刹那、拒絶を喘いでいる····耳を劈く様な女性の悲鳴。「やめて、離してください!」という声が僕の耳に響き、その方を向く。
その方に女性の姿はなく、もしや、と思い聞こえた方の路地裏の方に向かう。
予想は当たっていて、強引にここまで連れ込まれた女性が強引に迫られていた。
2人の男に囲まれて服の裾を引っ張られている、今にも身ぐるみが剥がされそうな女性の様なシルエットの人が見えた。路地裏だからか薄暗くて良く見えない。
如何にも遊んでそうな男達がバイトの制服姿の女性を引っ張って無理やりナンパさせようとしている光景にも見えた。
いや、明らかにそうだろう。
居酒屋の店員か? と思ったが特徴的なコンビニの制服だったので、コンビニでバイトしている女性だと判断した。
僕の家の付近は繁華街なので、居酒屋やコンビニなどや、風俗店やそっち系の店も多い、だから“それ”目当ての人が居るのも少なくはないと思う。姉さんの援交の光景を遠目で見た事があったくらいだ。
誰かが助けてくれるだろう。
そう思って踵を返そうとした。
だけどその瞬間に、茉姫奈のあの笑顔と説得力のある言葉を思い出した。
『自分の勝手だって言って、助けたい』──その言葉が思い浮かんだだけで今の僕を突き動かすには充分な原動力になり得た。
だから、そうだ。
これは僕の自分勝手だ。
男の手を掴んで、少し強めに握り締める。男は少し驚いたのか「なんだテメェ!」と声を荒らげた。
「····この人、今バイト中ですよね? ····そうやって無理やり連れ出そうとするの良くないと思うんですけど」
気を抜けば、声が震えそうだった。
確かに、女性は嫌いだ。
茉姫奈は別に嫌じゃないけど、それでもまだそのイメージが払拭出来ていない。
だけど、この女性がこれからされるかも知れない事を考えたら、この人たちを追い払わないと、と頭の中で渦を巻いた。
僕には、そんなことしか出来ない。
「いまいい所だったんだけど邪魔しないでくれる?」
「相手も····嫌がってるじゃないですか」
「あ? お前舐めてんの?」
そもそも店から無理やり連れ出しておいて、店長とか何やってるのだろうか、もしかしてそういう店なのか?
たまたまこの時間帯の人が彼女だけだったのなら、さすがに危なすぎる気がした。そもそもこんな街に。
「いいから、それも後で話聞くからさ」
「そうそう、お前みたいなガキがでしゃばっていい状況じゃねえんだよ」
ガキはどっちだろうか、と思った。
こっちは冷静に話し合おうとしてるのに、相手は隠れている女性に興味が湧きすぎているのか、僕の話など少しも聞こうとしている素振りがなかった。僕もすこしイラッとしてしまい、本能的に口が動いていた。
「貴方たちは、そういう風に無理やりする事しか出来ないんですか?」
すると、大人しい方の不良が胸ぐらを掴んできた。
「黙ってくんね? 俺、お前みたいなのに構ってる暇ないんだわ」
「いや、こっちのセリフですよ。これ女性側が訴えれば犯罪ですからね?」
「元はと言えばお前からふっかけてきたんだよな? あ?」
僕も家族に似て短気なのかもしれない、頭に血が上っていた。
荒んだ心が、戻っていく。茉姫奈が差しのべてくれた救いの光がまた薄らいで、心に溜まった色々な感情が少しづつ漏れていた。
「ここ繁華街で、近くに風俗あるんで、そっちいってくれませんか?」
「てめぇさ、ボコボコにされたいの?」
「“逆に”痛い目合うと思いますよ?」
売り言葉に買い言葉。
面白いくらいその言葉が当てはまると思ってしまった。
すると胸ぐらを掴んでいた男が手を離し、拳を振り上げて来た。怒りに身を任せた大振り、流石に僕でも躱すことが出来た。
その後にもうひとつの腕でアッパーをしようとしてきたが、その腕を掴んで僕は脇腹を思い切り蹴った。苦悶の表情を浮かべた気がしたが、気にせずもう一度蹴った。
すると力が弱りスルッとそのまま崩れ落ちる。不良は脇腹を抑えて咳き込み悶絶していた。
「てめぇ!」
そのままもう1人の不良の拳を躱して、その力を使って裏拳を繰り出した。上手く顎のいい所に当たったのかそのまま崩れ落ちた。
恐らく脳震盪だろう、そのまま数分後には意識が回復する。
すこし深呼吸をしながら、両手を見る。
やっぱり、“姉さんのお陰だな”と思ってしまった。
もともと目で感情の色を見て、予想は着いていたが、こんなに上手くいくとは思わなかった。
こうも簡単に想像通りだとは思わなかったので、僕も内心かなりドキドキしていた。良く見えないので眼鏡を1度外して付け直して目を凝らす。
バイトの服装の上が破られていて、もう少しで下着が見えるくらいに無惨に破かれていた。このまま僕がいなかったら····恐らくレイプか、そのまま酷ければ口封じに殺されていた可能性も頭をよぎる。
考えすぎかもしれないが、助けられてよかった。
もう追い打ちをする必要は無いと僕は思い女性の手を引いた。
「起きる前に、行こう」
「あっ······」
彼女も明日には僕の事を忘れてる。
僕も明日には彼女の事は忘れてる。
だからいい、これは気まぐれの自分勝手。
そう決めつけて、今を紡ぐ。
今まで浮ついていた感情が一瞬で沈んでいて、ひとつ深呼吸をした。
女性の同意もなしに手を引き、そのまま走り出した。後ろから「待て!」という怒号が聞こえたが、完全に声の勢いが戦意喪失している様な様子だったので、無視をして逃げた。
彼らに追われない様に、スピードを出して走っていたからか、あちらの方のことなど考えていなかった。息も絶え絶えで「待って!」という声が聞こえて僕も我に返って後ろを振り向く。
足も震えていて、息も絶え絶えになって彼女の喘鳴が耳まで届く。
呻吟にも近い彼女の喘鳴は、僕の頭を冷やすのには充分すぎるものだった。
少し遊んでいるような女性で、金髪がネオンに少し輝き、僕との住む世界の違いをその時点で思い知らされた気がした。
このまま追われてきていたらまずいし、不本意だが、僕の家はすぐ近くだ。一日だけそこに匿って返そうと考えた。
ふーっ、とひとつ深呼吸をして、周りを見回した。聞こえるのは騒がしい程に聞こえる話し声と、何百人が通行していく足音のシグナル。
誰も僕らの存在など気付かぬフリをして、あちらから見て不利になるような事はしたくないんだろう。
第三者から見た状況は、無理やり僕が彼女の手を引き、同意もなしに連れて行っているクソ野郎だ。まあ多分、僕らを通り抜ける雑踏は他の事に視線がいって僕らの事など見てはいないだろう。
夜の街とはそういうものだ。
『誰かが何とかしてくれる』って言う感情を持って面倒事には目を塞いでネオンの中に消えていく。
皮肉な事に、ここは助けてくれる人なんていない。
だからこの状況で彼女を助けた行動こそが、街にそぐわぬ自分勝手そのものだった。茉姫奈が教えてくれた、大切なこと。
そして生憎、父さんも母さんも家には居ない。
姉さんは親よりは僕のことを理解してくれているはずだ、ちゃんと事情を説明すれば家に入れてくれるだろう。
父さんも多分暫く別荘で不倫相手と居るはずだからずっと帰ってこないだろう、母さんは姉さんが施設に今日入れたと言っていた。
女性の息が回復するのを少し待って、そこから僕は話し始めた。
「とりあえず僕の家まですぐだから、そこに今日だけ居て」
「でも····!」
と言って彼女が顔を上げて、初めて僕も顔を見た。
──!?
迂闊だった。
心臓が跳ねて、一瞬目を見開いてしまった。
女性の方も、僕を見てしばらく呆けた顔をしていた。まさか、というような面持ちで僕を見つめて、時間が経過して状況を理解したようにも見えた。
数時間前まで見た事がある顔、数時間前まで嗅いだことがある匂い、そして特徴的な金髪。金髪の時点で気付かないのは、僕がそれほど人を見ていないのだろうか。
極めつけには、パートの名札。
しっかりと『いわうみ』という四文字。
「····最悪だ」
「れ、玲依····?」
状況を理解するのに時間がかかり、僕達は少し見つめ合っていた。
大幅に遅れました
なろうとの同時投稿って難しいですね
学校始まったので更新ペース上がると思います
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