俺は基本ソロの剣士なんだが、自称凄腕の盗賊とバディを組まされている。~お兄さんってぇ、陰キャのぼっちですよねぇ~   作:これ書いてるの知られたら終わるナリ

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不死系討伐5

 両手剣を存分に振れるよう、少し開けた場所に陣取ったのは失敗だった。

 

 通常、生物の肉体を攻撃する場合は「手応え」が帰ってくるのが当然であり、竜種などのように鱗が硬ければ固い感触が返ってくるし、スライムなどの不定形魔物のように、柔らかすぎる相手からは手応えがほとんど感じられない。

 

 今回の不死系魔物は、腐敗した甲殻や、乾いた骨相手に剣を振るようなもので、ほとんどの手応えが返ってこない。

 

「っ……はぁっ」

 

 硬いものを切る場合と柔らかいものを切る場合、疲労の蓄積具合で言えば、圧倒的に柔らかいものを切る場合の方が体力を削られる。

 

 硬い相手は勢いと重量を乗せて斬ればいいが、柔らかいものは勢いと重量が「余る」のだ。それを支えるために、必要以上の体力を持っていかれる。壁が近くにあれば、そこに打ち付けて余った威力を逃がす事もできたが、狭い通路では思うように両手剣を振るえない。俺は対応力の低下を嫌って、基本的に開けた場所で戦うようにしていた。

 

 それでも、この体力消費は想定外だった。特に不定形や不死系相手の戦いは、最近はスクロール任せか銀等級以下の依頼がほとんどだったので、この感覚を忘れていた。鍛錬の不足に俺は奥歯を食いしばった。

 

「ねえ、ねえってば!」

 

 目に見える範囲の百足や骸骨を倒し終え、額ににじんだ汗をぬぐうと、ティルシアが声を掛けてきた。

 

「……どうした?」

 

 静かに息を整えて向き直ると、彼女は俺をしっかりと指差して、言葉を続ける。

 

「疲労困憊じゃん、そろそろボクにも戦わせてよ」

「いや、しかし――」

「回復を拒否するならせめて休憩を挟んで」

 

 そう言われてしまっては、俺は従うしかない。そもそも俺のわがままで回復を拒否しているのだから、ティルシアの言う事にも、ある程度の譲歩をしなければ。

 

「分かった。頼む」

 

 俺は抜身の両手剣を肩の留め金にかけて、深く息を吐く、両手の負荷が無くなると、想像以上に強張った前腕に思わず苦笑が漏れる。

 

「――」

 

 先程までの軽薄な雰囲気から変わって、ティルシアは静かに口を動かし、詠唱を始める。

 

 その詠唱の意味を、俺は知らない。

 

 なぜかと言うと、冒険者の詠唱は「自分が放つ魔法の威力が高いと信じるため」に唱えているが、教会や学院学府の持つ独自の詠唱は「みんなが唱えている魔法は威力が高いと信じるため」に唱えている。

 

 その為には、教会の成立時点から一字一句同じ詠唱を行う必要があり、必然的に古代語をその通りに発音する必要があるのだ。

 

 たしか、そのことをヴァレリィが話していた。根本的には同じものの、独自の理論で構成された詠唱と区別する目的で、体系づけられた魔法詠唱を伴うものを魔術(クラフト)と呼ぶらしい。

 

 これは冒険者の物と違い、高威力になる代償に、威力の調節や効果の応用が難しくなるデメリットがある。だからそれを踏まえてヴァレリィは、独自詠唱とイクス王国伝統詠唱を使い分けているとのことだった。

 

 詠唱が続く間、静かなティルシアの声に紛れて、不死系魔物特有の物音が近づいて来る。音の雰囲気からしてかなりの数がこちらへ向かっているようだ。俺はもし襲ってきても対応できるよう背に掛けた両手剣の柄を握りしめる。

 

「――」

 

 壊死百足の大顎が道の角から顔を出し、続いて骸骨や緑色の肌をして崩れかかった死体がゆっくりと近づいて来る。しかしティルシアは変わらず詠唱を続けている。何を唱えるつもりだ?

 

 不審に思いつつ、俺は両手剣を構えて不死系魔物が近づかないようにする。牽制を行いたかったが、既に生きていない存在に牽制は無意味だった。

 

 緩慢な動きだが、悪臭と粘着質な体液が溢れる見た目は、実際の距離感以上に嫌悪感を催させる。

 

「不死反転(ターンアンデッド)」

「っ!?」

 

 俺が両手剣を振り上げるのと、魔法が発動するのはほぼ同時で、俺の目は鋭い閃光に焼かれ、視界が消失した。

 

「どう? ボクの魔法……って、あ、ごめん」

「いや、構わない」

 

――不死反転

 

 教会が使用する魔法のうち、範囲と効果が最も高いのが不死反転だ。これは不死系魔物にのみ効果がある魔法で、限定的な効果で負担を減らしているものの、消費する魔力と詠唱時間はかなりの負担になっている。

 

「まさか最初から不死反転なんて大規模魔法を使われるとは思わなかった」

 

 徐々に視力が回復していくと、周囲には塵の山がいくつもできていた。この魔法は一定範囲内の不死系魔物を浄化し、塵に変えるというもので、不死系魔物に対しては絶対的な効果となっている。

 

「くふふ、アンデッド相手にしか効果がないんだから、威力が高いのを最初から使うのは当然でしょ?」

「あ、おいっ」

 

 唇の隙間から息を漏らすように笑うと、彼女は無警戒に開けた場所から通路へと向かっていく。

 

 死角に魔物が待ち伏せしている可能性がある。俺は慌てて彼女を庇うように飛びだすが、その先の光景で彼女が無警戒だった理由を察した。

 

「ん、どうしたの?」

 

 通路には、さっきまで居た場所と同じく、いくつもの塵の山が出来上がっており、周囲に動くものは一切なかった。

 

「……気を付けろ、普通の魔物がいる事もある。それに消費も大きいだろう。使いすぎるのは注意しろ」

 

 少し気まずく感じて、俺はそう言って警戒態勢を解く。

 

「ふふっ、大丈夫大丈夫、不死反転は壁も貫通するんだから。この規模なら……そうだね、ボクがあと三回も唱えたら完全に浄化できるんじゃないかな?」

 

 俺の姿を見てティルシアはまた笑い、自慢げにそう言った。

 

「とはいえ、三回も唱えられる魔力を持っていないから魔力消費には注意するよ、だから君もちゃんと頑張って数を減らしてね」

 

 俺はその言葉に返事をすると、不死系魔物がさらに潜んでいる奥へと足を進めていくことにした。

 

 

――

 

 

 ある程度の雑魚狩りを行い、魔物が集まってきたところでティルシアが不死反転を唱える。周囲から不死系魔物特有の気配が消えたのは、それを二回ほど繰り返した後だった。

 

「はぁ、まあ何とか終わったね、ボクちょっと疲れちゃったよ」

「油断するなよ、不死系ではない魔物がいるかもしれない」

 

 不死系魔物の大量発生は、大概の場合一部の不死系ではない魔物も紛れている。大規模発生時に聖職者のみで依頼に赴かないのは、彼らのみだと対応できない魔物がいるからだ。

 

「くふ、大丈夫でしょ、今まで全然出てこなかったし、後は見回りをして終わりだよ」

 

 しかし、ティルシアは気の抜けた声で答えて、無警戒に道を歩く。後先考えずに大規模魔法を放つ戦い方や、身のこなしから、大規模な討伐作戦に参加した事は、どうやら無いようだと俺は判断した。

 

 ある程度長丁場になる戦いを経験した冒険者や似たような仕事をする人間は、最初から魔力全開で戦う事は基本的にしない。

 

 それは単純にリソースの消費を最初からガンガン行ってしまえば息切れするという事もあるし、初手から自分の最大火力を開示するのは、相手に知能の高い個体がいた場合、警戒させてしまう事になる。

 

 彼我の戦力差を見せつけるという意図があれば一概に悪手とも言えないが、それはハッタリが必要な局面であったり、その消費したリソースを回復できる見込みがある場合だけだ。

 

「まあ呆気なかったよね、数は多くても所詮はアンデッド、ボクら人間の狩魔魔法には――」

 

 自慢げに彼女が話す後ろで、骨と水晶を合わせて作られたような、奇妙な杖が振り上げられた。

 

「っ!」

 

 無警戒の状態では、不意打ちに対応できる筈もない。俺は手を伸ばし、彼女の服を掴んで引き寄せ、骨の杖に背を向ける。

 

「ぐっ!?」

 

 それと同時に肩口に衝撃を受け、思わず声が漏れる。急所は外したが、この感触は肩に力が入らなくなるかもしれないと、俺は経験から悟った。

 

 ティルシアを抱えたまま三歩ほど跳び、彼女を解放する。

 

「な、何……?」

「だから、言っただろ、警戒を怠るなと」

 

 痛みよりも痺れの方が強い。どうやら俺の経験則は間違っていないらしい。彼女にも見えるように身体をずらしつつ、襲撃者へ向き直る。

 

「ロロロゥ、ウロロロロロゥ」

 

 笛のような声と、頭から被った腐敗色の外套、そして醜悪な緑色の肌、骨と水晶で自作した杖は魔法の触媒としての役割があり、それは不死系魔物を操るために使われている。

 

「不死操者(ネクロパペッター)だ」

 

 予備のナイフを懐から抜いて、俺は目の前にいる魔物の名前を呼んだ。


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