俺は基本ソロの剣士なんだが、自称凄腕の盗賊とバディを組まされている。~お兄さんってぇ、陰キャのぼっちですよねぇ~ 作:これ書いてるの知られたら終わるナリ
夕飯はボクの要望を聞いてくれたようで、濃厚なルーを使ったクリームシチューだった。秋の野菜と鶏肉を煮込んだそれは、今日みたいに冷える夜には丁度いい。
シチューを口に運びながら、夕方の市場で交わした会話を思い出す。彼は、魔物の擬態だと分かったうえでシエルという子供と一緒にいる。
――魔物は不倶戴天の敵。
ボクが魔物の子供を匿って育てていた時、教会の師匠(せんせい)が言っていた言葉だ。どれほど無害に見えようと、いつか必ず牙を剥き、我々人間を脅かす。彼らをかばうのは、聖職者として、してはいけないことだと。
――「かえして、かえしてよ」
そして、小さな狼の姿をした魔物は、敬虔な信徒だった両親に連れ去られてしまった。その場で殺さなかったのは、引き離され、泣きじゃくるボクへの優しさだったんだろうか。
それにしても、この子は一体どんな魔物なのだろう。人間に擬態し、違和感の無いように振る舞える魔物なんて、そうそういるものではない。
白金等級の冒険者が連れているのだから、間違いなく強力な魔物であることは疑いようもない。しかし、シエルの姿をいくら観察しても、それが何なのか見当もつかない。
「どうしたの?」
「いえいえ、可愛いなあと思いまして」
気付かれないように注意していたが、どうやら考えに耽り過ぎたようだ。ボクは曖昧な笑みを顔に張りつけて手を振った。
うーん、正体は……まあ気にするだけ無駄かな。分かったところでどうしようもないし。
「ティルシアさん!」
「ぅおうっ!?」
とりあえず、仕事をこなしてさっさと次の町に行ってしまおう。そう思っていたら、ガドの息子さん――ヴァレリィが肩をがっしりとつかんだ。
「そうですよね! シエルちゃんかわいいんですよね! いやあ最高だなあ、僕と同じ感性を持ってる人がいるなんて! 素晴らしいですよね、銀色に輝く髪に深紅の瞳! そして真珠のように白い肌! 明らかに人間を超越しているような美しさですよね!」
「え、あ、うん」
昼間に見た理知的な姿とは打って変わって、早口で余裕なくまくしたてる姿に困惑し、毒気を抜かれてしまった。いったい彼の何がそうさせるのだろうか。
「ヴァレリィ、うるさい」
「えぇー、そんなぁ、シエルちゃんの可愛さを共有していただけなのにぃ」
くねくねとシエルに向かって媚を売る姿に、ひそかに深い息を吐く。彼に対するスマートで油断ならない男というイメージは、ボクの中で完全に壊れてしまった。
「ヴァレリィ。食事をしている時くらいは大人しくしろ」
「そうですよぉ、特に今日はシチューなんですから」
「がっはっは、まあいいじゃねえか」
二人がヴァレリィを嗜めて、ガドが彼をかばう。人と人との暖かなつながりを感じて、私は思わず口元を緩めていた。
――
「っ……はぁ……」
水滴が落ちる音が聞こえ、ボクはベッドから飛び起きる。
ああ、またか。夢を見るのなら、もっとしあわせな夢を見ていたかった。それだけこの記憶が自分の脳裏に染み付いているという訳か。夕食の暖かな空気に浸かっていたのに、いきなり冷や水を浴びせられた気分だ。
外は暗く、作戦開始までは時間がありそうだった。それでもまた眠りに落ちるのは恐怖が勝る。ボクは仕方なく、ベッドから降りた。
ガドとヴァレリィは離れの方で眠っている。白閃は町の方で宿を取るらしい。そういうわけで、こちらの小屋では女性がまとまって眠っている。隣では、キサラとシエルが寝息を立てていた。ボクは彼女たちに気付かれないよう、静かに小屋の外へ出た。
露で湿った地面と、木々の隙間から見える輪郭の曖昧な月は、息苦しさすら感じる淀み、湿気た空気と共に、ボクの身体をつつむ。裾を濡らしながら少し歩くと、眼鏡をかけた魔導士――ヴァレリィが切り株に腰掛けていた。
「……おや、貴女も眠れませんか?」
彼は何をするわけでもなく月を見上げていたが、ボクに気付くと、にこりと笑って声を掛けてきた。
「くふ、まあそんなところですよ」
眠れない、というのと寝るのが怖い。というのは、大体同じで厳密には違う。だけど、ボクは無理に訂正をしなかった。なにも、彼に本心を話す必要はない。
「明日のアンデッド退治は、今までで一番大きくなりそうでしてね、少し緊張しているという訳ですよ」
適当にそれらしい言葉を使ってごまかすと、ヴァレリィは「そうですか」とだけ返して笑った。
事実、明日の討伐は今までにない規模だ。ボクが今までやったのは、せいぜい墓地に現れたアンデッドを数匹駆除するくらいだったし、その時はアンデッドも最下級の存在しか現れていなかった。緊張しないという方が不自然だろう。
「そうですか、僕は祖父との話を思い出していましてね」
ガドとの話……彼は妻と息子に逃げられたというのは聞いていた、それに関係する話だろうか。
「祖父は非常に喜んでいましたが、正直なところ、僕にはまだピンとこないところがありましてね。どんな顔で接すればいいのか、分からないんですよ」
困ったように笑うヴァレリィに、ボクは愛想笑いを返す。愛情をもって接してくれる相手なら、自分もそう返すほかないだろうに、何を戸惑っているのだろうか。
「ティルシアさんはご両親との関係は?」
「ふへへ、聞きたいですか?」
相手が頷くのを確認して、ボクは言葉を続ける。
「最悪ですよ、早く死ねばいいのに、あいつら」
言葉の調子を崩さずに、どれほどあいつらが最低かを丁寧に伝える。ヴァレリィは唖然としていたが、徐々に内容を理解し始めると、表情が徐々に曇り始めた。
「ボクが何か気に食わないことをするとですね、叩いたり地下室に閉じ込めたりするんですよ、魔法灯もなく、じめじめして虫の這い回るような場所に」
身を焦がすような憎しみは無い。それはもう既に通り過ぎた。今あるのは焦げ付いて取れなくなった殺意と恐怖心だけ。
「昼間なら、隙間から差し込む光で周囲を見れましたけど、問題は夜中ですよね。平気で丸一日閉じ込められたりもしましたから、月明かりでうっすらとしか輪郭が見えない場所で、どこかから定期的に聞こえてくる水滴の垂れる音、そういうものが、両親の記憶」
――だから、無条件に好いてくれる親族がいるヴァレリィは恵まれている。
そこまで言ったらさすがに身勝手かと思って、ボクは言葉を切る。
「……ま、こんなクソみたいな両親もいるって事だよね。ヴァレリィがどうするかは知らないけど、納得するまで悩むといいよ」
ボクはそう言って、シエルたちのいる小屋へ戻る事にする。食事の時に感じた暖かさは、もう既に思い出せないほど冷え切っていた。
――
蒸留酒を傾けると、涼しげな音を立てて、氷が転がる。
「君には本当に感謝しているんだ」
アレンも、俺に倣って口を湿らせてから語り始める。
「君が大事なことを教えてくれたから、騎士団でも認めてもらうことができた」
「そうか」
そう言われても、俺は何もしていない。彼が自分で学習して、自分で努力したのだ。だが、それを伝えたところで、彼は素直に受け取らないだろう。
「今は部隊長になるための研修中だ。鍛冶の神が作った槍を欲しがっていた一兵卒と比べれば、今の姿は全然違う」
この町の酒は、昔から馴染みがあるだけに、俺の舌によく合う。それと同時に、俺自身の未熟な過去が思い出される。
きっと、誰でも未熟な頃はあった。それから抜け出すのは、きっかけが必要だ。彼にとってそれが、俺だったという事だろう。
「それより、明日の防衛は頼むぞ、アンデッドが襲ってこない可能性の方が高いが、念には念をだ」
「ああ、勿論。この町の住民は誰一人として傷つけさせない」
俺はそれを聞いて安心する。カウンターに立てかけてある穂先に鞘のついた槍は、以前と変わらない輝きを放っていた。
「ところで――聞きたいんだが、君は一体どうしてそこまで強くなれたんだ?」
酒を飲む速度が上がってきて、アレンは少し顔が赤くなりながら問いかけてきた。
俺はその言葉を聞いて、鼻で笑う。
「俺が強い、か……」
俺は、シエルの母親を助けることができなかったし、シエルが助けてくれなければ、あの決闘で傭兵に負けて死んでいた。シナトベも、きっと俺一人では倒すことができなかっただろう。
全ては、仲間がいたから、土壇場で助けてくれる人がいたからだ。それに気づいたのは――
「強いかどうかはともかく、昔話でもするか」
そこまで考えて、俺は頭を振った。酒を飲み過ぎると、どうにも感傷的になっていけない。