俺は基本ソロの剣士なんだが、自称凄腕の盗賊とバディを組まされている。~お兄さんってぇ、陰キャのぼっちですよねぇ~ 作:これ書いてるの知られたら終わるナリ
ランカスト家は、代々剣士の家系で、こと一対一の決闘においては、アバル帝国でも並ぶ者がいないほどだった。
浅黒い肌に燃えるような赤毛、それがランカスト家の誇りであり、剣を振るごとに熱を帯びたような旋風が巻き起こる。吟遊詩人の語る英雄物語では、一部を除いてランカストの血統をモデルにしたような主人公が、一種の定番となっていた。
「おい、出来損ない」
赤毛を長く伸ばした男――戸籍上は俺の兄になる彼が、俺を呼ぶときは決まってそう呼ぶ。
「ブラド義兄さん。何か用ですか?」
「廊下を歩くときはフードを被れといつも言ってるだろう。その軟弱な見た目がうちの家系と見られるのは恥だ」
「ああ、それはすみません」
俺をあからさまに見下したその言葉に、俺はローブを頭から被りなおす。アバル帝国の夏は高温多湿で、フードを被っていると暑くてしょうがないのだが、彼には逆らわないほうが良い。
「ちっ、飯の前だっていうのに嫌なもん見ちまった」
そう言うと、彼は廊下を歩いていく。その姿が見えなくなったのを確認して、俺はフードを取る。彼以外にも配慮して被ったまま生活するのは、暑くてやっていられない。
彼が俺を見下す理由はいくつもある。その中で最大の理由は、やはりこの見た目だろう。
父が妾として囲っていたイクス王国出身の娼婦、それが俺の母親であり、彼女の持つ金髪碧眼に色素の薄い肌を受け継いだ俺が、この家に住む人間として加えられたのが気に入らないのだろう。
俺は彼と……いや、ランカスト家の人間とは一度も食事を共にしたことはない。母は俺が小さいころに死んでいるので、ここ十数年は、一人で食事をとっていた。
表面上は邪険に扱っていないのは、月に一度だけ父が顔を見にくることからも察せられた。だが、それは逆に俺の孤立をありありと示していた。
父の瞳には、憐憫とも侮蔑ともつかない感情が込められており、厄介なものを作ってしまったという思考が透けて見えるほどだった。
それでも俺は、殺されないことに感謝している。アバル帝国は軍事国家なだけあって、実力主義だ。殺そうとすれば殺せるだろうし、俺の存在が露呈すれば、間違いなく醜聞となる。むしろなぜ生かされているのか不思議なくらいだった。
「あ、兄様」
声を掛けられて振り向くと、ランカスト家の特徴を色濃く受け継いでいる女がそこに居た。年の離れた義妹だ。
「シェリー様、私などを兄と呼ぶのはおやめください」
俺は、彼女の親しげな表情から逃げるように視線を逸らす。逸らした先の調度品には、彼女と対照的な姿をした自分が映っていた。
「そんな事を言わないで、ねえ、兄様、わたくし、とても良い茶葉をいただきましたの、よろしければ――」
「剣の鍛錬がありますので、この辺りで失礼します」
彼女の言葉を遮って踵を返す。以前この女の口車に乗って、父に顔が腫れ上がるほど殴られた経験がある。表面的な態度で心を許すのは、馬鹿馬鹿しい事だった。
美しく、整った顔立ちの義兄と義妹は、ランカスト家の希望だ。
この家は、剣術と軍事力で現在の地位を得た。だが、代々この血統は容姿には恵まれなかった。荒々しく剛毅そのものな風貌で、とても異性に好かれるような容姿ではない。吟遊詩人がこの家系そのものをモデルにしないのは、そこに理由があった。
そんな中で生まれたのが、ブラド・シェリーの兄妹である。兄は成長するにつれ、武功や剣術大会で名を轟かせるようになり、妹は舞踏会の華となっていった。
そんな二人の陰に隠れるようにして、娼婦の子供である自分は、ランカストの名も与えられないまま、屋敷で生活をしている。
「おう、来たか腰抜け」
鍛錬場に向かうと、名目上の師匠からそんな事を言われた。
「昨日の今日でここに来たのは褒めてやろう」
「ありがとうございま――」
言葉を言い切る事は出来なかった。
防具を付けていない腹部に木剣が深々と食い込み、俺は肺の息を全て吐き出すようにしてうずくまる。
「よーし、じゃあ今日も鍛錬していくか」
「っ……はっ、よ、よろしく……お願いしま――」
再び言い切るよりも前に脳天への振り下ろしが来る。勿論俺はそれに打たれて倒れこむ。
「へへっ、今日もどんどん行くぞー」
誰かの命令か、単純にこいつの趣味なのかはわからないが、鍛錬場で俺は毎回足腰が立たなくなるまで打ちのめされる。
剣の握り方など、最初に軽く教えられただけだ。あとはひたすら俺を木人に見立てた、こいつのストレス解消が続く。
月に数度、義兄の鍛錬を地面に倒れ伏しながら見たことがあるが、彼は凄まじい勢いで上達を続けており、俺でストレス解消を行っているこの男も、彼相手の時は真面目に稽古をつけているように見えた。
どうやらこの家は、俺をストレス解消用の人形か何かだと思っているらしい。
殺すのが目的なら、秘密裏に殺せるはずだ。なぜここまで回りくどい事をするのか分からない。だから、殴っていい存在、虐げて良い存在として俺を置いて、家自体が円滑に回るようにしているのだ。
「ふぅ、今日はこのくらいにしておくか、御前試合もあることだしな」
俺が立ち上がらなくなったのを確認すると、男は血の滲んだ木剣を放り投げて帰っていく。俺はその姿を地面にはいつくばって見ていた。
――
「姫様ー、妹君がお呼びですよ」
俺はエリザベス殿下の部屋をノックする。廊下では侍女や文官が数人ぱたぱたと歩いており、それがシュバルツブルグ王城――ディ・ヴァイスの日常風景だった。
ただ単に「白」というあまりにも抽象的な由来を持つこの城は、名前の通り純白の大理石で内装が彩られている。その城には、二本の塔があり、片方がデア・ブラウ、もう片方がデア・ロート、各々青・赤という言葉が語源となっている。
青と赤……数か月前に王国貴族たちを二分した後継者争いの青派・赤派はこの塔が由来だ。姫様――エリザベス第一王女を中心とした派閥が青の塔に集まったから青派、妹君――ヴィクトリア第二王女を中心とした派閥が赤の塔に集まったから赤派。割と単純な名づけだ。まあ現在は赤派も青派もなく、政局も随分安定している。忌々しいが、あの冒険者野郎のおかげという訳だ。
黒い都に白い城が立ち、城の中に青と赤の塔がある。暗褐色に統一された町並みがあるシュバルツブルグだからこそ、色に対する特別な思いがあるのだろう。
「姫様ー?」
さて、それはそれとして、殿下の反応がない。周りにいる侍女たちも苦笑いをしている。つまり「いつもの」ということだ。
「入りますよー」
そう言うと同時に、俺はドアを開ける。想像通りというかなんというか、咎める人はおらず、窓が大きく開け放たれている。
一つ溜息をついて、窓の外を見る。下の植え込みを見ると、明らかに生け垣がへこんでいる。うん、脱走経路が分かりやすくていいな。
俺は窓を閉じてカーテンの形を直すと庭師に修繕を頼んでから城下町に繰り出す事にした。
「あっ、リュクスさん! お疲れ様です」
庭師がどこにいるのか探していると、侍女の一人が声を掛けてくれた。
「おー、お疲れ、休憩中?」
「はいっ! リュクスさんは……いつものですか?」
「はは、そうそう、元気なのはいい事なんだけどねー」
姫様が城を抜け出して城下町へ遊びに行くのは、それこそ俺が彼女に仕え始めるよりもずっと前から、日常茶飯事の事だった。
「あ、そうだ。エリザベス殿下の部屋あたり、生垣を修繕するように庭師さんに言っておいてもらえるか?」
「いいですよ、あ、そ、それと……」
何かを思い出したように、彼女はスカートのポケットを探り、可愛らしい包みを取り出して見せた。
「えと……余った食材で焼き菓子を作ったんです。良ければ食べてくださいっ!」
「お、いいねえ、甘いものは大好きだよ。ありがとう」
包みを受け取って、内ポケットにしまう。とりあえずは庭師に声を掛ける必要もなくなったし、早いとこ城下町まで行ってしまおう。
「じゃ、一応急いでるからまたね。味の感想は今度いうよ」
「はいっ、よろしくお願いします!」
妙に畏まった受け答えをする侍女に笑みを返しつつ、俺は城下町へ急ぐ事にした。