俺は基本ソロの剣士なんだが、自称凄腕の盗賊とバディを組まされている。~お兄さんってぇ、陰キャのぼっちですよねぇ~   作:これ書いてるの知られたら終わるナリ

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聖女奪還2

 月が東の空に登り始めた頃、ボクは火の燻ぶる薪を見つめながら、今までの旅を思い返していた。

 

 夜も遅く、既に起きているのはボクくらいで、他の人たちは静かに寝息を立てている。

 

――「今は大丈夫でも、これから先はわからないでしょ」

 

 ボクの母親は、そう言って拾ってきた魔物を憲兵に引き渡した。

 

 魔物は人間にとって不倶戴天の敵。教会の理念に忠実で、敬虔な信徒だった両親は、魔物を毛嫌いしていたし、当然魔物使いの一座が興行に来た時も、いい顔はしなかった。

 

 そんな両親と暮らしていたものだから、ボク自身もいつしかそう考えるようになり、そして、それに疑いを持つことが無くなった。

 

 それに違和感を抱くようになったのは、シエルという魔物の少女に出会った時からだった。

 

 今まで魔物は敵であると認識できていたのは、彼らが人語を話さず、襲い掛かってくる存在だったからだ。対話が不可能だからこそ、相手を殺すか相手に殺されるかという関係しか作れない。聖職者の修練を積むとき、ずっとそれを言われ続けてきた。

 

 では、対話可能な魔物がいるとすれば? 殺すか殺されるか以外の関係が築けるのではないか、幼少期の記憶と共に沸き上がったのは、そんな疑念だった。

 

 なぜ、考えなかったのか。魔物に知性があるという事を。

 

――これから先はわからない?

 

 あの時、ボクの口から出た言葉は、ボクの中にある母親の言葉だ。楽観的な思考をしたい自分を戒める思考。今は大丈夫だとしても、明日はわからない。それこそ、次の瞬間にはシエルが本性を現して、ボクたちはおろか、壁街の人たちも巻き込んで殺すかもしれない。

 

 だけど、そうじゃないかもしれない。

 

 これから先、ずっとシエルは大人しくて、人を襲わないかもしれない。

 

 あまりにも楽観的な見通し、ボクなら――いや「ボクの母親なら」とても受け入れられないものだ。

 

「ん……」

 

 シエルが小さく呻いて寝返りを打ち、顔がみえる。透き通るような白い肌に、月の光を蓄えてきらめく銀色の髪、何処からどう見ても、美しい人間の少女だった。

 

「これが魔物だなんて思えないよねえ」

 

 誰かに話しかける訳でもなく、回答を求める訳でもなく、ボクは一人呟く。その声は誰にも聞かれることはなく、返ってきた反応は燃え尽きた薪が崩れる音だけだった。

 

 今は無理だけど、この子が本当の姿をさらす瞬間を見てみたい。純粋な興味として、そう思った。

 

 

――

 

 

 アルカンヘイムの門をくぐったのは、俺とティルシアの二人だけだった。シエルは当然くぐらせるわけにいかず、彼女を残すのなら、キサラとヴァレリィの二人も残しておいたほうがいいという判断だ。

 

 とはいえ、街中でそう危険な事は無いはずなので、患者である俺とコネクションを持つティルシアだけが向かっているという訳だ。

 

「相変わらずだな」

 

 俺は白色の砂岩で構成された建物たちと、表通りに並ぶ露店の数々、そして露店から少し離れた位置にいる浮浪者たちを眺める。

 

 オース皇国は木材などが乏しく、建材にはもっぱら石や砂泥が使われ、他の四大国家たちとは明らかに違う建築様式をしていた。

 

 また、石を切り出す際金属製の工具が必要となるため、冶金技術が発達し、特産品として金細工が作られている。この金細工は、特にエルキ共和国の貴族たちに好まれており、経済的な価値はもちろん外交手段としても重要な役割を持っている。

 

 そして、アバル帝国との関係は、直接的な利害関係が薄いにもかかわらず冷え込んでおり、帝国海軍では海路での侵攻計画があるのではないか、などという噂話すらも出ていた。もしそれが事実で、なおかつ成功したとしても、アバル帝国はオース皇国と隣接しておらず、エルキ共和国を挟んだ飛び地に支配領域を得ることになるため、兵站の維持は容易ではない。となれば、この話は荒唐無稽と言わざるを得ないだろう。

 

「さ、ついたよ」

 

 ティルシアが指さした先には、大きな聖印を掲げた建物があった。大聖堂だ。

 

 内部に入ると、驚くほどに豪華な造りになっていた。岩壁に石膏を塗り、天井を含めた全面に宗教画が描かれていて、通路の両脇には、精緻な金細工がいくつも並んでいた。

 

「ふへ、儲かってそうだよねぇ」

「……ああ」

 

 息を漏らすように笑って、自分の所属する本部を揶揄するティルシアに同意する。事実、儲かってはいるのだろう。

 

 教会が行っているのは慈善事業ばかりではない。金が何もないところから湧いてくるわけではないのだ。

 

 巡礼者という、修行中の聖職者であれば治療は無償で受けられるものの、未熟な腕前であるので強力な治癒は使えない。高位の治癒魔法を使えるのは、多くは教会所属の聖職者たちで、彼らは治療に金銭を要求する。

 

 また、古代技術の独占も行っており、魔力に頼らない動力の確保など、そういったものは教会が製造、管理を行って、手数料を徴収する形となっている。

 

 そして、多数の貴族からの寄付。特にオース皇国では、税金のうち数パーセントは教会に流れているという事だった。

 

「入りなさい」

 

 調度品の一つでも売れば、昨晩の壁街で集合住宅でも建てられそうだな、などと考えていると、ティルシアが一つのドアをノックし、返事が返ってきた。

 

「失礼します。オーストン枢機卿」

 

 彼女がドアを開けると、その先に居たのは白髪を香油でしっかりと固めている、端正な顔立ちをした老人だった。彼は窓を背に椅子に腰かけ、デスクに肘をついている。

 

「魔道文で話は聞いています、不死操者に肩を傷つけられたそうで」

 

 オーストン枢機卿と呼ばれた男は、理知的な笑みを浮かべつつ、話を続ける。一見して柔和な表情だが、それにはどこかうすっぺらさがあった。

 

「そうだ、治療を頼みたいのだが」

 

 俺は警戒しつつ、しかし不信感を露わにしないよう注意しながら、返答する。何か企みがあるにしても、曲がりなりにも相手は聖職者だ。よほどの無茶は言ってこないだろう。

 

「丁度一人、手の空いている聖女が居ます。一緒にこられますか?」

「ああ、そうしてもらえると助かる」

 

 一体何が表情の下にあるのか、俺はそれを警戒しつつ、ついていくことにした。

 

 

――

 

 

 聖女・聖者とは、教会で最高峰の実力を持つ者の称号である。

 

 教皇を頂点とした教会組織だが、枢機卿たちで構成される方針決定などを行う政治的な部分と、聖女たちによって纏められる実務を行う部分がある。そして、そのどちらも最高権力は教皇という事になる。

 

 つまり、今俺たちを案内しているのは、教会政治で二番目に偉い役職の男で、これから会うのは実務的な方で二番目に偉い役職の女性だった。恐らく、横にいるティルシアも巡礼が終わればどちらかのルートを辿っていく事だろう。

 

「どうかしましたか?」

「いや、何でもない」

 

 教会内の政治で成り上がっただけあって、彼自身にはアルカンヘイムの壁より外側への興味はないんだろうな、などと失礼なことを考えて横顔を見ていたら、声を掛けられてしまった。少し不躾だったと反省する。

 

「それにしても、私達はあなた方冒険者に少なからず感謝しているんですよ」

「感謝?」

 

 思わず聞き返していた。隣にいるティルシアも首をかしげている。

 

 冒険者は、一般的に言えば社会の最底辺である。浮浪者や野盗に比べればさすがにそれよりは上だが、金もなく、人のつながりも信用もない、食い詰めた人間が最後になる職業が冒険者か傭兵である。家柄や素質に恵まれ、泥を啜るような事とは無縁の聖職者とは、恩義やそう言った事とは無縁のはずだった。

 

「ええ、魔物を倒す事が生業でしょう? 聖職者はアンデッドのみしか倒せませんので、奴ら以外を殺してくれる冒険者にはいつも感謝しています」

「別に俺たちは絶滅主義じゃない。その感謝はお門違いだ」

 

 俺達が魔物を倒すのは、人間の生活圏を守るためという側面が強い。その目的のためであれば魔物を保護することもする。そういう行動原理となっていた。

 

「ふふ、感謝や恨みとは、自分が意識していなくてもされるものですよ」

 

 そう言って、オーストン枢機卿は一つの扉を開ける。それは木製ながら両開きで、重厚な雰囲気を持っていた。そしてその内部は、その扉に相応するように広く、いくつもの調度品に囲まれていた。

 

 その中心にあるテーブルには、一人の女性が腰かけており、扉を開けた俺たちを確認すると、軽く会釈をして口元を緩めた。

 

「御機嫌よう、オーストン枢機卿」

「ああ、元気そうで安心しましたよ、シスター・ライラ――さて、彼女は教会所属の聖女、そのうちの一人です」

 

 オーストン枢機卿は、俺とティルシアに椅子を勧めると、自分も席に着いた。そして俺たちの状況を聖女に伝えると、こちらに向き直る。

 

「解呪の条件は、喜捨を金貨三〇〇〇枚、そしてとある魔物の討伐を受けてくれることを条件としています」

 

 そう言って、オーストン枢機卿は羊皮紙を一枚俺の方へ差し出した。なるべく早くギルド本部へ向かいたいが、可能ならば、後で受けるという事もできないだろうか、そんな事を考えながら、俺はそれを確認する。

 

 

――神竜討伐

 オース皇国北部、魔物圏との境界付近に、神竜種が一頭存在している。今回はその討伐を依頼したい。対象の特徴は――

 

 

「論外だ」

 

 俺はそこまで読んで、羊皮紙を机に投げ出した。

 

「なっ!? 何故ですか!? 白金等級の白閃が、神竜種の単独討伐を成し遂げたという話は、我々も掴んでいるのですよ!」

「殺せるから殺すのでは、ただの殺戮者だ」

 

 現在確認されているシエル以外の神竜七頭のうち一頭は、このオース皇国北部の神竜だ。彼は人間と不干渉の立場を貫いており、あらゆる生物との接触を嫌っている。

 

「それに、間違いなくオース皇国にとって良くないことが起こる」

 

 神竜という強力な魔物がいることによって、オース皇国は北部からの魔物の侵攻を防げている。オース皇国の政府はおそらくそれを理解していると思われるが、教会にとっては、総本山のすぐ近くに神竜種がいるのが気に食わないのだろう。

 

「占術の類ですかな? 教会相手にそのようなことが――」

「視野が狭すぎる。神竜種を討伐させた実績を持って枢機卿としての地位をあげようとしたか?」

 

 俺は席を立つ、左肩の傷を治したいことは確かだが、殺す必要のない魔物、しかも神竜を殺すとなれば、話は別だ。ティルシアに目配せをすると、彼女は少し戸惑った後、俺に続くように席を立った。

 

「ま、待ちなさい! 教会以外でその傷を治せると思っているのですか!?」

「その神竜を倒した結果を考えれば左肩くらい諦めがつく」

 

 そう言って、俺たちは唖然としている聖女と枢機卿を置いて部屋を出た。

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