僕がずっと死にたかったのは。   作:青山葵

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邂逅


青き春・3

 僕は、先生に渡された住所を元にマンションの付近を彷徨いていた。

 

 僕の家からそう遠くない場所の住所の筈なのだが、どうにも見つけられる事は出来ないでいた。

 

 何度もそこの付近を回って、本当に家なんてあるのかと思ったくらいだ。

 

 実際先生も「ここら辺の地区全く分からないんだよ」なんて言っていて、僕も分からないよと言いたくなる。

 

 携帯を開き、ネットのマップにマッキー宅の住所を打ち込んでイヤホンからその情報を聞き取ると『目的地』と言われすぐ目の前にあった事が分かった。

 

 何で気づかなかったのかと前を向くとそこはとても古い平屋建ての家で、本当にマップが間違っているのではないかと思うくらいの家だった。

 

 念の為、先生にもう1度連絡しようと思ったが間違えていれば連絡し直そうと思い、インターホンを鳴らした。

 

 玄関は横開け式のドアで、僕も少し古過ぎないかと思ってしまう程年季が入った平屋だった。

 

 表札も存在せず、ただインターホンがあるだけの、それだけの平屋。

 

『はーい』

 

 インターホンの主はまさかの女性だった。

 

 声変わりしていない特徴的な声で女性という事を見抜いた僕は少し後ろにたじろいだ。

 

 息を呑む。少し震えながら僕は答えた。

 

「あの、同じクラスの桜山って言う者ですけど····マッキー? 牧野? 牧原? 牧田? さんのプリント届けに来ました」

 

『桜山? ····あぁレイレイね! いまいくねー』

 

 は、レイレイ?

 

 どこからそんな渾名が出たのか、僕自身の記憶から巡らせても全く根拠となる物は存在しなかった。ただマッキーがそう僕を呼んでいるだけで、他の人達には呼ばれた事は無かった。ただ1年の頃も日誌を書くだけの作業を頼まれる時は普通に苗字か、『玲依』や『玲依君』だしこんなレイレイなんてキラキラした渾名、聞くだけで鳥肌が立つ。

 

 

 ドアを開けて出てきた女性は、パジャマ姿の──俗に言う白ギャルだった。

 

 

 髪は長い金髪に、長いまつ毛に茶色の瞳、艶のある唇とやけに主張する胸·····この前気になって読んだライトノベルのヒロインの様なスタイルをしている彼女は、悪戯に笑った。

 

 恐らく見た感じノーメイクだ。だがそのノーメイクでも女性不信の僕ですら見入ってしまう程の美人だった。一瞬日本にこんな女性が居たのかと怖くなった。

 

 悪寒と共に鳥肌が立つ。

 

 本当に僕の頭がおかしくなって幻覚でも見てるんでは無いのか、と目を何度も擦った。

 

「来てくれてありがとねーレイレイ! お茶出すから入ってよ」

 

 無理矢理手を引っ張られて家に入れられた僕は、疑問の声を上げることすら出来ずにドアを閉められた。

 

 そのマッキーの部屋に案内されて出されたのは本当にお茶だった。

 

 しかも自分で茶葉から作った暖かいお茶。僕の頭の中に思い浮かんでいた白ギャルというガサツな概念を真っ向から壊した瞬間だった。

 

 家はとても古いが、部屋は綺麗に片付いているし、部屋の中も埃ひとつ無い綺麗な空間だ。

 

 マッキーがお茶を飲んでいる時に辺りを見回す。

 

 マッキーの部屋も変に綺麗に片付いていて、殺風景な部屋だった。本棚と机と椅子だけがあって、机の上にはイヤホンと携帯電話が置かれていた。

 

 あと本棚の一番下はカーテンが閉まってるみたいに見えなくなっていて、それ以外は漫画だったり、小説だったり、僕が持っている本も見受けられた。

 

 マッキーの目を眼鏡越しから凝視しても何を考えているのか全くわからなかった。それ以上に僕の事を見てニコニコ微笑んでさえいた。

 

「えっと······君がマッキー?」

 

「茉姫奈だよ、岩海茉姫奈(いわうみまきな)

 

「あぁ····よ、よろしく岩海さん」

 

 何故か彼女は、僕に対して頬をふくらませていた。そしてすぐに不機嫌な声音で僕に言う。

 

「茉姫奈」

 

「····茉姫奈さん」

 

「茉姫奈!」

 

「····茉姫奈」

 

「うんうん! やっぱりそっちの方がしっくりくるや、よろしくねレイレイ」

 

 凄い血相で僕に呼び捨てで呼ぶ事を要求してきて、流石に後ろに下がった。生まれて始めて女性を下の呼び捨てで呼んだ。それに関しては何も別に感じる事はなかったが、目の前に美人のギャルが居るという状況が分からなすぎて怖かった。

 

「何で僕は君に茉姫奈なのに君は僕にレイレイなのかな····」

 

「その方が良くない?」

 

「いや、それだったら君も僕の事を玲依と呼ぶべきだと思うんだけど」

 

 茉姫奈は頬をふくらませながら「分かった」と言い、玲依の名前を沢山連呼していた。

 

 何故そこまで初めましての人間の名前を沢山言う必要がある、やはりギャルの考えている事は余り理解が出来ない。

 

「やっぱりさ、君の名前って可愛いよね」

 

「····は? 何を言ってるの?」

 

「──だってなかなか居ないじゃん玲依なんて、可愛くて珍しい名前で私は好きだよ結構」

 

 何を考えているんだ、こいつは。

 

「玲依なんて、結構いると思うけど」

 

「いや、私の知る世界では知らないかな!」

 

「そうなんだ」

 

「確か玲依って星森でも成績良かったよね、どうやって勉強してるの?」

 

 偏差値が高い星森でも、トップ30に入るくらいには勉強はしていた。

 

 勉強をするのは、もはや自分の選択肢がそれしか無かったからだ。何をしても否定されるのだから、勉強だけはしても何も言われない。外にも出ないし、部屋からも出ないし、わざわざズカズカと入られて恫喝される訳でもない。

 

 何かを否定され、冒涜されるのが面倒くさくて、僕は教科書とノートに悲憤や感情を問いに答えとして当てはめていくだけ。

 

「毎回玲依の名前が順位表に張り出されてるから、凄いなーって思ってて」

 

「普通に、友達が居ないからただ勉強してるだけだよ」

 

「確かに? 私が友達になってあげようか?」

 

 彼女はからかうように笑う。

 

 うるさいよ。

 

 お前らのせいで僕がここまで目も合わせられないんだろ。

 

「──いらないし、暗いのは昔からだよ。今に始まった事じゃないから」

 

「えーなにそれ」

 

 逆に聞きたい、なにそれとは。

 

 目がまともに見れない。また同じパターンの阿婆擦れが話しかけてきてるのと同じことだ。

 

「もっと青春した方がいいんじゃない? お節介かなぁ······んーでも、今年受験シーズンだし、よく分からないよね」

 

「·····」

 

「あ、良かったら私がいいご飯屋さんとか紹介してあげようか?」

 

「·····」

 

「玲依? 聞いてる?」

 

 ハッとしたときには、顔を両手で触れられ強制的に合わせられた目。

 

 終わったと思った。

 

 でも何故か。

 

 なにか違った。

 

 そんな気がした。

 

 ずっと目を合わせてくる大きな瞳からは、何の感情も読み取れなかった。

 

 何を考えているのかが、分からない。

 

「····あ、うん」

 

「ていうかなんかめっちゃ素っ気なくない? 私がこうやってめっちゃ喋ってんのにさ」

 

 ずいっと近寄ってくる茉姫奈に比例して僕は後ずさる、僕に対する下卑た感情を一切持たないにしても腐っても女子は女子だ。

 

 その恐怖は簡単に払拭できるものでは無い。

 

 冷や汗を頬を伝い壁にぶつかる程酷く後ろに下がった僕は珍しそうな目で茉姫奈に見つめられていた。

 

 勢いよく壁にぶつかった頭と背中は、鈍い痛みを感じ取っていた。

 

 あぁ、僕はまだ生きている。なんてその時も残念そうに思ってしまった。

 

「──どうしたの、玲依?」

 

「いや、僕は、」

 

「私の事もう嫌いになったの?」

 

「いやそうじゃなくて」

 

「だったら答えて」

 

 少し黙ってから、僕は口を開く。

 少し、声は震えていた。

 

「いや、あの·····」

 

「──なに?」

 

 ずいずい近づいてくる茉姫奈を他所に、僕の頭の中では恐怖という言葉しか精神を支配していなかった。何の悪戯か知らないが女性不信の僕が、女性の家に居ること、そしてその1番僕と住む世界が違う彼女に目の前まで詰め寄られている事に、理解が出来なかった。

 

「やめてくれ····少し、近づかないで欲しいんだ」

 

「それはごめんなさい、でもどうして、」

 

 怖い。

 

 怖い怖い。

 

 それ以上聞かないでくれ。

 

 でもそれを言って楽になれるのなら。

 

「·······怖いんだよ、女の人が」

 

「····え?」

 

 

 彼女の疑念の声が、やけに僕の耳にも、彼女の部屋にも反響して響いた気がした。

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