護法戦記   作:ほすほす

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私は平安。璃月のしがない物書きだ。
私の頭の中に住んでいる護法夜叉弥怒に現代の璃月を見せるため、私は璃月港へと出発した。
今の璃月を見たら、弥怒は腰を抜かすんじゃないだろうか。
その姿を見られないことだけが、残念で仕方ない……。

――これは層岩巨淵のイベントストーリーの裏側で巻き起こる、もう一つの護法夜叉の話。


護法戦記 6話 璃月小路

 穏やかな風がうぐいす色の原野に広がる草葉を撫で、ほのかな潮の香りを運ぶ。

 

 太陽は薄い雲を纏い、柔らかな日差しが雄大な璃月の大地を温める。

 

 私の家から続く小路は別の道と合流するたびに幅が広くなり、やがては璃月港へ続く大通りとなった。

 

 荷車を押す商人や鉱山へ買い付けに行く集団など、通りで人とすれ違う回数がだんだんと増えていく。

 

 まだしばらくは歩く必要があるにもかかわらず、港の賑わいを早くも感じることができた。

 

 

「なあ弥怒よ」

 

 

『なんだ』

 

 

「今こうやって私は弥怒としゃべっているが、周囲に弥怒の声は聞こえないのか?」

 

 

『ああ。聞こえないだろう』

 

 

「ともすれば、私はひとりぶつぶつ呟いている怪しい人物に見られてしまうということか」

 

 

 私はあごに手を当て考える。

 

 今まで気にも留めていなかったが、これは盲点だった。

 

 外に出ることで初めて気づいた問題点である。

 

 

 自宅の中であれば、どれだけ独り言をこぼそうが、叫び声を上げようが誰も咎めない。

 

 しかしこれから向かうは天下の大都会、璃月港だ。

 

 その盛況ぶりはテイワットでも類を見ないと言われている。

 

 私はそんな交易の要ともいえる場所で、狂人として有名にはなりたくない。

 

 

 気をもむ私の心を読んでか、弥怒がゆったりと私をなだめた。

 

 

『気にする必要はない。お主がしゃべらずとも己れと会話することはできる』

 

 

「本当か⁉」

 

 

 突然大声を出したせいで、近くで荷車を引いていた牛が驚いていなないた。

 

 牛の手綱を持つ男が眉をひそめてこちらを睨みつけてくる。

 

 早速やってしまった、と思った。

 

 私はあわてて会釈をし、早足でその場を立ち去る。

 

 

 額に浮かんだ冷汗をぬぐいながら、私はひそひそ声で弥怒に懇願した。

 

 

「おい弥怒、その会話する方法というのを早く教えてくれ。先ほどもそうだが、このまま璃月港に入ると確実にまずいことになる」

 

 

『まあそう慌てるな。男ならもっとこう、どっしりと構えぬか。見よ、空は青く晴れ渡り、大地からは豊かな岩元素を感じる。この時代が豊かである証拠だ。うむ、すばらしい』

 

 

「はぁ……」

 

 

 思わず盛大なため息をついた。

 

 この男、弥怒と私では考え方も、生きていた時代も、時間の感覚も、存在でさえまるで異なる。

 

 確かに彼の言っていることに心から頷き、共感したいという憧れは依然として私の心の内にあった。

 

 なんてったって、彼は仙衆夜叉のひとりなのだから。

 

 

 だがしたいこととできることはまるで違う。

 

 悲しいことに、私の心は弥怒に比べてはるかに打たれ弱く、小心で、人目を気にするものだった。

 

 体も生前の彼のように大きくなく、その辺の鉱夫にさえ喧嘩では勝てないだろう。

 

 身の丈に自分の存在を合わせることは、弱者にとって非常に重要なことだ。

 

 無理をして背伸びをすれば、いずれ痛い目を見る。

 

 それは、私が過去で得た最大の教訓なのだ。

 

 

 いくら私の頭の中に夜叉のような強大な存在がいたとしても、私自身のどこかが変わったり強くなったわけではない。

 

 意味もなく人目に付くような行動を取れば、余計ないざこざを生む。

 

 悪目立ちは避けるべきだ。

 

 

「すまない弥怒。弥怒のように悠然と他人を気にせず景観や人々を観察できれば良いのだが、私にはどうもそれはできそうにない。とはいえ、弥怒と会話ができないと後々困ったことになりかねない。簡単でいいから、口に出さずに弥怒と会話する方法を教えてくれよ」

 

 

『ん、なんだ、しょうがない奴だな』

 

 

 やれやれと言った様子で弥怒は応じてくれた。

 

 なんだろう、弥怒の扱いが少しだけわかってきた気がする。

 

 弥怒は頑固で独特な価値観を持っているが、悪い奴ではない。

 

 やや行き過ぎた点もあるが、なにかと面倒見がいい男なのだ。

 

 なので少しこちらが下手に出れば、それをむげにすることはない。

 

 

『ふむ、そうだな。まあなんだ、心に言いたいことを思い描けばよい』

 

 

「ん? なんだ、そんなことでいいのか?」

 

 

『ああ。試しにやってみるといい』

 

 

 私は立ち止まり、目を閉じて心に言葉を思い浮かべる。

 

 

「……どうだ?」

 

 

『すこし、言葉の輪郭がぼやけているように感じるな。ううむ、そうだな。本を書く時のように、心に文字を浮かべてみよ』

 

 

「本を書く時のように、か」

 

 

 私は再び瞼を閉じると、本を書く時をイメージする。

 

 自然と肩の力が抜け、頭の中にすらすらと文字が浮かんできた。

 

 

(こんな感じだろうか?)

 

 

『おう、分かりやすくなったぞ』

 

 

(しかし、不思議だな。弥怒は今の時代の璃月文字は読めないのだろう? なぜ、頭の中の文字は読むことができるのだ?)

 

 

『それはなぜだろうな。己れも理由はよく分からぬ。だが恐らく、己れはお主が頭に浮かべた文字を文字として読んでいるのではなく、言葉が持つ固定化された概念を読み取っているのだろう』

 

 

(なんだか難しい話だな)

 

 

 私は目を開けたままでも頭に言葉を浮かべることができたので、訓練もかねて再び歩きはじめる。

『そうだろうか。ふむ、わかりやすいよう試しに、何か食べ物を思い浮かべてみるがいい』

 

 

(これでいいか?)

 

 

 私は頭の中に赤くみずみずしい熟れたリンゴを思い浮かべてみた。

 

 

『おお、甘い匂いがしてきたぞ。果実か? 赤い色だな。そんなに大きくはないな。ふむ、リンゴ、だな?』

 

 

(正解だ)

 

 

『では次に、別の食べ物を言葉で思い浮かべてみよ』

 

 

(わかった)

 

 

 私は頭の中に“モラミート”という文字を浮かべる。

 

 すると弥怒がすぐさま反応した。

 

 

『なんだこれは。モラミート、か。面白い』

 

 

(もうモラミートがなんだか分かったのか?)

 

 

『ああ。イメージだけでは伝わるものが限定されている。しかし、言葉は違う。お主の記憶が言葉に色を付け、イメージはより鮮明に具現化する。今己れの目の前には、まぎれもないモラミートが見えている。だが……』

 

 

 流ちょうにしゃべっていた弥怒は、最後に言葉を濁した。

 

 

(だが、どうしたのだ?)

 

 

『……』

 

 

 弥怒は答えない。

 

 何か考え事をしているのだろうか。

 

 私が自分の頭の中で耳を澄ませるという変わったことをしていると、弥怒がポツリとこぼした。

 

 

『このモラミート、旨いという記憶があるのだが、食べてもあまり味がせぬ……』

 

 

 

「ぷっ、はははははっ」

 

 

 思わず吹き出してしまった。

 

 あまりにしょぼくれた弥怒の声が、面白過ぎたからだ。

 

 慌てて周囲を見回したが幸い人の波は途切れていて、白い目で見られずに済んだ。

 

 

(そりゃそうだ、弥怒)

 

 

『どういうことだ?』

 

 

 弥怒が不服そうに尋ねてきた。

 

 私は小刻みに揺れる腹を抱えながら、頭に言葉を思い描く。

 

 

(モラミートを私が最後に食べたのは、私がまだほんの小さな子供のころ。味なんてとうの昔に忘れてしまっている。子供ながらに旨かったという記憶しか私の中にないのだから、味がはっきりしないのは当然さ)

 

 

『ぬぅ……』

 

 

 とても残念そうな弥怒の声が聞こえてきた。

 

 目じりに浮かんだ笑い涙をぬぐいながら、さすがに私も多少の罪悪感を感じる。

 

 

(なあ、弥怒。そう落ち込むな)

 

 

『そう言われてもな。この旨いという記憶は否が応でも己れの心を昂らせる。それに比べこのような塩気すらない口当たりは、なかなか来るものがあるぞ』

 

 

(だったら、もう一度記憶を上書きすればいいじゃないか)

 

 

『上書き?』

 

 

(簡単なことさ)

 

 

『んん?』

 

 

 いぶかしがる弥怒の声をよそに、私は深呼吸をして鼻から胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込む。

 

 いつの間にかそよ風の中には、潮の香りだけでなくかすかに香辛料の匂いが加わっていた。

 

 

『おおっ!』

 

 

 弥怒が思わず歓声を上げる。

 

 

 

 私が足をかけた石橋の先に現れたのは、鮮やかな色をした無数の看板とひしめき合う料理店の数々。

 

 店と店のわずかな合間からは海がのぞき、水面がキラキラと日光を反射している。

 

 比較的屋根の低い商店街のさらに先には、朱色をあしらった立派な建築物たちが雲を貫かんと競うようにそびえ立つ。

 

 そのまま空へと目線を上げれば巨大な天空城、群玉閣がこの巨大都市を雲の合間から優雅に見下ろしていた。

 

 

 

『これが、この時代の璃月港、か……』

 

 

 弥怒は息を飲み、そのまま言葉を詰まらせる。

 

 凡人の私には、今弥怒の目が何を見つめているのかわからない。

 

 荘厳な璃月建築に文化の発展を見ているのだろうか。

 

 道行く人々の多さに、人類の進歩を感じているのだろうか。

 

 はたまた広場で野良犬と戯れる子供たちに、この時代の平和を感じているのだろうか。

 

 いずれも正しく、そうではない気もした。

 

 

 きっと弥怒の目には弥怒が生きていた時代の璃月と、目の前の璃月が重なって見えているはずだ。

 

 無理もないだろう。

 

 弥怒からすれば長い眠りについていた期間の記憶はなく、彼の数日前はなん百、何千年前の一日なのだから。

 

 

 私は足元にじゃれついてきた、物欲しそうな目でこちらを見る犬を軽くあしらいながら商店街へと歩を進める。

 

 数えきれないほどの露店が軒を連ねる中、ひときわ賑わいを見せている店へと私は向かった。

 

 その店の外観は、通りにある他の店とあまり変わらない。

 

 むしろ、新しく改装をした店と比べればやや古めかしくも見える。

 

 だがこの店を知らずして、璃月人と名乗ることは許されない。

 

 

 

 店の名を“万民堂”という。

 

 

 

 昼にはまだ早いというのに、十数人ほどの列がすでにできあがっていた。

 

 私はその後ろに並ぶも、店の回転率がいいのか、厨房の手際がいいのかどんどん列ははけていき、あっという間に私の番となる。

 

 

「いらっしゃい! お客さんは中で食べていくかい? それとも持ち帰りで?」

 

 

 店主の卯が元気よく私を迎え入れる。

 

 その笑顔につられ、つい私も頬が緩んだ。

 

 万民堂が璃月の人気店なのは、決してその味だけが理由ではない。

 

 飾り気のない笑顔で気前のいい店主に、手ごろな価格。

 

 もっと高級な食材を使えばいくらでも儲けをだせるはずなのに、万民堂はあえて庶民的な食材にこだわりを見せる。

 

 一見すると家庭でも作ることのできる料理なのに、同じ味を出すことは非常に難しい。

 

 技術に裏付けされた絶妙な味付けは、客の足を再び万民堂へと向かわせるのだ。

 

 多くの人に料理を楽しんでもらいたいという店主の願いから、価格を抑えるために内装は質素なまま。

 

 にもかかわらず実は群玉閣のお偉いさん方でさえ、お忍びでこの店に通っているというのは璃月人なら誰もが知る事実だ。

 

 

「持ち帰りで、モラミートを一つ頼む」

 

 

『っ! そういうことか!』

 

 

 私の注文を聞いて、弥怒が頭の中で声を上げた。

 

 

(ご明察!)

 

 

 そう、味の記憶が薄れたのであれば、その記憶を新しい記憶で上書きすればいいだけのこと。

 

 そうすれば私の頭の中に住む弥怒でも、現代のモラミートの素晴らしい味わいを隅々まで堪能できる。

 

 

『なるほど、名案だ!』

 

 

 モラミートを味わえると知ると、弥怒は上機嫌になった。

 

 

「あいよ、モラミートひとつね! ……あ」

 

 

 注文を受けた卯は何かを思い出した様子で、不意にその動きを止めるとカウンターから身を乗り出し、私に耳打ちしてきた。

 

 

「なあ、お客さん。いつものモラミートと、ちょっと変わったモラミート、どっちがいい?」

 

 

 私が驚いた顔で見返すと、店主はにかっと白い歯を見せた。

 

 

「卯さん、もしかして……!」

 

 

「ああ、そうさ! そのもしかしてだ!」

 

 

「ではもちろん、変わったモラミートの方で!」

 

 

「あいよ‼」

 

 

 暗号のような会話がリズムよく進み、あっという間に注文が済んでしまった。

 

 

『お、おい、大丈夫なのか?』

 

 

 心配性な弥怒が不安げに訪ねてくる。

 

 

(弥怒よ、今回ばかりは私を信用してほしい。めったにないチャンスなんだ)

 

 

『どういうことだ、もっとわかりやすく説明してくれ』

 

 

(この店、万民堂は璃月の名店だ。味は保証する。だがこの万民堂の味は、不定期に超進化を遂げるんだ)

 

 

『まてまて、話が見えない』

 

 

 動揺する弥怒の声を遮るように、卯が厨房へと声を張り上げた。

 

 

「おーい、香菱! 新作の変わったモラミート一丁!」

 

 

「はいはーい!」

 

 

 万民堂の厨房に女の子の明るい声が元気よく響き渡る。

 

 

(万民堂店主の娘さん、天才シェフの香菱ちゃんが今回の旅を終えて厨房に立っているんだよ!)

 

 

 私は勘定を済ませると、あふれ出そうになるよだれを何とか飲み込み期待に胸を膨らませた。

 

 

『なるほど』

 

 

 合点が言った様子で弥怒のほっとした声が聞こえてくる。

 

 ほどなくして厨房の方から、猪肉と香油の芳ばしい匂いが店の外まで漂ってきた。

 

 その香りにつられたのか、私の後ろの列はさらに成長し今や最後尾は広場まで届く勢いだ。

 

 と、万民堂の奥から軽やかな足音がトトトっとこちらへと近づいてくる。

 

 

「おまたせーっ!」

 

 

 黒髪短髪の少女、香菱がカウンターから顔を出した。

 

 店主の卯を押しのける勢いで、香菱は白い包み紙を持つ手を私の目の前まで精いっぱい伸ばす。

 

 ホカホカと湯気の立つ包み紙を受け取ると、途端に腹が音を立てて鳴った。

 

 包み紙を開けてみてみると、それは一見普通のモラミート。

 

 素朴な味わいの璃月の蒸しパン、包子にはぎっしりと具材が挟まれている。

 

 

「お客さん、お客さん、包子の中だけじゃなくって、外側も見てみてよっ」

 

 

「ああ……‼ こ、これはっ‼」

 

 

 包み紙と包子のわずかな隙間から、鮮やかな色彩が光を放つ。

 

 薄い包み紙は太陽の光を透過し、白い包子の表面に塗られたタレを輝かせている。

 

 

「これは……黄金……! 本物のモラと同じ……! 黄金のモラミートだ‼」

 

 

「そうなのっ!」

 

 

 香菱が顔をぱっと輝かせる。

 

 

「これはねっ、スイートフラワーの花粉を使ったタレなの! 砂糖の生成に使われる糖分を多く含んだ花びらと違って、花軸の部分はあまり甘くないから捨てちゃうんだ。でも、栄養はたっぷりだから、何かに使えないかと思って、モラミートのタレにしてみたのっ!」

 

 

 私はゴクリ思わず喉を鳴らす。

 

 

「さすが香菱ちゃん、発想が斜め上だ……。多分今までスイートフラワーの花軸を使った料理なんて、考えられたことすらなかっただろう」

 

 

 私は改めて包み紙を頭上に掲げ、太陽にかざす。

 

 

 本来であれば、モラミートの白い包子の表面には、モラの模様が焼き印される。

 

 そのため白い包子に黒いモラマークというのが一般的なモラミートの見た目である。

 

 だがその焼き印の部分を花粉が混ぜられた黄色いタレで覆うことで、まるで金粉を散りばめた本物のモラのような光沢がモラミートに与えられたのだ。

 

 

「おおっ」

 

「なんだ、黄金のモラミートだと⁉」

 

「なにそれ、すごくおいしそうじゃない!」

 

「ママー、あれほしい!」

 

 

 道行く人々が私の手元で輝くモラミートを見て、ざわめき立つ。

 

 

「はいはーい、並んで並んで! “黄金のモラミート”は数が限られてるから、お早めにねー!」

 

 

 見れば万民堂のカウンターで卯がお鍋をお玉で叩き、周囲の群衆に並ぶよう促している。

 

 “数が限られている”なんてわかりきったべたな売り言葉を使うあたりも、商人が大多数を占めるこの璃月で万民堂が愛される理由の一つかもしれないと私は思った。

 

 

 そう言った愛嬌含めて、璃月人はこの店が好きなのだ。

 

 駆け出しの商人は彼らを羨望の眼差しで見つめ、成り上がった豪商はその姿にかつての自分を思い出す。

 

 

 

 万民堂は璃月の文化を体現している。

 

 どこかの誰かが言ったその言葉は、あまりにもすんなりと人々に受け入れられた。

 

 

『……早く食べてくれないか? 己れもここまで焦らされると、さすがに気になって仕方がない』

 

 

「ああ、悪い悪い。さすがにどんな味か気になるよな。向こうに座るところがあるから、そこで食べよう」

 

 

 話し終えた瞬間、しまった、と私は青ざめた。

 

 ついつい、いつもと同じように言葉に出してしまったのだ。

 

 

「ん? お客さん、今もしかして誰かに話しかけてた?」

 

 

 声の方を見れば、カウンターの奥からくりくりとした二つの眼がこちらをじっと見つめている。

 

 周りを見ても誰一人私の発言など気にしていない中、耳がいいのか勘がいいのか、彼女だけは私の声を聞き分け首をかしげていた。

 

 

「いや、その、ははっ。気にしないでくれ、何かの間違いだ」

 

 

「ふーん、そうなんだ。お客さん、面白いね! 黄金のモラミート、食べたらぜひ感想聞かせてねっ!」

 

 

 香菱はぱっと笑顔に戻ると、弾むような声でそう伝え厨房へと戻っていった。

 

 彼女が私の発言に対しあまり気にしていない様子だったので、私はほっと胸をなでおろす。

 

 胸元に手を当てると、まだドキドキと心臓が激しく鼓動している。

 

 

『なんだ、お主。あの娘に恋でもしたのか?』

 

 

(……おい弥怒)

 

 

『どうした?』

 

 

(あまりしょうもない冗談を言っていると、このモラミート、その辺の子供に食べさせるぞ)

 

 

『……すまぬ』

 

 

 

 私は空腹も相まって、軽い苛立ちを弥怒に隠すことなくぶつけつつ万民堂を後にする。

 

 

 

 

 ちなみにその後、青空の下で港を眺めながら食べた黄金のモラミートは――めちゃくちゃ旨かった。

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