俺は基本ソロの剣士なんだが、自称凄腕の盗賊とバディを組まされている。~お兄さんってぇ、陰キャのぼっちですよねぇ~   作:これ書いてるの知られたら終わるナリ

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決闘代行5

 わたしには、かあさまが居ない。

 

 だけど、とうさまが居るから、大丈夫。時々かなしくなるけど、そんな時はいつでも、とうさまが気にかけてくれる。

 

 それにわたしには、キサラが居る。

 

 キサラは、時々うっとうしいけど、わたしの事をきらっていないのは、すごくわかる。もしかしたらおねえちゃんって、こういう物なのかもしれない。おととい見て回った市場で、わたしと同じくらいの子が、すこし年上の子にそう呼んでいた。

 

 かあさまが居ないのはさびしいけど、とうさまとキサラが居てくれるおかげで、わたしはがまんできた。

 

 このまちに来て、こわい人にも会った。

 

 わたしをじっと見つめて、とうさまに色々おねがいしたり、体にさわろうとしたりしてくる。とうさまがいつもかばってくれるから、わたしはこわい人からにげられている。

 

 でも、とうさまに守られてばかりじゃダメって、わたしは知ってる。だから、役に立ちたい。今日のあさ、とうさまがへやを出て行ったのを、わたしはこっそり追いかけることにした。

 

「どこ行くんですか?」

 

 とうさまが居なくなった後、追いかけようとしたわたしに、キサラが声をかけてきた。眠そうに目をこすってるから、むりに起きてるひつようは、ぜんぜんないのに……やっかいな人に見つかったなあ。

 

「とうさまがどこか行っちゃった――」

「お兄さんが? ははぁーん、シエルも子供ですもんねぇ、パパが居ないと寂しくて泣いちゃいますかぁ?」

 

 行っちゃったから、おてつだいをしに行きたい。そう言うまえに、キサラはわたしにいじわるを言う。すこしむかっとしたので、わたしはキサラをむししてとびらを開く。

 

「おっと、もう、しょうがないですねえ、いつも出掛けるのはお昼ごろなのに、今日だけ異様に早いのは気になりますし、ワタシもついて行ってあげましょう」

「べつにいい」

「そう言わずに、ワタシに任せておけばいいんですよ」

 

 じゃまだけど、わたしをしんぱいしてくれてるのは、なんとなく分かった。おねえちゃんってやっぱり、こういうものかもしれない。

 

 

――

 

 

 決闘当日、俺は朝の早い段階から、王立魔法研究所を訪れていた。

 

 理由はいくつかあるが、最も大きいものは加工を終えた両手剣を受け取るためだった。キサラは来ないだろうし、シエルもまだ眠っていたので、俺一人だけだ。

 

「これが依頼の品です」

 

 しかしヴィクトリア殿下直々に、両手剣を受け渡しに来てくれるとは思わなかった。

 

 木製のケースを彼女はテーブルの上に置き、俺はそのケースを開ける。中には波紋状の酸化被膜が施された両手剣と、丁寧に畳まれた革製のバンデージが入っていた。両手剣を手に取って立ち上がり、人の居ない方向へ振ってみる。神竜戦で折れた両手剣と重さは寸分たがわないように感じる。

 

 両手に力を込めて握りしめると、うっすらと両手剣が燐光を纏ったように見えた。新規格のダマスカス加工ということで、当然あるべき変化なのだが、その光は少し頼りないように思えた。

 

「……少し光が弱いように見えるが」

「私が持ったのはナイフで、貴方が持っているのは両手剣、質量の関係で同じように光らせるには、より大きな力が必要になります」

 

 ヴィクトリア殿下は表情を変えることなくそう答える。同じ力では光らせられないという事は……

 

「っ……!!」

 

 全力で握りしめると、根元のあたりから強い燐光が広がっていく。なるほど、力――生体エネルギーを籠めるほどに強く光るらしい。

 

 力を抜くと、少しずつ光も収まっていく。腕に少しの疲労感が残っているのは、剣にエネルギーを吸われたという事だろう。燐光が消えたのを確認して、俺は両手剣をバンデージで包んで背に掛ける。

 

「さすがですね」

 

 慣れ親しんだ重さが背中にある事に、すこしの安心感を覚えていると、ヴィクトリア殿下が呟くように言った。

 

「正直、この大質量で新規格のダマスカス加工を施すのは初めてで、研究員五人が握りしめて、やっと光らせることができた代物です。それを一人でここまで……」

「鍛え方が違うからな」

 

 俺はそう言いながら、椅子に座り直す。

 

「正直、この規格は未知の部分が多いです。恐らく使いようによっては、まだまだ潜在能力を引き出す方法があるでしょう。何かあれば魔導文を飛ばしてください」

 

 ヴィクトリア殿下が満足げに肩の力を抜いたのを見て、俺はエリーから預かった言伝を話すことにした

 

「ところで先日、第一王女――エリザベス殿下と話す機会があってな、言伝を頼まれていた」

「……聞きましょう」

「仲直りは無理なのかな、だそうだ」

 

 昨日の様子から見て、この対立の原因は、エリーよりもヴィクトリア殿下にあるような気がしていた。部外者である俺にはどうにかしろとは言えないものの、仲直りの橋渡し役にはなるつもりだった。

 

「はぁー……姉さん」

 

 だが予想とは違った反応が返ってきて、俺は眉をひそめた。俺が考えていたのは政敵と対峙する官僚としての態度とか、好ましくない相手に対する嫌悪の感情を発露させた態度だった。

 

 だが、今ヴィクトリア殿下がため息と共に頭を抱えた仕草には、悪意のような物は一切なかった。むしろ、出来の悪い子供に対する母親の態度のような、親愛の篭った振る舞いのように見えた。

 

「大丈夫です。この決闘が終わればすべて解決します」

 

 決闘が終われば、か……そもそもこの依頼は、思い返せば奇妙な部分が多かった。勝利が条件ではないし、報酬も前払いのような物だ。そこに関して、殿下から聞いてみてもいいかもしれない。

 

「そういえば、今回の依頼だが――」

「殿下、あの冒険者と一対一で話したいんで、今日来たらそうつたえ、て……」

 

 口を開きかけたところで、ヴァレリィが欠伸混じりに扉を開け、言葉を切った。

 

 彼は俺が居る事と、近くに三人以外が居ないことを確かめると、扉を閉じて咳払いをした。

 

「ちょうどいい、シエルちゃんがいない今、お前とちゃんと話しておきたかった。殿下、話をしても?」

 

 ヴィクトリア殿下は静かに頷き、ヴァレリィはそれを確認して俺に詰め寄ってきた。

 

「この決闘が終わったら、お前はシエルちゃんを置いてこの街から出ていけ、後の処理はしておくから」

「断る。何度も言わせるな」

 

 俺は母竜と「後は任せろ」と約束した。ならば、最後まで責任を全うするべきだ。

 

「頑固にもほどがあるだろう! 命あっての物種だぞ!」

 

 胸ぐらをつかまれ、引き上げられる。その程度で揺らぐなら、俺は初めから神竜の卵など持ち出していない。

 

 必死なヴァレリィの顔を冷静に見返す。その表情は必死そのもので、私利私欲によるものではないのが十分に分かった。だからこそ、爆弾は最後まで俺が持っていなくてはならない。

 

「いつかあの子自身に殺されるぞ! シエルちゃんの母竜を殺したお前は!」

「元よりそのつもりだ。あの子の復讐はそこで終わらせる」

「……っ!!」

 

 言葉を詰まらせるヴァレリィに、俺は静かに手を重ねて、手を離させる。みすみす死なせるような事を、彼自身もしたくはないのだろう。

 

「……とうさま?」

 

 その声が聞こえたのは、閉じられたはずの扉の方向からだった。鍵は掛かっていて、音は外に漏れないはずだが……

 

 視線を向けると、その疑問は氷解する。そこにいたのは、シエルともう一人、呆然と立ち尽くすキサラだった。

 

「え、お兄さん……死ぬ気で――」


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