俺は基本ソロの剣士なんだが、自称凄腕の盗賊とバディを組まされている。~お兄さんってぇ、陰キャのぼっちですよねぇ~ 作:これ書いてるの知られたら終わるナリ
「……そうか」
家に入って粗方の話を終えると、俺は状況を整理する。
倭から農耕技術の伝達に来た男が、収穫量が増える新しい耕法を伝えるが、その方法は土地への負担が大きく、連作に不向きな耕法で、二毛作が必須だった。しかし、村人が単価の高い小麦のみを育てようと、無理矢理連作を開始。当然収穫量が落ちていき、首が回らなくなっていく。
男は「忠告に従わないとどんどん悪くなるぞ」と言ったが、それは村人たちに「俺に従わないともっと収穫量を減らすぞ」と取られてしまい、反感を買ってしまう。その結果が私刑である。
正直なところ、それはよくある話だった。
知識を地方にまで浸透させるのが難しい理由がこれである。これと似た事件で、滅んでいった村は記憶の中にいくつもある。
「あの村人ども、はらわたが煮えくり返るほどだけど、あの人は彼らを恨まなかった。だから、報復はしない」
神竜種――名前はシエルというらしい。彼女は歯ぎしりをして自分の憎しみを抑える。
よくある話ではあったのだが、その彼がシエルと仲良くなっていたのがイレギュラーだった。
調査であれば、ギルドに状況を報告し、対応を考えるのが通常だが、神竜がいるのであれば、それだけでは終わらない。支部へ魔導文を送り、専門の対応者が来るまで警戒していなければならない。
「復讐をしないのは凄いですね……話を聞いただけでもワタシ、絶対許せそうにないですもん」
「人間ならそうだろうね、でも、私はそんな下等生物じゃない。あの人がそれを望んでいなかったのはわかる」
シエルはキサラの問いかけに、表情を変えることなくそう語る。
「一体そいつとどんなことを――」
「あの人との記憶は私だけのものよ」
話を聞こうとしたところで、シエルは敵意を剥き出しにして俺を睨んだ。
「お兄さんデリカシーなさすぎ、そんなんだからパーティ組んでくれる人がいないんじゃないのぉ?」
にやにやと笑いながらキサラが肩をすくめる。少し癇に障ったが、たしかに無遠慮な質問だったので、頭を下げた。
何にしても、対応を聞くためにギルドへ魔導文を送る必要がある。既にかなり日が傾いているが、ギルドの業務は休みなく動いている。早ければ翌朝にでも返事が届くだろう。
俺は魔導文の紙を一枚取り出して、状況を書いた後に発動させる。鳥が飛び立つように魔導文は飛んでいき、最寄りのギルド支部へと飛んでいく。
「なんにせよ、ギルドからの回答待ちか、村長の家に向かうぞ」
「少し待って、あんたたちを信用したわけじゃない。討伐隊が組まれる可能性もゼロじゃないしね……」
そう言われて、俺は納得する。つまり、人質として俺たちをここに縛るつもりだろう。
「分かったキサラを置いて行こう」
「ええっ!? ちょ、お兄さん!?」
「別にいいだろう? 人質なら死ぬ事もない」
「死なないですけど、ふつうこんなに可愛い美少女を一人にしま――」
ブラトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。
「ぎゃあああああああああああ!!!! 今そんなことやってる状況じゃないでしょ!? 誤魔化さないで下さいよ!!」
「いや、引っ張れそうだったから」
「もし出来そうだったらマンドラゴラも引っ張るんですか!?」
出来そうだったら引っ張るが、とは言わなかった。
「はは、なんにしても、私としちゃ、この小娘よりもあんたを人質にしたいね」
キャーギャー喚いているキサラを宥めていると、シエルが口を開いた。
「ほらやっぱり! か弱い女の子を――」
「多分、あんたの方が小娘より数段強いだろう? 人質にする価値があるのはあんただ」
「えっ……」
神竜の賛同を得たキサラは調子づいてそれに乗ろうとするが、人質として価値がないと言われて複雑そうな顔をした。
「なるほどな、二人で残ろう」
この状況では、キサラを解放しても彼女は納得しないだろう。ならば、二人で残るという選択肢が一番無難だろう。
「そそ、そうですね! そうしましょう!」
気を取り直したように、キサラは威勢よく同調した。
――
「倭には冒険者の本部がある。銅等級を越えている冒険者なら、一度は行ったことがあるはずだ」
「へえ、それで、どんなところなんだい?」
神竜が俺を残したがったのは、どうやら人質の価値があるかどうかではないような気がしてきた。
彼女は、呪術師と呼ばれていた男の故郷、つまり倭についての話を聞きたがった。距離としてはほぼ人類圏を横断する形になるため、この辺りでは馴染みが薄い。男の住居が倭の建築様式を踏襲していたのも、もしかするとこの悲劇の原因かもしれない。
「建築様式から分かるように、湿潤な気候で植生も特徴的だ。マツという針葉樹だとか、薄いピンク色の花を咲かせるサクラという植物があり、海に面しているため、漁業も盛んだ」
俺は頭の中に入っている倭の情報を話していくと、シエルは嬉しそうに目を細める。その姿は先程殺し合いをしていた存在には見えなかった。
「あの人が言ってたのと同じだね、もっと話しておくれよ」
「あ、じゃあワタシからも話しましょうか、どうせお兄さん、倭で人づきあいしたこと無いでしょ」
「いや、酒について話したかったんだが……」
「神竜種相手にお酒は無意味でしょ」
キサラが話に割り込んできたので、俺は黙る事にした。確かに、竜種以上の魔物は、通常の食事をとらない種も多い。
特に今確認されている神竜種は、全て魔力を糧に生きており、アルコールや毒物に対する耐性も高かった。
「まあ、いいじゃないか、小娘の話を聞いた後に酒の話は聞こう」
それにしても、シエルは上機嫌だ。
「呪術師」の男とは親しい関係だったのだろう。彼との記憶は語ってはくれないが、それは彼女の倭服と、機嫌の良さから想像するまでも無いように思える。
外はすっかり日が落ち、澄み切った空気と空に浮かぶ蒼い月が、窓越しに見える。室内には蠟燭の明かりがともり、魔法灯とは違った風情を出していた。
俺はキサラの声を聞きながら、青褪めた景色の広がる外を眺める。遠くは無い距離に村の灯りがあるはずだが、木立に阻まれているのか、その光は俺たちの方まで届かない。
「――という感じでですね、向こうでは芸術家じみた職人が沢山いまして、その倭服もそういう人たちの作った物なんですよ」
「ほうほう、なるほど、この服にそのような価値が……あの人は一言も教えてくれなかった」
「なんだ、知らなかったのか」
死んだ後に見つけて着たのではなく、送られたならば、てっきり男から説明をされていると思っていた。だから、俺は思わず彼女たちの会話に入っていた。
「倭服、しかもそれのように色鮮やかなものは、婚約の申し込みに使うものだ。渡されたとき何か言われなかったか?」
「えっ――」
シエルの表情が固まる。思い当たる節があったらしい。
「え、あっ……あの人は、一緒に暮らそうって……」
「ああ、婚約の申し込みは受けていたのか」
一緒に暮らそう。それは、倭では一般的な婚約の申し込みだ。
「いや、だが――」
シエルが窓の外を見て、突然言葉を切った。何があったのかと彼女の紅い瞳を見ると、瞳の中に鮮烈な光の線が浮かび上がる。
「っ!?」
慌てて振り返る。視線の先には、いつの間にかたくさんの松明が横一直線に並んでいた。
――『ふん、お前たちでも無理なら、火を放って周囲の森ごと燃やしてしまおうか』
この家に来る前、村長が話していた言葉が思い出される。まさか、俺が帰ってこないことを失敗だと判断したのか!?
「ふふ……あちらから手を出さなければ、捨ておいたものを、余程死にたいと見えるっ!!!」
「シエルっ!!」
シエルが倭服を脱ぎ捨てて窓から飛び立ち、銀鱗を持つ本来の姿に戻るのと、松明が弧を描いて次々と投げられるのは、ほぼ同時だった。