俺は基本ソロの剣士なんだが、自称凄腕の盗賊とバディを組まされている。~お兄さんってぇ、陰キャのぼっちですよねぇ~ 作:これ書いてるの知られたら終わるナリ
「ごめんね、最近ちょっと物騒でさ」
今起きたことを「物騒」で済ませられることに閉口する。王族が一人で歩いていることを含めて、今まで過ごしてきたどの街とも決定的に違うと、身に染みてわかった。
「さ、じゃあいこっか」
「姫様、出歩くのは控えてくださいって言ったはずですよね?」
笑って歩き出そうとしたところで、エリーの腕を掴む男がいた。
「うげ、リュクス……」
「ただでさえ今は大事な時期だっていうのに、こんな事では赤派に隙を与えることになりますからね」
「だってぇ……」
色素の薄い肌に金髪碧眼、大陸北部の出身に見える。この暑さで毛皮の上着を羽織っているので、肌着には恐らくキサラと同じ、魔法が掛けられたものを使っているのだろう。
「――で、お前らは? 観光にしては物騒なもん持ってるじゃん」
一通り説教を終えた男は、俺の方を睨んで問いかける。俺はその眼をまっすぐに受け止めて返答する。
「冒険者だ。王立魔法研究所までの案内を頼んでいた」
「へぇ……」
男は俺達を値踏みするようにじろじろと見た後、鼻で笑った。
「地方でドサ周りしてる田舎者どもじゃねえか、そんな奴が王立研究所に何の用だよ?」
「武器のダマスカス加工でな」
「はっ、お前らがそんな上等な武器持ってても――」
「リュクス!」
エリーの口から鋭い声が発せられる。リュクスと呼ばれた男はその途端に身体を硬直させた。
「あなたの仕事は何!?」
「はいっ、エリザベス姫の護衛です!」
「私の評判を下げる事はその仕事に含まれてるの!?」
「いいえっ、含まれていません!」
「じゃあどうして私の友達に悪口を言ったの!?」
「はいっ、冒険者が気に入らなかったからです!」
威厳のある声でエリーがリュクスを叱責している。呆気に取られていた俺達だが、それを差し置いて叱責は数分続いた。
「じゃあ、ちゃんと三人に謝って!」
「……悪かったな」
「え、いや、気にしてないからいい、デス、よ?」
リュクスが頭を下げると、キサラがぎこちなくそう答える。その状況が滑稽で、俺は思わず頬が緩んでいた。
「――ってそうじゃなくて姫様! そろそろ会議の準備しないと!」
「ん? あー……やんなくても良いんじゃない? アレ」
「駄目ですって! また大臣に嫌味言われるんですから」
困ったようにリュクスが懇願すると、エリーは小さくため息をついて俺たちに向き直った。
「ごめんっ! 用事できちゃったみたいだから案内ここまでで許してくれない?」
「ああ、構わない。場所は教えてもらったしな」
むしろ、王族の仕事よりこっちを優先されても困る。両手を合わせて謝る彼女に、俺は気にしなくていい旨を伝えて、彼女を見送った。
――
王立魔法研究所の内装は、いかにも魔法使いたちの居場所という感じで、天井まで伸びる本棚と、可動梯子で作られた壁の隙間に、遮光材で蓋をされた窓が並んでいた。日光は本を劣化させるため、これがベストなのだろうが、いささか不健康さを感じさせる作りだった。
俺たちはギルドの支部で元となる両手剣と紹介状を引きだしてから、ここへ訪れていた。
「ご用件は?」
「装備品のダマスカス加工を頼みたい」
眠たげな瞳の受付に、紹介状を差し出して両手剣を見せる。
「はぁ……? ここは市井の加工屋じゃないんですよ、そういう依頼は商工会議所の方で――」
興味の薄そうな反応をしていた受付員だったが、紹介状の内容を見て、初めて興味を持ったように身を乗り出した。
「鍛冶の神……はぁ、断るわけにもいかないか」
分かっていたが、俺の愛用する武器はやはり凄まじくコストのかかる品で、そしてガドも有名な人間だった。
「とりあえず、担当の者を呼んできます。応接室へどうぞ」
さて、いくらかかるか……万一の積み立てはそれなりにあるつもりだが、金貨の上――白金貨まで出さなくてはいけないとなると、ギルドから借り入れをする必要があるかもしれない。
「わ、ふかふかしてる」
案内された先の応接間で、シエルをソファに座らせる。彼女はその感触が気に入ったようで、寝ころんで頬ずりをしていた。
「それにしてもお兄さん、工賃払えるんですかぁ? 全然依頼やってないじゃないですか」
「ああ、足りなければギルドの借り入れを使わなければな」
丁度考えていたことを指摘されたので、俺は頷いた。
ギルドは冒険者に仕事をあっせんすることだけが仕事ではない。仕事を行うのに支障が無いようサポートすることもギルドの役割だ。
なので、銀行や武具屋の紹介なども勿論行っている。併設酒場なども業務のうちではあるが、これらの利用権限は冒険者の等級で分けられており、特に金銭の絡む銀行業務は本部での登録が必須となる銅等級以上、さらに借入限度額は等級ごとに分けられている。
「うわぁ、利息えぐい奴じゃないですか、返済できないからって、ワタシに集らないで下さいよぉ」
にやついた表情で挑発するキサラを横目に、扉の方向へ意識を向ける。扉の向こうで、人が動く気配がした。
「はぁ……全く、何でこんな忙しい時に……」
そう言いながら部屋の扉を開けたのは、いかにも研究者といった出で立ちの男だった。
ぼさぼさの焦げ茶色をした髪に、ヒビの入った丸眼鏡、その奥にある眼は深い青色をしている。目鼻立ちは整っているものの、猫背でよれた白衣を羽織っている姿は、どう頑張っても色男とは言えなかった。
「要件はダマスカス加工でよろしいですか?」
男はソファにふんぞり返るように座って、視線だけを俺に向けた。細身の男がそんなことをしたところで、全く威圧感は無いのだが、やる気の無さだけはありありと伝わってきた。
「ああ、してほしいのは――」
「今してほしいなら、白金貨一五〇〇枚で引き受けましょう」
「せんっ!?」
キサラが驚いてひっくり返る。俺も表情には出さなかったが、相場の一〇〇倍以上の値段だ。そんな金額があれば、小さい土地の領主にはなれそうだ。
「……理由は」
「今僕たちがしている仕事が非常に忙しくてですね、しかも国家の未来を左右するような大事な仕事なのです。それをほったらかしてどこの誰とも分からない方に、最高度のダマスカス加工をするのはかなりの負担となりますので」
なるほど、そういう事か。なら、この街にしばらく足止めを食らうが、待つしかないだろう。
「仕方ないな、しばらく待つことにしよう」
こちらは急ぐ旅ではない。無理に急かして適当な仕事をされても困るので、ここは予算をどうにかするためにも足止めを甘んじて受けることにした。
「まあ、数日のうちに終わるはずですよ。成否を含めて――」
男はバキバキと関節を鳴らしながら答え、その途中で言葉を切った。どうかしたのか不思議に思って視線の先を見ると、シエルがソファで寝息を立てていた。
「その子は……」
「ああ悪い。今起こす」
「いえ、そのままでお願いします。そして失礼、少々席を外します」
そう言って男はものすごい勢いで部屋を出て行ってしまった。
「何だったんだ?」
「ヤカンか何かを火にかけてたんですかね? もしくはお兄さんがロリコンの犯罪者に見え――」
ビキニトップを引っ張る。簡単にズレた。
「ぎゃあああああああああああああああ!!! こんな所でやらないで下さいよ!!!!」
「いや、しばらくやってなかったなと」
「長旅中の髭剃り感覚でやるのやめてもらえませんかね!!?」
俺は髭が薄いから剃る必要ないんだが、とは言わないでおいた。