俺は基本ソロの剣士なんだが、自称凄腕の盗賊とバディを組まされている。~お兄さんってぇ、陰キャのぼっちですよねぇ~ 作:これ書いてるの知られたら終わるナリ
翌日以降も、難度の高い依頼は張り出されることはなく、俺達はただ掲示板とにらみ合う日々が続いていた。
「あっれぇ? お兄さんってば依頼を選り好みしてるんですかぁ? 腕が立つからってお高くとまり過ぎじゃないですぅ?」
キサラの言う事は半分は当たっている。冒険者と魔物に等級があるように、依頼にも革から白金まで等級がある。俺はその中から金等級以上の依頼しか受けないことにしていた。
理由としては後進の育成機会を奪わない配慮など、いくつもある。その中で、下級の依頼は誰でも受けられるが、金等級以上の依頼は受けられる人間が限られて来るから、というものが最も大きい。
加えて、金等級の依頼は緊急性も高く、即応することが求められる場合が多い。依頼を出したが受けられる人間がおらず、守るべき集落が破壊される。などという状況には、極力陥らないように心掛けなければならないのだ。
「そもそもワタシと二人なんだから、受けられる依頼がそもそも……」
キサラが言葉を切ったのを不思議に思い周囲に気を配ると先日のパーティが依頼を物色していた。確かリーダーはロウエンという男だったか、等級は銀で、この間見たギルド登録者目録では、中堅あたりの評価だったはずだ。
「依頼番号『銀ー〇一〇四』を受注したい。パーティの識別票は……」
彼は俺たちを気まずそうに一瞥した後、この町近郊で発生した豚鬼の討伐依頼を受注したようだ。黙りこんで震えているキサラを撫でてやりながら、それとなく視線で追うと、彼らは俺たちに構うことなくギルドを出発していった。
「もういいぞ」
「……」
頭を二、三回小突いてやると、キサラは周囲の様子を窺ったあと、大きく胸を張った。
「ふ、ふふふ、お兄さんってば、ワタシへの気遣いができるようになったじゃないですかぁ。この調子なら友達の一人くらいは、なんとか出来るんじゃないですかぁ?」
「要らないな」
パーティを組む利点は考えるまでもない。総合火力、対応力、弱点補完……むしろこれらの利点はソロで活動するデメリットをありありと示している。
だが、俺はソロを貫いてきた。欺瞞に満ちた会話や薄っぺらい信頼を信じたところで、最終的に待っているのは裏切りや追放なのだ。俺に言わせれば結局のところ、実力がものをいう冒険者稼業では、他人という不確定要素は、足枷でしかない。
「うえぇー、お兄さんって陰キャでぼっちな上にコミュ障じゃないですかぁ、もしかしてコミュ障だから陰キャでぼっちになったんですかぁ?」
「否定はできないな」
小馬鹿にしたような調子でキサラが俺をなじるが、言い逃れができないので、そのまま受け取る事にした。
「クスクス、お兄さんかわいそー……っ!?」
そのまま俺への嘲笑を続けていたキサラだが、何かに気付いたように自分の外套をぎゅっと着なおした。
「どうした?」
「また上着ずらされるかと……」
「今そんなことするわけないだろ?」
「いやいや、お兄さん結構やりますよ……」
「そうか?」
キサラの話はともかく、俺は今日も身体を動かした後に酒場へ向かう事にしたのだった。
――
集落から近い森の中、少しだけ開けた場所に、俺たちのパーティは野営の準備を進めていた。
日が落ちそうな夕方、俺は剣を構えている。剣自体は片手半剣程度の大きさで、大人であれば楽に扱えるものだった。しかし、俺には少々重量があり過ぎて、何とか両手で扱えるギリギリのものだ。
一歩踏み込み、剣が交わる音が響き、俺は再度距離を取る。目の前にいるのは壮年の剣士。片手剣を肩に担いで、不敵な笑みを浮かべている。
「おい『――』、また息が上がってるぞ、体力配分を考えろ」
「っ……すぅー、はぁっ」
剣士に言われて、俺は呼吸を整える。
――戦いの中で呼吸が乱れるような動きをしていては、長生きは出来ない。
彼に直接口頭で教えられたのは、そのことのみだった。あとは気の遠くなるような回数の打ち合いと組み手、息が乱れれば即座に指摘され、その度に俺は深呼吸をする。
汗は引かないが、呼吸は落ち着いた。俺は再び剣士と距離を詰める。
俺のあらゆる攻撃は、いなされ、撃ち落され、弾かれる。すべての攻撃が無意味なのではと思うほど、彼の剣技は素晴らしいものだった。
「くっ……!」
あまりに長い時間握っていたからか、握力が弱っていたところに武器へ強烈な打撃を与えられて、俺は剣を落としてしまった。
「はい、これで終わりだな?」
武器を拾おうとした瞬間、鼻先に剣を突き付けられて、俺と剣士の組手は終了した。
「……参った」
「へへっ、だから言ったろ、木剣なんか必要ないって」
訓練とはいえ、実戦用の剣を使うのはやめたほうがいい。そう言った俺に対して、剣士は鼻で笑ってそんな必要はないと返した。
実際その通りで、俺は一回も打ち込みが成功したことは無かった。
「訓練で息が上がる程度の実力じゃあ、俺に一発入れるのは無理だ」
実際の戦闘では、ベストコンディションからどんどん下がっていく。その下降曲線をどれだけ緩やかに出来るか、それを考えて立ち回る必要がある。それが彼の考えだった。
「よし、じゃあ次は走り込みと基礎体力作り、型と芯のブレに気を付けろよ」
剣士は大きくあくびをして、背を向ける。俺は彼の言葉に従うほかなかった。
「待って、『――』」
走り込みに向かおうとした時、俺を呼び止める声が聞こえた。振り向くと、美しい金髪を持った柔らかな雰囲気の修道女が小走りでこちらへ向かってきている。
「肘、怪我してるでしょ。見せなさい」
見ると、確かにどこかで引っ掻いたのか、赤い線がかすかに入っていた。
「いいよ、これくらい」
「ダメよ、どんなに小さな傷でも致命傷に繋がるわ」
痛みもないし血も止まっているので、治療の必要もないと思ったのだが、彼女に却下され、治癒力強化の魔法を掛けてもらう。
「……ありがとう」
「どういたしまして、夕飯までには戻ってくるのよ」
「『――』、夕食後にちょっとだけ時間あるか?」
治療の終わった俺に、リーダーである騎士が話しかけてきた。
「そろそろ本格的に依頼について来てもらうし、お前もそのヨレヨレのレザーアーマーじゃカッコがつかないだろ、採寸して新しいの買ってやるよ」
「ああ、わかった」
その言葉を聞いて、俺は喜びで跳びあがりそうになるのを何とか抑えた。
走り込みと腕立て、腹筋、スクワットを各々一〇〇回三セット。俺は浮ついた気分のままそれらをこなしていった。
――
「くかー、くかー……」
懐かしい夢から目覚めると、周囲は未だに暗かった。隣のベッドではキサラが暢気に寝息を立てている。
寝直そうかと布団を被るが、一度覚めてしまった意識は眠りを拒否してしまう。俺は仕方なく布団をどかして起きることにした。
寝る前にも確認した収納袋と両手剣の位置を、もう一度確認して、俺は窓を開けて東の地平線を見つめる。川を挟んだ先に山が連なり、その輪郭は赤みが掛かったように光を蓄えていた。
「んぁ……あれ、お兄さんまだ起きてるんですか……?」
肌寒い早朝の空気が部屋に入ってきたのか、キサラが目をこすりながら起き上がった。
「ああ、少し眠れなくてな」
今は早朝で、俺は今起きたところだ。そういうのは簡単だが、日も登っていない今、その説明をするのは面倒だった。
「ダメですよぉ、ワタシみたいに、しっかり睡眠を取らないと……お肌に悪……ふぁあぁ……」
無防備にあくびする彼女を見て、小さく息を吐く。少し力が入り過ぎているのかもしれない。
「分かった。眠っておこう」
眠れないとしても、布団の中で目を瞑っていれば身体も休まるだろうか。そう考えて、俺はベッドに戻ろうと窓際から離れる。
「……」
ふと、ドアの向こう側で人が歩く気配を感じた。忍び足ではない。かといって俺のような人間が、朝の散歩に出かけるようでもない。取り繕う余裕もなく、ただ速さのみを考えた足運びだ。
「白閃様! 緊急の依頼です!」
「わきゃっ!?」
案の定、ドアが乱雑にノックされ、名前を呼ばれる。俺は収納袋と両手剣を背負って、跳び起きたキサラを横目にドアを開けた。
「起きてください! 起き――」
「どうした?」
騒ぎ続ける訪問者の言葉を遮るように、俺は扉を開ける。そこにはギルドの職員が立っていた。
「あっ、その、おはようございます! 緊急の依頼でして……詳しくはこちらを!」
ギルド職員は、読み上げる時以外は依頼内容を口にしない。それは口頭で説明した結果、齟齬が発生するのを避けるためだ。俺は職員から依頼書を受け取り、内容を確認する。
――市街地防衛依頼
この町の近郊まで、豚鬼を中心とした金等級の魔物を含む群れが接近中との情報が入った。今回、市街地の被害を抑えて魔物を討伐する事が依頼となる。集合場所はギルド前広場であり、作戦開始は本日太陽が昇った瞬間。
報告によれば金剛亀や竜種の存在も確認されており、参加者の等級は最低でも銀以上に限定する。
報酬:結果と成果を勘案し、金貨一万枚を分配。
「なるほど、受けよう」
俺は内容を確認すると、依頼書を巻いてキサラに投げつけた。彼女は内容を確認すると、慌てて身支度を開始する。
職員は感謝を述べて、次の部屋を乱暴にノックしていく。緊急の依頼はこういった形で出されることが多い。
「……キサラ、行くぞ」
俺は外套に袖を通し、準備に手間取っている彼女に声をかける。
「わっ、とと……ふふーん、お兄さんもワタシの重要性に気付いたようですねぇ?」
「お前も金等級の盗賊だろうが、人手はどれだけいても困らないからな」