護法戦記   作:ほすほす

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私は平安。護法戦記という小説を執筆している。

取材のため、私は弥怒と層岩巨淵にやってきた。
が、突如現れた巨大な花の怪物。
胡桃は倒れ、迫る巨大な触腕が、私の頭上に影を落とす。
弥怒の障壁ももう持たない。
誰か、誰か助けてくれ――。

――これは層岩巨淵のイベントストーリーの裏側で巻き起こる、もう一つの護法夜叉の話。


護法戦記 30話 決意

 ぎゅっとつぶった瞼。

 

 意味はないのに顔を覆いつつ握りしめた拳。

 

 しかし、障壁を割る音も、四肢を引き裂くような衝撃も、待てども待てどもやってこない。

 

 

 ふわり、と荻花洲の馬尾を揺らすような、穏やかで爽やかな風が冷汗の伝った首筋を優しく包む。

 

 私は恐る恐る固く閉じた片目を開けてみた。

 

 

 

 そこにあったのは、少年の後ろ姿。

 

 

 槍を携え、砂埃混じる黒風に深緑の後ろ髪をなびかせている。

 

 

 くるくると旋回させた槍の柄が大地を打つと、触腕を貫いていた大地から伸びる無数の槍や檄がスウッと大気に溶けていく。

 

 

 支えを失った穴だらけの触腕が地響きを立てて大地に叩きつけられたところで、私は我に返った。

 

 

『おお……』

 

 

 状況が整理しきれていない頭の中で、弥怒の喉を震わせるような声が響き渡る。

 

 血の気が引いた指の先に、じわりと熱が広がり、自分が生きていることを実感し始める中、視界の中で少年が振り返った。

 

 

「何をしている、凡人。さっさと失せろ」

 

 

 端的で飾らない言葉遣い。

 

 首にぶら下げた宝珠に、鋭い目つき、射るような金色の瞳。

 

 

「降魔……大聖……」 

 

 

 へなへなと地べたに座り込むと、緑髪の少年は私には目もくれず、槍の穂先で気絶した胡桃を指し示す。

 

 

「凡人、さっさとあそこで伸びている往生堂の娘を連れて、ここを離れろ」

 

 

 視線を降魔大聖に戻すと、彼はいつの間にか手に儺面を持っていた。

 

 そのままわずかに俯くと、静かに仮面を装着する。

 

 かと思うと、私に背を向け短く「早くしろ」とだけ残し忽然と姿を消してしまった。

 

 

 あとには微かに砂粒を集めるだけのつむじ風が、降魔大聖がいたはずの場所に残っている。

 

 

『よもやこの目であやつの姿を見ることができるとは。いや、己れの目ではないな。お主の目だ。それでも構わぬ。本当に、生きていたのだ……』

 

 

 遠くで金属が激しくぶつかり合う音の合唱が始まった。

 

 目を凝らすと層岩巨淵の中心部で、巨花の蔓鞭が踊り狂っている。

 

 小さく爆ぜる花火のように、花の周囲で火花が飛び散るあたり、おそらく降魔大聖があそこで戦っているのだろう。

 

 

「……ここから離れよう」

 

 

『ああ! あとのことは降魔大聖に任せるといい。奴も仙衆夜叉のひとり。あれしきの妖魔に後れを取ることはないだろう』

 

 

 私は触腕が暴れ回り大きく抉れた地形を滑り降りると、未だ岩の隙間で気を失っている胡桃の肩を担いだ。

 

 昇降機のひとつは潰されてしまったが、触腕が崖を崩してくれたおかげで、歩きにくいものの上に登ることはできる。

 

 胡桃もろとも転ばぬよう、足元に気を付けながら一歩、また一歩と足を進める。

 

 やっとの思いで崖を登り切り二つ目の昇降機へと到着した私は、レバーを操作して荷台のロープを巻き上げた。

 

 

 このまま進めば、関所は目と鼻の先だ。

 

 私は額に浮かんだ玉のような汗を袖で拭い去る。

 

 少女とはいえ、人をひとり担いでの登山は、なかなかこたえた。

 

 ひざが悲鳴を上げ、かくかくと笑っているが、それももう少しの辛抱だ。

 

 私はずり落ちかけていた胡桃の肩をもう一度担ぎなおし、顔を上げる。

 

 ちょうど、昇降機がロープを巻き切り、崖上の大地が私の眼前に広がった、その時だった。

 

 

 

 絶えず続いていた鋭く短い金属音に紛れて、パキン、と水晶が割れるような澄んだ音が鳴り響く。

 

 それがやけに耳に残り、思わず振り返る。

 

 嫌な、予感がした。

 

 

「……!」

 

 

 遥か遠く、ここからだと米粒ほどの大きさにしか見えないが、確かに私の瞳はその姿をとらえる。

 

 花が振り回す何本もの触手を一本の槍で受け止める、降魔大聖を。

 

 仮面を失い、苦悶に表情を歪めて歯を食いしばる、裸の横顔を。

 

 嫌な予感が、早くも的中してしまった。

 

 頭の中で弥怒が食って掛かるように声を荒げる。

 

 

『馬鹿な! 早すぎる! こんなにも早く儺面を維持できなくなるなど、ありえん……。まさか、手負いなのか……』

 

 

 降魔大聖は明らかにその動きの精彩を欠き、私の肉眼でもその姿を追えるようになる。

 

 対し触手はその速度を緩めるどころか、さらにその本数を増やし攻勢を増していく。

 

 明らかに防戦一方であった。

 

 

「……っ!」

 

 

 私は断腸の思いで、戦場に背を向ける。

 

 

『……それでいい。それでいいのだ。平安。お主は、己れ達が守るべき、璃月の一市民。お主の腕の中にいる少女と合わせて二人の命。それを守れただけでも、夜叉の誉れ』

 

 

 どこか諦念したような弥怒の声が頭に響く。

 

 私は棒のようになった足をただひたすら惰性に任せて進めながら、自分自身に問いただす。

 

 これでいいのだろうか、と。

 

 答えは出ぬまま、気が付くと私は千岩軍の関所の前に立っていた。

 

 

「お、おい! ここで何をやっている! 層岩巨淵は立ち入り禁止だと知らないのか! それに……」

 

 

 守衛の兵士は私を見ると駆け寄って来て、怒号を飛ばす。

 

 そしてごくりとつばを飲み込みながら、私の背後に広がった光景へ怯えた表情で目を泳がせた。

 

 

「と、とにかく! ここは危険だ! ん、その娘は……」

 

 

 やっと胡桃の存在に気が付いたのか、兵士は目を見開く。

 

 彼もこの状況下で、気が動転しているのだろう。

 

 

「どうしたんだ、その子は……? け、ケガしてるじゃないか!」

 

 

 別の兵士も駆けつけてくると、胡桃を私の腕から抱き取り詰所へと運んでいく。

 

 

「では、私はこれで……」

 

 

 正直、疲れ果てていた。

 

 慣れていない登山に、死にかけるような体験。

 

 さらに人を担いで斜面を登るなんて、運動不足な私にとっては重労働だ。

 

 その上、ここにいると自分の無力さに苛まされる。

 

 どんな形であれ、私は弥怒を降魔大聖に引き合わせることができたのだ。

 

 もうそれでいいじゃないか。

 

 油の刺さっていない蝶番のようになった関節を無理やり動かし、私はその場を後にしようと歩き出す。

 

 が、しかし、千岩軍の兵士のひとりが、私の腕を掴んだ。

 

 

「待て。お前、ここで何をしていた。あの花はなんだ。何が起こっている! 知っていることをすべて話してもらうぞ!」

 

 

 顔を上げると、そこには顔を真っ赤にした兵士の姿があった。

 

 

「すみません。勝手に入ったことは謝ります。でも、何も知らないんです。本当に」

 

 

「いいや、お前は嘘をついている! 俺にはわかるぞ! さっさとついてくるんだ!」

 

 

 厄介な兵士に捕まってしまった。

 

 深いため息が漏れる。

 

 

「わかった」

 

 

 私は観念し、首を縦に振った。

 

 もう、いろいろと面倒だ。

 

 

 私は兵士に乱暴な手つきで引かれるまま、詰所の方へとよろよろと向かっていく。

 

 

 

 すると背後から、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

 

 

 

「あなたはもしかして……平安殿、ですか……?」

 

 

 

 

 振り返るとそこには、驚きに目を見開く、ひとりの千岩軍兵士がいた。

 

 

「王大さん、ですか……?」

 

 

 その立ち姿、声色は、いつぞや銅雀寺を尋ねてきた王大その人である。

 

 

 王大はハッと我を取り戻すと、私の手を引っ張る兵士に対し、強い口調で言い放つ。

 

 

「その方を解放しなさい」

 

 

「王所長、しかし……」

 

 

「身柄は私が保証します。早く、その手を放しなさい」

 

 

「はっ!」

 

 

 有無を言わせないぴしゃりとした言葉に、先ほどまで怒っていた兵士はピンと背筋を伸ばし、敬礼をするとその場を去っていく。

 

 私が掴まれていた手首をさすっていると、王が私の顔を覗き込んできた。

 

 

「平安さん、どうされたんですか、こんな場所で……。ボロボロじゃないですか……!」

 

 

「違うんです、王さん。違うんです。私はいいんです」

 

 

 見上げると、王は私の顔を見て心配そうに眉間に皺を寄せる。

 

 

「なんて、顔をしてるんですか……」

 

 

 言われて初めて気が付いた。

 

 私は、そんなにひどい顔をしていたのだろうか。

 

 もう一度私は、王に顔を向ける。

 

 王のつぶらな瞳に映る男は、今にも泣きだしそうな顔をしていた。

 

 

「なにが、あったんですか」

 

 

 私はこれまであったことを伝えようと口を開き、そのまま固まった。

 

 

 

 

 何を、言えばよいのだろう。

 

 

 

 

 頭が、真っ白になった。

 

 弥怒のことを話そうか。

 

 いや、信じてもらえるか疑問が残る。

 

 降魔大聖のことを話そうか。

 

 話したところで、彼ら駐屯地の千岩軍の数で、あの化け物に敵うのだろうか。

 

 そんな考えばかりがぐるぐるととぐろを巻く。

 

 結局私は何と答えてよいかわからず、俯いてしまう。

 

 

 

 王には、私のことを認めてくれた王には、きちんと答えてあげたかった。

 

 何があって、今誰が必死に戦っているのかを、何から何まで。

 

 だが、言葉は喉元まで出かかっているのに、上手くそれを伝えることができない。

 

 

 どこまで話していいのか。

 

 話したところで、状況が本当に変わるのか。

 

 

 同じ言葉が何度も胸中で渦を巻き、私のこめかみは強く痛みを訴える。

 

 何度も口開き、言葉を絞り出そうとしても、何ひとつ出てこない。

 

 やるせない気持ちは、ただ意味もなくパクパクと開閉される唇の先を震わせた。

 

 せめてと思い、目で私の心中を訴えようとしても、王は困ったように瞼を瞬くばかり。

 

 きっと今、私はテイワットで一番情けない顔をしているのだろう。

 

 

 小説家が、聞いてあきれる。

 

 

 サッと涙が頬を伝い、私は再び視線を大地に落とす。

 

 ぽろぽろと落ちた雫が、大地に黒い染みを作った。

 

 これでは何も伝わらない。

 

 理解のあるはずの、王にさえも、状況を教えられない。

 

 

 あまりに矮小な自分が悔しくて、私はうう、と言葉にならない声を歯の間から絞り出す。

 

 これではせっかく誤解を解こうとしてくれた王に申し訳ない。

 

 気持ちが落ち着き、ちゃんと受け答えができるようになるまで、拘留されても致し方ないだろう。

 

 体中の血液の温度が、どんどん下がっていく錯覚を覚えた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 背中に、そっと添えられた手から、じわりとぬくもりを感じる。

 

 

 

 

 

 驚き顔を上げると、そこには私と同じように、瞳を潤ませた王の顔があった。

 

 

「平安さん。私には何があったのか、何が今層岩巨淵で起こっているのか、皆目見当もつきません。ですが、平安さんがひとり苦しみ、戦っていたことだけは分かります。ええ、分かりますとも!」

 

 

 私は王が差し伸べたもう一つの手に両手を添えると、もう我慢が聞かず、決壊したように泣き崩れた。

 

 

 本当は、護法戦記をかき上げるために層岩巨淵に来たなんて、嘘だ。

 

 

 弥怒に恩返しがしたくて、でもそれを面と向かって伝えるのが恥ずかしくて、取り繕っただけだ。

 

 

 何のとりえもない私に、夢の中とはいえ憧れていた夜叉たちと触れ合う時間を与え、姿が見えなくとも日常を共有させてくれたこの奇跡に、ほんの少しでも報いたかっただけなのだ。

 

 

 だが事実はどうだ。

 

 トリックフラワーに襲われ、化け物に襲われて守られ、万全ではない降魔大聖に足止めをさせた。

 

 きっと、一番悔しい思いをしているのは弥怒であるはずなのに、それをくみ取ることも、肩代わりすることもできなかった。

 

 

 私はただ、ただ――。

 

 

「平安さん」

 

 

「はい……」

 

 

 かけられる声に、私は嗚咽まみれの返事。

 

 顔を見ることはできなかったが、王は私の背をさすりながら、ゆっくりと熱のこもった口調で語り掛ける。

 

 

「平安さん、きっと何かやりたいことがあるのでしょう。でも、恐らくそれは平安さんにとってとても難しいこと。そんなときは、どうか無理をなさらないでください。私では平安さんのお力になれないかもしれません。ですが、平安さんの信頼する方、例えば、親しい友人にでも、その思いを伝えられてみてください。例え現実を変えることは困難だとしても、平安さんの気持ちを汲み取り、理解してくれるはずです」

 

 

「王……さん……」

 

 

 私は強くうなずき、王の手を強く握りしめた。

 

 

「いいんです、それで。いいんです」

 

 

 層岩巨淵には、相変わらず激しい戦闘を告げる音が響いている。

 

 時間は、もう残されていない。

 

 私は王の肩を借りつつ立ち上がると、ごしごしと汚れた顔を拭った。

 

 大きく深呼吸を繰り返し、淀んだ肺を新しい空気で洗い流す。

 

 

「王さん。ありがとうございます。少し、少しだけで構いません。ひとりにして頂けますか」

 

 

「もちろんです、平安さん」

 

 

 私は深く礼をすると、王のもとを離れ、人気のない岩陰に腰を下ろした。

 

 

(弥怒、聞こえるか)

 

 

『平安、気負うことはない。お主には、何の責もないのだ』

 

 

 ここに来てもそんな言葉をかけてくる弥怒に、私は苦笑しながら首を横に振る。

 

 

(弥怒。いい機会だ。少し、話をしよう)

 

 

『構わぬ。己れに言いたいことがあれば、文句でも罵倒でも何でもぶつけるといい』

 

 

(違うんだ、弥怒)

 

 

 私はもう一度だけ大きく息を吸い込むと、勢いよく吐き出し、決意を固める。

 

 

(一つ、願いを聞いてくれないか)

 

 

『己れにできることなら、聞こう』

 

 

(降魔大聖を、層岩巨淵を――璃月を救っては、くれないだろうか)

 

 

『――‼』

 

 

 弥怒が息をのむ音が聞こえた気がした。

 

 

『しかし! それではお主の体を危険にさらすことになるのだぞ! この場所へは、取材のために来たのであろう! 己れに気を遣うな。お主には、お主の人生がある。それを奪う権利は、己れにはない!』

 

 

(違うんだ、弥怒)

 

 

 私は弥怒の優しさを、否定する。

 

 そして今までで一番強い意志を持って、頭の中に文字を起こしていく。

 

 

(私は考えていたのだ。英雄に、なりたいと。それも、私が子供のころからだ。その稚拙な願いを抱え込んだまま、何者にもなれずこの年までのうのうと生きてきた。夜叉に、憧れていたんだ。例えその身を血と罪に染めようとも、この大地を守るその姿に心酔していたのだ。弥怒。お前との出会いは、偶然だったのかもしれない。王深の一族が守り抜いた札が、王大ではなく私のもとへとやってきたのは、何かの間違いだったのかもしれない。でも、私はおかげで、他の何にも代えがたい経験をすることができた。その全ては、私の中で輝き、未来永劫色褪せることはないだろう。だから、弥怒)

 

 

 私は一拍置き、口の中のつばを飲み込む。

 

 そして、いつか何かがあった時に、弥怒へ伝えようとずっと温めていたこの言葉を、一言一句間違えることなく、頭の中へと丁寧に丁寧に浮かべていく。

 

 

 

 

(私の体を、使え、弥怒)

 

 

 

 

 

『何を言い出すんだ、平安……!』

 

 

 動揺する弥怒へ、私は軽く笑いながら鼻を鳴らす。

 

 

(ずっと考えていたことなんだ。それも、王大が銅雀寺のことを正式に璃月の文化財として認めてくれたその時からだ)

 

 

『そうだ、平安。お主には寺を守るという大事な役目があるだろう! こんなところで己れに身を預けるなど、愚の骨頂だぞ!』

 

 

 私は首をゆっくりと横に振る。

 

 

(違うぞ、弥怒。逆だ。もう私がいなくとも、あの寺は安泰だ。あの寺は私以外の誰かが、守ってくれるようになったのだ。つまり、私を縛り付けるものは、もうこの世界にはない)

 

 

『気でもやったか! 平安! それを人は自暴自棄というのだ!』

 

 

(弥怒。落ち着け。私は冷静だ。よく考えた末の結論だ。早まったわけではない。弥怒、私は分かったのだ。弥怒や伐難、降魔大聖や他の夜叉たち、そして岩王帝君。そして璃月七星や王大らは、その立場や重い責任を常に背負って生きている。それに対し、私は何の責任もない。立場も、風が吹けばどこかへ飛んで行くような弱いものだ)

 

 

『ああ、そうだ。だから、お主がその責任を負う必要はない。考え直せ、平安!』

 

 

(弥怒、最後まで聞いてくれ。責任は、これからも負うつもりはないさ。でもな、弥怒。私は立場や責任がないからこそ、この身は自由なんだ)

 

 

『……』

 

 

 弥怒が静かに聞いていることを確認しながら、私はゆっくりと言の葉を紡ぎ続ける。

 

 

(その自由は、誰のためにあると思う? 私は、自分のためにあると思う。そして私は、その自由を使って、たったひとりの友を、助けたいんだ)

 

 

『その友とは、誰のことだ』

 

 

(決まっているだろう。弥怒、お前のことだよ)

 

 

『……‼ なにを、何を言っているのだ……平安。己れ達が過ごした時間は、己れが生前過ごしてきた時間からすれば、星の瞬き程度のわずかな時間。己れからしたら、たったそれだけなのだぞ!』

(それでも! 弥怒は私を何度も助けてくれた! しょうもないことで喧嘩して、同じ飯を食い、共に旅行だってした。何より、私自身が弥怒のことを心の底から、友だと思っているんだ! こればっかりは、絶対に譲らないぞ! 弥怒!)

 

 

『ばかなことを……』

 

 

 ぐらりと口調が揺らいだ弥怒に、私は今が機だと追い打ちをかける。

 

 

「私は本音を話したぞ! 弥怒! 次はお前の番だ! お前はどうしたい⁉ このまま降魔大聖をおいて、璃月港に帰りたいのか!? それとも、小説の英雄のように、すべてを救い、夜叉としての役目を果たしたいのか、どっちだ! 弥怒‼」

 

 

『己れは……』

 

 

「言いたいことがあるなら、はっきりと言え! 弥怒! いや、心猿大将‼」

 

 

『平安……!』

 

 

 気が付くと、大声で叫んでいた。

 

 肩で息をしながら、私の心は青空のように晴れ渡っている。

 

 熱くなった頬を高原の風が撫でていく。

 

 私は呼吸を整えながら、じっと弥怒の答えを待った。

 

 おおよそ、たっぷり三十秒ぐらい無言を貫いた弥怒が、やっと口を開く。

 

 

『己れは、認識を改める必要があるようだ』

 

 

「ほう、言ってみろ」

 

 

『己れは、どこかお主のことを侮っていた。いや、凡人のひとりだと思っていた。神の目も持たず、鍛錬しているわけでもなく、書で名を馳せるわけでもない。だが、それは間違いだった』

 

 

 ごくり、と喉が鳴る。

 

 胸の奥から湧き上がる熱い思いを押しとどめ、私はただひたすら弥怒の言葉に耳を傾ける。

 

 

『平安、いや、違うな。“友”よ、その思い、確かに受け取った。己れと共に、戦ってはくれないだろうか。妖魔を滅し、降魔大聖を救い、璃月に平和をもたらすために‼』

 

 

「その言葉を、待っていた‼」

 

 

 私は爪が食い込むほど、拳を強く握りしめる。

 

 世界が、揺れていた。

 

 

 

 いや、違う。

 

 

 

 私自身が、感動に打ち震えているのだ。

 

 火は、既にくべられた。

 

 あとはその火を消すことなく、強く、強く燃え上がらせるのみ。

 

 私は心地よい緊張を感じつつ、弥怒に尋ねる。

 

 

「弥怒よ、私は何をすればいい」

 

 

 弥怒は心底楽しそうに言い放つ。

 

 

『友よ、札を取り出せ。封印されたすべての力を、今ここで、解き放つ!』

 

 

 砂埃を巻き上げる頸風が、勢いよく背後から吹き抜ける。

 

 

 私は手のひらを濡らす汗を裾で拭うと、肩に下げていた鞄のベルトへ手をかけた。

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