僕がずっと死にたかったのは。   作:青山葵

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もう1回


青き春・4

 え? 

 

 その通りだ。

 

 茉姫奈の言う通り。

 

 当たり前の答えだ。

 

 疑念、その答えに対する聴き直し。

 

 そうなるのも無理もないだろう。

 

「理解できないでしょ?」

 

「·······」

 

 本当にそうだ。

 

 理解された事なんてなかった。

 

 試しに親に女性が怖いと言ったら、そんな嘘をつくなと言われて怒られた。

 

 そう言われた瞬間に、ふざけているのかと殴られた。

 

 女性不信なんて有り得ない、発達障害かとも言われた事もある。

 

 それを噂に流されて後ろ指すら指された記憶だって。

 

 結局他人の気を引く為の口実としか思われていなかった。悩みを初めて知らない人にぶちまけて笑われないはずなんてない。

 

 そもそも、女性だと知っていればこんな所に来てすらいない。でも僕は来てしまったのだ、なんの確認しないでただマッキーを苗字だと思い込んで男子だと勘違いしてしまっただけでそれ以上も以下の理由もない。

 

 僕の確認不足。それに尽きるだけだった。

 

 今、この家が僕の無意味な人生を高らか故に惨めに歌い上げる発表会に近かった。

 

 それか、女性に女性不信を打ち明けて、自ら13階段を登るような状況。1寸先には断頭台がある様な感覚。

 

「理解されたことなんて無い、未だに僕の事を構う奴もいる。面白い話だよね」

 

 なんで、こんな事になってしまったんだ。

 

「ううん、面白くなんかないよ。私には分かるよ。その苦しい気持ち····辛かったんだね」

 

 それっぽい言葉。

 

 あぁ、やめてよそういうの。

 

「嘘だ。みんなそうやって言うんだ。『わかるわかる』って、本質を理解している人間なんて見たことがない。君が女性だと分かっていたら、ここになんて来てないさ」

 

「でも、玲依はここに来てくれたじゃん」

 

「聞いていなかったの? 君が女性だと知る前までは『マッキー』って渾名を男子だと思っていたんだ」

 

「そうだと思ってたよ」

 

「それに、君がどんだけ偽善を振りまいた所で、僕には丸わかりだ。僕の事なんて分かりゃしない」

 

「わかるよ」

 

 何を言っているんだ、こいつは。

 

 分かるわけない、そもそも分かりきってないだろ。

 

 灰を被った道なんぞ、理解されてたまるものか。

 

「理解したつもり?」

 

「玲依が理解したつもりよりももっと理解してるよ」

 

「どういう事?」

 

「皆が玲依の事を分かってくれなかった分、私が分からないと誰が分かるの?」

 

 分かってないんだよ。

 

 そういうのは、世間一般にエゴイズムって言うんだよ。

 

 エゴイズムと履き違えた正義感。

 

 でも、そのエゴイズム(正義感)を反面教師で演じたいのは僕の方だ。

 

 そんな正義感(エゴイズム)が1番の悪だということも、気づいてる。

 

 僕が1番茉姫奈に僕のエゴを押し付けているのも。

 

 静止画の様に僕を見つめる茉姫奈の茶色の瞳は、濁りは全くなく、全てを見透かす故に澄んでいた気がした。

 

「それは····茉姫奈の、ただ個人のエゴじみた感想でしかないんじゃないのかな、そんな思ってもないような薄っぺらい共感なんていらない」

 

「薄っぺらくない! そんな証拠ある? そうやって思ってる玲依の方が私よりエゴじみてるよ!」

 

 分かってる。

 

 分かってるよ。

 

 けれど、

 

 僕が認めたくないだけだ。

 

 理屈を並べて逃げているのは分かっている。

 

 ただそれまでしないと、自分を肯定できるものが無くなってしまう。

 

 気がついた時には女性が嫌いで、誰にも分からない。そもそも──分かって欲しくない意地にも似た感情。

 

 痛みと共に颯爽と過ぎ去った季節を、向けられてきた下卑た目を、指されてきた後ろ指を否定してしまうからだ。

 

 否定して、肯定は絶対に出来なくて。影だらけの足跡すらも気取ったように着飾った、過去という名のファッション。

 

 誰の感傷にも浸ることも無く、それが僕自身の世界に爪痕として残された惨状。

 

 無常にも、静謐な空間で刻み続ける秒針は、重苦しい音と共に僕に刻まれた業を長々と思い出すことは許してくれなかった。

 

「そんなに、なんで玲依は自分を否定しちゃうのかな······?」

 

「だって僕は──」

 

 

 僕は、君が描いている程、綺麗に出来た人間じゃない。

 

 

 俺は君みたいに、社交的じゃない。

 僕は君みたいに、性格も良くない。

 僕は君みたいに、輝いてないから。

 塞ぎ込むことしか出来ないんだよ。

 

 

「······そこから、言葉詰まってるよ」

 

「──僕は君が思っている程綺麗に出来てない、君とは全部が正反対だ。性別も、性格も、容姿も全部····」

 

「ただそれだけの違いじゃん。性別も、性格も、容姿も違ったとしても、私は玲依の“心”は私と一緒だと思ってるよ?」

 

 意味が分からない。

 

 お願いだから理解しようとしないで欲しい。

 

「どこが僕と同じっていうの」

 

「私さ、こんなふうに明るく振る舞ってるけど、男の子って苦手でさ、言われた事にすぐ愛想笑いしちゃうんだよね」

 

「·······」

 

「だからね、私は分かるって言ったの。心は同じって言ったの」

 

 茉姫奈も、言葉を紡ぐ。

 

「私はさ、みんなが出来て当たり前の事がいつも出来ないから、些細なことがあったら簡単に壊れそうでさ」

 

「出来てるよ、君は」

 

「出来ないの、私は欠けてるの。だからそれを隠すためにこんな格好にしたのかな」

 

「····それはどういう」

 

 

 色が違う。

 変な色をしていた。

 幸せな色と、本心しか言っていない色。

 何かが違う。今まで会ってきた人とは、何かが違っていた。僕と同じで、要素は違えど不安があって、吐露し、そこに葛藤しながら生きている。

 

「私、高一の時からこんな変なスレた格好してるんだよね。多分、全部に勘違いしたからこんな格好に変わっちゃったの。それでさ、いつの間にか生きてくのって、大変だなぁって──それを正当化して、本質は変わらないまま立ち止まってる私が1番欠けてるんだ」

 

 やめろ。

 

 やめてくれ。

 

 君の自分語りなんて聞きたくない。

 

 それ以上、暗闇から僕を引っ張りだそうとしないでくれ。

 

「感情で感情を上書きしてさ、私こそ迷ってるって言うのに、こんな偉そうなこと言えないんだけどさ」

 

 突き飛ばすことも出来たはずだ。無理やりにでも遮ってしまうことも出来たはずだ。だけど、無理だった。

 

 僕の本能が、その行動を停止させていた。

 

「あのね、そんな私に言われるなんて、癪に障ると思うけどさ、自分で自分を背負わなくていいんだよ? 助けてくれないのが当たり前と思わなくていいんだよ? みんな自分の事なんて理解してくれないって思わなくていいんだよ? 玲依の周りが分かってくれなくても、信じてくれなくても、私は分かるから、私は信じるから」

 

 信じる。

 

 1番信憑性が高くて、それ故に1番軽い言葉。

 

 誰も信じないで、だれも信じてくれないで、今でも転がり続けて生と死の狭間で恐怖している僕と、その暗闇を裂くように言葉に意味を奏でる少女。

 

「諦めるなじゃなくて、諦めなくていいんだよって、頑張れじゃなくて、頑張ったねって、だってさ、私からしたら生きてるってことだけで、それこそ頑張ってるってことだから、産まれた意味がないって思っちゃダメなんだよ」

 

 だから、と茉姫奈は僕の目を合わせ、手を握る。

 

 僕の力のない手が目の前にあげられて、茉姫奈の顔も近くなる。

「自分を責めたらダメだよ。自分を呪っちゃダメなんだよ。当たり前の日常が、それこそがどれだけ有り触れていて幸せなんだよ」

 

 何故、自分はこんなに壊れそうで、心が泣いているのか。

 

 心になんて問うたらいいのか、その問い方も分からない自分に手を差し伸べるかのように差した光。

 

 期待なんかされずに、未来なんか見えずに、ずっと無感情で過ごしていくのだろうと思ってた。

 

 あぁ、壊れる。

 

 灰が剥がれる音がする。

 

 色が付く、視界が色付く感覚がする。

 

 目を塞いでいた世界は、真っ暗な狭い世界は、突然取り付けられたドアと共に開いていく。

 

 茉姫奈の言葉を聞けば聞くほど、自分のエゴが綺麗に洗い落ちていく音がした。混じり気のない綺麗な言葉は、僕の世界を、残酷にも酷く震わせていく。

 

 

 

「だって人はさ、みんなが幸せになる為に産まれてきたんだからさ」




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