俺は基本ソロの剣士なんだが、自称凄腕の盗賊とバディを組まされている。~お兄さんってぇ、陰キャのぼっちですよねぇ~   作:これ書いてるの知られたら終わるナリ

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 メスガキシーフを分からせる話の連載版です。

 連載するに至って、実験として極限まで削っていた描写を全部戻しました。
 違和感、読みにくいとかあれば指摘お願いします。

(とはいえたぶんこの雰囲気のまま書き進めるけど)


第一巻 燐光と銀鱗
酒場にて


 雨が降りしきる中、俺はぬかるむ道を歩いていた。

 

 目に見えるほど刃こぼれし、曲がった剣を杖代わりにして。あるいは、大きく口を開けて空気を取り込もうとし、時折自分の汗とも雨とも分からない雫を気管に入れて咳き込みながら、その道を進んでいる。

 

「はぁっ……はぁっ……っ!!」

 

 呼吸が乱れている。先程まで追いかけてきていた魔物は撒いたようだが、今ここでへたり込んだら、二度と立ち上がれない予感があった。

 

 戦いの中で呼吸が乱れるような動きをしていては、長生きは出来ない。それを教えてくれた人は、この場にはいない。

 

「っ!? ぐっ……! あぁっ!!」

 

 膝の力が抜け、倒れそうになったのを何とか奮い立たせて立ち上がる。その時、雨に揺れる水溜りの中で、自分の姿が見えた。

 

 身体は返り血と自らが流す血に汚れ、黒い髪は泥と雨に汚れている。新調したてのレザーアーマーは修理も不可能なほどに壊れていたので、先程脱ぎ捨てた。だから、今はアンダーシャツにズボンという何ともみすぼらしい姿だった。

 

 どんな小さな怪我でもそれは致命傷に繋がる。それを教えてくれた人も、一人前になったんだから、その古びた装備じゃカッコつかないだろ。と言ってくれた人も、この場にはいない。

 

「がんばれっ……戻るんだ……っ」

 

 次の一歩が踏み出せない。既に体力は使い果たしている。立っているだけでもやっとだ。それでも前に進むため、言葉を口にして自分を奮い立たせる。

 

 それを教えてくれた人も、この場にはいない。

 

 誰も彼も、この場にはいない。俺は独りで、彼らは俺を捨てた。だから、街には自力でたどり着かなければならない。

 

 雨で煙る遠景の先に、おぼろげながら街の入り口が見えてきた。足に活力が満ちてくる。一歩一歩、踏みしめるように進んでいく。水溜りを踏み抜いたが、冷え切った足は何の感触も寄越さなかった。

 

「――、――!」

 

 遠くで門番の二人が何か叫んで、こちらに走ってくるのが見えた時、思わず安堵から膝の力が抜けてしまう。雨音に混じって聞こえてくる二人の声が、酷くおぼろげに聞こえた。

 

 もう身体は動かない。

 

 剣を握っていた両手も、身体を支えていた足も、雨水が浸食するように冷たく、感覚が消失していた。二人が何かしら声をかけてくれているが、それはもう、俺の耳には届かなかった。

 

 

――

 

 

 蒸留酒を口に含むと、豊かな木の香りが鼻腔をくすぐった。酒に酔う趣味はないが、この味を再現できる飲み物は酒しかないので、これを飲んでいる。

 

 冒険者ギルドに併設された酒場は、その街の経済状態を示している。穀倉地帯が近く、気候が安定しているこの町は、経済がかなり発展していた。

 

 照明は魔法灯が使われ、その光をガラス細工の調度品が暖かく反射している。今腰掛けているカウンターも、上等な素材に丁寧に加工が施されたものだし、カウンターの向こうにある棚にはいくつもの銘柄が所狭しと並んでいる。テーブル席の方も丁寧に磨かれており、静かで理知的な雰囲気を持っている。

 

 とはいえここは冒険者ギルド。ドレスコードなんてものはあるはずがない。だからこそ、この酒場は鼻持ちならない金権主義的な雰囲気も、スラム街一歩手前の、騒がしく喧嘩の絶えない雰囲気も存在しなかった。

 

 もう一度蒸留酒を口に含む。グラスの中で大人しくしている氷が、自己主張をするように転がって、その音につられてグラスに映る自分が目に入る。

 

 黒髪碧眼、仏頂面で年齢より年を取って見られるが、俺自身は二十四歳だ。この歳でソロ冒険者をしていられる人間はそう多くはない。俺は自分の実力に対して、それなりの自負はもっていた。

 

「ギャハハハハ!! 今日も簡単な依頼で助かったぜ!」

 

 静かな雰囲気を壊すように、ギルドへの連絡扉が開かれる。丁度俺と同じくらいにこの町に来た冒険者パーティで、リーダーの騎士と、剣士が三人、魔法使いが二人、そして弓手が一人とかなりの大所帯で、数に物を言わせた討伐任務で荒稼ぎをしているのが遠くから見ていてもうかがえた。

 

 彼らは大声で給仕を呼び出すと、人数分の安酒と味の濃い肉や芋料理を注文して、大テーブルを占領した。

 

「銀等級に上がって依頼も受けられる幅が広がった! 俺らに怖いもんはねえよな!」

 

 銀等級は、冒険者の等級としては上澄みに分類される実力だが、決して強いわけではない。いっぱしの冒険者として、信頼のおける実力だという証明程度である。

 

 実際のところ、金等級の魔物に襲われれば、生き残る確率は七割程度、銅等級以下と比べれば生存率は高いものの、やはり戦力としては金等級に及ばない。

 

「あーっ! お兄さんまた一人でお酒飲んでる!」

 

 うるさい奴が増えた。

 

 視線を向けると、にやにやと嘲笑を浮かべる細身の女が居た。起伏の少ない身体をビキニトップとホットパンツで着飾っている。何とも防御力の低そうな衣服だが、彼女の職業的に重装備をするわけにもいかない。

 

「ねえ、お友達いないのぉ? この町について一週間くらい経ったけど、お兄さんが誰かと一緒にいるところ、見たことないんですけどぉ?」

 

 そう言いながら、女は隣の席に座る。黒いツインテールが揺れて、微かに甘い匂いが鼻を掠めた。

 

「あ、ワタシもお兄さんと同じやつ飲んでいいですか? もちろんお兄さんのおごりで」

 

 気に入らないが、酒一杯程度でケチをつけるほど金に困ってはいない。バーテンダーにもう一杯頼んで、女の前においてもらう。

 

「じゃ、カンパーイ」

 

 グラスを突き合わせる。軽く涼やかな音が指先を伝わり、身体の芯に響く。

 

 彼女の名前は何だったか、聞いたような気もするが、そんなに興味もないので忘れてしまった。呼びかける時も「おい」で終わらせているし、そもそも話しかけることが少ないのだ。

 

 基本的に、俺はソロで依頼をこなすことが多く、こいつは俺の後をついて火事場泥棒的に物品を漁ったり、ごくまれに討ち漏らしを処理している。

 

 俺が剣士で、こいつが盗賊。そういう関係性で今までやっている。

 

「それじゃあ……明日はどうします? 難易度が高い大型の魔物を倒しちゃったり?」

 

 蒸留酒を二口ほど飲んでから、女は問いかけてくる。酒に弱いわけではないが、こいつは酒を飲むとすぐに顔が赤くなるタイプだった。

 

「あっ、でもぉ、お兄さんって陰キャのぼっちだから、複数人でチームを組む大規模討伐任務は――」

「煩いな」

 

 そう呟いて、俺は背負った両手剣を手にする。長大すぎるため、鞘ではなく革のバンデージで包んでいるそれは、大体俺の身長と同程度の刃渡りを持っていた。

 

「ひぇ――……?」

 

 身を竦める女をスルーして、先程入ってきた七人組のテーブルに向かう。両手剣にはバンデージを巻いたままだ。

 

 余程大型の武器でない限り、街中で武器を抜身で持つのはご法度だ。それはどこの国でも共通で、時と場所によるが、最悪の場合そのまま牢屋に入ることもある。

 

 テーブルの近くまで行くと、俺は剣の先端を床に思いっきり叩きつけた。

 

「なっ……!?」

 

 一瞬で店内が静まり返る。それを確認した後、俺はリーダー格の騎士に向かって、静かに語りかける。

 

「静かに酒飲みたいやつもいるんだ。気遣ってくれ」

「何だお前はよぉ、こっちに指図するんじゃねえっての」

 

 騎士の脇で下品な笑い声をあげていた剣士が立ち上がる。酒を一気に呷ったのか、それほど時間が経っていないにもかかわらず、既に目が据わっていた。

 

「俺たちを知らねえのか? 銀等級の――」

「おい待て、黒髪にその両手剣……まさか『白閃』?」

「そう言われる事もある」

 

――白閃(びゃくせん)

 

 いつからか、俺はそんな名前で呼ばれるようになった。

 誇らしいとは思わない。重荷だとも思わない。俺は常に独り、ソロ冒険者だから他人の評判などを、意に介すつもりはない。

 

「えっ!? あ、あのっ!! すいませんでした!」

 

 全員が頭を下げる。さっきの威勢のいい剣士は、リーダーに無理やり頭を下げさせられていた。

 

 先程の銀等級に上がってはしゃいでいる姿が、こうもしおらしくなると少し哀れだった。

 

 席に戻る途中、給仕を呼びつけて七人分の代金を俺に請求するように伝える。あいつらはあいつらで、夕飯の気持ちいい時間を台無しにされたのだから、このくらいはフォローしてやらないとな。

 

「お兄さんこわーい。そんなんだから友達出来ないんじゃないのぉ?」

 

 女がにやついた顔で挑発してくるのを無視して、俺は彼女の隣に座る。俺に仲間がいないのは、それもあるだろうが、俺自身が仲間を作ろうとしていないからだ。

 

 仲間を作れば裏切りを警戒しなければならない。それを考える位なら、一人で良い。現に今まで一人でやってこれている。

 

「ホント、ワタシが居て良かったですよねぇ」

「そうか」

 

 適当に相槌をして酒を呷る。氷が溶けだして随分薄くなっていた。

 


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