俺は基本ソロの剣士なんだが、自称凄腕の盗賊とバディを組まされている。~お兄さんってぇ、陰キャのぼっちですよねぇ~   作:これ書いてるの知られたら終わるナリ

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旅団救援2

 レザル白金旅団の名前は、お兄さんから聞いたことがある。

 

 すこしだけ深酒をした時に、過去を聞こうとした時に出てきた名前がそれだった。

 

「へぇ、お兄さん昔はまともにコミュニケーション取れたんですね」

「見捨てられたがな」

「えっ」

「いや、何でもない。気にするな」

 

 その時はそれだけで終わってしまったけれど、そのやり取りで、私はお兄さんがどういう扱いを受けたのか察してしまった。

 

 寝る前の軽食に睡眠薬を混ぜたので、お兄さんは昼まで寝たまんまだと思う。だから、私たちで依頼をこなして、お兄さんがレザル白金旅団と会わなくていいようにするつもりだ。

 

 自分を見捨てた人たちを助けるのは、すごく抵抗がある。それは私が一番よく知っている。そういう訳で私は夜明け前にお兄さんを縛ってから二人を起こすのだった。

 

「ほらシエル、早く起きてくださいよ。それともお子様には早起きは難しかったですかね?」

「むぅ……起きる」

 

 寝ぼけた目を擦ってシエルが置きあがる。こんな挑発に乗っちゃうなんて、やっぱりまだまだお子様なんだと感じてしまう。

 

「今日の依頼はお兄さん抜きでやるんですから、しっかりしてもらわないと困りますからね」

「なんで?」

 

 シエルは寝ぼけ眼のまま、めんどくさそうな反応をする。

 

「ワタシ達だけで解決して、お兄さんに喜んでもらいましょう!」

「……うん!」

 

 適当に言い訳を取り繕ってみると、シエルは目を輝かせて大きく頷いた。特に深く考えなくても言いくるめられるから、本当にチョロい。

 

 そういうわけで、私は死んだように眠っているヴァレリィさんも起こすことにする。

 

「ぐぅ……」

 

 それにしてもこの人、さっきから動いてないけど、大丈夫だろうか。いや、寝息は聞こえるんですけどね。

 

「ほら、ヴァレリィさん。起きてくださいよ」

「ぅー……」

 

 反応が悪い。ただ、生きてはいるらしかった。

 

「シエル。ちょっとこいつの名前を呼んで」

「嫌」

 

 シエルが呼びかければすぐ起きるだろうと思ったけれど、シエルがヴァレリィさんの事を呼びたがらないことは想像できなかった。

 

「そんな事言わずに、これじゃ出発できないじゃないですか」

「嫌」

「嫌って言ってもワタシ達二人じゃ救助なんて無理じゃないですか」

「嫌」

 

 全く、このイヤイヤ期が今更発症したみたいな事を言って……

 

「もう、いい加減にしてくださいよ、お兄さんの為だと思って――」

「ヴァレリィ、起きて」

「なんだい? シエルちゃん」

 

 私が言い終わるか終わらないかくらいで、シエルはヴァレリィに声をかけて、彼は寝癖でぼさぼさの頭のままキメ顔で起き上がった。どうしよう。私以外全員バカだ。

 

「お兄さん抜きのワタシ達だけで、依頼をクリアしようって話ですよ、ヴァレリィさんも手伝ってくれませんか?」

「なんで?」

 

 ワタシが事情を説明すると、彼は心底嫌そうな顔をしてそう返した。

 

「普通に考えて、白閃は僕達のなかで最大の戦力だ。それをわざわざ欠いて依頼をこなす理由が分からない」

「それは……」

 

 私は、ヴァレリィさんに事情を話す。救出対象はお兄さんを捨てたパーティで、彼に負担を掛けたくないという事を。

 

 全て聞いた上で、ヴァレリィさんは腕を組んで考える。

 

「うーん、事情は分かったけど、彼はそれ承知で受けたんだろ? 覚悟くらいしてるんじゃないか」

「でも……」

 

 私はそれ以上言えなかった。私自身も、同じ状況だったら割り切っていただろうし、余計なお世話だって言うだろう。実際似たような状況では私もそうした。

 

 それでも、できれば他の人がやってほしいと思ったし、同じことがあった時に同じ答えを返せるかどうかは分からなかった。

 

「……シエル」

「ヴァレリィ、わたし達だけで行って、とうさまを驚かせよう」

「分かった! 任せてくれ!」

 

 シエルを肘で小突くと、彼女がおねだりし、ヴァレリィさんはあっけなく陥落した。楽ではあるんだけど、このメンバーは今更ながらすごく不安になってきた。

 

 

――

 

 

 お兄さんの荷物から依頼書と地図を取って、代わりに置手紙をして私たちは出発した。心配させるわけにもいかないので、なるべく明るい文体で書いておいた。

 

「っ……」

 

 それをほんの少し後悔している。指定災害の名前は伊達じゃなかった。

 

 私たちは強烈な風と、痛いほどに叩きつける雨の中、救難要請のあった地点へと山道を登っている。

 

 日はまだ高くにあるはずだったけど、分厚く渦巻く雲のせいで夜かと勘違いしそうなほどだった。

 

「いやあ、はっはっは、指定災害の危険性を甘く見ていたようだ」

「なんでそんな余裕そうなんですか!?」

 

 暴風と雨粒で髪がぐちゃぐちゃになっているヴァレリィさんは非常に楽しそうだった。

 

「だって、指定災害なんて神竜よりも出会える機会が少ない。一生に一度あるかないかの機会だよ? そりゃあテンションも上がる――痛ぁっ!?」

 

 跳んできた木の枝が頭にぶつかって、ヴァレリィさんはのけぞって倒れそうになる。それをシエルと二人で引き戻して、私たちは山道から転げ落ちないように踏ん張った。

 

「ヴァレリィ、目的が違う」

「え? あ、ああ、そうだね、別に会う必要はないもんね……」

 

 明らかにテンションの落ちたヴァレリィさんに、ちょっとツッコミを入れたい気持ちが沸いたけれど、私は堪えて先へ進む。元はと言えば、私が言い出したことで、ついて来てくれるだけでありがたいのだ。

 

 ただ、私としてはシナトベになるべくなら遭遇したくないと思っていた。それは当然、指定災害の魔物なんかと遭遇すれば、まずもって生きて帰れないだろうし、炎竜と戦った時の記憶が蘇ってくるからだった。

 

 あの時は、お兄さん一人で討伐をしてしまったが、近くにいるだけであれほどの影響があったのだ。周囲への影響力を考えれば、シナトベの脅威は想像に難くなかった。

 

「っ! 二人とも、止まってください」

 

 私が手をさっと翳すと、二人は身を縮めてその場に立ち止まった。

 

「キサラ?」

「……すみません、何でもありません」

 

 降りしきる雨の先に、何かが見えたような気がしたけれど、それは木々の間から見える岩肌だった。どうにも神経質になり過ぎているようで、私はため息と共に肩の力を抜くよう意識した。

 

「うん、合流地点まであと少しだ。キサラちゃんも頑張っていこう」

 

 ヴァレリィさんが私を気遣うようにそう言って、眼鏡の位置を直す。その所作は頼れる大人そのものだったが、すごいことになっている髪の毛と、それに絡まる木の枝のせいで、今ひとつカッコよく見えなかった。

 

 

 なんとか三人で滑落しないように、身を寄せ合って進んでいくと、視線の先に洞窟が見える。地図の位置と情報を総合的に考えると、その場所が合流地点になっているはずだ。私たちはようやく目的地に着いたと安堵して、洞窟の内部へと足を踏み入れる。

 

「ごめんくださーい……」

 

 控えめに、誰かがいるか確認すると、見るからに熟練そうな人たちが、身体を寄せ合っていた。

 

「救助……?」

 

 その中の一人、白い顔をした修道女さんが顔を上げる。私はその問いかけを肯定するように回復薬とスクロールを見せてあげる。

 

「レザル白金旅団の方々ですね? 食料も持ってきています。安心してください」

 

 ヴァレリィさんが私を引き継ぐように言葉を続けると、身体を寄せ合っていた人たちはようやく息を吐いて脱力した。

 

「こんな幼い子たちが救援で少し不安だったが、何とかなりそうだな」

 

 リーダー格の騎士っぽい格好の人、彼がレザルだろうか? 彼はシエルと私を一瞥すると、ヴァレリィさんの方を見てそう言った。

 

「悔しいけれど、今回もダメね」

「ああ……くそっ、もう少し、もう少しだったんだ」

「今回は誰も死なずに済んだんだ。それで良しとしようじゃないか」

 

 三人にどうも侮られている気がしてムッとしたが、白金等級として長年活動している彼らに、何かを言えるはずもなく、私はそれ以上のことはできなかった。

 

 私たちは彼らに魔力回復用の霊薬と、いくつかのスクロール、そして携帯食料を渡して体力を回復させる。

 

「ふぅ、助かった。このまま籠城するだけの体力は持ちそうだ」

 

 両手剣を持った剣士が伸びをする。この後、嵐が過ぎ去るのを静かに待って、シナトベが警戒域から離れたら下山する。そうすれば依頼は完了だ。

 

「あの」

 

 それでも、私には一つ、聞かずにはいられないことがあった。

 

「昔、なんで仲間を見捨てたんですか?」

 

 その言葉を口にした瞬間、私は質問をしたことを後悔した。

 

 和やかだった彼らの雰囲気が突然殺気立ったものに代わり、しばらくして憔悴した様子に変化する。

 

「もしかして、あの子の知り合い?」

「あ、まあ、そんなところです」

 

 修道女が口を開く。彼女は深いため息と共に、静かに言葉を続ける。

 

「そうね……見捨てたも同然よね、私達」

 

 彼女の言葉には、深い悔恨と罪責が混じっていた。


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