護法戦記   作:ほすほす

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私は平安。璃月のしがない物書きだ。
ひょんなきっかけで出会った護法夜叉、弥怒と共に璃月港に来ている。
そこで胡桃と名乗る怪しげな少女が私の前に立ちはだかった。
自身を往生堂七十七代目堂主だという。
……胡散臭い……。

――これは層岩巨淵のイベントストーリーの裏側で巻き起こる、もう一つの護法夜叉の話。


護法戦記 8話 勧誘

「さあさあ、ここであったが運の尽き……じゃなくって、袖振り合うも他生の縁ってことで、往生堂はただいま絶賛キャンペーン中! そんなタイミングで出会えたあなたは運気も絶好調! あーっと! なんという偶然、こんなところに運試しができるくじ引きセットがっ! せっかくだから、お客さんのその運気、試してみない? ねぇ、ねえ!」

 

 

「お、おう……」

 

 

 突然現れた胡桃と名乗る少女は、帰終機の矢嵐のように言葉を繰り出す。

 

 その剣幕に思わず圧倒される。

 

 目を白黒させているうちに、胡桃は私の目の前に両手で抱えた黒い箱を差し出してきた。

 

 箱の上部には丸い穴が開いていて、胡桃が箱を軽く上下するたびに中からカラカラと木のぶつかり合う音が聞こえてくる。

 

 

「えっと、これって」

 

 

「いいからいいから! さあ早く早く‼」

 

 

 だめだ。

 

 この少女、聞く耳を持たない。

 

 まるで片付けられていない部屋を見つけた弥怒のように、くじを引かなければてこでも動かなそうだ。

 

 

『今何か余計なことを考えてはおらぬか?』

 

 

(なんでもない、弥怒は少し静かにしていてくれ)

 

 

『ぬう』

 

 

 ただでさえ目の前が騒がしいのに、頭の中まで騒がれてはかなわない。

 

 私は早急に弥怒へくぎを刺し、改めて胡桃が持つ箱へ目をやった。

 

 

 上質な木材で作られた、がっしりした箱だ。

 

 いやむしろ、ただがくじ引き用の箱にしてはがっしりしすぎている。

 

 なにより色がまずい。

 

 その箱はまるで夜の闇を思わせるかの如く真っ黒に塗装されていて、なんというか……小さな棺桶のようだった。

 

 

 そっと箱の穴を覗き込むと箱の中はまさに暗黒。

 

 まるで深淵がぽっかり口を開けていて、私の腕を飲み込もうとじっと待ち続けているような錯覚さえ覚える。

 

 

「な、なんだかこの箱、禍々し」

 

「ほいっ!」

 

 

 

「…………へっ⁉」

 

 

 まさに早業だった。

 

 目にもとまらぬ速度で胡桃は箱を片手で持ち直し、空いた手で私の手首を掴む。

 

 そしてまたもやあの怪力で、私の右腕が引き抜けるほどの勢いで引っ張ったかと思うと、一直線に箱の穴へと突っ込んだ。

 

 まばたきをする暇さえ与えてもらえなかった。

 

 あまりの展開の速さに、脳の処理がまるで追い付かない。

 

 

 

 おかしい。

 

 いろいろとおかしい。

 

 

 なんだこの強引な堂主は。

 

 というか、痛い。

 

 ジンジンと指先が遅れて痛みを伝えてくる。

 

 

 すごい勢いで箱に手を突っ込まされたため、中に入っていた木札に私の指先が激突していた。

 

 

 確実に突き指したぞこれ。

 

 

「選んだ?」

 

 

 胡桃は屈託のない笑みを浮かべて小首をかしげる。

 

 

「わかった、わかったから! 手を放して! ちゃんと選ぶから!」

 

 

 私は悲鳴に似た声を上げた。

 

 胡桃が握りしめる手に力が入り始めていたからだ。

 

 正直これ以上状況を悪化させたくなかった私は、自ら彼女の意向に従う意思を示した。

 

 

「じゃあそれを取り出して私に見せて!」

 

 

「わかったよ……うへぇ」

 

 

 木札を取り出して私はさらにげんなりする。

 

 取り出した札は、葬式で使われる木簡のミニチュアバージョンだった。

 

 

『趣味がいいとは言えんな』

 

 

 思わず弥怒の言葉にうなずいてしまう。

 

 

「あれ? どうかした?」

 

 

 すかさず胡桃が顔を覗き込んできた。

 

 

「い、いや、こっちの話だ」

 

 

「ふぅん? まあいいや、出た札を拝借っと。おおっ! これはすごいよ! お客さん‼」

 

 

 胡桃は私から取り上げた札を見て歓声を上げる。

 

 

 ここまでの流れがあったので、あまりいい予感はしなかった。

 

 

 だが、すごいよ、とまで言われるとつい内容が気になってしまうのは私だけだろうか。

 

 分かってはいても、怖いもの見たさも相まって多少の興味がわいてしまった。

 

 

「な、なんて書いてあったんだ?」

 

 

 私はできるだけ声の抑揚を抑えて胡桃に尋ねる。

 

 

「あれれ~? さっきまで興味なさそうだったのに、やっぱり気になっちゃう? 気になるよねぇ! どれどれぇ……うわっ、おめでとう! パンパカパーン! 大当たり~!」

 

 

 胡桃は満面の笑みでファンファーレを口ずさんだ。

 

 

 大当たりと聞くと、なんだか悪い気はしない。

 

 

「大当たりの景品は……お客さんのお葬式がなんと半額! おまけにひとりまでなら追加料金不要! つまり実質七十五パーセントオフっ! さらにさらに! 私が七十七代目堂主ということで、さらに二パーセントオフ! 驚異の七十七パーセント引きだよっ‼」

 

 

 ……前言撤回。

 

 

 少しでも期待した私が馬鹿だった。

 

 

「……えっと、間に合ってます」

 

 

「チッチッチ、甘いねお客さん。人は必ず死ぬんだよ。誰しもが絶対一度は経験するお葬式! 安い方がいいと思わない? ああっ、ちょっと! 行かないで! あ、もしかして安くなったからってお粗末な葬式になることを心配してる? 大丈夫だから! ちゃんと立派なお葬式をあげるから!」

 

 

 私は踵を返し、歩き始めた。

 

 背後で何やらきゃあきゃあと声が聞こえるが、気にしてはいけない。

 

 ああいう手前に関わると余計なことに巻き込まれる。

 

 

 本能がそうささやいていた。

 

 

「ねぇ、まってよ~! 今なら未練がある魂の浄化ツアーもおまけでつけてあげるから~!」

 

 

『……! お主、待ってくれ』

 

 

 唐突に今まで静かにしていた弥怒が私を呼び止めた。

 

 

(どうした、弥怒)

 

 

 私は足を止める。

 

 

「あれ? もしかしてそっちの方に興味あり? ま、まあ、あくまでおまけだからね? 除霊しているところを見てもらうだけで、幽霊が見えるかどうかは、ほ、保証の範囲外だけどねっ?」

 

 

 ツアーの方はあまり自信がないのか、胡桃は急に歯切れが悪くなった。

 

 

『あの娘、往生堂と言ったな。往生堂なら己れも昔耳にしたことがある。なんでも死者と交流する術を持つ葬儀屋がこの国には存在すると』

 

 

(……え? それは本当か?)

 

 

『ああ。間違いない。あの娘が本当に往生堂の七十七代目当主だとすればの話だが』

 

 

 私は振り返り、胡桃を見る。

 

 あはは、と愛想笑いを浮かべる少女からは弥怒が語ったような威厳や歴史は微塵も感じられない。

 

 

「ま、まあ、興味があるんだったらさ、明日の朝往生堂を訪ねてよ。ツアーはちゃんと案内するからねっ! やばい……こんなおまけに興味があるなんて……準備全然してなかった……」

 

 

 最後の方はごにょごにょとよく聞き取れなかったが、“準備全然してなかった”だけはしっかり聞き取れた。

 いや、聞き取れてしまった。

 

 

「そ、それじゃっ」

 

 

 胡桃はこちらが返す挨拶もろくに聞かず、私に背を向けたかと思うと風のように立ち去ってしまった。

 

 

 

 

(なあ弥怒。胡桃を信頼しても大丈夫だろうか)

 

 

『まだ、分からぬ』

 

 

(しかし意外だな。まさか弥怒が葬式に興味があるなんて。今と昔の葬式様式でも比べるつもりか?)

 

 

『まさか。己れが気になったのは、娘の言う未練のある魂、という言葉だ』

 

 

(未練のある魂……)

 

 

 私は思わず弥怒の言葉を反芻する。

 

 

『ああ。己れは多くの戦友を失った。もしかすると、己れが交わした約束を待ち、あの世に旅立てぬ魂があるのではないかと思ってな……』

 

 

(それって、少し前に話していた、夜叉と交わした約束のことか?)

 

 

『……そうだ』

 

 

 弥怒は苦々しげに、歯の間から振り絞るように肯定の意を示した。

 

 私は返す言葉がなかった。

 

 戦場に出る夜叉たちと交わされた、最後の約束。

 

 それがどのような内容なのかは想像もつかない。

 

 だが恐らくそれが果たされなかったからこそ、弥怒は今こうして後悔の念を抱いているのだろう。

 

 そこに私の意思が介在する余地など、どこにもない。

 

 弥怒がどの夜叉との約束を気にしていたのか不謹慎にも気になってしまったが、さすがにそれを聞くのは野暮だと思いとどまった。

 

 

『すまぬが、明日』

 

 

(構わないさ、弥怒)

 

 

『恩に着る』

 

 

(ああ)

 

 

 目線を足元に落とせば、影が長く伸びていることに気が付いた。

 

 振り返れば燃えるような夕焼けが高くそびえる山々を煌々と照らしている。

 

 

(今日はもう遅い。帰ろう)

 

『そうだな』

 

 

 私たちは言葉少なくそう交わした。

 

 

 ややうつむきがちな姿勢でポケットに手を突っ込んだまま、私は波止場から元来た道を戻り始めた。

 

 

 

      ※

 

 

 

 ちょうど璃月港の入り口、石でできた大橋に差し掛かった時だった。

 

 

「あ」

 

 

 少し眠そうな声が前方から聞こえて私は顔を上げる。

 

 

「ん?」

 

 

 見れば山のように積まれた草かごを背負う幼い少女が、ぼーっとこちらを見つめている。

 

 

「おや、あなたはいつぞやの……」

 

 

 少女の手を引いていた青年が、眼鏡をくいと持ち上げた。

 

 

「ああ、白朮先生に七七さんじゃないですか。こんなところで出会うとは。薬草取りの帰りですか?」

 

 

「ええ。ちょうど薬草を切らしていたので、裏手の山まで少し」

 

 

 白朮先生がそう答えた時、海の方から少し強めの潮風が吹いてきた。

 

 

「あぁ……」

 

 

 七七の帽子から垂れ下がっている札が暴れ、小さな手がわたわたしながらそれを追いかける。

 

 ようやく風が収まると、七七は慎重に札の位置を調節した。

 

 

「えっと……すみません。前から気になっていたのですが、七七さんが頭から下げているその札は一体……」

 

 

「ああ、これですか……」

 

 

 白朮先生は軽く七七へ目くばせを送る。

 

 

「ん。別に大丈夫」

 

 

「いいのですか? しゃべっても」

 

 

 七七と白朮先生はなにやら頷きあうと、私に向き直り再び笑顔を浮かべた。

 

 

「すみません、一応彼女に確認しておこうと思いまして。少しショッキングな話なものですから。実は彼女、七七は俗にいうキョンシー、なのです」

 

 

「きょ、キョンシー……。動く死者の兵士と呼ばれる、あのキョンシーですか?」

 

 

「そうです。ですが、七七は普通のキョンシーではありません。御覧の通り自我を持っています。物語や書籍に見受けられるキョンシーは、術者の命令が書かれた勅令札を頭に張り付けなければ行動することすらできません。しかし七七は自分自身に勅令を下すことができる特別なキョンシーです。この札は、彼女が彼女自身に指示をする際に張り付ける勅令札なのです」

 

 

「そ、そうだったんですね。にわかには信じがたいですが、キョンシーであればあの怪力も納得だ……」

 

 

 私は七七と出会ったときに彼女が抱えていたミルクバレルを思い出す。

 

 考えただけで頭に鈍痛がよみがえってきた。

 

 私が記憶の中の古傷に悶える最中、白朮先生は七七を見つめながら首をかしげる。

 

 

「しかし、よかったのですか? 余計なうわさや心配をかけないために、このことはあまり公にはしない方針だったと思いますが」

 

 

「ん、大丈夫」

 

 

 見れば七七はやけに自信満々だった。

 

 

 小さな手を腰に当て、軽く背を反らせて胸を張る。

 

 

「この人……えっと、確か手帳に書いていた。名前……名前……あった。そう。この人は平安。頭が七七のココナッツミルク入れの下敷きになった可哀そうな人。頭へこんでたけど七七が治した。たとえキョンシーのことを言いふらしたとしても、頭がまだ治ってないって言えば、平安の言うこと誰も信じない」

 

 

「さらっとひどいこと言われているのだが」

 

 

 見ればいつも冷静沈着でいそうな白朮先生が、私の頭を見つめながら若干引いている。

 

 

「ご愁傷様」

 

 

 七七は静かに合掌した。

 

 

「ご、誤解です! 私はちゃんとこうしてぴんぴんしてますから! 勝手に可哀そうな目で見るのをやめてください!」

 

 

「へいあん……可哀そうな人」

 

 

「ちょっと! 七七さん変なことメモしないでください! 白朮先生も止めてくださいよ!」

 

 

 私は必死に白朮先生に助けを求めたが、状況が笑いのツボだったのだろうか。

 

 

 白朮先生は口をおさえてプルプル肩を震わせている。

 

 

『可哀そうに』

 

 

(おい弥怒、便乗するな!)

 

 

 私は弥怒に活を入れ、コホン、と咳ばらいをする。

 

 

「すみません、少し熱くなりました。ところで、先ほどの話なのですがその札って人間にも使えたりするのですか? 護身用に一枚あったら便利だなあと思いまして」

 

 

 

 

「だめ」

 

 

 

 七七は首を横に振った。

 

 

「まあ、そうですよね……他人に渡していいものではないですよね」

 

 

 私が肩を落とすと、七七は「うーんと、そうじゃない」と告げた後、再びガサゴソと手帳を取り出しぱらぱらとページをめくる。

 

 

 目当てのページを見つけ、七七はうなずいた。

 

 

「えっと、人間にも使える。でも、札の力に普通の人間、耐えられない。一〇分もすれば、体中の筋肉がちぎれちゃう」

 

 

「聞いた私が軽率でした。以後七七さんの札に興味を持つなどといった行動は一切しないことを約束します」

 

 

「よろしい」

 

 

 私はしゃがみこみ、七七と同じ目線になるとそのままこうべを垂れた。

 

 

『一体何をやっているのだ』

 

 

(いいんだ、弥怒。彼女は私の命の恩人。だから、これでいいんだ……)

 

 

『お主に矜持というものはないのか……』

 

 

 どこか残念そうな弥怒の声が頭の中で聞こえた気がしたが、私はあえて聞こえないふりをした。

 

 

「いやぁ、久しぶりにこれほど笑いました。平安さん、あなたは面白い人ですね」

 

 

「へいあん、可哀そうで面白い」

 

 

「七七さん、それだと少し意味合いが変わってきますので、せめて元のままでお願いします」

 

 

『やれやれ……』

 

 

 その後、七七たちと別れた後から家に着くまでの間ずっと、私は耳にタコができるほど弥怒から矜持について説教を受けたのであった。

 

 

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