護法戦記   作:ほすほす

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私は平安。璃月のしがない小説家だ。

――これは層岩巨淵のイベントストーリーの裏側で巻き起こる、もう一つの護法夜叉の話。


護法戦記 35話 本を閉じた後に

 岩間を通り抜ける風が甲高くか細い音を響かせる。

 

 まるで歴史の影に消えた英雄との別れを惜しむかの如く、大地が哭いていた。

 

 私は白い砂埃が薄く積もった地面にうずくまり、仮面から剥がれた砂の欠片を抱き寄せる。

 

 妖魔の猛攻を耐え切ったはずの応達の鎧。

 

 今はもう岩元素が抜け切ってしまったためか、欠片は指先で触れるだけでいとも容易く崩れてしまう。

 

 

「あぁっ……」

 

 

 私がわずかに漏らした吐息は欠片たちの崩壊に拍車をかけ、それらはまるで示し合わせたかのように一斉にその原型を失った。

 

 

「……名残惜しいか」

 

 

 凛々しくも優しい声が私を包み込む。

 

 静かに首を横に振り、涙に濡れた顔を上げた。

 

 降魔大聖は横顔を私に向け、わずかに顎を引いたまま地に突き立てた槍を握りしめる。

 

 胸が張り裂けそうなのは私だけではない。

 

 そう思った。

 

 

 風も、大地も、かつての戦友でさえ、別れの痛みを隠そうとはしていなかった。

 

 

 決して歴史の表舞台に立つことのなかった1人の夜叉は――。

 

(愛されて、いたのだな……)

 

 

 そう思うと、なんだかすっと胸が軽くなった気がした。

 

 見上げれば、見事な青空が広がっている。

 

 白雲が尾を引き、まるで層岩巨淵の崖壁に波が打ち寄せているように見えた。

 

 

(弥怒を、私はちゃんと見送れただろうか。いや、あの弥怒のことだ。私が心配せずとも、真っ直ぐ自分の進むべき道を進んでいくのだろう)

 

 

 自然と口元に笑みがこぼれる。

 

 層岩巨淵特有の勁風が吹き砂埃を巻き上げたかと思うと、私と降魔大聖が見守る中空の彼方へ消えていく。

 

 大きく深呼吸をして目を落とせば、もう仮面の周りに砂は一粒たりとも残っていなかった。

 

 その代わりに、何か小さな結晶のようなものが、仮面のそばで輝いている。

 

 

「これは……」

 

 

 私が小首を傾げながらそれを拾い上げると、降魔大聖がフッと小さく微笑んだ。

 

「弥怒は余程貴様のことを気に入っていたのだな。それは奴が作った岩元素の結晶、吸瘴石だ。妖魔を退け、業瘴をその内側に封じる。身につけておけば、末代までその身を守ってくれるだろう」

 

 

 傷を負った最後の仙衆夜叉は突き立てた槍を持ち上げ、少しよろめきながら私に背を向ける。

 

 

「ま、待ってくれ!」

 

 

 私はあわてて、不遜にも降魔大聖の衣服の端を掴んだ。

 

 

「近づくな! 我の身は業瘴に飲まれている。神の目をもつ者でさえ蝕まれる強い呪いだ。ましてや通常の人間には猛毒となる!」

 

 

「いや、私は大丈夫だ! 確かに神の目を私は持たない。だが、降魔大聖が今先程言ったように、私は業瘴から守られている。石が、弥怒の遺したこの吸瘴石が、あるのだから!」

 

 

 降魔大聖は肩越しに振り返り、私を見ると微かに目を細める。

 

 

「その石を無駄にするな。そのような使い方をするには惜しい代物だ。なぜならもう、作り直すことはできないのだからな」

 

 

「そんなこと、わかっている! わかった上で言っているんだ。行かないでくれ、降魔大聖。いや、魈! 私は弥怒と約束したのだ。あなたを一人にしないと! 孤軍奮闘する戦友を、友として支えてほしいと!」

 

 

 私の必死な訴えかけに、降魔大聖はチッと小さく舌打ちをし、服を勢いよく引き寄せる。

 

 掴んでいたはずの布は指の間からすり抜けた。

 

 

「そんな……」

 

 

 胸中に寂しさ悔しさが一瞬で広がる。

 

 脳裏に浮かんだのは、弥怒の顔だった。

 

 

(だめだ。弥怒と約束したんだ。例えここで降魔大聖に断られたとしても、何日、何ヶ月、何年経ってでも――)

 

 

 私が立ち上がったその時。

 

 降魔大聖がぼそりと小さくつぶやいた。

 

 

 

「……勝手に、しろ……」

 

 

 

「っ! 魈っ……‼︎」

 

 

 私は喜びを噛み締めつつ、彼の華奢な背中へ駆け寄ろうとした。

 

 が、その背はぐらりと揺れたかと思うと、力無く前のめりに倒れ込む。

 

 

 彼に蓄積したダメージが、許容値を超えていたのだ。

 

 

「おい、しっかり――!」

 

 

 私が叫び終わるより早く、小さな影が岩の間をくぐり抜け降魔大聖の下に滑り込む。

 

 遅れてやってきた風に砂埃が舞い、色褪せた札がはためいた。

 

 

「七七さん!」

 

 

「ん……」

 

 

 微睡んだ眼をこちらへと軽く向け、幼子は小さく首を傾げる。

 

 その両腕はしっかりと降魔大聖を支えていた。

 

 さすがは怪力持ち。

 

 私はホッと胸を撫で下ろした。

 

 

 

「七七さん、お久しぶりです。ありがとう、助かった……」

 

 

「えっと……ん……、七七、覚えてる。あなたは……」

 

 

「おおっ! とうとうちゃんと私の事を覚えてくれたんだな!」

 

 

「うん。あなたは……そう。頭が残念な平安……」

 

 

「んんっ! それだと違う意味になってしまう! 確かに誇れたものは持っていないが、もうちょっと言葉を選んでいただきたい!」

 

 

「……? 残念な、平安……?」

 

 

「一番大事な部分が抜け落ちてしまった!」

 

 

 私が頭を抱えていると、岩陰から軽く咳き込む音が聞こえた。

 

 

「七七、どうしたんですか。患者さんを見つけたんですか」

 

 

「白朮先生!」

 

 

 青白い顔を覗かせたのは、不卜廬の名医、白朮だった。

 

 普段はこんな璃月のはずれまで来ることなど無いはずだ。

 

 なぜこんなところに、と私が言いかけた時、答えは空から降ってきた。

 

 

 

「とうっ! ――シュタッ!」

 

 

 

 音もなく着地したにもかかわらず、自ら効果音を付け足す謎の少女。

 

 風にはためく黒衣に白の彼岸花。

 

 帽子のつばを持ち上げて、ニカっと笑みを浮かべたのは、王大のもとで看病を受けていた胡桃だった。

 

 

「胡桃! もう傷は大丈夫なのか⁉︎」

 

 

 真っ先に心配すべきは、妖魔にうけた大怪我だ。

 

 本来、数ヶ月以上床に伏せてもおかしくない容体だったはず。

 

 

「まさか、白朮先生の秘薬で……」

 

 

 私が白朮へとそのまま目線を送れば、当の本人はやや困り顔で肩をすくめる。

 

 

「いいえ、私は千岩軍より重篤な患者がいると聞きやってきたまでです。彼女の傷はもう塞がっていたので、通常の軟膏を処方したまで。そんな都合の良い秘薬など、持ち合わせてはいませんよ」

 

 

「あの傷が塞がっていただって⁉︎」

 

 

 驚いて胡桃の方へと振り向くが、そこには彼女の姿はなく。

 

 

「あれれ〜? 気になるぅ? 乙女のひ・み・つ」

 

 

 突然背後より寄せられた唇が、吐息と共に私の耳元でささやいた。

 

 

「うわぁっ! って、おい。胡桃ぉ……!」

 

 

「いひひひひひっ」

 

 

 口元を隠していたずらっぽく笑う彼女を見る限り、どうやら壮健なご様子。

 

 呆れて空いた口が塞がらない中、降魔大聖を持ち上げた七七が、白朮に駆け寄る。

 

 

「千岩軍から聞いた重篤な患者とは、おそらくこの人物彼ことでしょう。七七」

 

 

「……ん。治療、必要。七七が運んで帰る」

 

 

 七七は頷くと私たちに別れの言葉も告げず、降魔大聖の足を引きずりながら層岩巨淵の関所へ向かって歩き出す。

 

 白朮はくるりとこちらへと振り返ると、うやうやしく一礼して七七に続いた。

 

 その場に残されたのは、私と胡桃の二人のみ。

 

 私は地面に転がっていた面を拾い上げる。

 

 珍妙な表情をした私の儺面は、まるで何事も無かったの如く白い歯を見せて笑っている。

 

 握りしめていたもう片方の手を開けば、光をたたえる吸瘴石が輝いていた。

 

 

「ちゃんと、お別れできたんだね」

 

 

 その輝きに目を奪われていると、胡桃がつま先で小石をいじりながら、ひどく落ち着いた声で呟く。

 

 それほど大きな声では無かったはずだが、その言葉は私の胸の奥、心の底までじんわりと響いた。

 

 

「往生堂は、お呼びでない?」

 

 

「……ああ」

 

 

 吸瘴石を見つめたまま、私はそう短く答えた。

 

 

「……ふーん、そっか」

 

 

 胡桃は淡々とした声で返事をすると、小石を蹴飛ばし、層岩巨淵の大穴を振り返る。

 

 私もつられて顔をそちらへと向けた。

 

 層岩巨淵はあれほどのことがあったというのに、まるで何事も無かったかのように以前と変わらず、その大穴を口のようにポッカリと浮かべたまま佇んでいる。

 

 

 さまざまなことがあった。

 

 

 多くの人の思いがあった。

 

 だがそれを知る者は、そう多くは無い。

 

 

 不意に、頭の中に今書きかけの小説のタイトルが浮かんだ。

 

 

 なぜだかはわからないが、どうしようもなく、その続きが書きたくなった。

 

 

「私たちも、帰ろっか」

 

 

「……ああ!」

 

 

 頷いた私の心はどこまでも澄み渡っていて、もう下を向いても涙がこぼれることはなかった。

 

 鞄に儺面と吸瘴石をしまい込み、私は前を向いて歩き出す。

 

 その横を後ろ手に回した胡桃がトットットッと小気味良い足取りで追い越すと、少し先で肩越しにこちらをチラと確認する。

 

 私は口元に軽く笑みを浮かべながら、彼女の後を追いかけた。

 

 層岩巨淵を後にし、胡桃と二人で街道を進んでいく。

 

 辿ってきた足跡をひとつづつ、思い返しながら私は歩き続けた。

 

 私たちの帰りを待っていてくれたのは、まばゆい夕陽に照らされた我らが都。

 

 以前よりほんのちょっとだけ寂しくなった、璃月港の街並みであった。

 

 

 

 (完)

 

 

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「……ありがとうございます。しかし、本当にいいのでしょうか。今回の護法戦記、こんないい場所に並べてくださって」

 

 

 私はサンプルとしていただいた製本済みの【護法戦記】を閉じると、万文集舎の店主、紀芳の顔をのぞき込む。

 

 

「まあね、前回よりも少しはよくかけてるってのもあるし、今回はスポンサーさんもたっくさんいることだしねぇ。あなた、商売の才能あるかもよ」

 

 

「いえいえ、そんなご冗談を。本当にありがたいことだと思っています。私の力など、微々たるもので」

 

 

 そう言いながら、私は【護法戦記】巻末の広告欄を開いて目を落とす。

 

 そこには、出資してくれた組織や企業が、こぞって広告を並べていた。

 

「あなたの大切な人を送ります。伝統を重んじた方法で、あるいは見たこともないような斬新な方法で。この本を読んだと伝えていただければ、2人目以降、衝撃の80%オフ――! 〜往生堂〜」

 

 

「巷で話題の新作点心! ほっかほかのモラミートに、トローリ黄金のソースを加えて。あなたの舌に新食感を届けます! 秘密の合言葉、『スイートフラワー』と伝えていただければ、通常のモラミートを黄金のモラミートにグレードアップ! ぜひお友達と一緒にお越しください。〜万民食堂〜」

 

 

「馬尾と葦がたなびく水滸にて、極上の休息を。そうだ、望舒旅館に行こう。〜望舒旅館〜」

 

 

「民を守り、大地を後世へ繋ぐ。今、あなたの力が必要です。一緒にこの国を守り抜こう! 千岩牢固、揺るぎない! 〜千岩軍採用本部〜」

 

 

 と、このような具合で作中に登場した施設や商店などが、広告掲載という形で私の本へ出資してくれたのだ。

 

 その話を聞いた時は、まさに寝耳に水だった。

 

 書店でも前作のように隅に陳列されるのではなく、売れ筋商品の隣に並べていただくという破格の対応。

「ノンフィクションっていうところがなけりゃ、もうちょっと売上は伸びると思うんだけどねぇ。もうちょっと売れた時に、また刷ってあげるからさ、修正する気は無いの?」

 

 

 私は首を横に振った。

 

 この本の内容は、紛れもない事実だ。

 

 

 誰にも知られることのない、璃月の守護者たちを、絵空物語として売り出すつもりは毛頭無かった。

 例えそんな馬鹿なと笑われ、狂人だと指をさされたとしても、私はこの方針だけは決して変えはしない。

「フィクションだったら、結構いい線行くと思うんだけど……」

 

 

 残念そうに首を捻る店主に愛想笑いを返し、私はサンプルを鞄にしまい込む。

 

 それでは、とその場を後にして踵を返した私の胸元には、数珠に繋がれた琥珀色の結晶が躍っていた。

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