俺は基本ソロの剣士なんだが、自称凄腕の盗賊とバディを組まされている。~お兄さんってぇ、陰キャのぼっちですよねぇ~   作:これ書いてるの知られたら終わるナリ

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市街地防衛1

 やらかした。

 

 魔法灯の下で、私は自分の過ちを反芻している。

 

 雪が外套に触れて、溶けることなく滑り落ちていく。鼻腔や唇の先に引きつったような痛みを感じて、私は思わず両手を顔の前に持ってきていた。

 

「はぁー……」

 

 身体の中に燻ぶっていたもやもやした気持ちと一緒に、肺に溜まった空気を吐き出す。一瞬だけ暖かな湿った空気にあてられて、痛みが和らぐ。

 

 外套を直すと、私は歩き出した。

 

 周囲の人通りはそこまで多くなかった。もう既に日没から時間が経っているので、歩いているのは冒険者崩れの夜盗と娼婦、後は仕事が遅くまでかかった傭兵くらいしかいない。

 

 それにしても寒い。一人で居ることがこんなに寒いとは思わなかった。私はもう一度両手を顔に寄せて息を吐く。

 

「……あ」

 

 暖かな光を求めて、自然とギルド併設の酒場へと足が向いていた。私はそのことに、入り口の前まで気付かなかった。

 

 お金は無い。あの人たちは、私に何も持たせてくれなかった。当てはないけれど、この寒さに耐えることはもうできそうになかった。

 

 出入りする他の冒険者に紛れて中に入ると、暖かな空気が身体をつつむ。暖炉の近くで身体を温めている集団が居たので、私は彼らに交じって暖を取り始める。

 

 隣に座っていた冒険者が、髪に掛かった雪を見て、暖かい場所を譲ってくれる。何でもない優しさだったはずなのに、私はその温かさに涙が出そうになった。しばらく当たっていると、ツインテールと外套についていた雪が、じんわりと溶けて身体を濡らしていく。

 

 それが気持ち悪くて、私は外套を脱いだ。素肌が外気に触れて身震いするけれど、それは一瞬のことで、すぐに暖かい空気が身体をつつむ。

 

 私の服装はホットパンツにビキニトップ。かなりの薄着だけれど、私のクラス的には最適の服装だった。それに、この服には体温をある程度調節する効果があるので、見た目よりはずっと暖かい。見た目通りの涼しさから、厚手の長袖を着るくらいまでを調整してくれるようになっている。

 

 身体がじんわりと温まってくると、パーティごとの楽しげな会話が聞こえてきた。

 

 例えば、今日の依頼はきつかったとか、楽だったとか、そういう話をしながら、お酒を飲んだり、食べ物を食べたりしている。それをなんとなく羨ましいな。と思っていると、別の方向から大きな笑い声が聞こえてきた。

 

「ガハハハッ!! 今日は運が悪かった! 飲んで忘れようぜお前ら!」

「失敗がなんだ! 死ななきゃチャンスはある!!」

 

 依頼に成功するパーティもいれば、失敗するパーティもいる。それは分かっている。だけど、失敗しても笑っていられるパーティがあるのは、私は知らなかった。

 

 暖かく、優し気な空気に触れたいと思って立ち上がりかけるけど、私の脳裏にパーティを追い出されたときの記憶がよみがえる。

 

 もう、パーティの皆から叱責されるのは嫌だった。

 

 暖かい空気も、信頼し合える仲間も、うるさいくらいの笑い声も、全部が恋しい。けれど、二度と私はその中に入れない。入ってはいけない。

 

 きっと、いつかみんなを失望させてしまうから。

 

 そうこう考えているうちに、私以外の冒険者は明日に備えるために酒場の二階へ上がっていく。私は、酒場に居る人が徐々に少なくなっていくのを、恨めしく見ている事しかできなかった。

 

 人が徐々に減ってくると、静けさと共に、一人で居る自分が、だんだんと周囲から浮いているような気がしてくる。

 

 どうしよう、どうしよう。

 

 左右を見渡しても、私と同じように一人で居る冒険者はいなかった。

 

 こんなに人がいる中で、私は誰一人として知り合いがいない。それが心細かった。身体が温まったからと言って、心の奥が冷え切ったままでは、身体が動かない。

 

 酒場のフロアに誰も居なくなるまで、私は一歩も動けなかった。

 

 

――

 

 

 炎竜を討伐した俺たちは、次の街へと向かった。

 

 山を二つ越え、川の畔にあるその街は、前の街ほどではないが、近くに川が流れているだけあって、水運を主とした交易で栄えている。

 

 そういう訳で、この街の酒場もかなり栄えている。木目を基調とした落ち着いた雰囲気の店内で、冬の入りだというのに、暖炉に火がくべられていた。

 

「お兄さーん、またいつもみたいに飲んだくれてるんですかぁ?」

 

 盗賊女が隣の席で、カウンターによりかかってニヤニヤと笑みを浮かべている。ホットパンツにビキニトップといういつもの格好は変わらないが、その上から先日買ってやったコートを羽織っているので、シルエットはかなり変わっていた。

 

「前回の炎竜討伐から、ろくに依頼をこなしてないじゃないですかぁ」

 

 あまり着ている時間が長いと、摩耗も早いので必要のない時は脱ぐように言った。しかしどうも気に入ったらしく、その上、丁度これから寒くなるという事なので、彼女のしたい様にさせている。

 

 俺はこいつの言う事を無視して、蒸留酒を口に含む。果実のような匂いが鼻から抜けていき、ため息が漏れた。

 

「白金等級って言ってもやっぱりピンキリですよねぇ。常に忙しなく依頼を受けて、人の役に立つ冒険者も居れば、こんなところで、お酒ちびちび飲んでるお兄さんみたいなのも白金等級なんですから」

 

「キサラ」

 

 俺は盗賊女の名前を呼ぶ。

 

 ついこの間まで忘れていたが、こいつがあまりにもうるさいので覚えなおした。まさか山を二つ越える間、ずっと言われ続けるとは思わなかったが。

 

「何ですかぁ? お兄さん」

「追加でデザートが欲しいならそう言え」

 

 カウンター近くを通りがかった給仕に、二言三言伝えて、バニラアイスを二つ注文する。

 

「えへへぇ、分かってるじゃないですかぁ」

 

 しばらく後、小さな器に盛られたアイスが二つ、俺とキサラの前に置かれる。

 

――バニラアイス。

 牛乳とバニラの種子、そして砂糖を原料として氷属性魔法で仕上げた逸品だ。流通や原材料の関係で決して安いものではないし、珍しいものでもあるのだが、俺には少し試してみたいものがあった。

 

「それにしても、お兄さんってそんな外見なのにスイーツが好きなんてキモいですよねぇ」

 

 そう言いながら、キサラはスプーンでアイスを一掬いして、それを口に運ぶ。目を閉じてほれぼれとした様子でため息をついたのを見て、俺はバーテンダーに琥珀色の蒸留酒をショットで注文し、それをバニラアイスに垂らした。

 

 あたたかな色をした流れが冷たく白いアイスに触れて、琥珀色を白く濁らせていく。蒸留酒の温度で溶けたアイスを掬って口に運ぶと、アルコール特有の苦みとアイスの甘く冷たい感触が混ざり合い。味覚を楽しませてくれる。

 

「あ! お兄さんおいしそうな食べ方してる! ワタシもやりたい」

 

 昔、どこかの酒場でちらりと聞いた「おいしい食べ方」を実践できたことに満足していると、キサラが甘えるような声を出してきたので、俺はショットグラスに残った蒸留酒を手渡してやる。

 

 彼女は喜々としてそれを受け取ると、恐る恐るアイスにかけて、それを口に運ぶ。その後、嬉しそうに目を細めていたので、キサラにとってもこのアレンジは成功だったらしい。

 

 彼女の嬉しそうな反応を見つつ、俺は元々あった蒸留酒を飲み干す。アイスの冷たさに麻痺した喉は、アルコールが焼ける感触も残さずに、臓腑へと落ちていく。空のグラスを机に置くと、中に入った氷が涼しげな音を立てた。

 

「っ……」

 

 蒸留酒とアイスの組み合わせを楽しんでいると、いつの間にかキサラが俺の外套を掴んでいた。一体どうしたのかと声をかけようとしたが、その手が震えていることに気付いて、俺は思わず言葉を飲み込んだ。

 

 周囲を見回すが、そこには冒険者しかおらず、何におびえているのか見当がつけられない。

 

「あ、あの、お兄さん、ちょっとお部屋に戻りません? ワタシ、ちょっと酔っちゃったみたいでぇ」

「……ああ」

 

 キサラは基本的に酒を飲まない。強いほうではないというのは確かにそうではあるが、アイスに掛かった蒸留酒程度で気分が悪くなるはずがない。

 

 俺は立ち上がり、バーテンダーにギルドの口座を教えて代金を付けておくように言うと、キサラを連れて二階の階段へと向かう。

 

「あ? おい! お前、キサラじゃねえか?」

 

 階段に足をかけた段階で、背後から声が掛かった。外套を握る手がぎゅっと強くなり、俺は足を止めた。

 

「へっ、久しぶりだな、まだ冒険者を続けていられるとは驚きだ」

 

 キサラの手は小刻みに震えている。俺は彼女の雰囲気を察して、足を再度進める。どうやら会いたくない相手なのは確かなようだ。

 

「おい待てよ兄ちゃん!」

 

 しかし、声の主は俺を呼び止めた。どうやら余程こいつに恨みがあるらしい。ため息をついて振り返ると、髪を短く刈り込んだ男が、椅子に座ったまま赤ら顔をこちらへ向けていた。

 

 装備から見るに弓手か、武具の手入れ具合から、あまり練度は高くなさそうだ。

 

「親切心から忠告してやるぜ、そいつは役立たずだ。早いとこコンビを解消することをお勧めするぜ」

 

 周囲の空気が一段階冷える。他人のパーティメンバーを貶すことは、宣戦布告に等しい。それが酒に酔った勢いだとしてもだ。

 

「忠告助かる。だが、それは大きなお世話だ」

 

 とはいえ、こんな場で大立ち回りをするほど喧嘩っ早くはない。俺は外套をはだけて白金等級の印章を見せた。

 

 周囲がざわつく、それはそうだろう。白金等級の冒険者に喧嘩を売る馬鹿などそうはいない。

 

「っ……」

 

 弓手は歯噛みして俺を睨む。酒の勢いとはいえ、喧嘩を売った相手があまりにも悪すぎた。しかし、引っ込みがつかないのだろう。彼はさらに言葉を続ける。

 

「あー、なるほど! そういう趣味なのかお前は! こいつは参っ――」

「馬鹿っ! お前なんてことを言うんだよ! ……すいません! うちのリーダーが変なことを!」

 

 近くにいた男が弓手の口を塞ぐ。さすがに白金等級相手に喧嘩を売るのは不味いと思ったのだろう。必死な顔を見て、俺は思わずため息が出た。

 

「酒の勢いで言うなら、そもそも酒を飲むな」

「はい! すいません! よく言っておきますっ!!」

 

 弓手の男は未だにもごもご言っていたが、俺は相手にしなかった。キサラの背中を押して、割り振られた部屋へ向かう。

 

「ロウエン! 何やってんだ!!」

「許してもらえたからいいものの……」

「次やったら俺達も庇い切れないからな!」

 

 背中にそんな会話を聞きつつ、俺は扉を開けた。

 

 

――

 

 

 あてがわれた部屋は複数人向けの部屋だったが、部屋の仕切りは無く、簡素なテーブルと椅子が二脚、そしてベッドが二つ並んでいるだけだった。

 

「調子が悪いなら寝ておけ」

「……うん」

 

 俺はキサラをベッドに座らせると、椅子に座って装備をテーブルに並べ始める。

 

 革のバンデージを巻いた両手剣を立てかけ、採取用のナイフ、外套、常備薬等が入った収納袋をテーブルに並べる。収納袋から道具箱を取り出して、一つ一つの装備を確認する。ほつれや欠けがあれば修繕か買い替えの必要があった。

 

 魔法灯の光を反射させて、採取用ナイフの刃こぼれを確認していると、小さな歪みがあった。両手剣はともかく、採取用ナイフは消耗品だ。あまりに目立つようなら買い替えも視野に入れていいが、このくらいなら砥石で何とでもなるだろう。

 

 手入れの必要なものを別にして、他のチェックへ進む。幸いなことに、回復薬の使用期限が迫っている以外は問題無かった。

 

「で、どうした?」

 

 キサラに声をかけつつ、道具箱から砥石・油・布の三つを出して手入れしはじめる。彼女は部屋のベッドに腰掛け、浮かない表情のまま動こうとしない。

 

 大体の見当は付く。あいつは元パーティメンバーで、何かしら仲違いをして追放なりなんなりされたんだろう。

 

「まあ、話したくないならそれでいい。ただ、俺はお前が何だろうと気にしない」

 

 ゆっくりと反射を調整して、歪みが無いことを確認していく。歪みが無いことを確認して、俺は油をしみこませた布で全体を拭いていく。

 

 刃物の油は多すぎれば刃が滑り、少なければ刃が通らないし、刃こぼれも起こりやすくなる。微妙な調整が必要で、これは人ごとにベストな量が違う為、自分で見つけていくしかない。この手入れをどれだけやってきたかが、冒険者としてどれほど優秀か計る指標の一つだった。

 

「あいつ……昔、私が居たパーティのリーダーなんです」

 

 手入れを終え、荷物の整理を始めた段階で、キサラがようやく口を開いた。

 

「私のミスで依頼が失敗して……えと、頑張ったんですけど……でも罠に気付かなくて、死人は出なかったんですけど……」

 

 ぽつりぽつりと語るその調子は、消え入りそうなほどで、いつもの挑発的な物言いからはとても想像できなかった。

 

「そ、そう! あの時のリーダーが酷くて、ワタシの言い分何にも聞かないで、それで追い出したんですよ! それって酷く……ないのかなぁ……みんなすごく怒ってたし」

 

 外套をドア近くのフックにかけると、俺は全てをしまい終えた収納袋と、両手剣を持ってベッド脇の壁に立てかける。明日出発する時はこの二つを持てば大丈夫だろう。

 

「やっぱり私、お兄さんと組むの迷惑ですかね? こんなダメダメな盗賊じゃ……」

 

 寝る準備を終えた段階で、俺はキサラに向かい合うように腰掛けた。

 

「迷惑だと思ったことは無いな、あと、もう一度言うが、俺はお前が何だろうと気にしない」

「えっ、じゃあ――」

 

 ビキニトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃああああああああああああ!!! 何ですか!? 今完全にこれをやる流れじゃなかったでしょ!!?」

「いや、元気が無いなと」

「おっぱい他人に見られて元気になる女の子がどこに居るんですか!?」

 

 随分元気になったように見えるが。とは言わないでおいた。

 

「っ……何にしても、お兄さんにそういうこと聞くこと自体が間違ってましたね。陰キャでぼっちなお兄さんに構ってあげる人なんて、ワタシくらいしか居ませんし?」

「ああ、そうだな」

 

 俺はそう答えると、背を向けてベッドに横になる。古びたスプリングが、少し過剰なほど身体を優しく包み込んだ。酔うほど飲んではいないはずだが、今日はぐっすりと眠れそうな予感がする。

 

「そうですよぉ、お兄さんはもっとワタシに感謝――え? ちょ、ちょっとお兄さん」

 

 キサラは俺の言ったことが気になるのか、背中越しに声をかけてくる。しかし俺は鬱陶しいので無視を決め込んだ。

 

「いや、そうは言っても白金等級だけあってパーティを組もうとかそういう話もあったんじゃないですか? ほら、お兄さんも冒険者生活長いですし」

「……」

「え、嘘っ? もう寝てるとか寝つきよすぎないです?」


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