俺は基本ソロの剣士なんだが、自称凄腕の盗賊とバディを組まされている。~お兄さんってぇ、陰キャのぼっちですよねぇ~ 作:これ書いてるの知られたら終わるナリ
キサラと軽口を交わしつつ、俺は改めて両手剣を構え、大業魔を警戒する。
「シエル、キサラ」
「うん」
「仕方ないですねぇ」
二人に声をかけると、彼女たちは各々に反応を返す。詳しい作戦の説明は必要なかった。
大業魔は極大火球を撃った後、少しの隙が発生する。相手が動き出すよりも一瞬早く俺は地面を蹴る。
両手剣を振りかぶり、再び同じ箇所へ刃を振り下ろすが、大業魔が手にした巨大な棍棒によって防がれてしまう。
通常であれば硬く太いとはいえ、木製の武器が破壊出来ないはずもない。だが、大業魔の技量はそれを可能としていた。刃筋に対して垂直方向に動かしているのだ。
どれだけ柔らかい物であろうと、斬るという行為をするには、刃筋と水平方向の力を加えなければならない。大業魔はそれを理解しており、刃が食い込んだ瞬間に力を別方向へ逃がすことにより、その力を発揮できないようにしていた。
「っ、ああっ!」
「ガァアァッ、ガァッ!!」
生木に斧が食い込むような音を立てつつも、大業魔の棍棒は壊れる気配がない。これほど打ち合いができるのは、白金等級の中でもそうはいないだろう。
「オオオオオォォッ!!!」
俺が両手剣を取り落とさず、かといって決定打に欠ける状況は、大業魔も焦れていたのだろう。大きく振りかぶり、俺に向かって渾身の一撃を大上段から振り下ろす。
俺はそれを見計らい、大業魔と距離を取る。それと同時にシエルが俺がいた場所に入れ替わり、致命的な一撃を銀色の爪で受け、弾き飛ばす。
「ガァァッ――ヒギッ!?」
大業魔は体勢を崩しつつも、俺とシエルへの殺意を絶やさず襲い掛かろうとするが、その動きは果たされることなく、ひきつけを起こしたように痙攣して、白目をむいて倒れ込んだ。
「お兄さん、お疲れ様でぇす」
キサラが大業魔の首筋に刺さったナイフを引き抜いて笑う。人型の魔物は比較的知能が高いものの、それと同時に急所が人間と同じ箇所にあるのだ。
頸椎の間に刃を差し込み、その刃を捻る。いくら鍛えていようと、ピンポイントに急所を狙われてはその身体能力を生かすことはできない。
「数を減らすぞ、シエル、キサラと動け」
「はい、とうさま……また怖いのが居たら助けに行くからね」
「りょうかーい、あ、ちなみにヴァレリィさんですけど、何とか起こしましたんで、今頃走ってると思いまーす」
大業魔を倒したことで、魔物の軍勢はかなり勢いが弱まったように感じる。だが、だからと言って安心はできない。魔物は可能な限り殺しておかなければ、別の場所で同じような被害が起きる可能性があるのだ。
「ギャギャギャッ!」
それに、闘志を失わない魔物もいる。現に俺に襲い掛かってきた小鬼が好例だ。俺はそいつを両断しつつ、魔物が密集している方向へ走る。
小鬼、単眼鬼、豚鬼、赤小鬼……ひたすら斬って数を減らしていると、魔物たちも戦意を喪失していく。俺は暗視のスクロール効果が切れるまで存分に暴れまわる。
「はぁ……」
周囲にとりあえずの脅威が無い事を確認した後、スクロールを再び破き、状況を確認する。
周囲には戦意を持った魔物はおらず、逃がしては不味い魔物――例えば多くの魔物を呼び寄せる喚鬼(サマナー)などがそうなのだが、それらはキサラとシエルが追撃する手筈になっている。
一通り状況を確認し、石塔の方向を見る。頻繁に魔法や弓矢が飛んでいるものの、想定以上に数が多いらしく、苦戦していた。
「仕方ない、か」
冒険者たるもの、遠近の得意不得意はあっても、どちらにも対応できなければならない。どうやら石鬼や夜鬼は、地上で行われた圧倒的な戦いに対して、無関心だったらしい。俺は筋力増強のスクロールを破いて、要衝――石塔へ向けて駆けだした。
――
神竜と戦った時も使用したが、筋力増強は攻撃力増強のためだけに使うものではない。
「キィ、キ――」
地面を蹴り、高く飛び回る石鬼の翼を切る。跳躍距離の伸長と、姿勢制御のための体幹筋の強化により、機動力が格段に上昇するのだ。
石塔の壁面に張り付くように着地して、地表へ向けて跳びつくように動き、石塔からの攻撃を躱して迫ろうとする魔物を優先して倒す。
とはいえ、数が多い。本来この数を相手するような物ではないし、あまり跳び回って弓手や魔法職が委縮してしまっても困る。俺はとりあえず危機的状況ではないのを確認して、防衛線を作っている冒険者たちの列に加わる。
「あ、あんたは……」
「危険な魔物は倒しきった。あとは物量がある雑魚だけだ。押し返すぞ」
近くにいる同業者を勇気づけるように言って、俺は荒れ狂う波のように押し寄せる魔物を狩っていく。一か所にとどまらず、遊撃するように移動して、魔物たちに俺という脅威を認識させないように戦う。
しかし、数が多い。魔法職が広範囲魔法を撃ってくれてはいるが、単体火力に偏重した魔法使いが多いらしく、頻度は多くなかった。
「……現状、俺がいる必要は無いな」
一体一体の強さはそこまでではない。ならば、俺は一兵卒以上の活躍は出来ないだろう。なら、あいつを迎えに言った方が早いな。
俺はそう判断して、石塔の中に入り、周囲の人間が資材を運んでいるのをすり抜けて対岸へ渡り、外に出る。キサラは起こしたと言っていた。ならば少なくともこちらへ向かっている筈で、近くまで来ているはずだ。
「白閃!? どこへ――」
「仲間を迎えに行く」
声をかけてきた冒険者に短く返すと、俺は戦いの音を背に暗闇へと走り出した。彼は拠点としている町への道中で見つかるはずだ。
「ひぃ、ひぃ……」
目当ての相手はそこまで苦労せずに見つかった。
顎を上げて息を切らして、ぼさぼさの寝癖に丸眼鏡をかけた魔法使い。ヴァレリィだ。
「ようやく起きたか、出番だぞ」
「はぁ、はぁ……ちょ、ちょっとまっ――」
ヴァレリィには悪いが、休んでいる暇はない。幸い彼は体重が軽いほうだから、担ぐという選択肢があった。
「えっ!? わわっ、嘘でしょっ!?」
「着くまでに息を整えておけ」
彼を担いで来た道を引き返す。
「敵の軍勢は強くはないが数が多い。何とか出来るか?」
「ま、まあっ、そういうとき用のっ……魔法はっありますがっ」
俺の肩の上で揺られながら、ヴァレリィは答える。あるなら何とかなるだろう。
「魔法を撃つのに最適な場所は?」
「最前線っ、です! そこで、詠唱するのでっ、守ってくださいっ」
石塔が見えた段階で、俺は足に力を籠める。戦況は膠着状態に近いが、冒険者側の体力が心配だった。
「白閃! そいつが――」
「仲間だ。通るぞ」
行きで引き留めてきた冒険者に声をかけて、橋を渡りもう片方の石塔も通り抜けて魔物と戦っている最前線の十メートルほど先にヴァレリィを降ろす。
「うっ……ぷ」
「吐きそうになってるところ悪いが、頼む」
俺は両手剣を背中から引き抜いて、周囲を警戒する。前線という強固な壁に守られていない人間は、魔物にとって格好の標的であり、必然的にこちらへ攻撃が集中しがちになる。俺はそれを見越した動きで、魔物をヴァレリィまで近づかせないように武器を振り回す。
「天空より来たる雷よ……」
呼吸を整えた彼が、静かに魔法を詠唱し始めたのを聞いて、俺は一層魔物を近づけないよう立ち回る。
詠唱は、本来必要のない行為だ。
発動時の魔法名を言う必要も特には無い。スクロールを破くだけでも発動するのだから、当然と言えば当然だ。
だが、スクロールという一定の効果が保証されているものと違い、人間が扱う魔法はそれでは威力が出ない。
その理由にはいくつかあるが、俺は昔、酒場で聞いたとある魔法職の言葉を信じている。
――詠唱っていうのは、自分がこの魔法は強いんだって信じるためにある。
その話は傍から聞くと馬鹿馬鹿しく、事実周囲の魔法職から笑いが漏れていたが、なかなかどうして真実を端的に表しているように思えた。
魔法は、自分の中で理論が固まっているほど強力で、その理論を口にすることで自己暗示を行い、威力を増強する。詠唱の意義の一つがそれだった。
「来たれ、拡散操電(スプレッドエレキ)っ!!」
豚鬼の首を刎ねた瞬間、俺の背後で声が上がる。
そしてその声に呼応するように大気中の魔力が飽和し、結晶化、そしてそれが無数の球電になる。
「グゲァッ!?」
「ブビッ!?」
「ガアアアッ!?」
球電は周囲にいる魔物に次々と飛んでいき、それは空中にいる魔物にすらダメージを与えていく。
「ふぅ……敵味方の区別を付けなければいけないので、極大火球(フレイムグローブ)や雷帝降臨(ライトニングカイザー)は使えませんのでこれで我慢してくださいよ」
「いや、十分だ。再使用までどれくらいだ?」
「ギリギリ三十秒」
体中から煙を吹いている死にかけの魔物にとどめを刺しつつ、俺は「上出来だ」と答える。視線の先にはまだまだ魔物がいるようだった。