C82頒布『茶柱エクストリーム』同人誌「(」・ω・)」ぱん!(/・ω・)/にゃー!Let’s\(・ω・)/うりゅー!」掲載。
アンジェは激怒した。
私は、ある学園でメイド(自主的)をやっている。だが、いつのまにやらもう一人、メイドが増えた。
その方は、「ゴーシン」と名乗り、私の仕事をことごとく奪っていった。掃除、洗濯、給仕、などなど、私の能力を遥かに超えていた。
最初は仲良くやろうと試みたが、どうやらそのつもりは無く、私を一方的に拒絶した。彼女はさまざまな家や企業を渡り歩き、色々な世界を見てきた。だか、それらに彼女が満足する要素は無く、ふと目についたこの学園に興味が湧き、私を満たしてくれるものがあるのではと思い、居候を決めたという。
「アンジェが居ながらメイドなんて、許せないですぅ~」
今日もアンジェが教室で悪態をついている。最近ではおなじみの光景である。
「仕方ないだろ。もうアンジェと同じように住み着いてるらしいし」
新吾がアンジェから差し出されたお茶を飲みながら、ほほ笑む。
「笑い事じゃないんですぅ~!このまま行くと、アンジェの仕事が無くなっちゃいますよ!」
「大丈夫だ。最悪このクラスが雇い続けるよ。みんなアンジェ好きだし」
(赤い髪の毛の奴)がアンジェの肩を軽く二度叩き、満面の笑みを浮かべる。
「皆さん……、ありがとうございますっ……ぐすん」
優しい言葉に思わず号泣し、床に突っ伏す。みんなの優しさが心に突き刺さる。私はまだまだ未熟だ。
「これからも、みなさんの為に、全力を尽くします」
「その必要は無いよ」
突如、黒板の近くの窓ガラスが割れ、黒ずくめのメイド服を着た貧乳低身長ロリ顔の女が、そこから飛び入ってきた。
「私がこの学校専属のメイドであります、ゴーシンです。以後お見知りおきを」
ゴーシンは、スカートの端を少し上げ、お嬢様挨拶を済ませた。だが、挨拶が終わった瞬間に光をも超越する速さで、割れたガラスの破片を回収し、何がよくわからない工具を取り出し、即座に窓ガラスを修復してしまった。
これには、教室にいた生徒一同、唖然。
「すげええええええええ!!」
「どうやったの?」
続々と、生徒たちがゴーシンの元へ駆け寄っていく。
対称的に、アンジェの元には、いつもの仲良しメンバーしか残っていない。
「な……、どういうことですかぁ~っ!」
アンジェは、ゴーシンの周りに出来ていた人だかりをかき分け、ゴーシンに詰め寄る。顔の距離、およそ30センチメートル。
「どういうこと、とは?」
「アンジェが校内でメイドをやらさせていただいているのを、知っててそんなことを……」
すると、ゴーシンはアンジェとの間合いを、額が触れ合うまでに詰めた
「私は、この学校内でのあなたの活躍を拝見しました。ですが、あまりにもメイドとして拙かったもので」
ゴーシンは口を隠し、ホホホ、と上品な笑いを見せる。そして、追い打ちをかけるかのように、ゴーシンが撮った、アンジェが犯したミスの数々の映像を教室のテレビモニターに映し出した。それを見た途端、アンジェは、床にへたりと尻餅をし、こうつぶやいた。
「……そうですか」
そう言い残し、アンジェはそれ以降、学校でメイドとして顔を合わせることは無くなった。
「まったく、なんなんですか!」
啖呵を切って飛び出したものの、アンジェには行く当てがない。今のご時世、気軽にメイドを受け入れる所など、なかなか無い。『メイド喫茶』というものもあるが、根本的な私の思想に合致しない。私はそこまで拝金主義ではない。
なら、私は何をすべきなのか?
メイドの基本は『人に尽くす』ことである。ということなら接客業?レストランのウェイトレス?いやいやいや。私には大多数の人数なぞ捌けない。
……そうとなると、いよいよ手詰まり。しばらくはホームレスかな。
悲観的になっていた私に声をかけてくれたのは、出て行った私をわざわざ追いかけていた、新吾さんでした。
「どこにいくつもりだ?」
「放っておいてください!私には居場所なんて、どこにも無いんですよぉ……」
とめどなく溢れ出す涙。
「どこにも居場所がないなら、俺の家でメイドをしてくれ!」
突然、新吾さんが私の手を取り、真剣な眼差しで、訴えてくる。
「そんな……、私なんか……、価値なんか無いんです……」
「誰がそんなことを決めた?」
「私です」
「そういう風に思っていたら、何も変わらないぞ」
新吾は、からかう様にアンジェのおでこに軽くデコピンを放つ。そして、アンジェの顎を軽く掴み、空へ頭を向かせる。
「地べたなんかに、希望は転がっていない!空を見ろ。空には無限の可能性がある!」
こんなキザなセリフ吐いたのは久方振りだな、と耳を赤くした新吾は、不意にアンジェの手を取り、どこかへと向かい始めた。
「ど、どこに行くんですかぁ?」
「決まってるだろ。家だよ」
新吾さんの家に来たのは初めてで、何が待っているのかという期待感でいっぱいだった。ただ、本当に新吾さんに受け入れられるのか、妹さんの()に受け入れられるかどうかは、実際にやってみないと分からない。二人に本当に貢献できるか分からない。けど、お二人なら、優しくしてくれる。今までの姿を拝見して、それは何となく分かる。
ネガティブに考えても無駄。杞憂だ。
「着いたよ」
新吾さんが指差した先に、その家はあった。
豪勢な邸宅ではなく、どこにでもある普通の一軒家。私が想像していたものとギャップがかなりあった。あれだけ心が広いとなると、さぞかし家も広いだろうと高を括っていた。これなら、私も新たなフィールドで戦える!
希望に満ち溢れていたアンジェに、水を差したのは、今日何も連絡をよこさず帰ってきた、両親だった。
「あら、おかえり」
母が手を振って、新吾を出迎える。
「おやおや、新吾、彼女連れて来たのか?」
父が、傍らに居るアンジェを見るや否や、からかい始める。
「ち、ちがいますぅ~」
アンジェの顔や耳が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。
「ハハハ。そうか。なら、遊びに来たのかな?」
「実は……」
アンジェは、父に今までの経緯を話す。
「そうだったのか。うぬぬ、どうすればいいものか……お金ないし、家狭いし」
「いえ、タダでも構いません!住めないというのなら、野宿します!」
アンジェの目は、輝きに満ちている。
「そうか、分かった」
父が大きく縦に首を振った。
「ただし!新吾に手は出すなよ?」
釘を刺された。考えが見透かされていたのだろうか?
結局アンジェの雇用契約は次の通りになった。
給料は食料など、現物支給。労働時間は最高8時間。住居は支給せず。ただし、自宅内に倉庫等住めると思われる場所がある場合、その限りではない。やった!これでまたメイドとして働けますぅ~!
しかし、現実はそこまで甘くは無かった。
ほとんどの仕事は新吾さん達家族が、率なくこなされ、アンジェがやる仕事といえば、庭の水やり程度だった。これではメイド稼業上がったりだ。
何か、別の仕事は無いか?
そんなことを、漠然と考え始めていた。
ある日の朝、いつものように、郵便受けに入れられている新聞等を取りに行くと、その郵便の中に、奇妙なビラが入っていた。
『新世紀は貴方に!神のエラゴスチック・パワーを身に着け、来るべきベスメラギ時代に備えましょう!』
という謳い文句で、ブレスレッドの宣伝をしていた。販売元は、『キラキライズム』。いかにもアヤシイ。本当にこれ、食いつく人はいるのかしら?値段なんか、十万円を軽く超えているのに。
そんなビラを見てほくそ笑んでいたアンジェが、リビングに戻ってくると、新吾さん達が見ていたテレビで、こんなことをやっていた。
『巷で話題!この「エラゴス・ブレスレッド」を身につければ、たちまちラッキーに!』
という文言を、満面の笑みで語りだす通販番組を放送していた。
どうなっているのだ、この国は。こんな根拠もない、本当に効果があるのか分からないような、しかもデザインもダサい、宗教の匂いがプンプンするようなものが、平然と公共の電波や、チラシで大々的に宣伝され、大量に売り捌かれているのか。こんなので儲けているところがあって良いのか?
……いや待て。逆に考えるんだ。このような方法を用いれば、とてつもない富が手に入るのだ。現状を見るんだ。掃き溜めのようなところで、全く仕事が出来ず、日々の暮らしは、食料のみで過ごす。こんなことが一生続くわけがない。
なら、起こそう。『宗教』という神聖不可侵の聖域を用いて、日本を、いや世界を席巻しよう。これは、アンジェが起こす、戦争だ。
手始めに、宗教にはシンボルが必要だ。何か、絶対的に服従、敬愛、神聖なもの。キリスト教なら、十字架とか。○○の科学なら、エル・○ンターレとか。アンジェにとって神聖なもの……。そうだ。カチューシャだ。アンジェにとってカチューシャは、切っても切り離せないアイテムだ。なら、これをシンボルとしよう。
次は聖典だ。聖典は、信者が心の拠り所とするものだ。信者が必ずといって良い程買ってくれるので、宗教の運営にとってはマストアイテムだ。なぜアンジェが教祖となったのか、アンジェが具体的に起こしたムーブメント、心に響く言葉の数々。苦しんでいる人への慈悲の言葉。要素はこんな感じか。
なぜアンジェが教祖になったのか。
ある日、毎日カチューシャをつけ続けていたアンジェの元に、カチューシャの神『カーシャチュ』が降臨し、こう告げた。
「お前はカチューシャをこよなく愛し続けている。その愛を、世界に伝播し、世界を幸福で包み込みなさい。カチューシャを付ければ、皆同志であると、広め伝えなさい」
そんなお告げを聞いたから、アンジェがそのお告げを広げる預言者であるため、教祖である。
そして、その言葉を忠実に守ったアンジェの元には、数々の幸運エピソードが。お金に困らなくなった(これから)、雇ってもらえた(劣悪環境)、悲しい過去と決別出来た(ライバルに罵倒されて逃げた)。
だから、悲しんだり、くよくよしてはいけません。カチューシャを毎日つけ続けた同志には、必ずや希望が訪れます。預言者アンジェの言葉を信じ続けてください。そして、毎日カチューシャをつけ続けて下さい。必ず、『春』はやってきます。
……少々盛り過ぎたか。まあ、聖典としては上出来だろう。
あとは実践だ。誰かが実際に、この宗教に入り、幸福体験をし、そのことを伝播するように仕向ける。そのためには、今不幸である者を捜し、この宗教に入ってもらい、幸せに辿り着いてもらえばいい。
不幸な人はどこにいるか?やはり病院?駅やビルで張り込み、現状にフラストレーションがある者を捜し、捕まえるのもありか。
そうと決まったら、外へ飛び出そう。
聖典は『カーシャチュの覚醒』という名にし、宗教の名前を『聖カーシャチュ教会』とした。聖典は、巷にあるコンビニで、新吾さんからもらったお小遣いを使って印刷。カチューシャは手作りの布製。カチューシャの内部には、『カーシャチュ』のご加護が与えられるようにと、的の絵が描かれた紙が入れられている。
さて、準備はそろった。あとは駅前、病院で配布をする。
仕事の空き時間を縫っては繰り出し、カチューシャを作っては繰り出し、作っては繰り出し、というローテーションを実に三か月続けた。『考えに賛同してくれる方は、この場所に集まって下さい。集会を行います』というビラも挟み、アピールを続けた結果、集会場所である近くの公園には、五百人以上のシンパが集まるようになった。やはり、世の中は混迷で満ちているのだろうか。
集会は決まって日曜日の11時からということにした。この時間ならば、誰でも気軽に集まれるという理由からである。
アンジェが公園に着くと、既に集まっていた信者達が大歓声をもって迎える。そんなに救いが欲しいのか。もちろん信者達は、カチューシャをつけ、『カーシャチュの覚醒』を持っている。
「アンジェ様!」
「聖アンジェ!」
「カーシャチュの生まれ変わり!」
「ジャンヌ!」
様々な声が、様々な方向から飛んでくる。全てアンジェを指して言っている。これほど心地良いものはない。
「みなさん、カチューシャつけてますかぁ?」
「イエス!」
「みなさん、最高ですか?」
「最高です!」
いつもの掛け声をかけ、説法を始める。いつもしている話は、メイドとしての苦労話や、『カーシャチュ』に出会ってから起こった良いことなどである。大体の話は、今苦しくても、『カーシャチュ』を信じていれば、必ず報われるという話である。この話をすると、信者達は決まって涙を流す。
しかし、今日の集会は特別だった。お金持ちの信者が、この宗教を組織化し、更に多くの人々に考えを広めようと、アンジェに提案してきたので、今回正式に宗教法人格を取得し、本格的に布教を始めようということになった。都心にビルを借り、協力してくれるという信者と共に、この宗教を運営していくことになった。
信者の皆さんには入信料と、年会費を徴収し、年に2~3冊出す『カーシャチュのお告げ』を買ってもらう。これを義務とし、違反した場合は、『カーシャチュ』から罰が当たるとして、追放されることになった。
これだけの組織になったので、新吾さんの家からは、出ていくことを決め、今は立派なマンションに住んでいる。
信者はよく働き、アンジェの話をよく聞いてくれる。そのお蔭で、信者はうなぎ登りに増え、今では、新興宗教の中で1番の信者数となった(2020年現在)。
もちろん、これだけ信者数が増えたので、各地に支部を置き、出版社も自前で作り、大量に販売できるようになった。
もうここまで拡大したら、あとは政界進出を残すのみ。しかし、アンジェの心中は決して穏やかではなかった。
アンジェは、本当は何がやりたかったのか?お金を稼ぐこと?みんなの幸せを運ぶ預言者?みんなに好かれること?
……すべて違う。アンジェはメイドだ。生まれながらのメイドだ。確かに宗教によって、たくさんの人の心を救うことはできたかもしれない。でも、その代わりに、人との強い繋がりを失ってしまった。メイドというものは、少ない方々に愛され、その方々のために、誠心誠意尽くすものである。アンジェは、そこから大きく外れてしまった。
何で教祖なんかやったんだ。なんで預言者だなんて嘘をついたのだ。全て、メイド道を極めるためでなく、お金のためにやってきたことではないか?『ゴーシン』とかいう生意気なメイドから逃れるためにやっていたのではないか?
アンジェは、一体今まで何をしていたのだ?
朝の目覚めのように軽く、アンジェは、組織の本部を抜け出し、ある場所へ走り出した。ある場所とは、もちろんかつて働いていた、学園であった。
「たのもぅ~~~~!!!」
アンジェは学校につくやいなや、昇降口で叫ぶ。
その騒動をすぐに察知し、ゴーシンが駆けつける。
「一体何の用だ?」
「アンジェは、あなたと決着を付けにきました!」
その力強い目線は、ゴーシンの濁った眼に突き刺さる。
「決着?そもそも勝負なんてしていませんが」
ゴーシンは、持っていたモップを掲げ、勇者の剣のように持ち替える。
「あらぁ?勝負する気満々じゃないですかぁ~?」
アンジェは、不気味な笑みを浮かべ、ゴーシンを挑発する。
「わかりました。では、受けて立ちましょう」
アンジェの挑発に見事に乗ったゴーシンは、メイドのプライドを賭けた戦いに身を投じることとなった。
勝負の内容は、メイドの技能を競う3番勝負である。モップ掛け、食器類の配膳、料理である。
いずれも現役のメイドであるゴーシンに軍配が上がると思われていたが、アンジェの腕は落ちるどころが、更に技能が向上していた。新吾さんの家にいた時代、辛酸を只舐めていたのではなく、常に練習していたのである。そして、教祖になり、各地を順々に回り、数多くの講演をこなした。そのお蔭で体力がついた。今までの苦労は、無駄ではなかったのだ。
そういうこともあり、ゴーシンは3番勝負で全敗し、悔し涙を浮かべ、学校を去って行った。こうして、無事にアンジェは学校のメイドとして復帰を果たした。めでたしめでたし。
という風に思われていたが、アンジェが作り出した「聖カチューシャ教会」は、教祖であるアンジェを失い、次の教祖を決めかね、お家騒動に発展していた。『カーシャチュの覚醒』を第一とする教典原理主義派と、カチューシャの絆を第一と考えるカチューシャリアンで大きく揉めていた。
そんな中、あるひとりの女が現れた。そう、ゴーシンである。
また仕事を探しているうちに、ここの本部のメイドを募集していたので、気軽に来てみると、「アンジェ様の生まれ変わりだ!」「カーシャチュ様が具現化なされた!」などと持ち上げられ、挙句の果てに二代目教祖に担ぎ上げられた。
さあ、今日は日曜日。集会の時間だ。ゴーシンを称える無数の信者たちの歓声が聞こえてくる。
「ゴーシン様!」
「カーシャチュ様の生まれ変わり!」
「ゴーシン様万歳!」
「ゴーシンゴーシンゴーシンゴーシンゴーシン!」
「ハハハ!待たせたな、皆の衆!カチューシャをつけて、世界を変えよう!」
ゴーシンは、アンジェから貰ったカチューシャを身に着け、今日も壇上に上がっている。
〈終わり〉