俺は基本ソロの剣士なんだが、自称凄腕の盗賊とバディを組まされている。~お兄さんってぇ、陰キャのぼっちですよねぇ~ 作:これ書いてるの知られたら終わるナリ
「貴方に会ってから、初めて知ることばかりでした」
満天の星空の下、彼の左頬を撫でながらそんな事を言う。人間にとっては凍えるような寒さのはずだが、彼は身震い一つせずに、じっとしていた。
眼は閉じられ、聞いてはいないだろう。だが、それでもよかった。むしろ聞かれていたら、私は素直に感謝を伝えることもできなかっただろう。
この男に教えてもらったものは、幾度となく星を見て、霜を踏んできた私にすら、知らない事ばかりだった。
例えば、実際に会って話をしない事には、当人の資質は測れない事。
極東には、独自の文化圏があり、倭服という美しい衣がある事。
人間の肌は戦闘中で無くとも暖かい事。
空に見える円い月は明るく、乾燥して澄み切った空気は青白く静謐な空気を宿していた。
私は彼の身体を抱え上げる。手に伝わってきた感触に、力の抜けた人間はここまで重いのか、と私は驚いた。
「……ふふ、私を抱き上げた時、貴方は軽いと言っていましたね」
力ではるかに劣る人間に「軽い」と評されて、そのとき私は酷く憤慨したのを覚えている。
――人間ごときが、真の姿を現せば、お前なんかすぐに逃げ出す癖に、舐めるんじゃないよ。
不意にその言葉が思い出されて、私は笑った。あの時は燃えるような夕陽で、遠くに黒く分厚い夕立雲が見えていたのが印象的だった。
彼を抱えたまま、村から離れるように歩き始める。夜でも、月は明るすぎるほどに木々を照らし、星は道を示している。少しも不安は無かった。
青褪めた月光に、彼の顔が照らされる。
酷い顔だった。大きな痣が右頬にあり、大きく腫れている。
顔はまだ、この程度で済んでいた。身体はもっと傷ついている。恐ろしく冷たくなった身体を抱えていると、それが嫌というほど意識させられる。
「ああ、貴方が望んでくれれば、何の憂いも無かったのに」
彼は、最後まで周囲を恨むことはしなかった。ならば、私が勝手な報復をしても、ただの自己満足になってしまう。それは嫌だ。
瞋恚そのものである炎は私の身を焦がし、貪愛たる私の身は、冷たい氷に閉ざされているかのようだ。
きっとこの苦しみは生涯消えないのだろう。きっとこの悲しみは、癒えることのない傷として、忘れ去ることは出来ても消すことはできないのだろう。
彼の身体は、あそこに埋めよう。
私と彼が出会ったあの場所で、いつかきっと、長い生を終えた私も、そこで眠りに付こうと思う。きっとそれは甘美で、安らぎに満ちた眠りのはずだった。
「いつか、一緒に暮らそうと言ってくれましたね……私も、その時はとてもうれしかったんですよ」
もう届かない声、なぜもっと早くに伝えなかったのか、なぜ思ったことと違う事を言ってしまったのか、なぜ彼を前にすると言葉が詰まるのか、そんな事を考えたが、今更なんなのだ。という話だった。
風もなく、雲もない、虫や獣のざわめきもない静寂の中、私は森の奥へと進んでいった。
――
――廃屋調査
支部がある都市の衛星集落からの依頼。一年ほど前から村外れの廃屋に、魔物が棲みついているのが目撃されている。それの調査、解決を依頼されている。
依頼自体は半年以上前からあるものの、銀等級以下の冒険者が複数回受注したものの未達成である。よってこの依頼を金等級依頼と分類する。
受注した冒険者は全て未帰還、これ以上の失敗が続くようであれば、白金等級への引き上げも視野となっている。
なお、状況に不確定要素が多く、銀等級冒険者が複数回失敗しているため、受注者の等級は最低でも金以上に限定する。
報酬:金貨一〇〇〇枚
「えー、お兄さんこの依頼クリアできるんですかぁ?」
依頼書を受付に提出したところで、キサラが口元を抑えてくすくすと笑った。
「ぼっちなんですからぁ、こういう不確定要素の多い依頼はやめたほうがいいと思いますけどぉ?」
「とはいえ、誰かがやらなければならない」
受注完了を確認すると、俺はそう呟いた。
金等級以上の依頼には、極端に情報が少ない依頼がある。
情報収集を含めての難易度だとか、単純に調査が進まない物とか、討伐対象が広範囲に動きすぎているとか、色々と理由はある。依頼文からはそのどれもが当てはまりそうになかったが、銀等級が複数回失敗していることからも、単純な依頼ではないのだろう。
「はぁ、お兄さんかわいそう、こんなところで死ぬ羽目になるなんてね」
からかうようにキサラがウソ泣きをする。未達成者が複数人いて、それでもなお情報が更新されないのは、つまり帰還出来た人間がいないという事だ。
依頼を受け、未報告かつ未達成のまま一ヶ月経過した場合には、ギルドは冒険者を死亡したものと判断し、冒険者の登録を抹消する。半年以内に生存が確認されれば復帰できるものの、俺が今までこの生活をしていて、復帰した人間を見たことは無い。
それに加え、もし失敗報告があるとすれば、その旨が依頼書に書いてあるはずだった。つまり、この依頼は「受けた奴で未だ生きて帰ってきた奴がいない依頼」という訳だ。
俺は依頼書を収納袋に入れて、ギルド支部の外に出る。冬の住んだ空気と、乾燥しているため真っ青になっている空が気持ちいい。この地域は夏の初めと終わりに多く雨が降り、冬の間はほとんど降らないという気候をしていた。
「……寒いな」
「ですねぇ……ま、ワタシはこの服とコートのおかげで全然大丈夫ですけどっ」
そう言って華奢な胸元をチラつかせる。こいつが着ているほとんど下着のような服は、魔法付与によって体温を保持する機能があり、それに加えて俺が買い与えた外套が冷気を完全にシャットアウトしていた。
「お兄さんもワタシみたいに魔法服買いましょうよぉ、あっでもお兄さんにはファッションセンスがないから意味な――」
ビキニトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。
「ぎゃあああああああああああ!!!! 何ですか!? 今絶対やる流れじゃなかったでしょ!」
「いや、ちょっとでも脱げると効力失うから、っていう説明に」
「だからそれ実演しなくても、言えば分かるんですって!!」
言ったところで「それを理由にお洒落してない」云々言うつもりだろうが、と思ったが、口には出さなかった。
「行くか」
喚いているキサラは放っておいて、俺は白い息を小さく吐いてから歩き始めた。
――
衛星集落、というのは、なにも月に存在するわけではないし、空中に浮いているわけでは無い。
ギルドの支部はある程度大きな都市にしか設置されない。そのためその周辺にある村や小さな集落はその支部まで依頼を出しに行かなければならない。支部のある都市に依存しているため、それを衛星にたとえてそう呼んでいるのだ。
これらの集落は、当然ながら交通の便は悪い。加えて依頼者も経済的に弱者であることが多く、報酬を勘案すると、かなり効率の悪い依頼となっている。
だが、そうなってしまうと受ける人間が少なく、人気の無い依頼となってしまう。しかも今回のように複数回の失敗を経て難易度が上昇すれば、受ける人間が誰一人いなくなってしまう。
それを避けるため、ギルドは報酬に、地域と難易度に応じた係数を調整して、報酬の最低保障を行っている。これは討伐任務によって得られる素材の売却益や、銀行の投資収益によって成立している。
それを踏まえて今回の報酬を見ると、ほぼ最低保障と言ったところだ。九九六枚を一〇〇〇枚という切りがいい数字にした程度なので、恐らく金等級依頼となってすぐと言ったところだろうか。もし俺が失敗すれば、報酬がつり上がって同じ依頼が張り出されることになる。
「それにしても、辛気くさい村ですねぇ、お兄さんみたいな顔した人ばっかりですよ」
「長い間、依頼が達成されていないんだ。塞ぎ込むのも当然だろう」
周囲の家は固く閉ざされ、時折すれ違う人間も陰鬱な顔で俺たちを見るだけだ。家の上部を見ると、半ば風化したような屋根板が大きくたわんで乗っかっていた。
今にも潰れそうな屋根たちを越えて、村の中心部にある村長の家に到着する。その家も屋根はたわんでおり、壁面も塗られた漆喰が所々剥がれていた。
「うわぁ……クソ田舎」
心底いやそうな声を漏らすキサラを、軽くたしなめてからドアをノックする。家主は依頼者であり、この家は滞在中の宿となる場所だ。挨拶は通しておくべきだろう。
「依頼を受けてきた冒険者だ。開けてくれ」
「……ふん、ようやくまともそうなのが来たか」
ドアを開けたのは、頭の禿げ上がった老人だった。痩せ細り、節くれ立った指がドアノブをつかんでいて、奇妙な植物が絡みついている姿が想起された。
服装はどこか煤けていて、古書のような、古びた埃っぽい匂いが家の中から漏れ出ている。
「やってもらいたいのは、村の外れにある家をどうにかすることだ」
老人は俺たちを家に招き入れると、最低限のもてなしをしてから早速本題を切り出してくる。いかにも突き放すような言い方で、友好的では無いのは明らかだった。
「どうにか、とは?」
情報をこの老人から引き出すのは、少々骨が折れそうだったが、村の様子を見る限り、彼を逃せば情報は何一つ手に入らないような気がした。
「取り壊してくれるのが一番だが、燃やしても何をしてもいい。わしらの視界からあの家を無くしてくれ」
何か忌々しいものを語るかのように、老人は口元をゆがめる。もしかすると、以前はそうでも無かったが、失敗が重なるうちに、こういう態度になっていったのかもしれない。
「いやいや、お爺さん。そんな簡単な依頼が、金等級になるわけないじゃないですか。なんか隠してますよね?」
キサラが至極まっとうな質問をする。そう、村はずれの家屋を調査するだけなら、それこそなりたての革等級の冒険者でも出来ることだ。
「……数年前、この村には怪しげな呪術師が居てな」
老人は少しの沈黙を経て、静かに語り始めた。
呪術師はこの村に対して呪いをかけ、作物を育たなくし、飢えさせようとしていた。だが一年前、村の全員が団結して呪術師を倒した。それで救われるかと思われたが、呪いは未だに続き、その上呪術師の住処には、恐ろしい化け物が住み着くようになった。ということだった。
「とにかく、呪いをなんとかしてくれ。あの家さえなくなれば呪いも消えるだろう」
老人はそう言い切って話を切った。
「え、でも――」
「分かった。数日中には何とかしよう」
何かを言いかけたキサラを制して、俺は老人に返事をすると席を立つ。寝室を確認だけして、早速調査を始めることにした。
「ふん、お前たちでも無理なら、火を放って周囲の森ごと燃やしてしまおうか」
村長の家を出る間際、老人はそんなことを口にした。その言葉を無視するように家を出たあと、俺たちは件の家へと向かうことにした。
「はぁー、何で言わなかったんですか? 作物の育ちが悪くなるような魔法はないって」
「言って聞くように見えなかったからな」
天候不順や冷害をはじめとする異常気象……国家の首都近郊などでは、そんな大規模な魔法は存在しないことが知られているし、そもそも魔術云々ではなく連作障害などの可能性もある。
残念ながらそういった知識は地方都市、しかも衛星都市までは届いていないのだ。そして知識をもたらして改善しようにも、そうも行かない理由がある。
「何にしても現場だ。土壌改善や原因究明は依頼に含まれていないからな」
冬の乾いた畑を脇目に、俺たちは村はずれの民家へと向かう。