俺は基本ソロの剣士なんだが、自称凄腕の盗賊とバディを組まされている。~お兄さんってぇ、陰キャのぼっちですよねぇ~ 作:これ書いてるの知られたら終わるナリ
私とシエルは、町はずれの人気のないところにまで歩いていた。
それは冷静な自分が、シエルが暴走した時、周囲の被害を最小限に抑えようと考えていたからで、こんな時でもそんな事を考える自分に、少し嫌悪を抱いた。
「……キサラ」
シエルが弱々しく私の名前を呼ぶ。それに応えるように、私は彼女を抱きしめる。竜種特有のひんやりとした体温が、てのひら越しに伝わってくる。
「どうすればいいか、分からない……とうさまは大好きだし、かあさまが殺されたのは悲しくて……」
「……」
その言葉には深く悲しみが満ちていた。
私自身に、何か言えることがあるのだろうか? きっと、何を言っても響く事は無いと思う。私達は、この子の母親を殺してしまった。それはやむを得ない事情だったけど、仕方なかったなんて言えるほど、私は無神経じゃない。
階段を見つけて、私はシエルをそこに座らせる。隣に並ぶようにして自分も座ると、何も言わずにただ寄り添った。
日は高く上っていて、遠くに入道雲が見える。今日も気温が高くて蒸し暑いけど、ここは日陰で風通しもいいから、そこまで不快じゃない。
闘技場ではお兄さんが決闘の準備を始めていて、もうすぐ試合が始まる頃だろうか。私はすぐにでも追いかけたい気持ちを抑えて、じっとシエルにくっついていた。
「キサラは」
どのくらい一緒にいただろうか、私はシエルの呼びかけではっとした。
「こういう時、どうするの?」
「ん、ワタシですか?」
すこしおどけて見せるけど、シエルは顔を俯かせたままだった。この姿を見ると、本当は人間よりも遥かに強い魔物であることを忘れそうになる。
「ワタシは両親ともいないですからねぇ……それでも、もしそうだとしたら――」
少し考える。私を追い出した元パーティメンバーを助けた時。何を考えていたか、それを当てはめるようにして、私は答えを作る。
「いつでも仇を取れるなら、自分が納得できる瞬間まで保留しても良いんじゃないですか?」
殺したいほど憎くても、殺したあとに少しでも後悔するのなら、殺さないほうが良い。だって殺した後で「やっぱナシ」はできないのだから。
私は、あの人達の事を「死んじゃえばいい」と思っていた。だけどあいつらを見殺しにした後も、お兄さんと一緒に冒険できるかって考えたら、それは出来なかった。
殺したら後悔するのが分かってるなら、殺さないほうが良い。それが私の答えだった。
「そっか」
私の答えに満足したのか、シエルは気合を入れて立ち上がり、大きく伸びをした。
「ありがと、お姉ちゃん」
「へ?」
「っ!? な、なんでもないっ!」
予想外の呼ばれ方に、思わず聞き返してしまった。そっか、シエルって私の事そんな風に見てるんだ。頬が自然と緩むのを感じた。
「じゃあ、お姉ちゃんと闘技場いきましょうねぇ、お兄さんの戦いぶりも見ておきたいですし」
「ち、違う! お姉ちゃんじゃない! キサラ! 話聞いて!」
なーんだ、可愛げのないガキかと思ったら、こういう所あるんじゃない。
「はいはい、手をつなぎましょうか」
「だーかーらー!」
つないだ手を振りまわすけど、それは見た目通りの力で、シエルが本気で嫌がっていないのが伝わってくる。私はその感触が楽しくて、べたべたとシエルに引っ付いて遊びながら向かう事にした。
――
「っ……おい、冒険者」
先程とは真逆の表情で、リュクスは吠える。
「何なんだよ、お前は!」
その身体には無数の切り傷があり、それらは全て俺が与えた傷だ。
「牙折兎の外套に頼り過ぎだ」
通常、この毛皮は鎧の裏地や急所を守るために使うものだ。元々牙折兎が小さいのもあるが、それ以上に外套に加工してしまったのが相手の選択ミスだった。
身体に沿わせて作らない鎧が無いように、強力な防具は簡単にズレないようしっかりと固定しておくべきだ。加えて牙折兎の毛皮は、軽く、柔軟性に富んでいる。という事ならば剣圧で振り払ってしまえばいい。毛皮が防ぐのは、打撃や斬撃などの物理攻撃のみだ。
「……」
とはいえ、こちらも致命傷を与えられないでいる。いうなれば膠着状態、体力を考えればこちらが不利か。
「っ……兄貴、早めに決着を付けねぇと」
来るはずの無い増援を警戒し、相手も焦れているようだ。俺の作戦としては、焦りから一か八かの攻めに出た二人を、冷静に対処して倒す方法だ。この作戦は、二人が焦れば焦るほど成功しやすく、俺の体力が残っているほど有利に働く。
「しょうがねえ……行くぞ!」
来た! 二人は俺に向かって駆け出し、拳を構える。俺は一歩引いて両手剣を構えなおすと、呼吸を整えた。来るなら来い。
二人は俺を挟むように位置取り、同時に殴り掛かってくる。俺は身体を捩ってリュクスへ剣を突き出すが、それは毛皮に遮られてしまう。
「っ!?」
その瞬間、想定外のことが起きた。突き出した剣がそのまま押し返されたのだ。
反動があるのは想定していた。しかし、押し込まれるのは想像していなかった。体勢を崩されそうになるが、足を踏ん張って耐える。
――それが相手の作戦だと気づいたのは、背中に打撃を受けてからだった。
「っ――、がっ……!」
想定外の攻撃に、体勢を崩す。そして俺の視線の先には、両手剣の剣先を弾いたリュクスの拳が迫っていた。防げるか? いや、防御態勢を取るには重心がずれすぎている。
拳が迫る中、俺の視界は鮮やかな倭服の柄に遮られ、金属が弾ける音が耳を打った。
「ちっ……増援かよ」
「兄貴、このガキの腕は――」
「とうさま、大丈夫?」
揺れる銀髪。そして背中越しに見える白銀の鋭利な爪。ほんの少しだけ大きくなったような背中は、俺にとって見知った姿だった。
なぜ彼女がここに? それを考える前に俺は体勢を立て直し、シエルと共に距離を取る。
「まだ……納得は出来ないけど、わたしはこれ以上知ってる人に死んでほしくないから」
何かを聞く前に、彼女はそれだけ呟いた。その姿は少し大人びて見えて、母竜の姿とは違うもののように感じた。
「わかった。守ってくれ」
相手もシエルを警戒して距離を取ったのを見て、俺は更に距離を取るよう足を運び、彼女の数メートル後ろで剣を構える。
シエルは戦えるのか。母竜のことをどう折り合いをつけたのか、それらを確認はしなかった。作戦も確認しない。ただ、相手が警戒して攻めあぐねている今の状況を、利用しない手はなかった。
「任せて、とうさま」
頼もしい答えが返ってきたところで、俺は両手剣を握る手に力を籠める。刀身の根元から青い燐光が増していき、全体をつつんでいく。
「おい、なんだあれ!?」
「ヤバそうっす!」
背中に受けた打撃の痕がじくじくとした痛みを訴えてくるが、俺はさらに力を籠める。試しに光らせた時程度では、牙折兎の毛皮は突破できない。
襲い掛かろうとする傭兵二人は、シエルの爪に阻まれてすぐにはこっちに来れない。撹乱するにしても、それをする時間を与えるつもりは無かった。
「くそっ、このガキ、いい加減にどきやがれ!」
「っ!? とうさま!」
シエルの防御を縫って、弟分がこちらへ駆けてくる。準備の出来ていない段階ならば、警戒するべきだ。だが、既に両手剣の燐光はかなりの光量になっていた。ここまで光を溜めれば十分だろう。
「おおおっ!!」
俺は迫りくる拳を迎え撃つように剣を振り下ろした。当然ながら、毛皮で防御されるが、俺は構わず肩口へと切り込む。
最初に感じたのは、切れ味の悪い刃物で粘土を切るような感触だった。それをそのまま振り抜くと、赤黒い飛沫と共に相手が倒れた。
「なっ……に……?」
毛皮が切り裂かれたことに驚愕している男を一瞥し、俺は油断なく剣を構えなおす。あと一人……
「まいった! 降参だ!」
激昂し、襲い掛かってくるかと思えば、リュクスは両手を上げて負けを認めた。地面を蹴る脚に力を込めていた俺は、梯子を外されて姿勢を崩した。
「おい! 話が違うぞ!」
「勝てないならせめて死ぬまで戦え!」
「どうなってるんだ! 不正だ!」
場外からヤジが飛ぶ、それは青派からの声で、太った男や老人など、多くは官僚らしい格好をしていた。
「あーあーうるせー! 俺は金で動く傭兵だぞ! こんな事に命かけられるかってんだ! それより救護班! 早く治療しろよ!」
リュクスが叫ぶと、ほどなく回復属性の魔法を使える救護班が駆け寄ってきて、俺が倒した男を治療し始める。
「お前の顔、覚えたからな」
リュクスは俺とすれ違いざま、そう言って弟分の場所まで小走りで向かって行った。
――
「かあさまを殺したのは許せない……だけど、とうさまが死ぬのは嫌」
戦いを終えて、シエルが言ったことはそれだった。
「わたしはもう、大事な人が死んでほしくない」
俺は今、決闘者の控室で戦闘後の傷を治療している。背中に受けた打撃は、段々と痛みを増しており、どうやら骨まで折れているようだった。
回復スクロールを破けばすぐに終わるものの、スクロールもタダではない。闘技場の職員に軽い回復属性の魔法を受けながら、俺はシエルの言葉に耳を傾けていた。
「ああ、ありがとう」
許してはくれないだろう。だが、俺たち人間の判断を理解する姿勢をみせてくれたのは、素直に嬉しかった。
シエルの乱入は、俺のブラフが上手く作用して不正にはならなかった。決闘を終えて改めてシエルの姿を見る。
倭服姿の銀髪は、母竜そっくりだが、どこか優しさを感じる雰囲気を持っている。以前のように笑いかけてはくれないだろうが、それでも母竜のように、最悪の結末を迎えてしまわないよう力を尽くすつもりだった。
治療を終え、肩を回すと患部の痛みは全く無くなっていた。
「それと、助かった」
職員が出て行ったのを確認して、俺は頭を下げる。彼女の助けが無ければ勝つことはできなかったし、もしかすると死んでいた可能性もゼロではない。
「別に、わたしは攻撃を防ぐしかできないし」
彼女は、唇を尖らせて目を背ける。どうやら褒められたのがうれしかったらしい。
「それでも、だ。助かったのは事実だからな」
攻撃を防ぐしかできない……か、母竜が聞いたら笑い飛ばすだろうか? それでも、母親と違う未来を予感して、俺は頬が緩むのを感じた。
「じゃあ……ん」
ずい、とシエルは頭をこちらに寄せてきた。どうやら撫でて欲しいらしい。
要望に応えるように手をかざして、優しく撫でると彼女はくすぐったそうに声を漏らし、そのまま近づいて俺の膝にちょこんと座った。仇と知っても、俺にこんな姿を見せてくれるのか。
「……あのー、お楽しみデス?」
いつの間にか、キサラが部屋に入ってきていた。
「わっ! わぁっ! キサラ、居たの!?」
シエルは弾かれたように立ち上がり、顔を真っ赤にして両手を振る。どうやら今の姿を見られたのが恥ずかしいらしい。
「いやあ、シエルちゃんもちょっと大人びたかなあと思ったらまだまだお子様――」
ビキニトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。
「ぎゃあああああああああああああ!!!! あんなことあった後だから流石にやらないだろうと思ったら普通にやってきたあああっ!!!!」
「いや、お前にもいつものをやっておこうかと」
「ワタシ相手の『いつもの』ってこれなんですか!!!!???」
違うのか? とは聞かないでおいた。