俺は基本ソロの剣士なんだが、自称凄腕の盗賊とバディを組まされている。~お兄さんってぇ、陰キャのぼっちですよねぇ~ 作:これ書いてるの知られたら終わるナリ
新開発のダマスカス加工は、手法が部外秘なため、俺達は見ることができない。つまり、加工が終わるまでは無理に魔法研究所まで足を運ぶ必要はない。
「シエルちゃーん。僕と遊ぼうよぉー」
「ぅー……」
俺はシエルに盾にされた状態で、動けずにいた。
連日ヴァレリィから、何かと理由を付けて魔法研究所へ呼び出されている訳だが、その要件は早々に済まされ、このような状況が毎回続いていた。なおキサラはこの呼び出しがめんどくさくなったらしく、もう別行動をとるようになっていた。
「ヴァレリィ――」
「お父さん!!」
シエルも怯えているし、止めておけ。そう言おうとしたところで、彼は俺に顔を寄せてきた。
「娘さんを僕にください! 工賃はタダにしますし何ならお金も払いますから!」
……こいつは一体、何を言っているんだろうか。
見た目は幼い少女だが、それはあくまで擬態であり、銀鱗を持つ竜が彼女の本性だ。性愛を向ける相手ではない。
「とうさま、このひとこわい」
「……だそうだけど」
シエルは更に引っ込んで、強く裾を握ってきた。俺を中心としたこの攻防は、ここに来るたび展開されていた。
神竜種の素材は良質な武具になると同時に、最高級の魔法触媒となる。そちらの意味で「ください」と言っているのなら、許可するわけにいかないのだが、どうもそういう訳ではないらしい。
「でも、この提案は貴方にも有益でしょう! 何故断るんです!?」
「俺が責任を取るって決めたからな」
そう言って、俺はシエルの頭を撫でてやる。嬉しそうに目を細めると、シエルは腰に手をまわしてぎゅっとしがみついた。
「責任!? 正気ですか? 神竜種を育てることの意味を理解しているんでしょう?」
「当然だ」
ヴァレリィが信じられないというように、両手を広げる。神竜種を育てる事の意味は、白金等級の冒険者として仕事をするなら誰もが知っていることだ。
「いつか本当に後悔しますよ? 後でにっちもさっちもいかなくなった時、泣きついて来ても知りませんからね?」
彼は呆れたような、怒ったような表情で顔を背ける。毎度このやり取りで終わるのだが、次の日には元に戻っているので俺は少し辟易していた。
「用件は済んだな? 帰るぞ」
「はいはい、分かりましたよ。全く、折角こっちが譲歩してるっていうのに……」
まだ何かぶつぶつ言っているようだったが、俺は気にすることなく酒場へと戻る事にした。
できれば、簡単な依頼を二、三こなしておきたかった。ヴィクトリア王妃側が援助してくれるとは言え、加工賃はかなりのものだ。ギルドからの借金は少ないほうが良い。
「とうさま、これからどこに行くの?」
「そうだな……一応ギルドに戻って依頼があるかどうか確かめて、それでも無かったら観光をするか」
なんだかんだ、俺は初めて訪れる街だし、シエルにとってもガドの居た町よりも大規模なここは、興味をそそられるものだろう。これから先の借金を考えれば、これは褒められたものではないのだが、彼女に社会勉強をさせるのも必要だろう。
やはりというか、収入のいい仕事は大体が日数がかかる仕事で、数少ない短期間で済ませられるものも、他の金等級以上の冒険者が軒並み受注していた。
「あ、とうさまー、どうだった?」
待合の椅子に座っていたシエルがこちらに走り寄ってくる。その動きは拙く、人間をはるかに凌駕する神竜の姿には到底見えなかった。
「依頼は無かったな、観光にしよう」
俺が首を振ってそう言うと、シエルの表情はパッと明るくなった。
「やったー! とうさま、どこ行く?」
そうだな、エリーが居れば案内してもらえたんだろうが、彼女は俺がいる陣営とは真逆、案内はまず無理だろうし、地位を考えれば接触することすら――
「あ! やっと見つけた!」
と、思った途端に聞き覚えのある声がギルド支部内に響いた。
「ごめんね、あの後お城から抜け出すのが難しくなっちゃってさ」
目立つツーサイドアップに、透かした髪から見える青、そして青色の髪飾りを付けた少女がこちらに手を振っていた。
「エリザベス殿下、数日ぶり――」
「あ、私の事はエリーって呼んでよ、変に距離取られるのは嫌いだからね」
「……分かった。エリー」
その辺に居る町娘とそう変わらない仕草で、彼女は訂正する。まあ、俺としてもそちらの方がやりやすい。彼女はなんとなく、愛称で呼ぶ方が似合っている気がしていた。
彼女は俺の答えに満足すると、にっこりと笑って言葉を続ける。
「どう? こないだ変なタイミングで町の案内終わっちゃったし、これから予定がないなら、その埋め合わせに観光案内とかしちゃおうかなって思うんだけど」
「ああ、それは……」
ちらりとシエルを見る。彼女は丁度俺を見上げており、その機嫌を伺うような表情からは「行きたいな」という意思がありありと感じられた。
俺は表情を緩めて、軽く頷くと、エリーに向き合って返事をする。
「そうだな、この間は施設を回るだけだったから、今回は観光案内を聞こうか」
エリーに連れられ、最初に訪れた場所は市場だった。
「わあ、人がいっぱい」
「ふふん、ここはイクス王国で一番大きな市場だからね、人がいっぱいどころか大陸中からいろんなものが運ばれて来るよ」
肩車されているシエルと、横を歩くエリーが会話するのを聞きながら、俺は市場に目を向ける。
確かにエルキ共和国産の果実や、オース皇国産の金細工が雑多な露店に並んでおり、たしかに大陸中からあらゆるものが集まっているように見えた。
「イクス王国の特産は何なんだ?」
店主に声を掛けられ、飴玉を一袋貰ったエリーに声をかける。
「はい、シエルちゃん。……ん、特産? そうだねー、冬に来てくれたらいろいろあるんだけど、今は時期じゃないからちょっと見つからないかも」
そう言って、エリーは俺達より少し前に出ると、軽い身のこなしで魔法灯の上に登って周囲を見渡した。
「……あ、あった! 運がいいね! ちょっと待ってて!」
身のこなしの軽さに驚いていると、彼女は目当ての物を見つけたようで、俺が返事をする前にするすると人ごみを縫って走り出してしまった。イクス王家の姫はどうも行動派らしい。
「とうさま」
「どうした?」
シエルの声が少しだけ暗かったのを察して、俺は少しだけ柔らかい声音で彼女に返事をした。
「ここにいる人たちみんな、かあさまも居るんだよね?」
「……ああ」
シエル――母竜の話を切り出されて、一瞬言葉が詰まる。神竜種は、その繁殖方法から母親と直に会えない子供が多い。
「いいなあ……」
シエルが羨望の視線で彼らを見ているのを察して、俺は何もできなかった。俺が彼女にしてやれることは、あまりにも少ない。
「ねえ、とうさま、かあさまって――」
「おっまたせー! イクス王国名物、蒸留酒だよー!」
シエルが何かを言いかけた時、丁度エリーがイクス王国の名産品をもって戻ってきた。その手にあるのは瓶に入った透明な液体で、一見して水のようであった。
「これはねーすごいんだよ、雑味が全然ないすっきりしたお酒でね、酒場に戻って飲んでみようよ! ……ってなんか変な空気?」
「大丈夫だ。酒場に行こうか。シエル」
「うん、とうさま」
寂しげな雰囲気を纏っていたシエルだったが、気を取り直したようにしっかりと頷いた。
「まあまあ一杯……あ、シエルちゃんはお預けね」
冒険者ギルド支部……の併設酒場に戻ってきた俺たちは、エリーがグラスに瓶の液体を注ぐのを見ていた。
親指ほどの大きさしかないグラスに二、三センチほど、倭で見たような穀物酒だとすれば、すこし少ないくらいの分量だ。
「これはね、冬厳しいイクス王国の人たちが寒さをしのぐために作ったお酒なの、飲んでみて」
そう言って、エリーはグラスの酒を一気に飲み干す。硬い音を立てて机にグラスを置くと、彼女は「っかぁー!!」と声を上げた。
それにつられて、俺もグラスの酒を傾ける。
「っ!? げほっ、がはっ!!」
口が焼けるような感触と同時に、冷たいものが喉を通り、そして一瞬遅れて喉から胃までが燃え上がるような錯覚を覚える。
気道すら焼かれたようで、咳き込むほどに喉が染みる。それを見てエリーは大笑いして、シエルは心配そうに体を揺すってきた。
「っ……何だ、この酒」
「ん、蒸留酒だよ、度数は滅茶苦茶高いけどね」
蒸留酒……? 木の香りも果実のような甘い匂いも何もなかったぞ……
「これが寒い時はよく効くんだよねぇ、ジュースとか紅茶で割る人もいるみたいだけど、そんな軟弱な飲み方はこれに失礼だよ」
エリーはそのままこの蒸留酒の説明をしてくれた。
これは気付けのための酒として昔から重宝されていて、アルコールと水分だけを丁寧に抽出したものだという事だった。たしかに、今胃の中が燃え上がっているような感触がある。しばらく経てば指先まで温まりそうな感触があり、確かにこれは気付けとして非常に有能だった。
「ふぅ、たしかに、すごい酒だ」
「でしょー?」
すごい酒の意味が、俺とエリーの間で何か違うように感じたが、俺は変に突っ込むことはしなかった。
「ところで、さ……ビッキーは元気そうだった?」
「ビッキー?」
ひとしきり笑った後、エリーはどこか真剣な面持ちで口を開いた。
「あ、ごめん妹、ヴィクトリアのこと、私の事、何か言ってた?」
ヴィクトリア殿下の事をビッキーって呼ぶのか……まあ姉妹だから当然か、すこし彼女の発言を思い出して、エリーに話すことにした。
「特に何も言っていなかったと思うが……エリーとは対立していると聞いた」
俺が答えると、エリーは額に手を当ててため息をつく。何かあったのかと聞くと、彼女は沈んだトーンで話し始めた。
「ビッキーとは仲が良かったんだ。だけど、いつからか喧嘩しがちになっちゃって……私は仲良くしたいんだけど」
どうも、ヴィクトリア殿下側が、エリーを避けているというか、目の敵にしているらしい。母である女王が病に臥せってからは、特にその傾向が強く、遂には家臣の間で分裂が置き始めていた。
「えっと、それで、もしよかったら、ビッキーに伝えてほしいんだ。仲直りは無理なのかなって」
確かに、エリーとヴィクトリア殿下を比べた時、どちらが人気があるかを考えれば、エリーの方に軍配が上がるだろう。きちっとした性格のヴィクトリア殿下としては、それは面白くないのも確かだろう。
「分かった。伝えておく。だが――」
「うん、仲直りできないのは覚悟しておく」
言葉を言い終わるより早く、エリーはそう答えた。