乙女になった雛菜ちゃん。   作:バナハロ

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ストレスを加えると良く咲く。
同じ数だけ生きていれば、同じように成長するとは限らない。


 翌日、緋影は伸びをしながら登校した。先生に捕まった。

 

「○△□*〜!? ☆」

 

 ドチャクソ怒られた。サボりの件について。結局、昨日はケーキを二つ食べた上に飲み物も二人分飲んで二人分の代金を払い、その上で何故か店内の撮影が始まって変に遠慮してしまい、店を出た後でお腹痛くなって着替えに家まで戻らなくてはならなくて、もう行かなかった。

 ついでに、今日は自分が日直だったらしく、その為に日誌をとりに行かなかったのも怒られた。

 さて、まぁそんな話はさておき、だ。

 

「……あ、あの……ヒナちゃ……」

「あ〜、円香先輩が大好きな緋影ちゃんだ〜!」

「ちょっ、や、何言ってん……!」

「円香先輩とイチャイチャしてきたら〜? 雛菜は小糸ちゃんとイチャイチャするから〜」

 

 逃げられてしまった。ひどい。逃げるだけならまだしも、円香のこと好きとかいうとか……思わず、むすっとしてしまう。

 なんか昨日から様子がおかしいのだ。なんでそんなに怒っているのか分からない。昨日、そんなに悪いことを言ってしまっただろうか? 

 本当に小糸のところでハグし始める雛菜を眺めながら、仕方なく緋影は一人で席に座って本を読み始める。

 まぁ、一人の時間は元々、自分にとっては当たり前だったし、別に孤独感とかはないが……。

 

「……」

 

 いやある。ちょっと寂しい……まぁでも本があるし、あとはこの世界に溶け込むだけだ。

 そう思いながら、本をしばらく眺める。今日の本は恋愛モノ。なんか昨日からちょっとラブコメを吸収したい波動が出ている。

 今見ているのはなんか同士だが……まぁイチャラブしてくれるものだ。すれ違いからのイチャイチャ……というループ。自分も、もしかしたらこんな感じの……なんて思っている時だった。

 目の前から本がなくなった。

 

「あぇっ⁉︎」

「はい、没収〜」

「え、な、なん……!」

 

 この間延びした口調、雛菜だ。

 

「あは〜、何これ〜?」

「か、返してよ……!」

「やだ〜」

「あ、待っ……!」

 

 雛菜は本を持って逃げ出してしまい、慌てて追い掛ける。なんだろう、あの子……と、少し冷や汗を流す。

 もしかして……追いかけて欲しいのだろうか? それは別に良いんだけど……。

 

「……見失った……」

 

 元々、足の速さが違う。教室を出て角を曲がったところで、もう雛菜の影も形も見えない。

 いなくなっちゃった……と、呆然としていると、後ろから声が掛けられる。

 

「あ、あの……緋影ちゃん」

「あ……こ、小糸ちゃん……」

「だ、大丈夫?」

「大丈夫だよ……でも、どうしたの? 急に……」

 

 自分からいなくなっておいて、自分からカマチョしてくるなんて……と、困惑する。

 

「雛菜ちゃん、多分ヤキモチ妬いちゃってる、と思うんだ……」

「え……そ、そうなの?」

「うん……雛菜ちゃん、その……かまってちゃんなとこあるから……円香ちゃんに、よく意地悪するのもそうだと思う……」

 

 ……いや、自分と円香は全然タイプが違うし、あんな風に喧嘩はしないが……それは、少し勘違いな気がする。

 

「そ、そうかな……?」

「い、いや……私も少し雛菜ちゃんのこと分かんないとこもあるから、絶対とは言えないけど……」

 

 つまり、小糸にも自信があるわけではないらしい。緋影は違うと思うし、勘違いだろう。

 じゃあ何? と思われるかもしれないが……でも、もうどこに行ってしまったか分からないし、本は諦めて置いて行かれた小糸と話そう。

 

「そ、それより、小糸ちゃん……その、良かったら一緒にお話とか……」

「え、わ、私と?」

「あ……ダメなら、いいけど……」

「う、ううん! そんな事ないよっ!」

 

 よかった。断られたら立ち直れなかった。

 そんなわけで、二人で元の席に戻ろうとした時だった。その後ろから大きな声が響く。

 

「あ〜〜〜!」

「「っ⁉︎」」

「緋影ちゃんが意地悪してる〜〜〜!」

「「えっ?」」

 

 ハモった。小糸と。意地悪なんてしたっけ? と小首を傾げる中、雛菜はマイペースに小糸の腕を引く。

 

「じゃあ、小糸ちゃんは雛菜と一緒に遊ぼうね〜?」

「え……」

「ひ、雛菜ちゃん……緋影ちゃんも一緒に……」

「緋影ちゃんは円香先輩のところに行くって〜」

 

 なんて事を言い出すのか、この子は。上級生の教室なんか1人で行けるわけがない。

 

「え……ま、待ってよ……!」

「知らない〜。はい、本でも読んでれば〜?」

 

 そのまま本だけ置いて逃げられてしまった。

 

 ×××

 

 さて、お昼休み。緋影は一人で食事になった。まぁもう慣れたから良いけど。

 ポツンと席に座って、家で用意したおにぎりを二個食べる。雛菜を彼女にしたい→ここは自分の女子力もアピールしたい→つまり手料理を用意する→でも料理は出来ない→おにぎりで良いか……という、チャート式の思考の結果、別に女子力を感じられないものを作ってきてしまった。

 でも、これは正解だ。だって一人飯だから。雛菜は小糸を連れて毎回休み時間になるたびにどこかへ行くし、もう完全にはぶられてしまった。

 

「……はぁ」

 

 早いなー、失恋……と、思わず涙目になる。音速で消えた初恋だった。まぁでも、これも自分らしいのかも……と、思っている時だ。スマホが鳴り響いた。着信主は、樋口円香。

 

「あ、もしもし?」

『今暇?』

「あ……は、はい」

『じゃあ、中庭に来て』

 

 との事で、一度中庭に向かった。

 一応、お昼を用意して、そのまま中庭に入ると、すでに円香はベンチに座って待っていた。

 

「あ……お、お待たせしました……!」

「ん、待ってない別に」

 

 そうは言うけど、実際この先輩は優しいし綺麗だし、あと自分でもなんだかわからないけどやたらと親近感が湧く人だ。

 

「じゃ、移動」

「え?」

「雛菜にバレると面倒くさい」

 

 それはそうかもしれない……というか、円香も雛菜も何かあったのだろうか? まぁ、そうでなくても結構、かまちょされてるイメージだし、分からなくもないのかもしれない。

 さて、そんなわけで移動した。場所は武道場の裏。そこで、2人でしゃがんで食事。円香もコンビニで購入したような袋とおにぎりを用意する。

 

「あなたは手作りなんだ」

「あ、は、はい……まぁ、中はおにぎりですけど」

「ふーん……私のメインあげるから一つちょうだい」

「あ、ど、どうぞ! 一つと言わず全部あげます!」

「いやそれはいい」

 

 おかずの交換会……なんか、友達っぽくて嬉しい……と、頬が赤く染まる。自分なんかと一緒に遊んでくれるあたり、やはり円香は優しい。

 

「ん、おいしい」

「ほ、ホントですか⁉︎」

「うん。まぁ不味く作る方が難しいけど」

「あ、あはは……それはそうですね……」

 

 死ぬほど嬉しい。そのおかげでなんで誘ってくれたのか聞くのを忘れてしまった時だ。

 

「で、雛菜と何かあった?」

「うぇっ?」

「いや『うぇっ?』じゃなくて」

 

 あったけど、なんでだろう? なんて思っていると、すぐに円香が言った。

 

「雛菜が、朝から鬱陶しいの。私の脇腹つついたり、消しゴム勝手に使って机で練り消し作り始めたり、貧乳とか言って触ってきたり……」

「貧乳……?」

「胸が小さいってこと」

 

 いやそれくらいの意味は知っているが……円香が? なんか普通に大きいイメージがあったのだが……と、思って改めて服の上から見ると、少なくとも自分より大きいが確かに雛菜や透と比べると控えめかもしれない。

 

「……な、仲間……!」

「は?」

「すみません! 嘘です!」

「もうずっと前から仲間でしょ。私達」

 

 仲間……と、瞳を輝かせる。それも、ずっと前からそう思ってくれていたなんて……いや、でも……円香の胸、そんなに小さいだろうか? 

 

「あの……失礼かもしれませんが……バストの方は……」

「……79」

 

 ギリギリ80いってないだけで大きいでしょそれ、と眉間に皺がよった。

 

「私なんか……まだまだ樋口先輩の仲間と呼べるにふさわしくないです……」

「いや、そんなのいいから、何かあったの?」

 

 聞かれて「そうだった」とコホンと咳払いする。

 

「何かって……昨日、ですか?」

「そう」

「昨日は……まぁそこそこ色々ありましたけど……」

 

 何せ、レズであることを告白した日だ。もしかして……本当はレズと友達なの嫌だった? ……いや、分からないけど、それと円香にちょっかいを出すことはリンクしない。

 

「具体的に教えて」

「え……ぐ、具体的にって……」

 

 言われて、頭を悩ませる。つまりそれは……自分がレズであることを他人に伝える事と同義なのだが……まぁでも、雛菜が「ノクチルは大丈夫」って言っていたし、信用した方が良い。

 そんなわけで、昨日会ったことを詳らかに説明した。割と恥ずかしいこともたくさんあったのだが……でも、やはり円香にニヤニヤしながら「へぇ、誰が好みなの?」みたいに茶化されることはなかった。

 ……むしろ、その……額に手を当てて「お前の所為か……」みたいなリアクションをされてしまった。

 

「……つまり、雛菜は私に緋影を取られたと思ったわけね……」

「え?」

「いや、何でもない。鈍感」

「えっ」

 

 なして罵倒が入った? と、冷や汗をかく中、円香はため息をついた。

 

「……まっ、緋影は悪くないから。緋影と雛菜と揉めた時点で、何があっても雛菜が悪いから」

「えっ」

「だから、緋影は気にしないで」

 

 えー……と、冷や汗を流す。なんでだろう、と緋影は小首を傾げるが、円香は解説するつもりはないらしい。

 それどころか……横からハグをされた。

 

「大丈夫、落ち着いて緋影。何かあっても、私が雛菜から守るから」

「ひょえっ……」

 

 思わず気持ち悪い吐息が漏れた。ヤバい……雛菜のことが好きだったのに、円香のことも好きになってしまうかも……と、頬が赤く染まる。なんか、レズと認めてから女の子のことがみんな好きになっちゃいそうだ。ただでさえノクチルが周囲にいるというのだから尚更。

 

「にへ、にへへ……」

「知り合いの笑い方にそっくり」

「笑いが止まらないくらい嬉しいです……」

「そう。ならよかった」

 

 しばらく円香の胸に甘える事にした。

 

 ×××

 

 緋影を落ち着かせながら、円香は鋭い目つき周囲を見渡す。

 ……いる、流石に甘くないか、と心の中で唱える。ツボネ(雛菜)か……アマネ()か……と確認しながらも、流石に甘くないことを確認する。

 何にしても、自分の周りで年下の女の子を泣かせる奴は許さない。どっちも悪いけど、雛菜みたいに露骨なイジメのようなことをするのは分かりやすくダメだ。

 

「……上等」

「え?」

「ううん、何でもない」

 

 ……さて、いつ仕掛けてくるか? そんなのすぐに分かる。何年一緒にいると思っているのか。

 おそらく……察知している気配を読み取れば……一発。

 

「緋影、少しピリッとするよ」

「え、おにぎりに明太子入れてませ……んっ⁉︎」

 

 直後、一気に円香は緋影の前に立って身構えた。まるで円を57センチまで広げているように。

 そのまましばらく待機していると、コッ、と武道館の横から足音がする。

 

「!」

 

 振り返った直後、真逆から雛菜が姿を現した。

 

「円香先輩ずる〜〜〜〜〜〜い!」

「! 挟み撃ち……!」

「雛菜も緋影ちゃんのおにぎり食べたい〜〜〜!」

 

 叫びながら緋影に強襲をかける雛菜。透は円香の気を引く役割、本命はこちらだ。あと一歩、というところまで雛菜は緋影の横に置いてあるお弁当箱に手を伸ばす……が、それを緋影が避けさせた。

 

「え、やだ……」

「やは……」

 

 あまりに意外な返事に、円香も透も固まってしまった。

 

「……な、なんで〜?」

「だって……樋口先輩、美味しいって言ってくれたから……何も言わずに去っちゃう人よりは、樋口先輩に食べて欲しい……」

「おぅふ……」

「……は〜?」

 

 割とはっきり拒絶した緋影だが……それに反応する余裕もなく、円香は今の一言で胸が満たされた。この後輩、やはり可愛い。多分親切にされたらみんな良い人に見えてしまうのだろう。

 何て素直で危ない子なのか。自分が守らないと、という庇護欲さえ掻き立てられる。

 だが、ほっこりしている場合ではない。何せ、雛菜は自分が幸せでなくなることが嫌だから。

 案の定、顔を真っ赤にして憤慨し、頬を限界まで膨らませて緋影を睨んでいた。

 

「む〜〜〜!」

「それに、樋口先輩からもおにぎりもらっちゃったし……」

「雛菜も美味しいって言ってあげるから〜!」

「や、やだよ。食べたいから美味しいって言われても嬉しくないし……」

「緋影ちゃん、雛菜のこと好きなんでしょ〜〜〜⁉︎」

 

 流石に円香も驚いた。本当に好きなのだろうけど、そんな言い方をしたら絶対に緋影も認めなくなるだろうに……。

 案の定、緋影は円香の腕にしがみついた。

 

「い、言ったじゃん。私が好きなの、樋口先輩だもん」

「えっ」

 

 なんでそこで自分を巻き込むの、と思わず吹き出してしまった。まさかのパスに、雛菜はさらに怒ってそっぽを向いてしまう。

 

「もう知らない〜。じゃあ二人でイチャイチャしてれば〜?」

「ヒナちゃんだって、ずっと浅倉先輩達とイチャついてれば良いじゃん」

「「ふんっ!」」

 

 そのまま別れてしまった。円香と透は顔を見合わせる。どう思う? みたいな視線を送る。

 

「あー、グー?」

「じゃないでしょ」

 

 どんだけどうでも良さそうにしているか、このアホリーダー。

 正直、今日の件は両成敗である。どっちも素直になれば良い事だろうに……と思わずにはいられない。

 とにかく、年上として二人の間に入らなければ。

 

「ちょっと、二人とも……」

「じゃ、行こ〜? 透先輩〜」

「あー、グー」

「べ〜」

 

 そのまま二人は別れてしまった。まぁ……教室では割と意地悪していたらしい雛菜にイラつくのも分かるが、緋影が本当は雛菜のこと好きで、それを雛菜も何となく察していることに気付かないのも悪い。だいぶ分かりやすいのに。

 ……まぁ、今まで友達がいなかった人の宿命だろう。一人、そんな奴に心当たりもあるし。

 

「……浅沼さん?」

「……はぁ」

「……泣いてもため息ついても、何も変わらないと思うけど?」

 

 まぁ可愛い後輩と生意気可愛い後輩のためだ。一肌脱いだほうが良いだろう。

 そう決めて、円香はとりあえず緋影の隣に腰を下ろした。

 

「言って」

「え?」

「雛菜への愚痴。まずは全部吐き出して」

「え……で、でも……お友達なんじゃ……」

「別にいい。私だって雛菜に殺意湧いたの、一度や二度じゃないし」

「えっ」

 

 長く付き合っていれば、それだけ不満も湧くというものだ。このボケナスとか、ゴミカスとか、巨乳お化けとか色々。

 そのまま、お昼休みは雛菜の愚痴に付き合うことにした。

 

「……ヒナちゃん、意地悪なんです」

「うん」

「私の正体……ずっと前から気付いてて結構、からかってきてた事もあったし……」

「うん」

「たまにセクハラみたいに、お尻とか胸とか揉んできたし……」

「うん……」

「私の事、バカのままで良いとか……言うし……」

「うん……」

 

 ……なんか聞いていると、雛菜だいぶいじりすぎじゃない? と思わないでもない。実際、いじられて気にしないタイプの人もいるかもしれないけど、緋影の場合は「気にしない」と自分に暗示をかけるだけのタイプな気もする。

 

「……実際、私なんて何の取り柄もないのは分かってますけど……でも、やっぱり好きな人に言われると……」

「……うん」

 

 それも分かる。……でも、それらを踏まえた上で、だ。

 

「でも、このおにぎり……とっても美味しかった」

「……そ、そうですか?」

「美味しい思って欲しくて作ったんでしょ? ……ほんとは、誰のために作ったものなの?」

「……」

 

 目尻に涙を浮かべながら、緋影は黙り込む。まぁ、それを自覚したのなら、後は自分から言う事は何もない。

 

「お腹いっぱい。一個残すね」

「あ……!」

 

 それだけ言って、お弁当箱にそれを置いた。実際、4個も大きいの作ってたから、お腹いっぱいではある。

 ……けど、まぁそれだけじゃない。ちょっと自分でも恥ずかしいくらいキザな真似したし、察してくれただろう……。

 

「あ、あの……ほんとはあんまり美味しくなかったですか……?」

「違う。もう少し人の言葉に敏感になったら?」

「えっ」

 

 悪いけど、それは緋影の良くないとこでもある。

 

「雛菜、結構食べる子だから、放課後には小腹が空いてるんじゃない?」

「あ……は、はい……!」

 

 ようやく通じたようだ。なら、あとは本人に任せよう。

 

「じゃ、少しのんびりしよう。今のうちに言いたいこととか聞きたいことあったら、私に言って」

「は、はい……!」

 

 二人でそのまま昼休みを満喫した。

 

 ×××

 

 ……さて、放課後。緋影は、少し緊張気味にホームルームをじっとして受けていた。

 雛菜に、謝る。まぁ正直、何が悪いのかわかっていないし、自分だけ謝るのも納得いかないとこあるのだが……でも、やはりどちらかが謝らないと始まらない。

 

「じゃ、解散〜」

 

 その声で、早速雛菜に謝ろうと立ち上がった。顔を向けると、既に雛菜は帰宅の準備を終えて教室を出て行こうとしていた。

 

「あ、ヒナちゃん待っ……!」

「聞こえな〜い」

 

 あのやろっ、と思っても飲み込む。慌てて背中を追おうとした直後だ。先生に襟を掴まれた。

 

「コーラ、日直。お前は教室の掃除だろが」

「セクハラ!」

「あ?」

「あ、いえ嘘です……」

 

 秒で負けた。

 仕方ないので、掃除に移る。まずは黒板からだ。さっさと終わらせて雛菜に追いつかないと……いや、追い付けるか? と少し不安になる中……ふと教室の扉を見ると、雛菜がじーっとこっちを見ている。

 待たないと言っていたのに……あの可愛い子は何をしているのか。まぁでも、待っていてくれるのなら好都合だ。

 自分もとりあえず、仕事をすることにした。黒板消しで黒板を拭いてから、その黒板消しをベランダでパンパンと叩き、そして掃き掃除。

 と、なるべく早めに終わらせようとしている……のだが。

 

「も〜、遅いよ緋影ちゃん〜?」

 

 痺れを切らしたのか、雛菜が入ってきた。

 

「いつまでモタモタしてるの〜? 雛菜、早く帰りたいんですけど〜」

「し、仕方ないでしょ……」

 

 そんな言い方しなくても良いのに、とむすっとしてしまう。でも我慢……と、胸を落ち着かせる。

 

「ていうか……さっき帰るって言ってなかった?」

「気が変わったの〜。緋影ちゃんに意地悪しちゃお〜って思って」

「しても良いけど終わるの遅くなるよ」

「む〜……」

 

 少し自分もむすっとしているからか、普段より棘のある返事が出てしまう。そんなリアクションを、雛菜が許すはずがなかった。

 

「じゃあ、邪魔しちゃうもんね〜!」

「え、ちょっ……」

 

 バンッ、と黒板を黒板消しで叩いてくれた。お陰で黒板に白い粉でスタジアムを上から見た、みたいな形が作られてしまう。

 

「な、何すんのちょっと⁉︎」

「邪魔しても良いんでしょ〜?」

 

 この野郎、と頭に来た。

 

「本当に邪魔してどうすんの⁉︎」

「雛菜はいつでも帰れるもん〜」

「話したい事、遅くなるじゃん!」

「別に今日じゃなくても良いし〜。じゃ、雛菜帰るね〜?」

「あ、ちょっ……!」

 

 ぐぎぎっ、と緋影が奥歯を噛み締める間に、雛菜は出て行ってしまった。

 

「……もー知らないからねー!」

 

 頭に来たので、そんな捨て台詞を吐くしかなかった。また黒板をやり直し……と、ため息が漏れる。ホント、ろくなことしない子だ。

 本当にもう知らない、と決めて、緋影が掃除を続行していると、後ろから声をかけられた。

 

「浅沼さん……大丈夫?」

「あ……樋口先輩……!」

 

 顔を出したのは円香。タイミング的に、雛菜とすれ違ったのだろう。それで透だけ連れて行かれたのかもしれない。

 

「手伝ってあげる」

「え、いや……大丈夫です。どうせ、今日はやる事ないですし、のんびり掃除します……」

「良いから。大丈夫、雛菜ならもう小糸と浅倉と行ったし」

「……」

 

 それは……つまり、円香は孤立してしまった、と言うことではないのだろうか? いつも仲良しの幼馴染四人の一人が、自分の喧嘩なんかで孤立……それは、ちょっと申し訳ないにも程がある。

 

「あの……じゃあ、尚更樋口先輩は、皆さんの後を追ったほうが良いのでは……」

「なんで?」

「……だって、その……ノクチルみんな一緒にいたのに、私の所為で離れ離れになったら……」

「平気。私達、そんな柔じゃないから」

「……」

 

 カッコ良い……と、少し惚れそうになってしまった。頬を赤らめて口元を覆ってしまう。

 

「ひ、樋口先輩……カッコ良い……!」

「良いから掃除して」

 

 言われて、とりあえずそのまま二人で掃除をした。黒板を拭き終えてから、掃き掃除を終えてとりあえず伸びをする。

 

「ふぅ、終わった……」

「お疲れ様」

 

 軽く挨拶すると、円香は教室の扉を閉めた。掃除中に生徒はみんな帰宅してしまい、今は二人だけ。そういえば……一個室で円香と二人なんだな……なんて思ってしまう。

 その円香は、一番後ろの椅子を三つほど並べ、そして座った。

 

「あの……樋口先輩?」

「おいで」

「え?」

「逃げられたし、ショックでしょ?」

 

 ポンポン、と自分の膝を叩く円香。おいでって……もしかして、膝枕だろうか? 

 

「あ、あの……」

「嫌ならいいけど」

「いきます!」

 

 こんな機会は逃せない……! と、すぐに横になった。膝の上に頭を置く。残念ながら、スカートとタイツの感触で生足ではないが、それでも柔らかくてハリのある感触が顔半分にあたる。

 気持ち良い……と思っていると、頭を撫でられた。

 

「とりあえず、近いうちに雛菜に謝らせるから。だから、今は他人の友達グループの事なんか気にしないで、あなたも落ち着いて」

「あ……は、はい……」

 

 そのまましばらく甘えることにした。

 この優しさ……そして母性……なんだろう、この方は一体どこでそれを身につけたというのか。

 まぁ、今日は頑張ったし……一先ず、このまま甘えることにした。

 

 ×××

 

 少し時は遡り、昼休み。

 

「そんなわけなんだけど、どう思う〜⁉︎」

 

 話しているのは雛菜。相手は透と小糸。昨日、あったことを愚痴っていた。あんなに鈍い子、中々いない。

 そもそも円香以外なら良いと言ったのに、雛菜と思わせておいて樋口先輩と言うのは本当にどうかしているとしか言えないまである。

 さて、それを聞いている二人は。

 

「あー、どう思う? 小糸ちゃん」

「えっ? えっと……ど、どうだろうね……?」

 

 完全な人選ミスである。ノーと言う人間がいない。

 

「酷いよね〜⁉︎」

「あー、そうかも?」

「あ、あはは……それはそうかもね……」

 

 そう返事をしつつ、小糸は目を逸らす。いや、それはその通りなのだが、今日の態度は良くないんじゃないかな……と、小糸は少し引いてしまったり。そもそも友達がいなかった緋影なのだから、多少鈍いのも仕方ないと思うのだが。

 何か言った方が良いのかな……と、少し考えていると、雛菜が透に話を振った。

 

「透先輩はどう思う〜⁉︎ 意地悪したくなるよね〜⁉︎」

「え? あー……うん」

 

 うん⁉︎ と、小糸は透を二度見してしまった。意地悪は別の話な気がするのだが。

 

「な、なんで……?」

 

 思わず透に聞くと、相変わらず何も考えてなさそうな笑みを浮かべたまま、やたら確信があるように言った。

 

「だって、私緋影ちゃんのことよく知らないけど、雛菜のことは知ってるから。雛菜が正しいんじゃない?」

 

 全力の身内贔屓! と、小糸は「ぴえええええええ!」と声を漏らした。

 で、そんなこと言われてしまえば雛菜は……。

 

「だよね〜〜〜⁉︎」

 

 ぴえぇ……と、もう小糸は震えるしかなかった。これ……放課後、揉めそうだな……と、思いながらも、とりあえず口挟むと怖いので見守ることにした。

 

 

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