俺は基本ソロの剣士なんだが、自称凄腕の盗賊とバディを組まされている。~お兄さんってぇ、陰キャのぼっちですよねぇ~ 作:これ書いてるの知られたら終わるナリ
しばらくしても、男は戻ってこなかった。
「遅いですねぇ、お兄さん忘れられてたりして」
「ありえるな」
かれこれ三〇分は待っている筈だ。何か不測の事態が起きたにしても、その旨を話しに来る人がいても良さそうなのだが。
「すぅー……」
シエルは寝息を立てている。シュバルツブルグまでは長旅だったので、疲れがたまっているのかもしれない。
「待たせてしまったようですね、すみません」
探しに行こうかと思った矢先、扉が開くと同時に男が戻ってきた。
「いやはや、大事なお客様だったので、身なりを整えようと思っただけなのですが、厄介な人に捕まってしまいましてね」
言いながら男は丸眼鏡のブリッジを抑える。眼鏡には先程と同じ場所にヒビが入っていた。
「……誰?」
キサラの言葉に俺は同意する。丸眼鏡のヒビはさっきと同じ場所にあったが、逆に言えばそれ以外は完全に見違えていた。
ぼさぼさだった髪には丁寧に櫛が通り、センターパートにきっちりとセットしてあり、よれて皴だらけだった白衣から滑らかなローブ姿に着替えている。眼鏡の奥にある顔はさっきと同じものの、やる気のない表情からしっかりとした意志を感じられるキリっとした表情になっていた。
「ああ、すみません。僕はヴァレリィと申します。貴方のダマスカス加工を担当させていただく者です。以後お見知りおきを」
突然態度が変わった男は、そのまま俺の方へつかつかと歩み寄ってきて、片膝をついて俺の目をじっと見つめてきた。
「ところで、そちらに居るお嬢さんはもしかして……人間ではありませんね?」
「……いや、人間だ」
唐突な質問だったが、動揺を悟られないよう冷静に答える。
「ふむ、視線が右に動きましたね。という事は、本当の事を言っていない可能性がある」
それ以上の返事は出来なかった。だが、それは彼に真実を教えているような物だった。
「別に咎めるつもりはありません。むしろ僕としてはありがたい。神竜種なんて、この目で見られるとは思っていませんでしたので」
ヴァレリィと名乗った男は、気持ち悪いくらいに親しげな笑みを浮かべて、言葉を続ける。
「もし、もしですよ、彼女を少しの間調べさせてもらえるなら、工賃はいただきません。どうでしょう?」
「いや――」
「嫌!? 正気ですか!? あなたの非協力的な態度で魔法工学が数百年は遅れることになるのですよ!?」
いや、本人に聞かないと分からないだろ。と言おうとしたところで、掴みかからんばかりに顔を寄せて口角泡を飛ばしてくる。一体何がこいつにそうさせるんだ。
「ん、ふぁ……とうさま、おはよう」
騒がしかったからか、俺の側で眠っていたシエルが欠伸と共に起き上がった。寝ぼけ眼を俺に向けると、えへへと笑う。
「とうさま……? まさか、貴方――」
「ヴァレリィ、そこまでにしなさい」
彼が何かを言いかけた時、部屋の扉が鋭い声と共に開かれた。俺を含めた全員が視線を向けると、そこには町で別れたエリー……とよく似た顔を持つ、赤い髪留めの少女と近衛兵が立っていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 僕は今大事な話を――」
「後にしなさい。早く連れて行って」
エリーによく似た少女は、近衛兵の一人に指示を飛ばすと、ヴァレリィは彼に担がれて部屋の外へと消えていった。
「ちょ、ちょっと待ってくれぇ!」
遠くからそんな声が聞こえてきたが、この場にいる全員がそれについて言及することはなかった。
「さて、ここからは真面目な話をしましょう」
暗に今までは真面目な話をしていなかったことを詫びて、少女は対面のソファに腰掛ける。
「私はヴィクトリア・シュタイン=フォン・イクス。イクス王国の第二王女です」
彼女は自らの濃紺色をした長い髪を弄いつつそう言った。エリーとは違い、ストレートに切りそろえられた髪は、肩にあたって広がると、透き通るような青い色を示していた。
「白閃と呼ばれています。第二王女にお目に掛かれるとは光栄です」
俺は白金等級の印章を見せつつ名乗る。冒険者は印章以外の身分証明は無い。
「ワタシはキサラで、この子は――」
「シエルです!」
二人の自己紹介も聞き届けた上で、ヴィクトリア姫はゆっくりと口を開いた。
「まずは、ようこそシュバルツブルグへ、私たちは貴方たちを歓迎します」
柔和な笑みを浮かべる彼女だったが、その眼は冷静に俺たちを値踏みしているようだった。
「……なるほど」
どうやら彼女の眼鏡にかなったらしく。ヴィクトリア姫は静かに語り始める。
「先程ヴァレリィも話したように、現在魔法研究所は多忙を極めているため、貴方の依頼にこたえることはできません。加えて、ここで最高度のダマスカス加工をするともなれば、繁忙期で無くとも白金貨数枚で足りる金額ではありません」
彼女の口調は穏やかだったが、その実要求していることは剣呑だった。
つまり、今現在起きている問題をどうにかする代わりに、工賃を免除しようという事だ。単純な厄介事であれば断るところだが、相手が王族であることと、工賃が足元を見られている可能性がある。受けるべきだろう、しかし……
「言いたいことは分かった。ただ、ダマスカス加工の工賃はそこまで高いとは思えないが」
たとえ相手が王族だろうと、足元を見られているのは気持ちのいいものではない。
「ええ、少し調べましたが、鍛冶の神――ガドからの依頼で一〇年前に同じ依頼を受けています。その時は白金貨一枚で受諾した記録が残っていました」
彼女が応接机の上に資料を置く、そこには俺が壊した両手剣の仕様が書いてあった。同じものを作るのであれば、白金貨は一枚でいいのではないか。そう思った俺に、ヴィクトリア姫は言葉を続ける。
「勿論、同じ加工を施すなら白金貨一枚――いえ、金貨八〇〇〇枚で受けましょう。ただ、シュバルツブルグは魔法の最先端を研究する都ですので、これと同じ加工は既に時代遅れ、現在は二段階上の加工法があります」
彼女が合図すると、近衛兵の一人がナイフを三本取り出して、机に並べた。各々の刀身には微妙に違う形の波紋状酸化被膜が生成されていた。
「まずはこちら、正統進化させた形式ですね、硬度が約三〇%向上しています」
彼女が手に持ったのは、右端にある目の細かい模様が浮き出たナイフだった。そして、それを置くと今度は左端のナイフを持ち上げる。こちらは波紋状というよりも、幾何学的な模様が浮き出ていた。
「こちらは硬度を下げることなく魔法の伝導率を上げるよう回路を組み込んだもの、武器への付与魔法が二〇%向上しています」
まあ、両方とも白金貨三〇枚ほどのコストがかかりますが、と付け足した後、彼女は真ん中に置いてあるナイフを持ち上げる。
そのナイフは普通のダマスカス加工をした物のように見えたが、彼女が強く握りしめると、その姿は一変した。表面が青い燐光を放ち、波紋状の被膜ではなくその燐光が波打っているようだった。
「そしてこれが、つい最近になって理論が確立され、試作段階の新ダマスカス加工です。魔法的な物質の固着により強度を上げていたダマスカス加工ですが、これは魔法的な固着と同時に生体による動力の確保が付加され、ほぼ別物というべきものです」
そう話すと、彼女は金属製の置物に刃先を滑らせる。手つきからしても、あまり刃物を扱ってこなかったであろうことが想像できる。しかし、そんな動きでなぞったような動きだというのに、置物は滑らかな切断面を見せて二つに分割された。
「生体による付加があれば、これに切れない物はないでしょう。硬度も十倍程度にはなるはずです」
「つまり、その加工を格安でしてやるから仕事をしてほしい。そういう事か?」
彼女は口角を上げ、ゆっくりと頷く。
ギルドの窓口を通さない依頼は、危険度が増すものの、基本的には実入りのいい仕事となっている。通さない理由としては、事務作業を挟んでは間に合わない為、緊急で受けて欲しい。後ろめたい事があり個人的に受けて欲しい。金銭以外で報酬を払いたい。など、様々な理由がある。今回の依頼も、そんなところだろう。
「話を聞こう。書面で出してくれ」
――
――決闘代行。
現在シュバルツブルグでは第一王女派である「青派」と、第二王女派である「赤派」の対立が続いている。貴殿ともう一人は五日後、闘技場にて行われる御前闘技に「赤派代行」として出場してもらいたい。
青派の出場者は傭兵ギルド白金等級のリュクスと、彼の仕事仲間一人とのこと。
なおこの戦いに必要であれば、王立魔法研究所は可能な限り支援を行う事とする。
報酬:武器への最新鋭ダマスカス加工の工賃割引。
酒場の二階に部屋を取り、俺は依頼書の確認をしていた。
現在の預金は白金貨二五枚。ギルドから借金をすれば仕事を断っても良かったのだが、どうせ借金をするのなら、最新鋭の加工を体験してみたい。そういう訳で、俺は依頼を受ける事にした。
とりあえずは、五日後までにどれくらいの準備をできるかだが、相手は対人戦に特化した傭兵ギルドの最高等級だ。金等級のキサラでは荷が勝ちすぎている。
ということは、俺一人で二人を相手にする必要があるわけで、生半可な準備では死ぬ可能性があった。
幸い、三日程度でダマスカス加工自体は終わるらしい。装備には問題無さそうだ。あとは、誰を相方にするかだが……
「とうさま? どうしたの?」
シエルがベッドに腰掛けたまま、小首をかしげる。彼女は無理だろう。神竜特有の強固な鱗があるものの、戦いはまだ向かない。死ぬ事は無いだろうが、出来れば彼女は戦わせたくなかった。
「んんっ、あーなんかワタシ五日後くらいに体動かしたいなぁ」
そうなると、冒険者ギルドに俺と同等級の助っ人を頼まなければならないのだが、五日以内にここまで来れる白金等級は、確認する限り居ないらしい。
「……仕方ないな」
「えぇー? お兄さん他に頼む人いないからってワタシに頼むんですかぁ? まあお兄さんが土下座するなら――」
「一人で戦うか」
肩の屈伸をしていたキサラががっくりと頭を落とす。
「どうした?」
「いえ、薄々そうじゃないかなあと思ってましたよ、ワタシは……」
「白金等級の傭兵相手じゃまともに戦えないだろ」
白金等級は、等級分類の最上位だけあって、どれだけ強くなろうと「白金等級」なのだ。昇格したてならまだしも、知らない相手で白金等級ならば、基本的に金等級以下は戦わないほうが良い。
「まあ、確かにそうですけどぉ」
「無理はしないから安心しろ」
「ホントですか? 死んだり再起不能になったりしないで――あ」
キサラが言葉を切って、俺から視線を逸らす。
「い、いや、別にお兄さんがどうなろうと関係はないんですけどー……優しいキサラちゃん的には? お兄さんがそういう目に遭っちゃうのはかわいそうかなあって」
「そうか」
「そうですよ、別に心配してる訳じゃないですからね?」
そういう事にしておいた。