僕がずっと死にたかったのは。   作:青山葵

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厭悪


青き春・2

 学校に着いて、教室の自分の机に腰かけるとまず初めに始める事は読書だ。敢えて僕は早い段階に学校に行って自分の世界に入る事だけが人生を生きている理由とも取れた。

 

 窓側に席がある僕は、煌々と照らす朝日が視界に孕んで、本の文字が眩しさで剥がれ落ちる。

 

 黄色い朝日は、赤い血が通う僕の黄色い肌に解けて熱を伝播させる。

 

 その中でも自分の思考だけはやめていなかった。暴力を振るい続け、家族(ぼく)をゴミ同然のように捨てて知らんぷり、それ以上に金を持っている父、目にはもう光を灯してなどいない母、姉の命依などその中でも1番酷く、当時高校3年生だった頃に姉さんは他人と交わる事を覚えてしまった。清楚の姿で偽ってはいるが何人もの年上の男と援助交際を重ねる様になった。

 

「あれ、レイ君! おはよう!」

 

 そして僕は、その金持ちであるという境遇から様々な女性に言い寄られて、女性不信になっていた。

 

 学級委員長の来村涼奈(きたむらすずな)、皆からスズなどと呼ばれている。

 

 彼女とは、2年の時に同じクラスになり、3年のクラス替えでも偶然にも同じクラスになってしまっていた。

 

 どこからか僕に話しかけたりして、趣味の時間を削がれ度々うんざりしている。

 

「──何の、用かな」

 

「レイ君がなんで毎日こうやって朝早くから本を読んでるのかなーって思ったの」

 

 そんなの、絶対僕に近づく為の口実だ。

 

 そういう奴らを僕は腐る程見てきた、ただの好奇心で僕に近付いてきていると、認めたくないがそう見えてしまう。

 

 僕は、彼女の姿も見ずに答える。

 

「ただ、本が好きなだけだよ。それに、僕は君が思ってる様な人間じゃない」

 

「じゃあ、私が見ている桜山玲依君は虚像って事なの?」

 

 めんどくさいな。

 

 一々話しかけるなよ。

 

「そんな感じでいいよ、スズさん」

 

 

 僕が見ている春は、全く桜色など見えない青色をしていた。ただの比喩表現ではあるが、そう比喩してしまう程僕の季節、生活、全てにおいて意味を成していなかったからだ。

 

 だから、青色。虚無の色。

 

 全てが虚空の、赤より不吉な青い色。

 

 そんな青い春へと、永遠と色付かない世界に目を向けても無駄な事だった。

 別に高3だし、受験期だし、そのような事を考えるより知識を深めて、自分が見てきた汚い世界から抜け出したかった。

 

 どれだけのスピードで、僕の元から離れていくのだろうか、自分から動けないのは分かっていても、僕の“不器用”が全てを遠ざけていた。

 

 静寂から漸次喧騒へと変わっていく教室内、その中でも僕はずっとひとりでイヤホンを付けて読書に勤しんでいた。

 

 別に僕は厨二病では無いし、それがかっこいいと思ったことも1度もない、だがそうまでして見ている世界から出来るだけシャットアウトしたかった。春休みが終わり、学校が本格的に始まれば嫌でも現実を見ることになってしまうし、学校が終わったあとが本当の地獄ということは僕も分かりきっていた。

 

 あと1年、それが続くとなると、死にたくなる。

 

 暴力は無くなったとしても、自分の家が大嫌いだった。いっその事この世界ごと消えてくれないかと思う。息もすることすら辛い。

 

 だから自分で自分を否定するしかない。

 

 それしか、否定することしか、自分で自分である事を肯定するものがなかった。

 

「おはよー、今日はマッキー居ないんだね」

 

 僕の席の近くで、僕とは全く違う雰囲気と色を放っている女性のクラスメイトが、話をしていた。

 

 どうやら、彼女の友達が休んだらしい。

 

「そうだね、マッキーが全く珍しい」

 

「多分体調崩したんじゃない? 皆勤賞が無くなっちゃうくらいの」

 

 マッキー? 誰だ。

 

 牧野? 牧田? 牧原? 

 

 それとも下の名前で牧人とかか? 

 

 そんなマッキーなんて言う名前は1度も聞いた事がなかった。

 

 そんな在り来りでも渾名を横でキャピキャピしたクラスメイトが話してても僕からしたら嫌悪感が増すばかりだった。

 

 まあ、それを知らなかったのは、僕が昨日体調不良で休んでたというのもあるだろうし、休んだ僕にも悪い所はあるのかもしれない。

 

 ホームルームが始まり、担任の先生が今日の予定などを説明していると、マッキーとやらの欠席の報告を聞いた。担任ですら渾名で呼ぶとは、どれだけマッキーは好かれているのか。

 

 僕の予想は牧野という予想を立てて、先生の話を聞いていた。

 

 と言うよりかはクラス替えで、新しいクラスになって2日目なのでまだ全員の名前など覚えていなかったし、スズさんとちらほらいる人は1年の頃同じクラスだったから僕に面識があるだけだった。

 

 それでも何故新クラス2日目でマッキー呼ばわりされなければいけないのか。

 それ程初めから親しげに接する人など、見たこともなかった。

 

「今日は配布物が多いから、マッキーの家に誰かプリントを届けてくれる人居るか?」

 

 マッキーの席は僕の後ろの席だった。

 

 どこの偶然か、言われた住所は僕の家からも近いらしい。

 

 はぁ、と僕はため息をついて手を挙げた。

 

「先生、僕行きますよ」

 

「お! 玲依、ありがとう。丁度家から近いから手を挙げてくれるのを待ってたんだ」

 

「は、はぁ」

 

「まあ取り敢えず頼んだぞ、放課後マッキーの家に行って行ってやってくれ」

 

「はぁ······」

 

 恐らく手を挙げなくても強制的に僕にこの仕事を押し付けるつもりだったのだろう、恰も「早く手を挙げてくれて時間が省けた」と言わんばかりの口ぶりだった。

 

 ホームルームが終わったあと、あのキャピキャピしたクラスメイトが僕の方に寄ってきた。

 

 顔は僕でも認めるくらいには整っていて、茶色い髪に茶色い目をした完全に陽の世界にいる女性。

 

 正直、彼女のような人種は一々人の懐に入らないと話せない生き物なのかと思ったりもしたが、それを言うのは必死に我慢した。

 

「ねぇレイ君、本当にマッキーの家行くの?」

 

「そう決まったから行くしか無いと思う、そのマッキーとやらの友達?」

 

「ま、まぁそうなんだけどさ」

 

 クラスメイトは少し黙り込んだ後、口を開いた。

 

「私さ、マッキーの家行ったこと無いんだよね」

 

「····ついて行きたいと?」

 

「いや、まぁね? 興味あるかなーって」

 

 内心僕は、とても気持ち悪いと思った。

 

「ちょっと遠慮して貰ってもいいかな、僕は先生に頼まれたからやってるだけで君が介入する事は無いと思うんだ」

 

「そ····そうだよね····ごめんね」

 

 僕も冷たい口調で言ったせいか、少し悲しそうな顔で離れていく彼女を見て、その後に目線を移した。僕は貰ったプリントの封筒をまじまじ見る。そこにもプリントと書かれて、本名や、マッキーすら書かれていなかった。

 

 どんだけモテてるんだ。マッキーは。

 

 少ししょんぼりした様な顔で女子は僕の方から離れていく、これでいい、マッキーとやらの家に行くには女性など不要だ。こんな陽キャラが作り出している空気を吸ったら僕までも変な方向に染まってしまう。

 

 今までもこうやって近付いてきた人は多かったからだ。女子は僕の本質じゃなくて、見ているのは僕の金だ。所謂玉の輿──と言うものらしいが、その嫌な思い出が変にフラッシュバックしてしまう。

 

 中学生の頃、同じクラスの女の子に、そのような事を言われて、その頃からだ。

 

 だからいつの間にか、女性などという生き物は大嫌いになっていた。

 

 女性不信と、女性恐怖症を併発した様な感じ。この不快感は誰にも理解して貰えない。他の人から見たら、適当を言う愉快犯だ。

 

 狂った家族をたどった末に、僕は重度の女性不信····この家庭環境と境遇から作られた桜山玲依という本質は、負の連鎖だった。

 

 はぁ、とまた溜息を吐く。

 

 周りを見ると、様々な感情が薄い色と共に見え隠れして、目を塞ぎたくなった。

 

 

 何故か、僕には人に取り巻いている色が見えた。

 

 それが人が今何を思っているのか、どんな感情として色が見えるのか、というものだと分かるのには、あまり時間がかからなかった。

 

 何かきっかけがあった訳でもないけれど、人の感情が色として見えた。

 

 その人を良く見ると必ず色になって浮かび上がってくる。

 

 だるいとか、気持ち悪いとか、目の奥にある感情が色となってが見え隠れする。

 

 今は眼鏡を掛けていてあまり見えなくしているが、それが眼鏡をとったら酷い。意識しなくても全て見えてしまう、だから視力も悪くないのにわざと伊達眼鏡をかけてそれが見えるのを隠しているのだ。

 

 幼い頃から苦しい感情ばかり背負わされてきた僕は誰にも誉れを受けること無くここまで来た。そんな感情が分かってしまうのは嫌だから、隠して騙して来た。それでも目を凝らすと嫌でも眼鏡越しに見えてしまうのだ。

 

 だから、父がどんな感情をしているのか分かった。

 

 それが地獄の家庭環境で育った僕は、敏感になっているだけで怖い感情だけが背中に纏わりついている。

 

 人の目を合わすだけでも怖い僕は眼鏡をかけてそれを隠しながら生きているのだ。

 

 何とも、馬鹿馬鹿しい話だ。

 

 僕に近付いてきた女子は、全員そういう色をしていた。金に目が眩んだ感情、ドロドロになった色。

 

 それが重なったが故に、僕は女性は愚か、人というものを信じることを辞めた。

 

 

 突然僕の携帯が鳴った。

 

 ラインだった。

 

 宛先は姉さんからだった。

 

『今日は遅く帰ってきて、お母さんの用事とセットで入ってるから7時くらい』

 

 それを見て僕は目を眇めた。

 

「今日“は”じゃ無くて今日“も”だよね」

 

 壊れていく家族に、僕はもう何度も手をかけようとした。何度も刃物を自分の部屋に持っていった。それか何度もマンションの屋上から飛び降りようとした。

 

 姉さんすら、壊れてしまった。

 

 でも、姉さんの事は、どんなに家族が憎くても殺そうとは思えなかった。

 

 姉さんだけは、死んで欲しいとは思うことは無かった。

 

 だからできなかった。

 

 

 そして、僕も自ら死ぬことが出来なかった。

 

 

 簡単だ、単純に死ぬのが怖いからだ。

 

 死んだら人はどこに行く、地獄は本当にあるのか、報われないまま終わって良いのかと僕の頭にその考えが簡単に錯綜して頭をショートさせる。

 

 今までも何度も変わろうとして色んな事をやった。だけどその全てを家族に全否定された。理不尽な理由をつけられて殴られた。

 

 それは母親の鬱病が発症するまで続いたから、中学2年まで僕の体は痣だらけだった。

 

 変わろうとした途端に大人がそれを邪魔をする、無理矢理強制的に敷いたレールの上を歩かそうとさせる所業を見て、僕は玩具かよと。

 

 多分、それを悟りきった中学生の時からもう、家族に対して無駄な感情や、それに対して反駁する──などといったモノはもう無くなった。

 

「なんで姉さんも壊れたんだよ·····」

 

 でも。

 

 それ以上に今日も明日も、何も変えられない僕を、1番呪った。

 

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