俺は基本ソロの剣士なんだが、自称凄腕の盗賊とバディを組まされている。~お兄さんってぇ、陰キャのぼっちですよねぇ~ 作:これ書いてるの知られたら終わるナリ
神竜種の大多数は人間を見下し、軽蔑している。
その理由はいくらでもあった。
圧倒的な身体能力の差。寿命。欲望により自身を亡ぼす姿。そして、親の仇であること。
神竜は生まれた時に目の前にいるものを、親と認識する習性がある。しかし、それには致命的な矛盾があった。母体の死亡と同時に生まれる命であるから、目の前にいるのは、親ではないのだ。
そして、母体の死亡が自然現象や老衰であればいいのだが、神竜にとってそれが、どれほどあり得ない事かは自明だろう。
この習性は遥か昔から、研究者や白金等級の、神竜種と関わる人間の間で知られている話だ。神竜を討伐した冒険者が卵を持ち帰り、卵から孵った子竜を息子として育てる。目的は戯れか、育てた結果もう一度殺し、素材を取るためか……
そして竜が育ったある日、竜は真実を知り、騙されていた怒りから冒険者を殺す。その経験をした竜は、人を軽蔑するようになる。
だからこそ冒険者ギルドでは、神竜種の卵は採取してはいけないことになっており、破壊が義務付けられている。
俺はそれを承知でシエル――母竜から卵を採取した。
幸いなことに、神竜種が人を襲うのは、あの村であった事件のように、執拗に刺激し続けた場合のみだ。殺すのは直接の仇のみ、神竜種の理性は、人間よりもはるかに優れている。
「後始末は任せろ。俺はそう言ったからな」
立ちすくんでいる二人に、静かにそう告げる。卵を破壊されれば神竜種がこの世界から一匹いなくなる。それは人間にとって悪い事ではないが、神竜種を恐れている魔物たちにも利する行為だった。そして勿論、母竜も望んでいない事だ。
規定を捻じ曲げることもできず、卵を破壊することもできない。俺は自分の命で母竜との約束を守り、真実を知られた時には、命を終わらせるつもりだった。
……まさか、こんなに早いとは思わなかったが。
「うそ、だよね? とうさまが、かあさまを殺したなんて」
「……本当だ」
動揺を隠せないでいるシエルに、俺はなるべく感情を表に出さずに口を開く。弁明をすれば言い訳にとられるだろうし、事実あの村で神竜を殺すと選択したのは自分だ。
「なんで……」
「お兄さ――」
キサラが言葉を言うよりも早く、シエルは俺の方に走り出して、その右手を白銀の鉤爪へと変化させた。
冷たく、罪を糾弾するように光る爪が、俺の身体を捕らえ、その勢いのまま壁にぶつかる。壁にたたきつけられた痛みに息が詰まる。そしてシエルの、困惑と悲哀と怒りのすべてがないまぜになった表情が、身体に感じる痛み以上に俺を責め立てる。
「どうして、かあさまを……」
「憎いなら……」
「憎いんじゃないよ!」
殺される覚悟はできている。と言いかけたところで、シエルの言葉が鋭く言葉を切る。
「なんで、どうして!? ちゃんと説明してよ!」
「シエル! 落ち着いて!」
キサラが声を上げる。俺はそんな彼女を目で制した後、シエルにすべてを語る事にした。
「……分かった。まずは、俺が依頼を受けたところから話そう」
本来なら、もう少し時間を掛けて、ゆっくりと受け入れさせてやりたかった。そして、人間側の立場として仕方なかったことだと分かって欲しかった。だが、彼女を目の前にして、その見通しが完全に自分本位だという事が分かる。肉親の仇は、そんな言葉だけで許せる相手ではないのだ。
ゆっくりと、話が進むにつれてシエルの手から力が抜けていき、俺の身体に自由が戻ってくる。足に力を入れて立とうとすると、身体の骨が複数折れていたようで、眩暈のするような激しい痛みに膝をつく。
「――ここまでが、お前が生まれるまでの話だ。済まなかった。母親を助けられなくて、そして、黙っていて」
話が終わった段階で、ヴァレリィが俺にかけ寄ってスクロールを破く。
「白閃、大丈夫ですか?」
身体の再生が始まり、痛みが引き始める。彼に肩を借りて立ち上がると、俺は俯いたままのシエルに声をかける。
「仇を取るつもりなら、それでいい。俺はシエルの判断を尊重する」
生まれてそれほど時間が経っていない彼女に、この言葉は重いかもしれない。だが、どのような選択をとっても、俺は受け止めるつもりでいた。
「……わからない」
シエルはそのまま膝を折る。震える手を床に付いて嗚咽を漏らした。
「ヴィクトリア殿下、そろそろ決闘の時間です。闘技場へお越しください」
扉が開かれ、近衛兵の一人が報告する。殿下はすぐに行くと答えた後、俺に向き直って口を開いた。
「申し訳ありませんが時間がありません。すぐに向かいましょう」
奥歯を噛みしめる。出来る事なら、シエルの側にいてやりたかった。だが、それは出来ない。依頼があるからだ。ここで彼女を優先すれば、何故あの時私情を優先して母竜を助けなかったのかと、自分の行動に矛盾してしまう。
「……キサラ」
「分かってますよ、お兄さんは依頼をこなしてください」
キサラは深く頷いて、シエルの傍らにしゃがみこむ。俺はそのそばをすり抜けるようにして部屋を出ていく事にする。
「黙ってたことの埋め合わせ、後でやってもらいますから」
すれ違いざま、キサラが俺にだけ聞こえるようにつぶやいた。
「ああ」
すこしだけ、彼女を安心させるように髪を撫でる。
「っ……」
「行ってくる」
目を閉じて、気合を入れ直すと、俺はヴィクトリア殿下に付いて部屋を出て行く。
――
「決闘はどちらかが参ったと言うか、ペアの両方が死亡した瞬間に勝敗を決める」
「問題ない」
立会人の提案に俺は短く答えて、バンデージの留め金を弾く。ばさりと覆っていたものが落ちて、微かな燐光を放つ両手剣をあらわにさせる。
「!」
「兄貴、あれ……」
対するのは、リュクスともう一人、後輩か配下か、彼と同じような外套を羽織った傭兵だった。そちらは立ち振る舞いから見て、リュクスよりも一段低い実力のようだ。ダマスカス加工の刀身を見て、何かひそひそと話している。
「……ちょっと待ってくれ立会人。俺たちはこの二人でいいが、相手はあいつ一人だけか?」
「いや、もう一人はいる。すこし遅れているがな」
「遅れてる? トイレか?」
「そんなところだ。勿論このまま始めて構わない。その間は俺一人で戦う」
これはブラフだ。増援などありえないが、それを悟られては不利になるだけだ。最低限相手の思考に増援の可能性を残したい。
「立会人もそれで構わないか?」
俺が確認すると、立会人は無言でうなずく。あとはリュクスたちも了解してくれれば良い。
「俺達も大丈夫だ。そいつがトイレに行ってる間に終わらせてやりますよ」
リュクスが両拳を突き合わせて籠手を鳴らす。どうやら自分の拳で戦うクラスのようだ。
「では、私がこの杖を倒します。地面に倒れた瞬間が開始の合図です」
立会人が杖を手に持ち、地面に立ててゆっくりと離す。静かに杖が傾き、その速度を上げていく。
「っ!!」
地面に杖が触れた瞬間全員が地面を蹴っていた。
俺の目的は早い段階で一人を戦闘不能にすること、相手は増援が来る前に俺を戦闘不能にすること、相手の方に焦りがある分、俺の方が有利だろうか。
剣を最小限の動きで振りかぶり、間合いに入ると同時に最高速で振り抜く。武器の間合いはこちらの方が圧倒的に長い。それを利用しない手は無いだろう。
「くっ!」
リュクスはその剣を避けることはせず、腕で防御するような姿勢をとった。コートの下に鋼板でも仕込んでいるのか。だとしても、俺の一撃はそんなものでは防げない。
「っ!?」
斬撃の手応えに違和感があった。竜鱗を加工したような硬質さもなく、ましてや装甲ごと肉を切り裂くような物でもない。刃が止まったとしか形容できない奇妙な感触で、俺の剣は止められていた。
攻撃を止められた瞬間、俺はもう一人が拳を繰り出してくるのを察し、跳んで避ける。距離を取ってリュクスの姿を見ると、外套すらも切れていなかった。
「怖ええ……商売敵にこんなの居るとかマジかよ」
リュクスは自分の子分に愚痴るように話しかける。その言葉の割には、あまり驚いていないように見える。
「牙折兎(ファングブレイカー)の毛皮か」
毛皮の外套をみたときに、最初に考えておくべきだった。
――牙折兎。
イクス王国の固有種である兎で、この兎の毛皮は特殊な加工を施すと、強い刺激に対して硬質化する特性を持っている。
加工は難しく、時間もかかるが、神竜種の鱗がもつ単純な硬度以上に、素材が柔軟性を持ち、衝撃を吸収する性質を持っている牙折兎の毛皮は厄介極まりないものだった。
「おっ、流石は白金等級、俺らの装備にも詳しい」
挑発しているのか、リュクスは軽快にステップを踏みながらそんな事を言う。牙折兎の毛皮は、あまり一般的ではないものの、高位の冒険者であれば多くの人間が知っている事だ。知っていることを褒めるという事は、相手がその等級に居るように見えない。という皮肉である側面もある。
「……ふっ!」
軽く息を吐き、地面を蹴る。牙折兎の毛皮相手でも、やりようはある。俺は再び剣を振りかぶる。