護法戦記   作:ほすほす

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私は平安。護法戦記という小説を執筆している。

応達の衣を模した鎧をまとい、妖魔と対峙する弥怒。
手負いとはいえ、降魔大聖ほどの夜叉を追い詰めた敵に、どう打って出るのが正解か――。

――これは層岩巨淵のイベントストーリーの裏側で巻き起こる、もう一つの護法夜叉の話。


護法戦記 32話 それはまるで服を着替えるように

 

 鞭のようにしなやかな触手が、縦横無尽に降り注ぐ。

 

 一見無茶苦茶に振られているように見えるが、決してそうではない。

 

数十といった数の触手は一切絡まることなく、縦、横、斜めからやってきて、弥怒がはじき返しても再び襲ってくる。

 

 そこからはトリックフラワーをはるかに超える知性がかいま見え、一撃一撃には溢れんばかりの殺意が込められていた。

 

 まさに、息もつかせぬ攻防だ。

 

 普通の璃月人であれば、一呼吸する間もなくずたずたに切り刻まれていただろう。

 

 

 そう、普通の璃月人であれば。

 

 

 だが戦っているのは、百戦錬磨の夜叉。

 

 さらに身にまとう応達の姿を模した砂の鎧は、十分以上に素体である私の体の能力を引き上げ、巨大な化け物と渡り合うことを可能にする。

 

 いやむしろ、押し勝ってすらいた。

 

 弥怒は襲い来る触手を受け流したり、切り払ったりを繰り返しながら、徐々にその間合いを詰めていく。

 

 

 驚いたのは、戦況を俯瞰する弥怒の目線だ。

 

 私はてっきり、敵の攻撃に合わせて素早く視線を動かすものだとばかり考えていた。

 

 しかしそれは誤りで、弥怒の視界はほぼ動かず、敵を正面からじっと見据えている。

 

 にもかかわらず、打ち漏らす触手は一本たりともない。

 

 

『すごい……。敵の攻撃が全部見えているのか?』

 

 

「当たり前だ。こいつは特に分かりやすい部類。触手の生えている根本の動きと――」

 

 

 しゃべりながら横に飛ぶ弥怒のすぐ横を、背後からあの巨大な触腕がかすめて地面を抉った。弥怒は振り返りざまにそれを一刀で切り上げる。

 

 

「大地の震動を注意深く観察していれば、一撃を食らうことはない」

 

 

 楽し気な弥怒の声が仮面の内側で響くのとは対照的に、眼前の妖花は怒りに打ち震えていた。

 

 先ほどまで一方的に降魔大聖をいたぶっていたとこらから一転。

 

 突然現れた別の羽虫は、捉えられないどころか、こちらと対等に打ち合ってくる。

 

 さらに自分よりはるかに小さな相手は、まだ余裕を見せているのだ。

 

 妖魔と言えど、フラストレーションは溜まるのだろう。

 

 攻撃はより激しさを増していく。

 

 しかし、同時にその動きは精彩を欠き、より直線的になっていった。

 

 

「いいぞ……怒れ怒れ、もっと怒れ」

 

 

 弥怒はもはや目に映らぬほど速度を増した触手を、時にはわざと大振りに、時にはステップを踏むかのように避けて敵を挑発する。

 

 人語を喋らぬ敵にもかかわらず、怒り狂っているのが丸わかりであった。

 

 

「次で仕留める」

 

 

 弥怒が私にだけ聞こえるよう、ぼそりと小さくつぶやいた。

 

 それとほぼ同時に、左右両側から触手の大振りが迫ってくる。

 

 弥怒はわずかにかがむと、いつでも動けるように足腰に力を溜めた。

 

 あと少しで攻撃が直撃する次の瞬間。

 

 

 

 触手が軌道を変えた。

 

 

 クンッと斜め上へと振り上げられた触手。

 

 宙に飛び上がった砂の鎧めがけてさらに加速。

 

 そのまま音を置き去りにする速度をもってして、鎧を盛大な破裂音と共に粉砕した。

 

 そう、まさに、砂の鎧だけを。

 

 

「かかったな」

 

 

 弥怒はフン、と鼻を鳴らす。

 

 四散する鎧を背に、巨花の懐、茎の根元に迫ると、まるで何事もなかったかのように弥怒は剣を振りかざす。

 

 傍から見ていた私は、その一か八かの作戦に、口から生気がすべて抜けてしまいそうだった。

 

 こんなやりとりは、命がいくらあっても足りないと感じてしまう。

 

 あの瞬間、弥怒は飛び上がるふりをして、自身はさらに深くしゃがみ込み、一気に前進。

 

 おとりとして半身の鎧を宙に浮かべて花の注意を引いたのだ。

 

 小細工をしたとは言え、二分の一の賭けに変わりはない。

 

 そんな私の心情を露と知らず、弥怒は得意げに息巻いた。

 

 

「服も纏えぬその体では鎧を脱ぎ捨てるなど、理解できぬ芸当だろう?」

 

 

 言葉と共に、鎧を失った上半身を補うように、下半身の鎧の砂が流れるように剣を持つ腕へと流れ、筋力を強化する。

 

 花は鎧だった砂が散りじりになり、やっと自分が敵を仕留め損ねたことに気が付くと、周囲を異様なほどの速度で見回すと、こちらの姿を視界にとらえる。

 

 腹に迫った刃を見て、触手が間に合わないと踏んだ花は、せめて避けようと身をくねらせた。

 

 だが残念なことに、花であるが故、その根元は動くことが叶わない。

 

 胴が、がら空きだった。

 

 

「ぬんッ!」

 

 

 相手が防御や攻撃に転じるよりも早く、弥怒の剣が大気を切り裂いた。

 

 その切っ先は花の茎へとまっすぐに刃を滑らせていき、そして――。

 

 

 

 戦場に甲高い音が響き渡った。

 

 

 

 見開かれる弥怒の目の前で、砕け散った剣の刃が、数十の欠片となりくるくると舞っている。

 

 

「ぐっ!」

 

 

 私の体の筋力を補うためだろう。

 

 まさに、全身を使った一太刀であった。

 

 故に、その反動も全身に返ってくる。

 

 折れた剣の先から始まった反動は手を伝い、肘を伝い、肩を伝播すると全身を激しく揺らした。

 

 一瞬、ほんの一瞬であったが、弥怒の視界が、ブレる。

 

 

 だからだろうか。

 

 反応が、遅れてしまった。

 

 振れる世界の中で、何かがしたから飛び掛かって来る。

 

 やっと明瞭な視界を取り戻したときには、それは弥怒の右頬をかすめて振りぬかれた後だった。

 

 見ればそれは、大木のような茎の根元に潜んでいた、短く、だが鋭い先端を持つ今までとは違う触手。

 

 まさに、意表を突かれた瞬間だった。

 

 

「……ぬっ‼」

 

 

 弥怒は大きく後退し、距離を取る。

 

 が、しかし、時はすでに遅かった。

 

 引き離した距離の、ちょうど敵との中間地点。

 

 そこへ向かって空から一本、刃折れの剣が降ってきて、音を立てて転がる。

 

 柄を握る、腕を付けたままで。

 

 

「……ッ! ……ッ!」

 

 

 花はそれを見るや否や、声にならない喜びで体全体を震わせた。

 

 

『腕が……! 弥怒! 大丈夫か‼』

 

 

 私自身に痛みはない。

 

 恐らく、それらはすべて弥怒が受けているに違いない。

 

 かなりの大けがだ。

 

 継続戦闘ができるかすら怪しいのではないか。

 

 私は妖魔の狡猾ぶりにただぞっとする。

 

 この瞬間を、ずっと待っていたのだろうか。

 

 

「命拾い、したな」

 

 

 弥怒のまだ余裕のある声を聞いて、わずかではあるがほっとした。

 

 

『ああ、片腕だけで済んでよかった……』

 

 

 私は身震いしながらそう答える。

 

 すると、意外な言葉が弥怒から放たれた。

 

 

「ん? お主は何を言っている。命拾いしたのは、己れではない。奴の方だ。お主の体、筋力でなければ、今頃奴は根元からバッサリと切り伏せられていただろう。にも関わらず、四本ある腕のうち、ただが一本を切り落とした程度でぬか喜びするとは。知能の低さに反吐が出る」

 

 

 話の途中で、私は違和感を覚えた。

 

 

 

 今、弥怒は何と言った?

 

 

 

 腕が、四本だって?

 

 

 

 その瞬間、背後に誰かの気配を感じた。

 

 

 

 慌てて振り向くと、そこには――。

 

 

 

 

 応達とは異なる、別の人物が仁王立ちしているではないか。

 

 

 優に私の背を越える、見上げるほどの巨体。

 

 鍛えあげられた屈強な体躯。

 

 そして何よりも、半裸の上半身からは、四つの腕が生えている。

 

 

『あ、あなたは――』

 

 

 私が言いきる前に、弥怒がその答えをよこしてきた。

 

 

「あぁ、浮舎よ。やはり腕の数が多いというのは、羨ましい。腕が倍という事は、作業の速度も倍速。倍の数服を仕立てられていれば、浮舎が袖を通したくなるような服もその中にあったかもしれないというのに」

 

 

 私は思わずその迫力に息をのむ。

 

 

『騰蛇太元帥、浮舎……』

 

 

 その名を聞いた大男は、ゆっくりと、だが満足そうにうなずいた。

 

 ハッと我に返った私は、再び外の世界へと意識を向ける。

 

 太陽に照らされた自身の影は、切り落とされた腕を除く3本の腕を背負っていた。

 

 

『じゃ、じゃああの腕は……』

 

 

 私は固唾をのんで戦況を見守る。

 

 弥怒は増えた腕を鳴らすかの如くそれぞれを回し、大きく伸びをした。

 

 そして、まるで準備運動が終わったとでも言いたげに口を開く。

 

 

「妖魔よ。残念な知らせだが……」

 

 

 ちら、と弥怒が歩きながら、折れた剣へと視線を投げる。

 

 それらは風が吹き付けると、さらさらと全て砂へと変わった。

 

 

「刈り取ったと喜ぶその腕は、ただの砂影だ」

 

 

「……ッ!」

 

 

 花はよほど驚いたのか、花弁の中央にある巨大な眼球の瞳孔が、一瞬キュッと小さくなる。

 

 

『は、はは……!』

 

 

 気が付けば私の口元からは、笑みがこぼれていた。

 

 切られた腕は、岩元素が収束すると再び元通りに再生する。

 

 なんて多芸なのだ、この弥怒という男は!

 

 

「昔瞬きをする間もなく、十を超える面を入れ替えるという芸者と会ったことがある。それを真似てみたのだが、どうだ、上手くいったか?」

 

 

 感心する私の心を読んだのか、弥怒はくっくっと笑いながら、ひとりおどける。

 

 

『お、おい、弥怒。油断するなよ!』

 

 

「己れを誰だと思っている。心配せずとも、もう……片が付くっ!」

 

 

 言うより早く、弥怒は地を駆ける。

 

 花を中心に弧を描くように旋回しながら、弥怒は右手で手印を結んだ。

 

 すると弥怒の通った場所から次々に、巨大な掌の形をした岩がぼこぼこと作られると、敵めがけて飛んでいく。

 

 

「……ッ!」

 

 

 突然の飛び道具に面食らいながらも、妖魔は決してひるまない。

 

 それがどうしたとでも言いたげに、触手を目いっぱいふりかぶると、勢いよく薙ぎ払う。

 

 ひと薙ぎで、今まで飛ばした掌岩を粉砕するつもりだ。

 

 が、一つ目の掌岩へ触手が接触した瞬間。

 

 轟音と共に、岩が大量の砂埃をまき散らしながら爆発する。

 

 

「ふはは! 浮舎の掌打と違い、己れの岩は全て実体だ。喜べ妖魔!」

 

 

 優勢なのは悪くない。

 

 悪くないのだが、なんというか。

 

 弥怒、遊び過ぎではないか?

 

 背後で浮舎も笑いをこらえるように身を震わせている。

 

 何となく予想はしていたが、今確信に変わった。

 

 夜叉たちは、なんだかんだ言って、戦いが大好きな人種なのだと。

 

 

「うおっ!」

 

 

 妖魔がまき散らした砂塵が、視界を覆うほどの煙幕となって、弥怒に襲い掛かる。

 

 視界は砂色一色となってしまった。

 

 弥怒と視界を共有している私が見えないのだから、弥怒も間違いなく見えていないはずだ。

 

 

『おい、弥怒、前が見えないぞ! 大丈夫か!』

 

 

 声をかけるが、突然返事がなくなった。

 

 相変わらず、視界が晴れる様子はない。

 

 今、どこにいる?

 

 あの花は、どの方向にいるんだ?

 

 

『どうしたというのだ……』

 

 

 振り返って浮舎に尋ねてみても、肩をすくめるばかり。

 

 そんな対応をされると、嫌でも疑問と不安が胸元で渦を巻き始める。

 

 夜叉の戦いに口出しは無用だ。

 

 そんなことは分かっている。

 

 それでも弥怒が心配で、言葉を掛けずにはいられない。

 

 

『弥怒、聞こえて――』

 

 

 言葉は途中で止まった。

 

 いや、止められたといったほうが、正しい。

 

 ヒタ、と固く冷たい何かが、私の口を軽くふさいでいるのだ。

 

 反射的に顔を下ろすとそれは、私の背後から伸ばされた、長い鉤爪の先端。

 

 

 

 

 

 

 

 ドクン、と心臓が跳ねた。

 

 

 

 

 私は、この爪を、以前にも見たことがある――。

 

 

 

 驚きと共に、ゆっくりと視線を横へと向ければそこには。

 

 

 透き通るような蒼が視界を埋め尽くし、穏やかな海に似た瞳がこちらを見つめながら、ニコッと微笑を浮かべる。

 

 

『伐……難……』

 

 

 再びその姿を拝めるとは、考えたこともなかった。

 

 目の前の現実を夢ではないかと疑ってしまう。

 

 

 

 呆然と立ち尽くす私を見てくすくすと伐難はひとしきり笑った。

 

 そして私の方をポン、と優しく叩いた後。

 

 

 

 少女はいつの間にか手に持っていた儺面で、顔を覆う。

 

 

 

 仮面の位置を調節しながらこちらへ一度うなずきかけると、伐難は正面を指さした。

 

 

 弥怒のことも忘れて見入ってしまっていた私は、いかんいかんと振り返る。

 

 するとそこには、砂色から一変、青空が広がっていた。

 

 まるで空に向かって落ちていくような錯覚すら覚える。

 

 が、それも長くは続かず、くるりと視界が反転すると、眼下には煙幕に包まれた、層岩巨淵と採掘口が映った。

 

 

「っはぁ! 待たせたな平安!」

 

 

 突如響き渡る弥怒の声。

 

 私は安堵と共に友の名を呼んだ。

 

 

『弥怒!』

 

 

 威勢のいい声を聞いて、私は胸をなでおろす。

 

 冷静になって弥怒の視界に向き直ると、採掘用の巻き上げ機の先端が煙の中から顔を出していることに気がついた。

 

 そこで私は初めて、合点がいく。

 

 

『そうか、煙の中を移動して、巻き上げ機から跳躍を……!』

 

 

 弥怒は軽くうなずく。

 

 

「そうだ。あの状況を逆手に取って奴の上を取るために、どうしても音を立てるわけにはいかなくてな。不安だったか?」

 

 

『ああ、不安だったさ!』

 

 

 私は笑いながら胸中を恥ずかしげもなくぶちまける。

 

 

『友の安否を心配して何が悪い!』

 

 

「おっと、そう来られては何も言い返せんな。この状況下でお主に一本取られるとは思ってもみなかったぞ、平安。だがそんな不安とも、もうお別れだ。見よ!」

 

 

 弥怒が自由落下の始まった方向へと顔を向けると、煙幕に紛れ、狼狽する花の妖魔の姿がうっすらと浮かび上がる。

 

 その姿がどんどん大きくなっていったところで、ようやく花は上空を舞う影に気づき、首を持ち上げた。

 

 

 

 

 視線が、交差する。

 

 

 

 

「かかってこい妖魔ァッ!」

 

 

 弥怒が吠えた。

 

 それに応えるかの如く、触手が煙幕を勢いよく突き抜けて、こちらへと向かってくる。

 

 弥怒は空中で構えた姿勢を崩さず、懐かし気につぶやいた。

 

 

「やっと研ぎ終わったぞ。まったく、時間がかかって仕方ない。なんせこの爪はどんな鉱石よりも硬く、鋭くなければならないのだから。なあ、そうだろう? 伐難」

 

 

 ふと私が隣を見ると、少女は仮面の下でクスリと笑う。

 

 すると同時に浮舎の腕にヒビが入り、ぼろぼろと風の中で崩れ去った。

 

 その下から現れたのは、見るからに立派な黄金色に輝く大爪。

 

 

 

 弥怒は下から襲ってきた触手へ向かって、研ぎたての爪を腕ごと軽く振るった。

 

 するとあれほど硬かったはずの触手は、まるでバターを着るかの如く細切れとなる。

 

 

『なんて切れ味だ!』

 

 

 思わず声を上げてしまった。

 

 隣で伐難が腰に手を当て胸を張っているが、今は何も言わないでおこう。

 

 

 そんな私たちのやり取りを知ってか知らずか、弥怒は楽し気に風の中で宣告する。

 

 

「伐難は、一本の鋭い剣――!」

 

 

 すると私の隣で、伐難が恥ずかしそうに続きを小声で口ずさむ。

 

 

(――魔を滅する、岩王帝君の剣)

 

 

 それを聞いていると、なぜか私まで胸が熱くなる。

 

 すかさずこちらを見た伐難が、コクリとうなずいてくれた。

 

 私はいてもたってもいられなくなり、伐難と共に合掌する。

 

 

 

 

 

 続きは、示し合わせなくても、分かっている!

 

 

 

 

(『伐難は、妖魔を絶対に逃さないッッ‼』)

 

「はぁぁぁぁぁあああああああああッ‼」

 

 

 三人の思いを重ねるように、弥怒は雄叫びを上げながら切っても切っても沸いてくる触手を、がむしゃらにことごとく切り伏せていく。

 

 その勢いに妖魔もまずいと悟ったのだろうか。

 

 後先考えずに、幾重にも触手を絡み合わせ、巨大なドーム状の盾を形成した。

 

 攻撃を捨て、守りに徹したということだろう。

 

 

 しかし――。

 

 

 

「甘いっ‼」

 

 

 弥怒が左手を振るえば、それらの筋は断ち切られ、ばらばらと散っていく。

 

 弥怒の爪の前に、妖魔は最後の守りも失った。

 

 壁を抜けると、眼前には視界を覆うほどの巨大な花。

 

 その中央で、逃げ惑うようにぎょろぎょろと動く目玉が、こちらに気づいて動きを止める。

 

 

 水晶玉のようなその表面に一瞬、陽光を浴びた尖爪がきらりと輝いた。

 

 

 

 

 

 

「――螺貫如彗」

 

 

 それはまるで、鏡のように凪いだ海面に映り込む、夜空の流れ星が滑り落ちる時のような、あまりにも静かな一撃。

 

 するりと急所を切り裂いた爪には、妖魔の血一滴すらついていない。

 

 あまりにも自然体で、すれ違うような美しき一閃。

 

 それは主を失った貝殻を人知れず浜辺から連れ去るさざ波の如く、穏やかに妖魔の命をその巨体から抉り取ったのだった。

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