護法戦記   作:ほすほす

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私は平安。護法戦記という小説を執筆している。

倒したはずの妖魔。これで終わりだと、信じて疑わなかった。
しかし巨大な花は蘇り、璃月の大地に襲い掛かる。
対峙するは、仙衆夜叉、弥怒ひとり。
……だけでは、ない。

――これは層岩巨淵のイベントストーリーの裏側で巻き起こる、もう一つの護法夜叉の話。


護法戦記 33話 復活

 音もなく着地した後、遅れて響き渡る轟音。

 

 核となる瞳を両断された妖魔は、その身を岩場に横たえ沈黙した。

 

 

『すごい……』

 

 

 おおよそ言葉を失った私は、溢れる喜びに思わずにやけてしまう。

 

 あんな体の何倍もある敵を、わが身ひとつで屠ったのだ。

 

 これに心躍らぬ男は璃月広しと言えどいないといえよう。 

 

 

 見れば、仮面に揺られる札は、まだ三分の一を残している。

 

 圧倒的勝利であった。

 

 

『やった、やったぞ、弥怒!』

 

 

 私は興奮に打ち震えながら、身を乗り出した。

 

 弥怒は静かに、妖魔を切り裂いた右手を持ち上げ、じっと見つめる。

 

 そして一つ、小さな舌打ちをしたのだった。

 

 

「仕留め損ねたか」

 

『……え?』

 

 

 私は耳を疑う。目の前の情報とギャップが大きすぎて、頭の処理が追い付かない。

 

 確かに妖魔を倒したのではなかったのか。

 

 弥怒は顔を上げ、未だ横たわる巨大な花を見据える。

 

 

 すると、切り裂かれた花の中央、巨大な眼球の裂け目からだらりと、黒々とした液体の塊が地面に落ちた。

 

 

『……っ‼』

 

 

 その姿に、私は見覚えがあった。

 

 層岩巨淵が姿を変える前、胡桃が命を懸けて戦ったあの黒い影そのものだったからだ。

 

 粘度を持った黒い水たまりは、見る見るうちに歪な人の形に姿を変えていく。

 

 

 しかし肩から袈裟懸けに切り裂かれた傷は残ったまま。

 

 それを修復すべく、いくつもの水泡が傷の内側から溢れてきた。

 

 黒い泡はどれも苦悶を浮かべた人の顔のようで、見ているだけでもぞっとする。

 

 

『弥怒、早くとどめを!』

 

 

 私は焦りと恐怖に染められた叫び声をあげた。

 

 だが、弥怒は動かない。

 

 

「ならぬ。よく見よ、平安。業瘴の濃度が高すぎる。これが己れの体であれば突っ込んで引導を渡したものの、今はお主からの借り物。友の身を危険にさらすことはできぬ」

 

『でもっ……』

 

 

 私は唇をかみしめながら黒い影を睨みつけた。

 

 今、私の体の主導権は弥怒にある。

 

 彼がそう判断したのであれば、悔しくも私はそれを見届けることしかできない。

 

 

 目の前で黒い霧を吐き出しながら影はその身を肥大化させていく。

 

 やがて周囲に散った業瘴を吸い込み、風船のように巨大化したかと思うと、一気にその体積を縮めて元の大きさに戻ってしまった。

 

 猛攻をかいくぐりつけたはずの致命傷は、完全にふさがっている。

 

 

『ああっ……!』

 

 

 私は振り絞るような声と共に、嘆息した。

 

 今までの努力が、全て無駄になってしまったのか。

 

 やるせなさが全身に広がる。

 

 

「平安、そんな声を出すな。安心しろ」

 

 

 対照的なことに、弥怒はまだ余裕の声色を響かせた。

 

 

「見るがいい。取り繕ってはいるが、決して奴も万全ではない様子だぞ」

 

 

 私はハッとして、黒い影に目を凝らした。

 

 一見すると元通りに見えた黒い影だが、その表面が時折波打ち、体が揺らいでいる。

 

 

「もう一息だ、平安」

 

 

 ゆっくりと安心させるような弥怒の声に、私はうなずいた。

 

 夜叉は妖魔退治の専門家だ。

 

 私のような素人とは経験が違う。

 

 絶望に染まっていた心に、安堵と活力がみなぎってくるのを感じた。

 

 

 影はぐにゃりと変形し、大きく跳躍する。

 

 そして再び、巨花の眼球にできた裂け目へと飛び込んだ。

 

 影が入った眼球は一度その色を漆黒に変えたかと思うとぐらりと揺れ、まるで熟れた実が落ちるようにべちゃりと大地に落ちて潰れた。

 

 ひとたび風が吹けば、潰れた眼球はさらさらと風になり散っていく。

 

 

 その代わりに、花の根元部分に新しい瞳が形成された。

 

 その部分を覆うように、何重にも触手がまとわりついていく。

 

 触手の表面は層を重ねる度に見る見るうちに硬化していき、気が付けば瞳があった部分は幹に作られた瘤のようになってしまった。

 

 

「奴め、視覚を捨てたか……っ!」

 

 

 弥怒はそこで初めて、苛立ちをあらわにする。

 

 私の記憶では、あの幹は相当固かったはずだ。

 

 弥怒の造った剣が通らないほどに。

 

 

 それが何重にも重ねられているとなると、その防御は尋常ならざるものだ。

 

 まさに鉄壁と言える。

 

 私は妖魔のずる賢さに、改めて舌を巻いた。

 

 こちらの攻撃力に対し、まるで高度な知性を持っているかの如く対策を打ってきたのだ。

 

 

 うなだれていた花は再びその身を持ち上げる。

 

 同時に層岩巨淵全体に生えていた触腕が、ズルズルと地面の中へと戻っていく。

 

 そして花を中心に大量の触手がまるで噴水のように出現したかと思うと、縦横無尽に振り回し始めたのだった。

 

 無差別に繰り出される触手の大振りは岩を割り、大地を切り裂く。

 

 音速を超えた職種の先端が、乾いた音を無数に響かせる。

 

 

「くっ!」

 

 

 弥怒は触手をかいくぐりながら気を失って倒ていた降魔大聖へと駆け寄ると、肩に担いで大きく後退した。

 

 離れた場所から見れば、その光景の異様さが鮮明に伝わってくる。

 

 まるで近寄るなとばかりに、振り回される触手。

 

 目が見えてないが故の、手数に頼った守りの姿勢。

 

 まるで籠城しているかのようだった。

 

 相手は攻めてこないものの、こちらには札の時間制限がある。

 

 非常にやりづらいという事だけは明白だった。

 

 降魔大聖を下ろした弥怒も、腕を組んで妖魔を睨みつける。

 

 

「ふむ……」

 

『どうするんだ、弥怒。また、さっきの技を使って攻め込むのか?』

 

 

 顎に手を当てて考え込む弥怒。

 

 私は彼が口を開くのを、じっと待ち続けた。

 

 

「いいや、もっといい手があるではないか」

 

 

 弥怒は仮面の下で笑う。

 

 私はその言葉に胸が躍った。

 

 まだ策がある。

 

 それだけで、こんな状況下でも不思議と勇気が湧いてくるものだ。

 

 それほど弥怒の言葉には、確かな重さと安心感があった。

 

 

(やはり、弥怒はただ者ではない! 心猿大将の名は伊達じゃないんだ!)

 

 

 そんな彼と共に戦えることを、私はこっそり誇りに思った。

 

 弥怒は大きく息を吸い込むと、天へと声を張り上げる。

 

 

「いつまで寝ているのだ、睡魔大聖! 璃月の危機に昼寝とは、随分と偉くなったものだな!」

 

 

 その声は層岩巨淵全体に響き渡り、岩の間でこだまする。

 

 こだまする声がやっと収まったその時。

 

 背後から衣擦れの音が聞こえてきた。

 

 

「……誰が、睡魔大聖だ……!」

 

 

 やや若さを残した精悍な声が、背後から聞こえる。

 

 弥怒は得意げにその声の主をたしなめた。

 

 

「名は体を表すというではないか。寝ている者にその名を与えて何が悪い」

 

 

「貴様が、なぜその呼び方を知っている……! その呼び方をするものは、かつての仲間のみ……!?」

 

 

 そこで初めて、降魔大聖のはっと息をのむ音が聞こえた。

 

 弥怒は儺面を肩越しに軽く後方へと向ける。

 

 

 

 

 

「……約束を果たしに来たぞ、魈」

 

 

「我の見間違いではなく、本当に弥怒、なのか……!?」

 

 

「ふん、まだ寝ぼけているのか。仕方のないやつだ。さっさと立て。妖魔は待ってくれぬぞ」

 

 

「……どうやって蘇ったかは知らないが、我にそんな口の利き方をする男は知る限りひとりしかいない。……この死にぞこないが」

 

 

「はっ、その傷だらけの体でよく言えたものだ」

 

 

「フン、口の減らない猿め」

 

 

 私は聞いていて、ひやひやした。

 

 このふたりは、同じ仙衆夜叉の仲間ではないのだろうか。

 

 憎まれ口をたたき合う様子は、まるで喧嘩でもしているようだった。

 

 

『大丈夫なのか……?』

 

 

 一抹の不安が胸によぎる。

 

 そんな私の肩を、細く柔らかい手が優しく叩いた。

 

 振り向けば、伐難が仮面からわずかに素顔をのぞかせながら、人差し指を立てて口に当てている。

 

 その背後では夜叉の面々が、各々肩をすくめたり、クスクス笑ったりしているではないか。

 

 

 ――心配無用、ということらしい。

 

 

 前方に視線を戻すと、魈が槍を杖代わりにして弥怒の隣まで歩いて来た。

 

 

「それで、奴をどうやって仕留めるつもりだ」

 

 

 魈はこちらに顔を向けることすらせず、まっすぐ暴れ狂う妖魔を見据える。

 

 

「満身創痍のところ悪いが、あれをやる」

 

 

「なっ! 約束が違うぞ! 窮地に助太刀すると言ったのは貴様だろう!」

 

 

「あいにく己れには時間も元素力も足りなくてな。許せ、魈」

 

 

「……チッ」

 

 

 舌打ちと共に、魈は槍を肩に担ぎ姿勢を低くする。

 

 弥怒も同時に足幅を広げて地面を踏みしめた。

 

 

「合わせられるか? お主のその体で」

 

 

「御託はいい。貴様こそ、前回は千年以上前だからと手元を狂わせるな」

 

 

「はっ、笑止‼」

 

 

 だんだんと息のあって来る会話を、私は胸を熱くさせながらただ見守っていた。

 

 背後の夜叉たちが静かに仮面で顔を隠せば、弥怒の周囲で岩元素が大気を揺らす。

 

 それに合わせるかの如く、魈も面を被り槍を握り締めた。

 

 

 砂埃とつむじ風。

 

 

 伝説の夜叉ふたりは、無言で崖上から妖魔を見下ろす。

 

 顔は見えなくても、わかっていた。

 

 きっとこのふたりは戦いを前にして。

 

 

 

 ――私と同じように、笑っているはずだ。

 

 




某小説の公募の執筆があり、投稿遅くなりました!
少しづつですが更新してまいります!

まずは肩慣らしとして。
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