主は夢で見たのではなかったのか』

 

 

 弥怒に指摘され、私はやや口ごもりながら言い訳をする。

 

 

「み、見たのは見たが、主に伐難についてだ。いや、最初の方に見た夢には、他の夜叉も出てきていたか……? と、とにかく続けてくれよ」

 

 

『む、まあよい。それでは応達の最期については、知らないのだな』

 

 

 私は歩きながら、こくりと頷いた。

 

 

『どうする? 話してもよいが、あまり心地よい話ではないぞ』

 

 

「大丈夫だ。教えてくれ」

 

 

 私ははっきりとそう告げた。

 

 伐難の夢を見て、夜叉たちがどのような戦いに身を捧げたのかは、おおよそ理解できている。

 

 その結末が、決して諸手を上げて喜べることでないことも、分かっている。

 

 

 

 それでも、私は知りたかった。

 

 

 

 生粋の夜叉収集家としての渇望がないと言えば嘘になる。

 

 

 しかし私が一番知りたかったのは、私の頭の中にいる男がどのような仲間と共に生き、何を感じたのかだった。

 

 

 弥怒は少し考えこんだのち、言葉を選びながら確かめるように語りだす。

 

 

『応達は先ほど述べた通り、難儀な体質を持っていた。傷を負いながら戦うため、業障を持つ妖魔と戦うといった点では、一番影響が早く出るのも致し方なかっただろう。応達は晩年、戦い以外の場でも癇癪を起しやすくなっていた。他人に突っかかり、よく喧嘩をするようになる。それを諫めることができたのは、彼女が慕っていた浮舎だけだった。だからだろうか。己れも彼女のことを、浮舎に任せっきりになっていた。癇癪が日に日にひどくなっていても、こと戦闘においては問題ない。むしろ、多少冷静さを欠いた彼女の方が、より敵を制圧する時間も早かった。だからこそ、己れは気づけなかったのだ。……彼女の心が、すでに擦り切れてしまっていることに』

 

 

 気づけば、メモを取る手は止まり、私は弥怒の話に聞き入ってしまっていた。

 

 淡々と語られる応達の話は、悲哀の色を濃く孕んでいる。

 

 私には、そう感じられた。

 

 

 だからこそ、集中を切らすことができない。

 

 

 私は弥怒の放つ一言一句を、脳髄に焼き印のように刻み込んでいく。

 

 

『ついに、その日は訪れた。己れはその夜、焚火の音に紛れて、初めて応達と浮舎が野営地で喧嘩している声を聞いた。浮舎が応達の出陣を許さず、応達がそれに食って掛かっているようだった。かなり長い時間口喧嘩をしていたはずだ。己れは聞き耳を立てるのも悪いと思い、離れた木陰で体を休めることにした。ほどなくして顔を上げると、ふいと己れの目の前を、話を終えた応達が顔を引きつらせて横切っていった。どこへ行くのだと手を伸ばそうとしたが、背後から浮舎に止められた。己れ達二人を置いて、応達の背中が遠ざかっていく。彼女が去った後には、焦げ付いたような香りだけが残されていた。……それが、己れが見た、応達の最後の姿である』

 

 

「……それで、終わりなのか……?」

 

 

 あまりにもあっけない幕切れに、私は肩透かしを食らった。

 

 弥怒は苛立たし気に、己れが直接聞いた話はな、と付け加える。

 

 その怒りは、他でもない弥怒自身に向けられているようであった。

 

 

 恐る恐るなぜ浮舎を振り切って止めなかったのか、と私が聞けば、仕方がなかったのだ、と悔しがる弥怒の声。

 

 聞けば、仙衆夜叉たちは基本的に別行動らしい。

 

 よほど多くの妖魔の軍勢か、強大な敵でない限り、各個撃破を主とした首領の集まり。

 

 戦場は一つではなく、それぞれに持ち場があるのだ。

 

 

 戦場に赴く夜叉を止められるのは、岩王帝君より人員采配の任を負った浮舎のみである。

 

 浮舎でさえ止められなかった応達を、弥怒が止めれば、浮舎の面子を潰すことになりかねない。

 

 そう聞けば、私も黙るよりほかはなかった。

 

 

 しばらく私も弥怒も沈黙したまま、景色だけが横目に流れていく。

 

 銅雀の寺を通り過ぎ、青墟浦までの道のりを半分ほど進んだあたりで、やっと弥怒がため息と共に口を開いた。

 

 

『ここからは応達の部下や近くで戦っていた夜叉から聞いた話なのだが』と前置きした上で。

 

 

 私は再び耳を傾ける。

 

 

『応達は己れたちと別れた後、戦場に到着し開戦するや否や、部下たちを振り切り敵陣にたったひとりで突っ込んでいったらしい。火柱を上げる彼女に、多くの妖魔が群がった。その様子はまるで、飛んで火にいる夏の虫のようだったとある者は言った。しかし、そのような戦い方で、長く持つはずもない。最後には彼女の怒りに満ちた絶叫が、敵味方入り乱れる戦場に長く、長くこだましていたという』

 

 

「それは……壮絶、だな……」

 

 

 弥怒はため息をつきながら補足する。

 

 

『己れが思うに、応達は負けたくなかったのだろう。妖魔に、業障に、自分自身に。そして同じくらい、必要とされたかったのだろう。浮舎や、岩王帝君に』

 

 

 聞きながら頷く私は、もう手記を取ることすらしなかった。

 

 そんなもの、必要ない。

 

 

 記憶が鮮烈であればあるほど、忘れたくても忘れられないものだ。

 

 

 伐難の夢に続き、弥怒の口から語られる応達の話もまた、私の心を大きく揺さぶるものだった。

 

 

『最期の戦いに、応達がどのような思いで向かったのか、その心中は誰にもわからない。いや、もしかすると彼女と一番多くの時間を過ごした浮舎にだけは、分かっていたのかもしれない。己れはあの野営の夜を今でも鮮明に覚えている。焚火に照らされた、あれほど悲しい表情をした浮舎の横顔は、以前にも以後にも、己は見たことがない』

 

 

「…………そうだったのか。弥怒、話してくれてありがとう」

 

 

『礼には及ばん』

 

 

 私は思いのほかずっしりと重たい話を聞いてしまったため、気持ちを整理するためにも道端の木陰に腰を下ろすことにした。

 

 休憩もはさまず夢中で歩き続けた足と、キリキリと痛む胃が悲鳴を上げていた。

 

 私は大きく深呼吸し、心を落ち着かせる。

 

 

 

 見渡せば水源豊かな璃沙郊の景観は美しく、街道から臨める湖面は太陽の光を受けきらめき立つ。

 

 水辺では三匹のヤマガラが、気持ちよさそうに水浴びをしていた。

 

 そよ風が草木を撫で、木漏れ日がゆらゆらと揺れている。

 

 そのあまりにのどかな光景は、時の残酷さというものを嫌というほどに物語っていた。

 

 

 心地よい微風に火照った体を覚ましつつ、私は物思いにふける。

 

 この地はたとえ過去にどれほど大きな戦いがあっても、どれほど誰かが深く悲しんでも、その全てを飲み込み沈黙する。

 

 忘却は慰めともとれるが、墓石のような冷たさも大地は同時に合わせ持つ。

 

 そんな無常の地の上で、我々璃月人は脈々と生をつないでいるのだ、と。

 

 

「応達も……どこかで伐難のようにさまよっているだろうか」

 

 

 服の裾をあおり風を送りながら、ぼんやりと弥怒に尋ねてみた。

 

 

『それはないだろう』

 

 

 弥怒ははっきりと言い切る。

 

 

『応達のあの性格だ。そうやって自分の弱みをさらけ出すことを、誰よりも嫌悪するだろう。もし仮に生を終えた後も怒っているのであれば、肩で風を切って境界の向こうへと旅立っただろうな』

 

 

 ふっと笑う弥怒の声を聞いて、私は少し安堵した。

 

 聞くだけでも辛い話だったので、心配無用と言われていながらもちょっぴり弥怒のことが気がかりだったのだ。

 

 

『続きを話すか? 浮舎、応達ときて、伐難は既に知っているだろう。残るはあの生意気な降魔大聖についてだが――』

 

 

 弥怒がそう言いかけたところで、私たちがやって来た方向から人の声が近づいてくる。

 

 

(……誰か来るようだ)

 

 

『うむ。行商人か?』

 

 

 弥怒の見立て通り、歩いて来たのは璃月商人風のふたり組。

 

 歩いている男がひとり、空の荷車を引く男がひとり。

 

 

 ちょうど私の目の前に差し掛かったところで、荷車を引いていた男が座る私に気付き、声をかけて来た。

 

 

「おっ、いいところに木陰があるじゃあないか。隣、いいかな?」

 

 

 肩にかけた手拭いで汗を拭きとりつつ、男は私に笑いかける。

 

 

「もちろん構わないさ」

 

 

 私が快く返すと、もうひとりの男が眉間に皺を寄せた。

 

 

「おい、さっき休憩したばかりだろう。このままじゃいつになっても青墟浦にたどり着けないぞ。誰かに先を越されたらどうするんだ。ただでさえあの稲妻人に絡まれて時間をロスしたんだ。多少無理をしてでも先を急ぐぞ」

 

 

「えー……」

 

 

 座り込もうとしていた男が、目に見えて肩を落とした。

 

 私は彼らの話を聞いていると、何かにピンと来る。

 

 彼らの荷物と青墟浦というキーワードは、どこかで、聞いたことのある話だったからだ。

 

 

「その、あなた方はもしや、青墟浦の石珀の話を、誰かから聞いたのではないでしょうか」

 

 

 それを聞いて、男ふたりは同時に顔を見合わせる。

 

 先ほどまで苛立っていた男が、目を白黒させながら私に聞き返す。

 

 

「ま、まさか、あんたも同業者か……?」

 

 

「ち、違う、違う」

 

 

 私は首を大きく横に振り、誤解を解くために、望舒旅館で会った男の話を彼らに伝えた。

 

 初めは訝しがっていた男たちだったが、被害者を増やし続ける手練手管を事細かに伝えると納得せざるを得なかったようだ。

 

 目に見えて顔に疲労感をにじませた男たちは、へなへなと地べたに座り込む。

 

 

「だから言っただろう、兄ちゃん。そんなうまい話はないって」

 

 

「う、うるせいやい」

 

 

 弟からなじられた兄らしき男は、わずかに涙声だった。

 

 ショックから立ち直れそうにない兄を差し置き、弟の方は私へにこやかに笑いかける。

 

 

「教えてくれてありがとう。これ以上無理をして何もなかったら、俺もだいぶショックを受けていたと思うよ。感謝する。早とちりしがちな兄にとっては、今回の件はいい薬になっただろうね」

 

 

「ケッ」

 

 

 背後で歯ぎしりする兄を弟はまあまあと諫め、額を流れ落ちた汗を袖でぬぐった。

 

 

「ごめんね。今日はいろいろうまくいかなかったから、兄も気が立っているんだ」

 

 

「それは、さっき言っていた稲妻人のことか?」

 

 

 男はコクコクと頷く。

 

 

「そう。朝港で会った稲妻人は、今日稲妻に向けて出港するところだったみたいなんだけど、それが角の生えた大男でねぇ。このまま璃月から帰ったら、荒瀧派? の名が廃っちまう、だとかなんだとかひとりでぶつぶつ言ってたね。どうやら土産もなしに手ぶらで稲妻に帰るのが嫌だったみたいだ。ちょうどその目の前でうちの兄が石珀の話を大声でしたもんだからさ。それを聞いた稲妻人が俺たちの間に割って入って来ると、俺たちについて行くって聞かなくって。そこからは取り分をどうするかで兄と稲妻人の大喧嘩さ。ほんと、その時は弱ったよ」

 

 

「それは……なんというか、災難だったな……」

 

 

 私が慰めると、男はやれやれと言った様子でため息をついた。

 

 

「まあ、向こうさんの連れの女の子がしっかりしていて助かったよ。後からやって来てすぐに状況を理解し、手に抱えていたモラミートをお詫びとして俺たちにくれたかと思ったら、角の生えた男の耳を引っ張って、鮮やかに船の方へと引きずっていったよ。あれは手馴れてるね。で、男はもちろん抗議していたけど、女の子にお尻を蹴飛ばされると、急にしおらしくなって、船に乗り込んで行ったっけなぁ。いやぁ、稲妻の女性は強いね……」

 

 

 苦笑いする男に私は相槌を打つ。

 

 

「なるほど。朝からなかなか濃い異文化交流をしてきたんだな」

 

 

「まったくだよ」

 

 

 ふう、と一息ついた男は、小首をかしげながら私に向き直った。

 

 

「それで? そっちは誰かに騙されたんじゃなきゃ、なんてったってこんなところに? ひとり旅でもしているのかい?」

 

 

「いや、そういうわけではないのだが、ちょっと層岩巨淵に取材をしに行こうと思ってね」

 

 

 私は少し気恥ずかしかったが、鞄から筆と原稿を取り出し男に見せる。

 

 男は感心した様子で、ほぉ、とあごに手を当てた。

 

 すると、男の背後から先ほどまで黙って聞いていた兄が、声を投げて寄こす。

 

 

「おい、今あんた、層岩巨淵にいくっつったか?」

 

 

 見れば、男の目がギラリと光る。

 

 その剣幕に圧され、私はややたじろいだ。

 

 

「あ、ああ。何か、問題でも?」

 

 

 男はペッと行儀悪くも唾を吐き捨てると、たしなめるように私へ忠告した。

 

 

「その稲妻人の男が言ってたぜ。層岩巨淵で、つい先日大きな落盤事故があったってな。あいつもそれに巻き込まれたクチだそうだ。あんな辺鄙な場所にいくなんて、馬鹿がやることさ。やめとけやめとけ」

 

 

 私は男の態度にややムッとしたが、弟の方が耳打ちをしてきて、「口は悪いけど、一応あれでも心配してるんだ」と聞くと、怒りはすぐに収まった。

 

 

「忠告、感謝するよ。ただ、私も落盤があるような場所へ行くつもりはない。ちょっと景色を目に焼き付けてくるだけさ」

 

 

 それを聞きやや心配そうな目をした弟だったが、早くも荷車の方へと歩き出した兄から催促されると、重い腰を持ち上げる。

 

 

「じ、じゃあ、気を付けてね」

 

 

 弟の方が最後に私に向かって手を振ると、ふたりは荷車をゴロゴロと鳴らしながら来た道を戻っていった。

 

 

(弥怒、どう思う?)

 

 

『わからぬ。だが、何かが起こっている可能性は十分にあるな』

 

 

 私も同意し頷いた。

 

 

(落盤、大丈夫だろうか?)

 

 

『己れを誰だと思っている。岩の声には、人間よりもはるかに敏感だ。安全は保障してくれよう』

 

 

(ははっ、頼もしいな。さて、じゃあ私たちも行くとするか)

 

 

 腰についた落ち葉を払い、私は立ち上がると大きく伸びをする。

 

 しばらく休憩ができたので、だいぶ体も楽になった。

 

 

 西の方角へ目を凝らせば、うっすらと巨大な石の柱が幾本も斜めにそそり立ち、青天を衝き上げる。

 

 ここから見るだけでもその大きさは、目を見張るものがあった。

 

 私は一度ぶるりと武者震いをする。

 

 

『なんだ、怖気づいたのか?』

 

 

(まさか。言ってろ)

 

 

 弥怒と軽口をたたき合いながら、私は再び街道を意気揚々と歩き始める。

 

 

 

 その先で何が私たちを待ち受けているかすら知らずに――。

 

 

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