俺は基本ソロの剣士なんだが、自称凄腕の盗賊とバディを組まされている。~お兄さんってぇ、陰キャのぼっちですよねぇ~   作:これ書いてるの知られたら終わるナリ

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盗賊団殲滅5

――腐肉百足

 

 人里離れた環境で、腐肉や死んだ生物を食べることで生活する魔物で、腐肉甲虫や腐肉鼠などと一緒に腐肉漁り(スカベンジャー)と呼ばれる事もある。等級は付けられていないが、それには理由がある。

 

 性格は基本的に大人しいため、あまり人間が感知できない存在ではあるものの、血の臭いや腐臭があまりに濃いとその性格は一変する。攻撃性が現れ、死体を貪る存在から死体を作る存在へと変貌するのだ。よって、状況によって危険性が変化する為、画一的な等級分けが不可能となっているのだ。

 

 血液と神経両方に作用する毒液と強靭な顎、そして頭だけでも活動を続ける生命力。不用意な人間同士の戦いが、腐肉漁りを呼び寄せて小競り合いが大惨事に発展した例を俺は知っている。

 

 アレンには、既に撤退命令を出すように言ってある。ただ、腐肉百足の危険性を理解できていない騎士団や傭兵たちがそれに従うことは疑問だった。

 

「ギッ――」

 

 背後から百足の頭を兜割りにする。その先には膝をついたキサラが肩で息をしていた。

 

「はぁ……流石お兄さん」

「回復したら行くぞ、死人をこれ以上出すわけにいかない」

 

 彼女に小瓶と回復スクロールを渡して、両手剣に付いた体液を拭きとって次に備える。腐肉百足はコロニーを作ることが多く、洞窟がこの規模なら、上位種が居てもおかしくはない。なるべく早急に避難を終わらせなければ。

 

「りょうかーい……もう、お兄さんってば人使い荒いんだから」

 

 ぐちぐち言いながら、キサラは解毒薬を飲んだ後回復スクロールを破く。洞窟の暗がりで分かり辛いが、体内の毒素と体力の消耗は消えたようで、彼女はゆっくりと立ち上がった。

 

「じゃあ、避難経路の確保すればいいですか?」

「ああ、交戦は最低限にしろ」

 

 攻撃性が増したとはいえ、腐肉百足は屍肉食の魔物だ。ある程度の距離を取れば、その攻撃性は食欲に上書きされる。数も多く、厄介な腐肉漁りに対抗するには、この方法が最も安全だった。

 

「んっ……解毒にはまだ時間かかりそうですけど、とりあえずは動けそうですね。じゃあ手分けしていきましょう」

「頼んだ」

 

 念のためキサラに回復スクロールと解毒薬の予備を渡し、彼女が駆けて行った方向とは逆へ足を進める。

 

 洞窟――いや、腐肉百足の巣穴は複雑に絡み合った縄のように入り組んでおり、逃げ遅れた人間もいるだろう。騎士団には何とか対応を伝えておいたが、彼らも被害者となる可能性があるのを注意しなければならない。

 

「お、おい。冒険者」

 

 後ろからおっかなびっくりついて来ていたアレンが声をかけてくる。俺は剣先に刺さった百足の頭を払い落として振り返る。

 

「どうした」

「ぼ、僕達も逃げるべきじゃないか? さっきから、死人としか会わないじゃないか」

 

 確かに、今まで遭遇しているのは、凶暴化した腐肉百足に毒液で溶かされたものや、損壊した死体ばかりだった。

 

 だが、周囲の雰囲気からして、逃げきれていない人がいることは容易に想像できた。ならば、逃げる理由はない。

 

「まだ避難が――」

 

 そこまで口にして、思い当たる。そうか、騎士団は町を守っているのであって、人を守っている訳ではない。魔物対人間の構図で考えていないのだ。

 

「……魔物に襲われている人間が居たら助ける。それが冒険者だ。騎士団が守るのは何だ?」

 

 その言葉にアレンは口をつぐむ。

 

「ついて来ないのならば別に構わない。外の避難誘導に移れ」

 

 あっちなら、身の危険も無いだろう。こちらは俺とキサラだけでも十分対応できる。俺はさらに奥、人が居るであろう道を進み始める。

 

「ギギッ」

 

 進む先に腐肉百足が居たが、俺は足を緩めることなく進み、無造作に両断して先へ向かう。生命力が高かろうと、頭を潰せば死ぬのは当然として、脅威となる部位も頭部の毒腺と大顎に集中している。意外だが、気色のわるい見た目の胴体は、人間に直接害を及ぼすほどの脅威は持っていない。

 

 しかし、この数の多さは想像以上だった。次々に現れる雑魚を討伐しつつ、原因を考える。

 

 百人単位で暮らしていたのだ。糞尿を含め、排出されるゴミの量は相当な量になっていたはずだ。恐らく腐肉百足はそれらを養分とし、繁殖を続けていたのだろう。増えた腐肉百足が、盗賊団と鉢合わせなかったのは、それらが夜行性であることと、基本的に隠れて暮らす習性があるという事が大きい。あるいは、腐肉百足の生態を知っている一部の盗賊によって、一種の共生関係を築いていた可能性もある。

 

「……」

 

 そこまで考えて頭を振る。今はそれよりも生存者の確認だ。分析は生態学者にでもやらせておけばいい。 そう考えて、両手剣にべったりとついた体液を拭きとっていると、アレンがついてきていることに気付いた。

 

「どうした? こっちは一人でも大丈夫だぞ」

「っ……僕は、人を守るために騎士団に入団したんだ。お前が魔物を倒した後、生存者を安全圏に送り届けるのは……任せてくれ」

「そうか」

 

 声が震え気味だったことには触れず、俺はそれだけ返した。

 

 ガドにこいつの武器を作らせるのは、正解だったな。

 

 

――

 

 

「ひっ……く、くるなっ!」

 

何体もの百足を切り裂いて到達した先に、一際巨大な個体に迫られる盗賊が居た。俺は地面を蹴って頭めがけて両手剣を振り下ろす。

 

「っ!?」

 

 瞬間、手応えが消失する。視線の先には刃が刺さったままの頭部が見える。両手剣がついに折れたのだ。

 

 腐肉百足の体液と毒素は、金属を腐食し、強度を下げる効果がある。事あるごとに拭き取り、劣化を抑えてきたものの、既に限界だったらしい。

 

「ギシシッ……」

 

 頭から両手剣の刀身を生やした大百足が、憤怒の声を上げて振り返る。どうやらこいつが最も大きい個体のようだ。

 

「アレン、人間を連れて逃げろ」

「え、し、しかし……」

 

 こんな事なら、神銀で作った未完成品の両手剣も持ってきておいた方がよかったか、いや、あれを使うとガドが煩いな。

 

 そんな事を考えながら、折れた両手剣を構えなおす。幸い剣は中程で折れているので、戦えない事は無い。

 

「守る人間が居るとそちらに意識を割かなくてはならない。邪魔だ」

 

 大百足は威嚇するように大顎をかみ合わせている。残念ながら、初撃では致命傷を負わせることができなかったらしい。

 

「だが、お前――武器は」

「お前が丸腰で逃げるわけにもいかないだろう。冒険者を舐めるなよ。百足退治くらい折れた剣で十分だ」

 

 そう言った瞬間、大百足の身体がうねり、大顎が俺とアレンへと迫ってくる。

 

「走れっ!!」

 

 それを折れた両手剣でいなすと、アレンへの指示を叫ぶ。彼はそれに弾かれるように駆けだすと、身を竦めて動けないでいる盗賊へ駆け寄っていく。

 

 それでいい。俺は大百足との戦いにようやく集中できることに安堵する。魔物は攻撃をいなした結果、壁に深々と牙を突き立てていた。

 

 腐肉百足の生命力は見ての通りだが、その理由には神経構造が最も大きく関係している。

 

 百足の神経系は、背骨が無く一対の神経索が代わりに存在しており、梯子のようにつながり合っている。また、体内の臓器も節ごとに完結しており、そのお陰で切断や破壊に強い身体の構造になっていた。

 

「ギシュルル……」

 

 大百足が壁から牙を引き抜いて、こちらへ振り返る。生命力の強さゆえ、頭部を破壊しない限り延々と戦い続けることになる。

 

 俺がここまで倒してきた百足たちも、殺すというよりも「頭部を潰すことで攻撃能力を奪った」と表現する方が正確だ。

 

 地面を蹴り、うねる体幹を躱しつつ、大顎の片方へ斬撃を当てる。折れているため距離感を誤ったのもあるが、傷をつけるよりも、剣自体がさらに欠けてしまった。毒液の腐食がかなり進んでいることを直感した俺は、研磨のスクロールを破いた。

 

 耐久力が減るというデメリットは、既に耐久度が下がり切った武器にはデメリット足りえない。

 

 三たび大百足がこちらを向き、長く連なった甲殻をうねらせてこちらへ迫って来る。圧力さえ感じるような突進だが、俺は大上段に構えて接触する一瞬を待つ。

 

 剣の間合いはかなり短くなっている。いつもの感覚で振っては致命傷足りえない。ギリギリまで引き付け、鼻先まで牙が迫るのを感じた瞬間、俺は折れた剣を振り抜いた。

 

「――」

 

 手応えは重く、両断された大百足の頭部が地面にたたきつけられる。折れた剣は腐肉百足の戦闘能力を完全に奪い。その役目を終えて粉々に砕け散る。

 

 未だに胴体は抵抗するべくうごめいているが、その動きもしばらく経てば収まるだろう。俺は採取用のナイフで大百足の頭部を確実に潰しきり、合流するためにその場を離れた。


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