俺は基本ソロの剣士なんだが、自称凄腕の盗賊とバディを組まされている。~お兄さんってぇ、陰キャのぼっちですよねぇ~ 作:これ書いてるの知られたら終わるナリ
作戦開始時間までに集まったのは、金等級パーティが一組、銀等級が三組、白金等級は俺一人だった。早朝という事もあり、準備を終えていない奴らもいる事だろう。今の時点でこれくらい集まれば上出来と言っていいだろう。
白金等級から銀等級までの人数比率は白金を一とした時、金等級が五、銀等級が一〇〇となる。銅等級以下は全てをひっくるめて二〇〇〇程度か、この比率を元に考えれば、これから先、金等級以上のパーティが加勢に来ることは無いだろう。そう判断して、俺は金等級を中心とした防衛線を構築させ、自分とキサラは金等級以上の魔物討伐を担当することにした。
「よく考えましたよねぇ、コミュ障じゃ連携が必要な防衛線には参加できませんし」
「行くぞ」
あおるような言葉をささやいてくるキサラに声をかけて、俺は両手剣に巻き付くバンデージの留め具を弾いた。
ばらけるようにして刀身を見せた無骨な両手剣を握り、魔物の群れが迫る方向へと駆けていく。
「よーし、頑張っていきましょう。どうせお兄さん一人いても、防衛なんて連携が必要なお仕事できませんしねぇ」
キサラの言葉は正しい。
俺が一人で町の一角を守ったところで、大勢は変わらない。局所的な戦果では大局を動かすことはできない。俺の戦力を最大限生かすならば、取りこぼしがあることが前提で、最前線で可能な限り魔物の勢いをそぐことだ。
街道まで出たところで、暁の薄明りの中、視線の先にくすんだ色の塊が見える。魔物の集団だ。俺は治癒力増強と持続治癒のスクロールを破り捨て、足を速める。
回復役も騎士役も範囲魔法もない自分には、回復をしている時間がない。持続的な回復を先にかけておき、怪我に備えるのが最良の対応だった。
魔物一匹一匹の姿を視認できる距離で、なおかつ道幅が広く、足元の安定した場所を選び、そこに陣取る。視線の先には豚鬼――醜悪な豚の頭を持った魔物が武器を手に雄叫びを上げている。
「歯を食いしばれよ」
「はぁー? お兄さんは誰に口きいてるんですかぁ? 凄腕のキサラちゃんにそんなこと言うとか、舐めすぎじゃないです?」
接敵の直前、キサラに声をかけたがいつも通り自信に満ちた応えが返ってきた。どうやら背中の心配はしないでよさそうだ。
「そうだった――なっ!」
「ブグギャアアアアアアッ!!」
雄叫びと共に迫りくる豚鬼の先兵を、袈裟口から反対の脇腹まで一刀両断して、戦いは始まった。
最初の一匹を切り殺したからと言って、集団の狂気に染まった魔物たちは止まる事は無い。だから俺は切り捨てた直後に一歩踏み込み、大きく横薙ぎに両手剣を振る。
「ブギィイイイイイイイイイ!!!」
数匹の豚鬼が断末魔を上げ、首や腕が宙を舞う。そこで初めて集団の先頭あたりが足を止める。
――仲間が殺された。
――こいつは強い。
――殺さなければ。
豚鬼たちの思考としてはその程度だろうか。という事はつまり、俺に敵意を向けている存在ばかりという訳だ。
「ブギィッ、ブギィイイッ!」
案の定、俺に向かって豚鬼たちが殺到する。
豚鬼は銅等級の魔物、束になって掛かってこられたとしても、それはたかが知れている。俺は両手剣を思う存分振り回して、なるべく目立つように戦いを続けていく。
「ブギャオ! ブギギィッ!」
戦いを続けるうち、豚鬼の一部が声を上げて、俺を迂回するようにして先へ進もうとする。道幅が広い場所に陣取ったのは、足元が安定しているからというのもあったが、最大は俺を避けさせるためだった。
街の防備は金等級が中心となっているし、銀等級はまだ増えるだろう。豚鬼程度ではたとえ一〇〇匹単位だとしても市街地に近づくことすらできないだろう。
……そう、豚鬼程度なら。
俺はそうなるように動く必要がある。相手が向かってくる状況は体力も考えればなるべく避けたい。加えて、豚鬼よりも等級の高い魔物を探し出して、町に近づく前に倒さなくてはならない。豚鬼という雑魚が俺を避ける状況は、俺自身にとっても好都合だった。
「ふっ……」
「ブギャッ!?」
距離を置き始めた豚鬼に飛びかかり、その顔面を踏みつけて周囲を見渡す。豚鬼の体格はそれなりに大きいが、金等級の魔物は大体が豚鬼よりも大きい。探すなら高い場所からのほうがいい。
「……居たな」
視線の先に一つ目の巨大な魔物、単眼鬼を見つけて居る方向へ両手剣を振り回す。既に彼我の力量差を認識していた豚鬼たちは、俺を避けるようにして道を開けていく。
「はぁっ!」
横方向へ一閃。単眼鬼の首を刎ね飛ばし、次の標的を探す。
「っ!?」
その瞬間、小さな影が足元を駆けて行った。視線で追うと、赤い頭部が見える。レッドキャップ――赤小鬼だ。
大きさとしては鉄等級の小鬼と大差なく、人間の子供程度の身長だが、その危険度は小鬼などとは比較にならない。
残忍な性格で、身のこなしが早く、知能も高い。赤小鬼数体に銀等級のパーティが複数個全滅させられたという話もあるほどだ。
どうにかして赤小鬼を町に到達する前に討伐しなければならないが、この密集した上に混乱している豚鬼の群れの中で追いかけるのは難しいだろう。
「グギャッ!?」
「くすくす、お兄さんのミスをカバーしてあげたんだから感謝してくださいよぉ?」
赤小鬼が首筋からナイフを生やし、倒れる。キサラの投擲したナイフが正確に首筋を捕らえていた。
「ありがとう。助かった」
「ま、まま……ま、まあワタシに掛かればこれくらい楽勝――ぴぇっ!?」
両手剣をキサラの頬を掠めるようにして突き出す。切っ先には豚鬼の顔面が刺さっていた。
「想像よりも豚鬼の数が多い。銀等級以上を狩りに行くぞ」
「は、はい……」
微かに震えた声で彼女は答えると、切り開いた道を付いてくる。
大型の高等級魔物を俺が、小型をキサラが処理をする。俺たちは最初に決めたセオリー通りに、魔物の勢いをそいでいく。実際に町を守る奴らの負担を下げるのが、俺達の役割だ。
――
両手剣で金剛亀の甲羅ごと両断すると、もう俺に向かってくる魔物はいなかった。銀等級以上の魔物はすべて倒しきったはずだし、キサラも小型の銀等級以上と相当数の豚鬼を倒しているはずだ。
「一区切り、って感じですねぇ」
「ああ」
金等級の魔物を倒され、戦意喪失し逃げ出す豚鬼も少なくはなかった。あの量であれば、町の防備は十分すぎるだろう。
スクロールの魔法が切れたのを確認し、両手剣を地面に突き刺すと俺は一息つく。討伐証明や素材採取は……まあいいか、めぼしい魔物はいなかったし、唯一値段が付きそうな金剛亀の甲羅は半分に砕けている。ギルドの報奨金を当てにしたほうがいいだろう。
「ま、ワタシの敵じゃなかったですね。凄腕の美少女盗賊キサラちゃんには簡単すぎ――ぴゃあっ!?」
キサラのすぐそばを掠めるようにして、魔導文が飛んでくる。
魔導文は受け手となる魔法陣へ、対応した印章のある手紙が飛んでいくという仕組みで、一枚一枚に魔力を込める必要があるため、製造にそれなりのコストがかかる。
だが白金等級の冒険者には、時折緊急の連絡が必要となるため、印章には魔導文の受け手としての役割も存在していた。コストに見合う効果が見込めるという訳だ。
とはいえ、設置型と異なり小型で、なおかつ移動もするため、距離制限の存在しないギルドや領主館の魔法陣とは違い、せいぜい一〇キロ圏内に居る時にしか使えない。緊急用のものだった。
腰を抜かしたキサラは放っておいて、俺は内容を確認する。下半分には赤丸で印が付いた地図、上半分には簡潔に指示内容が書いてあった。
――救援依頼
昨日より、近郊にて豚鬼の討伐を行っていたロウエン率いるパーティが孤立している。町の防衛が優先であるが、余力があれば下記のポイントへ向かい、彼らの救援をお願いしたい。
「……キサラ、どうする?」
俺は彼女に魔導文の内容を見せる。距離的には今からでも十分間に合う。それに、ひょっとすると蹴散らした豚鬼のうち数匹が、そちらに向かって良くない影響を与えている可能性もある。
「え、どうするって――」
「お前が望むなら、町へ向かった豚鬼の追撃に行くこともできる」
相手は彼女にとって因縁の相手だ。助ける義理は無いとまではいわないが、キサラが嫌だと言えばそれに付き合うつもりではいる。勝手についてきた奴とはいえ、パーティメンバーを貶してきたのだ。俺としては助けることに少しの抵抗がある。
「はぁ? お兄さん性格悪すぎ」
しかし、キサラの返答は予想外というか、思っていたよりもいつも通りの彼女だった。にやついた表情で、俺をおちょくるように指差してくる。
「確かにあいつら嫌な奴ですけどぉ、見殺しとかワタシ頭の中に選択肢も無かったですよぉ? 陰キャをこじらせると性格まで捻じ曲がるんですかぁ? そもそも――」
ビキニトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。
「ぎゃあああああああああああ!!!! 反論できないからってセクハラはやめてくださいよ!!!!!!!」
「いや、想像以上に元気だったから」
「会話噛み合ってないの理解してます!?!?」
無理していないか。とは聞かないでおいた。
「さて、じゃあ救援に向かうか」
「了解でーす。ちゃっちゃと終わらせましょ?」
俺達は地図の印がある場所へと走り出した。