夜の寝室は、何か出てきそうでたまに怖くなる。
何もしてないのに暗い部屋で親に殴られたこともあったし、幽霊は信じてはいないけど、でも瞬きした刹那に何か大きな、黒い自分の感情が見え隠れしそうな気がしたから、1回目を閉じたら絶対に目を開けないようにしている。
今は誰も居ない、姉は居るけれど····自分を呵責し、傷つける存在は誰も居ないからなぜか今日は安心して眠れる気がした。僕が大きくなる前までは三日にあげず暴力を振るってきたのに、その原因すらも教えられず僕も流されて傷を、痣を作っていく。
別に反抗する気もなかった。
ここまで来たら僕自身も呆れて反抗する気になれなかった。何度も殺そうとは考えたけど。
反抗はしないけど、復讐はしようとずっと思っていた。何言ってるかほんとに分からなくなる。
自分の頭でも考えられるのかと思う程、狡猾かつ残酷に、凄絶という言葉の具現化したような殺人の仕方も考え出したこともあった。
地を蹲って、痛みを握り締めた僕は、ほんとに何も無かった人間なのかもしれない、と暗い部屋だからこそそう思うのかもしれない。
タブレットを倒して、動画をずっと流しながら寝るのが昨日と同じ生活だった。いつの間にか寝てるし、ずっとそっちの方がその恐怖が和らげられる。
でも、最近毎日見る悪夢にはうんざりしていた。
「······はぁ」
毎日、噎せ返る様な悪夢。
その悪夢すらも、否、もしかしたら僕の人生も夢そのもので、全部が虚構の夢で作られた世界だったら、どれだけ楽だろうか──なんて思ってみた。
シュミレーション仮説、なんて大層な名前のぶっ飛んだ考え方もあるのだし、もしかしたらあながち間違っていないのかもしれない。
そんな事を思いながらも、いつの間にか意識が現実から乖離していた。
タブレットの光でおもむろに目を覚まして、指している時刻は11時に近かった。
うっすらと漸次網膜に、聡明に投影される再生され終わった動画と、 薄暗い部屋が自分がまだこの世界で生きているという事を証明する。
別に、いつでも世界から消えてもいいと思っているけれど、今は無性に飛び出したくなった。
「夜の外に、行ったことなかったな」
なぜかはわからないけど、深夜の街に飛び出したくなってしまった。
皆からしたら深夜じゃないのかもしれないけど、僕から考えたら十分深夜の分類に入る夜の深さだった。
そう不意に思ってしまって、タンスにある適当な服を着た。出来る限り姉さんを起こしたくないので、静かに着替える。
そして音を立てずに、家を出た。
長い廊下を抜けて、エレベーターに静かに乗ってエントランスを出た。冷ややかな春の風が髪を靡かせて、少し息を結露させる。
外は、鮮やかな灯りが煌々と当たりを照らしていて、深夜とは思えないような明るさだった。何故か見えている世界は、今まで見てきた世界の中で、1番綺麗な気がした。
人類の命を全てつむぎ出して照らしている様な街灯の明かり、その光を毒として見ていなかった僕は、何かが洗い流されたような感じになった。
見えていたモノクロの、灰を被った世界は洗い流され、漸次色づく世界へと変貌させていく、視界がモノクロに見える病気でもなかったのに、今まで閉ざしていたものが一瞬で花開く。
夜、春、街の中心部にあるタワーマンション、ただ感傷に浸っていて、今まで感じたことの無い感情に左右されながら、雑念が渦巻く街中を漠然と歩き出した。
様々な人の雑踏が深夜なのにも関わらず蠢く中、街のガラスのショーケースに映るブランドのマネキンと視線が交差し、その箱の灯りに反射して自分の姿が映った。
普通の長ズボンに、普通のシャツ、人の感情を見ないように自閉する気持ちで買った伊達メガネと、この前、たまたま見たネットで一目惚れしてしまい、少しだけ奮発して買ったPコート。
それが春風に当たっても温かくて、すこし買ってよかったな、と思った。
結露した息が宙に舞って、やがて消えて行く。長い歴史の中に刹那に幾星霜と輝いた生命みたいに、すぐに消えていく。
手と耳がすこし寒くて、夜は改めて冷えるなと感じさせられた。
「これで、僕も不良だな」
恐らく姉さんも、深夜に援交なんてしていなかったと思う。姉さんが援交を行っている時は僕にラインするから、援交の証拠が分かるから夜の街には繰り出してはいないはず。
時間帯は、母さんが精神病院で診察を受けている時に限っている。
携帯を開いて、姉さんとのラインを改めて確認する。上へ上へとトークルームを捲る、そこには写真があった。
僕と姉さんの2人の秘密としてたまに送られてくる援交の写真──下着姿のまま、姉さん1人で鏡越しで撮った写真だ。顔はフラッシュであまり見れないようになっている······典型的な素顔を隠した証拠写真。リベンジポルノの防止なのだろうか。そもそもリベンジポルノを防止する為にはこの様な写真を撮らないことが1番いいとは思う。
そもそも送るような人間もいなかったので、誰にも見せてはいないが。
写真に映っていた姉さんの下着姿は、黒いランジェリー? というのだろうか、妖艶な雰囲気を纏った下着に合わせて、同色のガーターベルト。血が繋がっているとは言えど····桜山命依という人間の魅力が浮き彫りになる写真であり、恐ろしく感じた。
胸も平均サイズだ。むしろ小さい、茉姫奈みたいに他の人より大きい訳ではない、なのに写真から分かるそれ以上の艶かしい佇まいに、鳥肌が立った。
「ほんとに、なんでこんな道を選んじゃったのかなぁ」
僕はまだいい。僕が虐げられて、侮蔑され続けるのは全然構わない。その僕の人倫が無視された結果で姉さんが狂ってしまった。
姉さんなら、もっといい道に進めたはずだ。勉強が出来る。僕と違って周りと協調することも出来る。姉さんが通っている国立大学でも上位に食い込む程の頭脳だ、それが裏でお金を貰って身体を売っているとなったらどんな反応をされるのだろうか。
「勿体ないよなぁ」
傍観者の様な、俯瞰的な発言しか出来ないけど、もし『桜山玲依』として産まれていなかったのなら、姉さんは幸せになれたのだろうか。
「いや、多分僕がいてもいなくても」
「····あの家だから、産まれた時点で僕と同じで終わってたんだろうな」
反抗的と言われ行くべき道が絶たれ、それに諦観したように子供たちは汚れた道に走り、それを見た大人は怒号とエゴを歌うように巻き散らかす。
苦しい素振りを見せることも許してくれず、ただのロボットの様に突き動かされ、身も心も使い古されていく。
磨り減った世界と磨り減った時間、そして変色した心····狂っている僕が言うのも変だが、この世界には誰もマトモな人間などいないのだ。
どこかボロが出たり、自分が危機的状況に陥ったら、まず人間の心理の第一に、自分が正当化される、生き残る為の手段を取る。どこかしらで人間の本能が出る。
だから、茉姫奈と出会った今日という今日がそのもののイレギュラー、彼女のせいで僕は少し女性不信どころか人間不信が解消されてしまった。
女性は全員同じ生き物だと思っていたのに、1人だけ全く違った。自分の為なら、欲しい物の為ならなんだってする生き物なんだって。
「そんな事考えてる俺って、心底バカバカしいよな」
一瞬考えた、人間というか、女性が出す感情や本能、その気持ちを逆に利用して肉欲に走ってやろうか、と。
結論からいうと、考えるだけでも吐き気がした。
惨めだ。
そもそもこの様な思考に至る自分が憎たらしくて堪らなかった。
「はぁ」
結露して消える溜め息。嘆息を吐いた煙はまたもや宙に待って消える。昔の表現みたいだ。露が落ちるように一瞬で儚く全てが消えていく様子。ただ例えが液体か気体かだけの差じゃないか。
白い息はすぐに消えてしまうが、夜に輝いたネオンは消える気配がなかった。
深夜になっても色んな店に人が出入りして、それを接待して、人々が笑いを絶やさない。
僕が見た事のない世界だった。
意外といいのかもしれない。不意にも、そう思ってしまった自分がいた。
マンションの付近の店を回ってから帰ろうとして、四角形になった通りを回り出す。
たまには自分で直接見て、感じたものを買ってみるという買い物の仕方もしてみたいと思ってしまったからだ。いつも家に篭もりっぱなしというのも、今考えたら母とやっている事が同じだからだ。
そうなりたくないなら、自分を少しづつでもいいから変えていくしかない。茉姫奈が言っていた事が僕の心にまた浸透した。耳に浸透して、心にも浸透していく──茉姫奈なりの義理人情なのかもしれないが、響いた言葉は、しっかりと僕の心にも耳にも残っていた。
まるで僕が見ていなかった世界を一瞬で切り開いたリリシストのようだった。
母さん達が塞いだ世界が開けられて、僕も少し息が吸いやすくなった気がした。無論、今日含め明日から家に居ないなら尚更そう思った。
「やめて、ください!!」
瞬間、慟哭にも近い、甲高い声が僕の耳を劈いた。
遅れてしまいすみません
バイトやら、なんやらで更新するのを忘れていました
小説家になろうで続きがかなり更新されてるのでもし見たいなという方がいればなろうで同タイトルを調べて見てください
感想など頂けると励みになりますので、よろしくお願いします