世界各国へ赴き、ライブを行う--315プロダクションを挙げて取り組む企画、ワールドトレジャー。その最後とを飾ることとなった鷹城恭二、北村想楽、信玄誠司、伊瀬谷四季の四人は、会場となるトルコへ降り立った。
日本から遠く離れた異国の地で、四人は果たして無事にライブを成功させることが出来るのだろうか。

※この作品は、かつてワートレシリーズで出国できなかった自分の担当を含む四人に出国して貰うため、イベントを捏造したものです※
※少しですがプロデューサーが出てきます。イメージはアニエム準拠です※


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World Treasure in Turkey!

 

 フランスを出発点に、アメリカ、スペイン、中国、ドイツ――とプロダクションのメンバー達が各国を巡っていた旅もいよいよ大詰めを迎えていた。 

 日本から飛行機で十二時間と少し。世界中を巡ってライブをするワールドトレジャーの締めくくりとして、恭二、想楽、誠司、四季の四人が降り立ったのは、中東と欧米の中継地点、トルコはイスタンブールだった。

「やっと着いたっすー?」

「……元気だな、伊瀬谷」

 長旅の疲れも見せずはしゃいで飛び回る四季を、若干の呆れとほんの少しの尊敬を混ぜた目で眺めながら恭二は呟く。言われた四季はそんな苦笑混じりの声音を意にも介さず、元気よく振り返っては目を輝かせた。

「だって海外っすよ海外? オレ海外初めてっすもん?」

「まー気持ちは分かるけどねー」

 恭二と同じく眠い目をこすりながら想楽は同意した。

「僕もトルコは初めてだから、色々楽しみではあるんだよねー」

「そうだな。自分も初めてだ。今回は観光する時間も少しはあるんだろう?」

 恭二や想楽に比べればしゃっきりした顔つきで誠司は言った。疲れが見えないのは旅慣れているからと言うより基礎体力の違いだろうか。横に並んだ誠司をちらりと横目で見ながら、想楽はそんなことを思う。

「そうですね。ちょっと強行軍ですが、せっかくトルコまで来ましたので、皆さんには色々な文化を体験して頂こうと、ライブに差し障りのない程度で予定をぎっしり入れています」

 四人から少し遅れて空港から出てきたプロデューサーは、他意のない笑みでそう言い放った。予定をぎっしり、という言葉に恭二と想楽は少々引きつった表情を浮かべる。

「それではさっそく移動しましょう。皆さんお腹すいてますよね? 昼食はこの近くのレストランを予約しています。お疲れだと思いますが、もう少し頑張って下さい」

「いぇーい! プロデューサーちゃん、さすがっす!」

 スキップでもする勢いでプロデューサーの周りを飛び回る四季を後ろから眺めて、想楽は小さく嘆息する。この調子であと三日程を過ごすと思うとほんの少し気が重かった。

「北村、大丈夫か?」

「あ、うん、大丈夫ー。僕達も行こっかー」

 心配して声を掛けてきた恭二に笑って見せて、想楽は歩き出した。

 

  * * *

 

 空港からレストラン、レストランからホテルへと見知らぬ異国の地での移動が続いて、あれほどはしゃいでいた四季もチェックインの頃にはさすがに疲れを見せていた。夕食までは自由時間だとプロデューサーに言われたものの、歩き回る元気がないらしい四季は早々に部屋に引き上げている。誠司と恭二もそれぞれ部屋で休憩すると言って部屋へ入っていった。

 四季と同じ部屋を(あて)がわれた想楽は内心思うところもあったが、プロデューサーに一人一室取れなかったことを詫びられては文句も言えなかった。恭二と誠司も特に文句を言わず、よろしくな、と言い合って部屋に入っていったので余計に何も言えなくなる。仕方なく部屋に入れば、先に部屋に入っていた四季が、想楽っちと同じ部屋とか修学旅行みたいっすね! と無邪気にはしゃいでいた。そうだねーと曖昧に返事をした頃には、四季は勝手に陣取った部屋の奥側のベッドで寝息を立て始めていた。

 何とも言えない気持ちのまま一人スマホを手に取り、地図アプリを開く。あらかじめ自由時間を貰えることは聞いていたので、行ってみたい場所はいくつかピックアップしていた。移動に疲れてしまったらやめておこうと思っていたのだが、四季と同じ部屋になった以上ゆっくり休憩できる保証はない。それなら行きたかった場所に行っておくべきだ。そう判断した想楽は貴重品を金庫にしまい、最低限の荷物だけを小さなボディバッグに詰め込んで立ち上がった。

 部屋の奥、四季が眠るベッドの隣に大きな窓がある。想楽はその窓に歩み寄って外を眺めた。窓の外に、目的地の目印になるであろう六本の塔が見える。屋根を青みがかったタイルで彩られたその尖塔が、重厚なドームを有した建物の周りを取り囲むように立っていた。

 ワールドトレジャーの行き先がトルコに決まってから、この国について少しは下調べをした。その時に何を差し置いても訪れたいと思った場所がある。だから、まずはその場所へと向かうことにする。想楽は地図アプリで道順を再度確認してから、意を決して一人ホテルを後にした。

 想楽が行き先に選んだのは、スルタンアメフト・モスク――通称ブルーモスクとも呼ばれる場所だ。六本の尖塔を持つ唯一のモスクであり、数万枚ものイズニックタイルに彩られた、世界一美しいとも言われているモスクである。特別に信心深いわけではなかったのだが、写真を一目見た時から一度は訪れてみたいと思っていた。

「あそこまで、どれぐらいかかるかなー」

 ホテルを出てからも、目的地であるブルーモスクはその存在を誇示するように視界に入っている。見間違いようもない六本の尖塔がそこにあるおかげで、行く方向がはっきり分かる。迷うことはなさそうだ。 

「それでも、幸広さんなら迷子になったかもねー」

 旅立つ前に、先に出国を済ませた幸広達に話を聞いた時のことを思い出して独りごちる。幸広と一緒にロシアに行ったクリスや次郎からも、幸広の迷子癖で大変な目に遭ったと話を聞いた。ただ、そんなトラブルも終わってみればいい思い出になったと全員が口を揃えていたから、きっといい旅だったのだろう。そんなことを考えながら石畳の広場を通り抜ける。

「……僕にもそんな思い出が出来るかなー」

 小さな呟きを漏らした直後、スマホの中の地図が目的地に着いたことを指し示す。それを確認して視線を手元から上げると、そこには石造りの重厚な建造物が(そび)え立っていた。

「着い、たー」

 ホテルの部屋――高い場所から眺めるのと、地上から見上げるのとでは随分印象が違う。威圧感すら覚えるその姿と、無事に到着できた安堵から一つ息を吐いた。ホテルから見える距離ではあったが、それでもやはり見知らぬ国を一人で移動するのは緊張するものだ。

 慣れない英語で何とか中に入る方法を確認する。入り口で靴を脱ぐことと入場料が任意の寄附だということだけは辛うじて理解した。それだけ分かれば大丈夫だと自分に言い聞かせ、多少の心細さを押し殺す。いそいそと鞄から財布を取り出すと、心付けをいくらか支払って、通じるのか分からないまま軽く会釈をしてから中に入った。

 明るい室外から暗い室内に入り、明暗差から一瞬目がくらむ。一つ二つ瞬きをしてゆっくりと瞼を開ければ、目に飛び込んできたのは、精緻な文様に彩られた、眩いばかりの広い空間だった。

「……わー、これは、すごいなー」

 口から漏れたのは、ただその一言だけだ。

 美しい文様が、壁を、天井を、柱を、少しの乱れもなく埋め尽くしている。ブルーモスクという名の由来になった青いイズニックタイルで彩られた壁や、天井から吊り下げられたいくつものランプが、その風景をただ美しいだけではない厳粛なものにしていた。一歩中に入れば荘厳なその佇まいに圧倒され、ただ上方を見上げたままの姿で魅入ってしまう。

「旅ゆけば、出会うは未知の、風景で。やっぱり、実際見てみないと分からないものなんだなー」

 来る前の下調べで写真は何度も見ていたというのに、いざその場に自分が立ってみると見える解像度が段違いだった。天井の高さに、空間の広さに、荘厳な空気に、そのスケール感そのものに圧倒される。

「いくら写真が綺麗になっても、経験に勝るものはないのかもねー」

 どれだけの歴史をこの場が刻んできたのか。途方もない時間の流れに思いを馳せれば、この場にいる自分など随分と矮小な存在に思えてくる。その圧倒的な存在感には、いっそ畏怖すら覚える程だった。口を閉じるのも忘れてうっとりとその場の空気に身を委ね、光景を目に焼き付ける。

 どれぐらいそうしていただろうか。前方に目を向けた時には首が痛くなっていたので、結構な時間をその体勢で過ごしていたことになる。魅入られてしまった時間を思いながら足下に視線を落とせば、そこにも鮮やかな朱色の絨毯が広がっている。

「上ばかり見てちゃ、駄目だねー」

 きっと他にも見落としているものはたくさんあるだろう。窓にはめ込まれた数多くのステンドグラスや、天井の細かい細工など、まだまだ見飽きることはない。だが、想楽に許された自由時間は無尽蔵ではなかった。他にもいくつか行きたい場所がある。後ろ髪を引かれる思いで出口に向かって歩き出した時だった。出入り口のむこうから聞き慣れた、騒がしい叫び声が聞こえた。

「あー! 想楽っち! 見つけたっす?」

 聞き間違いようもないその声に気付かないふりをしたかったのだが、そういうわけにもいかなかった。想楽は半ば嫌々目を向ける。そこには予想通りの人物が立っていた。少々予想外だったのは、恭二と誠司が両側に立って、必死に四季の口を塞いでいることだった。

 迷惑になってはいけないと――既に手遅れである可能性もあるにはあったが――想楽は足早にその場を離れて三人に合流する。建物から少し離れた場所まで移動したところで、恭二と誠司がようやく塞いでいた四季の口を解放した。

「想楽っち、一人で行っちゃうなんてひどいっすよ?」

「ごめんねー、気持ちよさそうに寝てたし、起こすのも悪いかなーって思って。集合時間までには戻るつもりだったしー」

 今までの厳粛な気分が台無しだ、なんて内心思いながらも、想楽は対外的な微笑みを貼り付けた顔で答えてやる。事実、想楽が部屋を出る時、四季はちょっとやそっとでは起きそうにないほどぐっすり眠っていた。嘘は言っていないぞ、と言わんばかりの笑みで誠司と恭二にも目配せをする。

「俺も、多分一人で観光してるだけだから心配ないって言ったんだが」

「四季が、想楽が一人でどこかに行ったと大騒ぎするのでな。観光に出るついでに探せばどこかで会えるだろうと、自分達が誘ったんだ」

「水くさいっすよー想楽っち。せっかく一緒に来たのに置いてかないで欲しいっす」

 ぐずぐずと子供のように駄々をこねながら腰あたりに纏わり付いてくる四季を引き剥がしそこね、想楽はただ曖昧に笑みを浮かべた。

「ま、まあ、一人で観光したい気持ちも分かるけど、せっかく合流したんだし、少し一緒に回らないか?」

「自分達もいくつか行きたい場所を調べてはいたんだが、想楽の方が旅慣れているだろう。想楽の行きたい場所に連れて行ってもらえないか」

 恭二と誠司が自分に気を遣ってそういう物言いをしたことには気付いていた。まるで自分の方が我が儘を言っているような、なんだか悪者にでもなった気持ちでいたたまれない。それを素直に表に出せるほど子供でもなかった想楽は、心の中でため息をついてから頷いて見せた。

「わかりましたー。じゃあ、ついてきてもらえますかー?」

 一番見たかったところは先程十分に堪能した。後は、誰かと一緒でも問題はないだろう。ここに来た後で良かったと想楽は一人胸をなで下ろしていた。

 

 

 

「あんまり時間はないけど、少しだけグランドバザールも寄っていいですかー?」 

 あの後は、想楽が調べていた場所のうち、近場で時間のかからない場所を数カ所歩いて回った。潤沢に時間があるわけではないから、一つ一つの場所をじっくりと見られないのは残念だったが、集団行動の所為でスムーズに行かないのでは、という想楽の心配は全くの杞憂に終わった。それどころか、四季が道行く人を捕まえ、誠司が身振り手振りで道を聞き、恭二が答えを聞き取ってくれたおかげで迷わずに済んだ、という場面すらあったのだ。想楽一人だと迷って途方に暮れていただろうから、結果的に三人に助けられた。

 想定していたより順調に行程をこなせたおかげで、予定では諦めていたグランドバザールも少しだけなら見て回る余裕がありそうだった。

「屋内市場か。自分も興味があったんだ。皆、問題ないか?」

「問題ないっす!」

「俺も行ってみたかったんで、ちょうど良かったです」

「それじゃあ、少しだけ寄り道しますねー」

 想楽が先導して市場へと向かい、いくつもある入り口のうち比較的混雑が少なく、ホテルに近い出入り口を選んで足を踏み入れる。

 入り口をくぐった先には、正に異国情緒と言わんばかりの光景が広がっていた。所狭しと様々な店が立ち並び、それぞれの店には雑貨や食器、食品や装飾品などが雑多に積み上げられている。あちらこちらに下げられたモザイク柄のランプでぼんやりと照らされた室内は、活気と混沌に満ち溢れていた。

「かなり広そうだな。はぐれないようにしないと」

「そうだねー。さすがに奥まで行く時間はないからー」

「これ何すか? マジメガイケてるっす?」

 言っている傍から不安になる声がして三人は慌てて辺りを見回す。声の主は何か目を引くものがあったのか、既に市場の奥の方へ入り込んでいるようだ。

「四季、あまり離れると……」

「分かってるっす! ってうわぁ!」

 誠司が声を掛けたのに答えて手を振ったその直後、どこからか溢れてきた人波に押され突然、四季が三人の視界から消えた。

「伊瀬谷!」

 恭二が色を失って名前を呼ぶが、小柄な体躯は波に掠われたように人に紛れて姿が見えない。何度か呼びかけると、通路の奥からかすかに返事をする四季の声が聞こえた。

「まずいな……ここではぐれたら合流は難しいぞ」

「とにかく俺達は離れないようにしましょう。固まってればむこうからも見つけやすいでしょうし」

「そうだねー。まだそこまで遠くには行ってないと思うんだけどー」

「ともかく声のした方へ行ってみよう」

 誠司が先頭に立って人混みをかき分けながら必死に目をこらす。

 いつも通りの目立つクマ柄のジャケットを着ているからすぐに見つかるだろうという予想に反し、四季の姿は一向に見当たらなかった。十分を超えたあたりでさすがに三人に動揺が見え始める。

「見つかりますよね……」

「外に出たとは考えづらい。すれ違ったのに気付かないとも思えんし、とにかく探すしかないな」

 そこから更に数分。数十分にも感じられたが、実際は五分も経っていないだろう。想楽の視界の端に目立つ柄のパーカーを着た四季の後ろ姿が映った。

「あ、見つけたー」

「どこだ?」

 逆方向を探っていた恭二が慌てて想楽と同じ側を見る。ややあってその姿を捉えたようで、頭の上で安堵の息を吐く気配がした。

「信玄さん、伊瀬谷、見つけました!」

 恭二が、少し離れたところで探していた誠司にそう声を掛ける。声に答えて二人の元へ戻った誠司を伴って、恭二と想楽は四季の後ろ姿に近づいた。

「四季くん、やっと見つけたよー」

「あ、想楽っち! 見つけてくれると思ってたっす!」

 探していた三人の焦りなどつゆ知らず、暢気な様子で四季は椅子に腰掛けていた。椅子の前には小さく背の低いテーブルがあり、そこにはまるで客人をもてなすように、焼き菓子と、チャイらしき茶まで置かれている。他の店舗より一歩奥まった場所で、合流できるまで座らせてもらっていたらしい。

「どどどーって人が来てここまで流されてきたっすけど、戻ろうと慌ててたら、ここのお店の人が呼んでくれたっす! ここで待ってろって言われたんで、待ってたんすよ」

「え、言葉、分かるのー?」

「わかんないっすけど、多分そう言ってたっす!」

「随分肝が据わってるんだな……」

 恭二の声音からは呆れを通り越して称賛するような響きすらあった。

「探してるこっちは肝が冷えたんだけどねー」

 恭二ほど素直に称賛する気になれなかった想楽は少し嫌みったらしく言い放った。最も、肝心の四季はその嫌味や揶揄に気付きはしなかったが。

 店の前で騒がしく話していたからか、 店の奥から声に気付いた店主らしき女性が顔を出した。年嵩の女性は想楽達の姿を認めると一旦店の奥に引っ込んで、すぐにまた店先に出てきた。手には四季の前に置かれたのと同じ焼き菓子が持たれている。そのまま想楽達に近づいて机と椅子を指さし、聞き取れない言葉で何かを言った。

「えっと、この子の友達か。合流できてよかった。これ食べて行きなさい、って言ってるみたいだな」

 手元のスマホで慌てて翻訳アプリを立ち上げた恭二が翻訳された文面を読み上げる。相変わらず脳天気に焼き菓子を頬張る四季を横目に、三人は顔を見合わせた。

「せっかく出していただいたんだ。無下にするわけにも行かん。無事合流できたことだし、ご厚意に甘えよう」

「そうですねー。まだ時間もありますしー」

「じゃあ、いただきます」

 三人は女性に会釈をしてから四季の隣に並べられていた椅子に腰掛けた。想楽は邪魔にならないのか不安になって辺りを見回した。何しろ今まで通ってきた道はどこもかしこも人通りが多く、人がすれ違うのも大変だったのだ。しかし、この場所は通りの裏手にあたるのか、今までの通路に比べて人通りはまばらだった。よく見れば、この近辺にあるのは店舗というよりも、工房と呼んだ方が相応しい様相をしていた。通りにいるのは、もっぱら作業の休憩のために店から出てきている職人達のようだ。これならここに陣取った自分たちが邪魔になると言うことはなさそうだ。想楽は安堵して目の前の焼き菓子に手を伸ばした。

「あ、これ、もしかしてー」

 想楽は一口食べてから手元の焼き菓子をしげしげと眺める。幾重にも重なったパイ生地の間から、ナッツの香ばしい香りの他に、嗅いだことはあっても口に入れることには馴染みのない珍しい香りがした。記憶をたぐり寄せ、それが薔薇だ、と理解すると同時に、その焼き菓子が何なのか思い至った。

「これ、バクラヴァですかー?」

 通じないのは承知の上でそう声を掛ける。店主は店の奥から顔を覗かせ、頷きながらバクラヴァ、という単語を発した。聞き取ったその単語で確信し、想楽は嬉しそうに手元の焼き菓子を見つめた。

「やっぱりー。これ、食べてみたかったんですよねー」

「知ってるのか?」

「下調べしてる時にねー。どこかで食べられたらーって思ってたから、食べられてよかったよー」

 驚いた様子の恭二に答えながら、思いがけない幸運に口元がほころぶ。探す時間がないからと諦めていたのだが、四季が迷子になったおかげでこうして食べる機会を得た。

「怪我の功名、かなー」

 探している時はどうなることかと思ったが、無事に合流できた上にこんな経験もできたのだから、店を見る時間がなくなったことと差し引きゼロだ。想楽は一人そう考えながら、二切れ目のバクラヴァを口に運んだのだった。

 

  * * *

 

 出してもらったお菓子を平らげると、四人は揃って立ち上がった。通じるか怪しい英語でそれぞれお礼を言って踵を返したが、四季だけが立ち止まって何やら思案している。

「えーっと、確か……あ、そうっす! 思い出したっす!」

「四季くんー、のんびりしてたら、またはぐれちゃうよー?」

「ちょ、ちょっとだけ待って欲しいっす!」

 置いて行かれてはかなわないとばかりに慌てて言い終わるやいなや、四季は店主に向き直った。

Tesekkurler(ありがとうつす)!」

 何をするのかと見守っていた想楽達の視線の先で、四季ははっきりとした発音でそう挨拶をした。店主がその言葉を理解して手を振ったのを確認して、四季は満足そうに笑いながら踵を返す。その行動の意外さに、先に店を離れていた三人は言葉を失った。

「伊瀬谷、トルコ語話せないんだよな?」

「全然っすよ? でも、ありがとうとこんにちはだけは喋れるようにしとけって旬っちと夏来っちに言われたんで、覚えてきたっす!」

「覚えてきたってー」

「凄いな。発音も難しいだろうに」

「耳から入った通りに言うだけなんで、覚えるのは簡単っす! 歌とおんなじっすよ!」

 鮮やかに破顔して四季はまるで何でもないように言った。

「後で自分にも教えてくれないか。せっかくだから、ライブの挨拶で使いたい」

「いいっすよ! オレがバッチリ、教えてあげるっす!」

 人波に流されて迷子になったとは思えない足取りで歩きながら、四季は自信たっぷりにそう言った。

 

 

 

 かすかに開いた部屋の窓から冷たい夜風が入ってくる。

 窓の傍の椅子に腰掛けて、想楽はぼんやりと外を眺めていた。先程まで見ていた舞踏の余韻が抜けず、目の前の全てがふわふわと現実感を失って見える。

「夜風に当たりすぎると風邪を引くぞ」

「あ、誠司さんー」

「疲れているようなら明日にするが」

 ぼんやりとした様子の想楽を気遣う誠司に、想楽は頭を振った。

「お気遣いありがとうございますー。でも、大丈夫ですよー。それに、どのみち明日も過密スケジュールですしねー」

 グランドバザールからホテルに戻り、その足でプロデューサーに連れられて行ったのは小さなバーと劇場が一つになった建物だった。今回のライブの参考にというプロデューサーの計らいで、セマーという舞踏を劇場で鑑賞し、そのまま併設されたバーで食事を取ったのが二時間程前のことだ。

 今はホテルに戻り、部屋と部屋の間にあるこぢんまりとした広間で、明日のライブの打ち合わせをしようという話になっている。

「明日はカッパドキアに移動するんだよな」

「そうだねー。朝食を食べたらすぐに飛行機で移動になるみたいだよー」

「ライブはそのか、かっぱどきあ……? でやるんすよね?」

 机の上に地図と観光パンフレットを開きながら四人で覗き込む。パンフレットには奇岩群の写真が大きく掲載されていた。

「この街の丘の上に特設会場を作ってもらえるそうだ。高台なので夕暮れをバックにライブができるみたいだな」

「誠司っち、ライブであれやるっすよあれ!」

 そう言いつつ四季はその場でくるくると回ってみせる。

「ああ、それはいいかもしれん」

「誠司さん、すごかったですもんねー。やっぱり体幹がしっかりしてるからかなー」

 四季の言うあれとは、先程劇場で見たセマーのことだ。白い麻の衣装を身に包みひたすら回転するという舞踏は宗教的な意味合いの色濃いものだったが、事前に下調べをしていたプロデューサーの解説もあって、鑑賞はとても意義深いものになった。

 その鑑賞後に演者の一人がやってきて、四人にやってみないかと声を掛けてくれた。面食らって一旦は辞退したものの、プロデューサーの後押しもあり四人とも体験させてもらったのだ。ダンスが苦手な自覚のある想楽はともかく、勢い込んでやり始めた四季や恭二が早々に倒れた中、一人ぶれずに回転を続けたのが誠司だった。

「この曲の途中、間奏でソロパフォーマンスする時間がありますけど、さすがにそこでやると曲後半がきついっすかね」

 セットリストを手に恭二が指さしたのはライブ中盤の一曲、この四人の旅のために書き下ろされた新曲だった。

「いや、他にやる場面もない。ではそこに入れてもいいだろうか」

「いいっすよ! 後ろで応援してるっす!」

「そうですねー。僕達は無理だから、何か他のことを考えますー」

「もし息が上がりそうならこの後のパートは俺達で繋ぎます。ここのソロパートまでに曲に戻って貰えたら」

 セットリストを楽譜に持ち替えた恭二がそう言いながらメモを書き込んでいく。

「恭二さん、マメだよねー」

 楽譜を覗き込んだ想楽が素直に感心して呟く。

「いや、忘れそうで不安だから書いてるだけなんだ。こうやって書いておけば、後で見返せて安心できるだろ?」

「うわー、びっしりっすねー」

 文字を見るだけで嫌になったのか四季が顔をしかめる。

「ははは。恭二がこれだけしっかりしててくれるから、自分達も安心してライブに挑めるな」

「そうですねー。あ、恭二さん、これ他の楽譜もあるのー? 僕もこれ、写していいかなー?」

「ああ。これが役に立つなら……」

 恭二から手渡された楽譜に目を通す。そこには出国前のレッスン時に言われたであろう注意事項や気付いた点、気をつけるところが几帳面な字で細かくメモされていた。

(確かにこれだけメモしておけば、これを読むだけでも思い出せそうだねー)

 独りごちて、ざっくりと見て重要そうな箇所にあたりを付けると、想楽は自分の楽譜にもそのメモを書き写していく。ついでに今の話し合いで決まったことも書き足していった。

「あとは挨拶っすね! それだけはオレが教えられるっすよ!」

「ありがとうとこんにちは、だな。ライブは夕方からだから、時間的にこんにちはよりはこんばんはの方がふさわしいかもしれんが、そこは仕方ない」

「あ、こんばんはも分かるっす!」

 すかさず胸を張った四季にメモを書き写す手を止め想楽は思わず顔を上げる。それは他の二人も同じだったらしい。

「挨拶は大事っすからね。じゃあこんばんはとありがとうを教えるっす!」

「思わぬ才能だな……」

 恭二の呟きを気にも留めず、四季は意気揚々と三人に挨拶を教え始めた。

 

  * * *

 

「明日のライブで決めないといけないのはこれぐらいか」

 四季から挨拶を教わり、その他細かい箇所のすりあわせも終わって誠司がそう声を上げた。各々手元の楽譜や進行表にメモを書き入れ終わったようで、筆記用具を片付け始めている。

「そこまで大きな規模のライブじゃないけど、僕達のことを知る人のいない、異国の地でやるライブだからねー」

「ああ。備えあればなんとやら、だな。思い通りに行かないこともあるだろうけど、絶対に成功させよう」

「頑張るっすよ!」

「ああ」

 夜も更けているので四人はその場で小さく気勢を上げた。

「それでは、明日のライブに備えてそろそろ休むとするか。皆遅くまでお疲れ様」

「お疲れ様っす!」

「おやすみ、伊瀬谷、北村」

「お疲れ様でしたー。じゃあ四季くん、部屋戻ろっかー」

 めいめい挨拶をした後、二手に分かれて部屋に戻る。

 部屋に入るなり四季は再びベッドに飛び込んで暫くそのふかふかの触感を楽しんだ後、急に静かになった。そんな四季に一瞥をくれてから想楽は窓辺に歩み寄り、未だ喧噪の尽きない表通りを眺める。

 嗅ぎ慣れない空気の匂い、聞き取れない異国の言葉、耳馴染みのない音階で紡がれる音楽、それら全てが混ざり合っている喧噪。紛れもなくそれは、異国の夜だった。

「昨日まで日本に居たなんて、信じられないねー」

 一人異国情緒を噛み締める。一人旅は好きだし、仕事で海外に行ったことも何度かある。その度に新鮮な驚きや発見を体験するから、やはり旅はやめられない。それに。

「……誰かと一緒に行動して、思いがけないことに巻き込まれるのも、案外悪くないかもねー」

 ベッドで大人しく寝息を立てる四季を横目にそんなことを思う。

「さて、僕もそろそろ寝ようかなー。おやすみ、四季くん」

 答えない相手にそう声を掛けて、想楽も寝心地のいいベッドに潜り込んだのだった。

 

 

 

 

 翌朝は早くから朝食もそこそこに移動が始まった。

 ホテルからタクシーで空港へ。空港で飛行機に乗り一時間程移動した先で更にバスに乗り換える。そうやって複数の移動手段を乗り継ぎようやく降り立った先に広がっていたのは、見たこともない奇岩群が果てしなく広がる風景だった。

「すっ、ごいな……」

 恭二の漏らした感嘆の言葉の他に、誰も何も言わなかった。ただ風景に圧倒されて立ち尽くす。堆積した火山灰が数万年かけて風雨に削られ形作られた、日本では目にしたこともない奇妙な形の岩。その岩を侵食するように人の手で掘って削ってくり抜いて作られた建造物。そんな光景が視界の先にどこまでも続いているのだ。地平線を見ることすらまれな四人にとって、それがいかに衝撃的な風景だったのか、想像に難くない。

「こんなの……ゲームの世界みたいだ」

「ふふっ」

「な、なんだよ、何かおかしなこと言ったか?」

 ようやく絞り出した感想を笑われて、恭二は不服そうな顔をその笑い声の主に向ける。想楽は頭を振って詫びながら、少し視線を上げて恭二の顔を見た。

「ごめんねー。ちょっと意外だったからー。そう言えば恭二さん、ゲーム好きだったもんねー」

 想楽にしてみれば、少年のように目を輝かせる恭二の姿が物珍しかった。きちんと年相応に幼いところもあると知って、想楽は一人無意識のうちに安心すら覚えていた。

 普段の落ち着いた、一見すれば冷めているようにも見える立ち振る舞いから、一歳差だというのに恭二は自分より大人びて見えていた。けれどこの旅を通して気付いた。そうやって見た目で勝手に判断できるほど自分は皆のことを知らない。そもそも知ろうともしていなかったのではないかと。

「語彙力がないのは認めるよ。だけど、こんな風景を目の当たりにしたら誰だって言葉を失うだろ」

 拗ねたような恭二の物言いがまたおかしかった。思い起こしてみれば、恭二だって普段は隣にいる年上のメンバーに揶揄(からか)われて、諭されて、自分と同じように時々鬱憤を溜めたりもしているのだろう。そう考えると急に親近感も湧いてくるというものだ。だから想楽は恭二の言葉に素直に賛同し、自分も思ったままに言葉を紡ぐ。

「そうだねー。僕達が言葉で言い表せる気持ちなんて、ほんのちっぽけなものなのかもー」

 ブルーモスクで感じたのとはまた違った意味で自分の矮小さを思い知らされるような気持ちだった。ただその雄大な光景に圧倒され、この気持ちを的確に言い表す言葉が出てこないことがひどくもどかしい。

「大陸って、何もかもスケールが違うなー」

 世界は自分が思うよりずっともっと大きなものなのかもしれない。想楽はそんな思いを新たにしていた。

 そうこうしているうちにプロデューサーとこの後の話をしていた誠司が話し終えてこちらに向かってくる。今後の予定が決まったようだ。

「今日の宿はこの岩を掘って作った洞窟ホテルらしい。ひとまずそこへ移動してから、少し街を見て回ろう」

「はいっす!」

「ライブ前だし、ほどほどにねー」

 元気に返事をした四季に想楽と恭二も頷いてみせる。足下に置いていた荷物を担ぎ直して、四人はプロデューサーの後ろをついて、ホテルに向かって歩き始めた。

 

  * * *

 

 ホテルにチェックインし、荷物を置いて一息つく。奇岩群を掘り進めて作ったというだけあって、壁は手彫りの岩が剥き出しになっていた。ざらざらとした触り心地の岩肌が電球色の明かりに照らされて淡く色付いている。

 今夜は一人一室が与えられていた。昨夜のホテルよりは手狭だが、その狭さがかえって秘密基地のような趣を醸し出している。あまり外で走り回る子供ではなかった想楽にしてみても、その趣は高揚感を煽るのに十分なものだった。ひっそりとはしゃいでいるだろう恭二を思って、知らず笑みがこぼれる。

「想楽っち! そろそろ行くっすよ!」

「今行くよー」

 部屋の外から四季が呼びかけてきた。相変わらず落ち着かないなんて思いながらも、この二日程でその四季の騒々しさにそろそろ慣れ始めていた。

 部屋を出ると、もう他の三人は準備を整えて出てきていた。遅くなったことを詫びながら合流すれば、プロデューサーが満面の笑みで出迎えてくれる。

「では、少しホテルの周りを見て回りましょう。昼食を取ったらリハーサルになりますので、あまり時間はないのが残念ですが」

「いや、少しでも見られるなら十分だ」

「プロデューサーちゃん、早く早く! じっとしてる時間がもったいないっす!」

 落ち着きなくその場で大きく腕を振り回しプロデューサーをはやし立てる四季に続いて、四人はホテルを後にした。

 背が高く白い岩が煙突のように立ち並び、その合間に背の低い木々や草が青々と茂っている。白一色ではない自然のコントラストがまた目に眩しい。そんな光景を眺めながら五人は石畳の道を進んでいく。ようやく坂を登り切った先、広場のようになった丘の上に辿り着いた四人は息を呑んだ。その後ろでプロデューサーが胸を張っている。

「このステージで、歌うのか」

 恭二が感嘆とも畏怖ともつかない言葉を漏らす。

 仮設だからそれほど大きいものではない。それでも、高台から街を見下ろすように設置されたステージは、晴れ舞台と呼ぶにふさわしいものだった。

「あまり広いものは作れませんでしたが、皆さんが歌うのに恥ずかしくない舞台にできたと思います」

「十分だ、いや十分すぎるぐらいだ、プロデューサー」

 感極まった様子の誠司に、想楽も続ける。

「こんないいステージを誂えてもらったんだしー、負けないようなパフォーマンスをしなきゃねー」

「皆さんのステージ、楽しみにしていますね!」

 プロデューサーの言葉に四人は力強く頷いてみせた。

 

 

 

 

 暮れなずむ空の下、ステージの周りには開演を心待ちにする観客達が詰めかけていた。舞台袖からそれを覗き見た四人は、目配せして頷き合う。

「よし、じゃあいつものやるか! 恭二、かけ声頼めるか」

「お、俺ですか? ……分かりました」

 突然振られて一瞬狼狽した恭二だったが、すぐに気を取り直して頷いた。四人は狭い舞台袖で円陣を組む。

「こんな遠いところまで、俺たちを見に来てくれた人がいる。そんな人の期待に恥じないようなステージにしよう」

 肩を組んで息を吸う。四人は顔を見合わせた。合図もなく、恭二のかけ声に全員が合わせる。

「We are――」

『315?』

 いつもよりは少し抑えた一歩を踏み込み、叫んだ勢いそのままにステージへと飛び出す。夕暮れの街、丘の上に据えられた舞台へ躍り出た四人はその勢いのまま、打ち合わせ通りに挨拶をする。

「皆さん! ?yi ak?amlar(こんばんは)!」

 最初に飛び出した誠司に続いて三人も声を上げた。

「?yi ak?amlar!」

 四季が覚えてきて三人に教えたトルコ語の挨拶は、きちんと通じたようだ。観客席から歓声が返ってくる。心地良い緊張と高揚を感じながら想楽は観客席を見下ろしていた。日本から追いかけてきてくれたファンの姿に交じって、ポスターや広告を見て足を止めてくれたらしきトルコの人々の姿があった。

(興味を持ってくれた人もいるんだねー)

 挨拶をしながら手を振れば、おずおずと手を振り返してくれる。

「言葉が分からなくても、愉しかったって思えるステージにするからねー」 

 日本語は通じないかもしれない。いや、きっと言葉の意味としては通じないだろう。それでも、言葉と歌を通して投げかけた気持ちは,通じるものがあるはずだ。そんな思いを胸に、想楽は観客席へと声を投げかけた。

「自分たちも、今日のために色々と準備をしてきた。こんないい場所でライブが出来て光栄だ。みんなも、最後まで楽しんでほしい」

「このライブのために準備してきた曲もある。俺たちと一緒に、盛り上がっていこう!」

 誠司と恭二の挨拶と時を同じくして、地平に沈もうとする夕日が最後の力を振り絞るように観客席を照らし、鮮やかなオレンジ色に染め上げた。(まばた)きの間に夜の帳が下りていき、太陽の残り火がステージから見える空を、地平線を、紫色に染めていく。

「綺麗な夕日だねー。でも、これからは僕たちの時間だから、ステージから目を離さないでねー?」

 日が落ちて、まるで暗転したかのようにあたりは一気に暗くなる。想楽の言葉に呼応したような、計ったようなタイミングだった。

「さあ、子猫ちゃんアンド野郎ども! 最初っからテンションマジメガ上げて行くっすよ?」

 四季の言葉にあわせて前奏が流れ出す。何度も歌ってきた曲だが、実際海外で歌うことができるのはやはり気分が違う。観客席に嘘のない満面の笑みを向けながら、想楽は大きく息を吸った。

 観客席から掲げられた数多のペンライトの光が、モザイク柄のランプのようにきらきらと煌めいた。

 

  * * *

 

「ライブ、大成功だったっすね?」

「ああ、挨拶もちゃんと通じたみたいだったし」

「誠司さんのあの回転演舞も、盛り上がりましたねー」

「想楽のソロパートでも客席から歓声が上がっていたな」

 興奮冷めやらぬ様子で口々にお互いをたたえ合う。ライブを終え、ホテルに戻っても四人の熱は収まっていなかった。石造りの町並みが夕日に沈む中、幻想的な風景を背に行ったライブは、異国の地での開催にもかかわらず大盛況の内に幕を閉じた。不安も緊張もあったが、四人が四人とも最高のパフォーマンスをした、その結果だった。

「伊瀬谷のマイクが故障した時はどうしようかと思ったけど、案外何とかなるもんだな」

「それは四季くんの胆力と、誠司さんの機転のおかげだよねー」

「自分は普段から龍のトラブルに備えているからな。この程度、トラブルとも言わんさ」

「誠司っちにいきなりマイク渡された時はどうしようかと思ったっすよぅ」

 ライブの中盤、よりにもよって四季がメインボーカルを務める曲の最中に四季のマイクが故障した。だが、咄嗟に誠司が自分のマイクを四季に渡し、誠司自身はダンスパフォーマンスに注力するという判断のおかげで何とか凌ぐことができた。自分があの立場になった時――どちらの立場だったにせよ――あんな機転を利かせられるかどうか。想楽は誠司が下したその瞬時の判断と行動に舌を巻いた。

「いい判断だったと思います。あの曲は伊瀬谷がメインっすから」

「次の曲にはちゃんと新しいマイクも用意されてたしねー」

「いや、自分の動きをきちんと三人が理解して動いてくれたおかげだ。咄嗟のこととはいえ、相談無しにやってあれほど上手くいくとは思っていなかった」

「あの曲、絶対歌いきりたかったんす。マジメガ感謝っす?」

 謙遜する誠司に抱きつきながら四季は叫ぶ。隼人が今回のライブのためにと四季のために用意してくれた曲だったのだ、思い入れもあったのだろう。

「恭二さんが他の人の歌入りまでメモしててくれたから合わせられたんだよー。おかげで誠司さんのフォローもできたしねー」

「北村、他の奴のパートまで覚えてるんだな。っていうか、あのメモの内容あの短時間で覚えたのか?」

「たまたまだよー。全部覚えられる程、記憶力がいいわけじゃないからー」

 昨夜のミーティングのことを思い出す。楽譜にびっしりと書かれたメモを書き写す際に、何となく覚えていたパート分けの部分。他人のことまで書いてるんだ、という幾分か捻くれた気分と共に書き写したメモだが、それが頭にあったおかげで誠司の意図も即座に理解できた。そして、そのメモから恭二の絶対に成功させたいという思いも感じ取っていたからこそ、想楽も積極的に成功させるために動いたのだ。多少綱渡りな部分や小さなミスはあったにしても、成果としては大きなものだと言えるだろう。

「反省点もないわけではないが、それは追々の課題だな」

「……Beitとして歌ってる時は何となく呼吸でできちまう部分もあるけど、やっぱりそこから離れてみると、まだまだできないことも見えるもんだな」

 誠司の言葉にはっとしたように、それまでの弾んだ様子から一転して恭二は視線を下げた。気にしているのは、おそらくライブ中にあった小さな失敗だろう。歌詞が飛んだとか、ブレスのタイミングを逃して声が出なかったとか、そういった曲全体にはさほど影響はないが気付く人間は気付く程度の失敗だ。恭二だけではない。全員何かしらのミスは犯していた。そう考えれば確かにあまり喜んでばかりもいられない。場の空気に引きずられて想楽も目を伏せた。

「逆に考えるっす恭二っち! それはつまりオレ達、まだまだ可能性があるってことっすよ!」

 四季は底抜けに明るく言い放つ。色々と反省点を思い起こして沈みかけていた気持ちを引っ張り上げるのに十分な強度を持って、その言葉は全員の顔を前に向かせた。

「……ポジティブだねー」

「はは。いいことだ。反省は必要だが、それにいつまでも引きずられたり、沈んだりしたままでは前には進めんからな」

「そうっすよ! いいこと言うっすね誠司っち!」

「そっすね。マイナスな面ばかり見てても仕方ない。今回のライブが成功したのは事実なんだし」

「失敗も、伸びしろ見える、余白かな。四季くんの言う通り、成長の余地があるってことでいいんじゃないかなー。次は、同じ失敗しないでしょー?」 

 恭二に向けた言葉ではあったが、当然それは想楽自身に対しても向けられた言葉だった。想楽の言外のプレッシャーに気付いた恭二は頬を引きつらせる。

「……お前、思ってた以上にいい性格してるよな」

「ふふっ、お互い様じゃないー?」

 恭二がそんな軽口を叩いてくることが想楽には少し意外だった。そして、そんな軽口を嬉しく思う自分自身の心が一番意外だった。口の端に浮かんだ笑みを誤魔化すように全員に向き直る。時計は既に真夜中を指そうとしていた。

「ライブは終わったけど、明日も朝早くから移動だし、そろそろ休みませんかー? せっかくプロデューサーさんが用意してくれた気球、寝過ごすわけにはいかないしー」

「そうだ気球! 明日、乗れるんだよな」

「お、オレ地上でみんなを見送るんじゃ駄目っすか?」

 弾んだ様子で目を輝かせる恭二とは対照的に、あれだけ堂々と前向きな発言を連発していた四季が突然縮こまって気弱なことを言う。

「あれー? 四季くん、高いところ苦手ー?」

「高いところが、っていうか、怖いっすよあんな……だって籠っすよ籠! グラグラするし、頭の上で何か燃えてるし?」

「大丈夫だ、自分が一緒に乗ってる。いざという時は自分が助けてやるから」

 誠司が四季の肩を叩く。これ以上ない説得力をもって力強く言われれば、四季もそれを無碍にはできない。知ってか知らずか逃げ道を塞いだ誠司に、四季も観念して頷いた。

「わ、分かったっす……。誠司っち、絶対、ぜーったい、オレの近くにいて欲しいっす」

「ああ。約束しよう」

「じゃあ、明日の朝ロビーで集合ねー。寝坊したら、部屋まで迎えに行くからー」

 萎縮する四季があまりにも面白くて、調子に乗ってそんな檄を飛ばす。

「観光行く時は置いてったのに、気球乗る時は迎えに行くんだな」

 耳打ちしてきた恭二に向き直り、想楽はからっと笑って見せた。

「だって、こんな四季くんを乗せない選択肢はないでしょー?」

「……本当にお前、いい性格してるよ」

 恭二の呆れたような嫌味と嘆息にとびきりの笑顔で答えてみせて、想楽は手を振って自分の部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

 想楽は、バスが大きく撥ねた衝撃で目を覚ました。おおかた路傍の石を踏んだのだろう。乗り心地がいいとは言えないバスだが、連日の疲れと早起きから来る眠気には勝てなかった。乗り始めて程なく眠ってしまったらしい。

 手元のスマホには気球の上で四季が撮った四人の自撮り写真が表示されていた。気球から降り、このバスに乗り換えてすぐ、四季が送ってくれたものだ。送り主の四季は通路を挟んだ隣の座席で恭二にもたれかかってぐっすり眠っている。もたれかかられている恭二は、寝苦しそうにしているものの同じように眠っているようだ。

「朝早かったもんねー」

 小さく呟いてスマホに目を移す。あれだけ怖がっていたものの、上空へ上がってしまえば恐怖はどこへやら、非日常感と夜明けの高揚感で、四季はすっかりいつものテンションを取り戻していた。とは言っても常に片手は誠司の服の裾をしっかり掴んではいたが。

 狭い気球の籠の中、上空でスマホを構えた四季が全員に向かって突然ピースを求めてきた際は正気を疑ったものだが、こうやって残された写真を見るとそれも悪くなかったと思い直す。

「地平線、すごかったなー」

 小さくため息を漏らす。朝焼けが照らす白い町並み。上空から眺めれば視界の端、地平線間際の街がかすかに歪んで見えた。地球が丸いと言うことを初めて実感する、そんな視座だった。撮った写真を見直してみても、あの時のあの視界には到底及ばなかった。

 この旅は初めて経験することが多すぎて、体験した傍から忘れてしまっているのではないかという不安にすら襲われる。

「まー、思い出にはなったかなー」

 写真を見せながら一希にこの経験を話してみよう。自分より上手く言語化してくれるかもしれない。この、言葉で言い表せない感情のもどかしさを、一希ならきっと言葉にしてくれる。確信と信頼を持って想楽はそう決意した。本物には及ばなくても、土産話をするために撮ったと思えば写真も無駄ではない。     

 四人とプロデューサーを乗せたバスが行き先に着くまでまだ少し時間はありそうだ。想楽はスマホの画面を落として再び目を閉じた。後は帰国するだけとはいえ、もう少しだけ眠っておきたかった。

 

  * * *

 

 行く時と同じだけの時間を掛けて四人はイスタンブールへと戻ってきた。帰国便は今日の夜中の出発とのことで、初日同様ここで少しの間、自由時間が貰えることになった。 

 大きな荷物を預けて身軽になった想楽は、初日と同じように小さなボディバック一つだけを持って立ち上がる。移動中に眠ったおかげで動き回る元気は残っていた。幸い今いるのはグランドバザールまで十分歩ける場所だ。初日は覗くだけで買い物ができなかったので、ここで雨彦やクリスに土産を買っておきたかった。

「あー? 想楽っち、また一人でどっか行くつもりっすね! させないっす!」

 手元のスマホで地図を開きかけたところで四季のタックルを食らう。思ってもみなかった方向から衝撃が来て思わずよろけた想楽の身体を、恭二が慌てて横から支えた。

「四季、急に飛びついたら危ないだろう」

「ごめんっす……また置いて行かれるかと思って、つい……」

 四季としても思った以上に想楽が体勢を崩したので慌てたのだろう。そこに誠司からの軽い叱責を受け、余計に泡を食った顔をする。

 恭二の腕を借りて体勢を立て直してから、想楽は叱られて萎れている四季に向き直った。

「大丈夫だよー。それに、一人で行こうって思ってないからー」

「いいのか? 行きたいところがあったんじゃ……」

 気を遣ってそう尋ねてくる恭二に向き直り、誤魔化しのない本心からの笑顔で答える。

「グランドバザールにねー。みんなもお土産買う時間なかったでしょー? 今買っておかないと、もう時間ないんじゃないかなーって。だから」

 こんなことを言うのは正直気恥ずかしい。けれど、この気持ちも間違いなくこの旅で得た偽らざる本心だ。照れる気持ちは押しとどめ三人の顔を見る。

「もう一度、あそこにみんなで行きたいなーって」

「想楽っち……」

「あ、でも四季くんは僕から離れないでねー。また人に流されちゃったら、今度は探してあげないよー?」

 感動で目を潤ませる四季に釘を刺すのは忘れない。何度も頷く四季に満足して想楽は踵を返した。

「それじゃあ、行こっかー」

 他に手続きがあると別行動になったプロデューサーを残し、初日と同じように三人を先導して歩く。あの時は渋々だった四人での行動も、今は全く苦ではない。この数日で起こった心境の変化に自分でも驚くばかりだった。「土産か……」

「そう言えばトルコには目玉のモチーフのお守りがあったな。邪視から守り災厄を遠ざけるそうだが」

「あ、グランドバザールの中に売ってますよー。龍さんへのお土産ですかー?」

「ああ。幸運のお守りというなら龍に買って帰ってやりたい」

 立ち止まってあたりを付けていた地図を表示させる。広いマーケットだ。初日より時間はあるが、当てもなく歩き回っていてはきりがない。ある程度は場所を絞る必要がある。

「雑貨全般なら入ってすぐのお店に色々あるみたいですー。誠司さんが探している目玉のモチーフですけど、その隣に色々取り扱った店がありますねー。恭二さんは何を買うつもりー?」

 想楽の手元を覗き込んで恭二は思案する。

「具体的には考えてなかったな。とりあえず、みのりさんにローズウォーターを頼まれているから、それを探しに行きたい」

「あ、僕もそれ、クリスさんに買って帰りたいんだー。それならここのお店かなー」

「オレ、High×Jokerのみんなになんかお揃いで買って帰りたいっす!」

 四季が恭二の反対側から想楽の手元を覗き込む。お揃いの、という発想は想楽にはなかったので、気恥ずかしいような眩しいような気持ちになる。

「それならここの雑貨屋で探せばいいんじゃないかなー。変わったものが色々ありそうだしー」

「北村はどうするんだ?」

 想楽はその店舗から少し離れた場所を指さす。

「僕はここでランプを見たいかなー。雑貨屋巡ってると、きりがなくなっちゃいそうだからー」

「そっか、北村は元雑貨屋だったな」

「もともと雑貨は好きだからねー。ここで雑貨見始めると、足に根が生えちゃうかもー」

「それは困るな。きちんと雨彦とクリスの元に連れて帰らないと自分達が怒られる。では、ここの店からこの通路を通りって、この出口に抜けるルートで回ろう」

 誠司の指さしたルートは無駄のないものだった。全会一致でルートが決まる。話が決まれば後は驚く程スムーズだった。さしもの四季も初日の一件で懲りたのか、ふらふらと離れていくことなく固まって移動していたので、程なくして目的の店に辿り着く。

「あ、これ! あそこで見たセマーってダンスの人形っすかね!」

 雑貨屋に入ってすぐ四季が見つけたのは、初日の夜に鑑賞したセマーの踊り子を模した陶器の人形だった。人形は足先が駒のように尖っていて、指でひねると机の上でくるくる回転するようだ。

「ちょうど五人いるから、なんだか四季くん達みたいだねー」

 たまたま少しずつ個性の違う五つの人形が小さな卓の上に並んでいたので、思わず想楽はそんな感想を述べる。四季はその言葉に目を輝かせて、しゃがみ込んでその陶器の人形を見つめ始めた。

「……決めたっす! オレ、これ買って帰るっす!」

「えぇ……何に使うの、それー」

「わかんないっすけど、お土産ってそういうもんっすよ想楽っち!」

 人形五体を大事そうに掌に乗せて四季はきっぱりと言い切ると、そのまま店の奥へと消えていった。ややあって、梱包された陶器人形を手に店から出てくる。

「じゃ、次は誠司っちのお土産っすね!」

「四季くんがそれでいいならいいけどねー」

 自分の発言の所為でHigh×Jokerへのお土産が謎の陶器人形になったことを、想楽はほんの少し後悔し、心の中で他の四人に小さく詫びた。

 隣の店に目を移すと、そこには水色と黒で描かれた陶器製の目玉がいくつもぶら下がっていた。それは異国情緒と言うよりも、少々奇異な風景に見えた。誠司はそんな一種異様な店の軒先で、物怖じすることなくお守りを物色している。

「FRAMEも皆さん仲がいいですよねー」

 真剣な顔つきで選ぶ誠司の背中に、邪魔しないよう気を遣いつつ声を掛ける。誠司は頷いて、いくつかの目玉モチーフが繋がったブレスレットを手に取りながら答える。 

「龍は自分の不運を呪わず、それを常に乗り越えようとしている。誰も、自分さえ恨まず、ただその障害に備えて行動している。英雄も同じだ。あの底抜けの前向きさや直向きさを、自分は買っている。だから自分はあいつらと一緒にやっていきたいと思えるんだ」

 何のてらいもなくそう言い切る誠司の言葉は気持ちよかった。再び真剣な様子でお土産を選び始めた誠司を邪魔しないよう、想楽はその場をそっと離れる。

 雑貨屋に戻ると、四季はまた何に使うのかよく分からない雑貨に飛びついていた。それをよそに想楽は自分の土産を物色する。店に入る前に恭二からクリスと同じローズウォーターを買っておいて欲しいと頼まれていたから、一緒に雨彦や兄、一希や九郎への土産を買おうと考えていた。

 店内を何の気なしに見回していると、ふと鮮やかな青い陶器の小皿が目に入った。紺碧の地色の上に鮮やかな黄色や橙色で文様が描かれている、イズニック柄の小皿だった。圧倒されたあのブルーモスクを思い出して、その皿を手に取る。

「そういえば雨彦さん、お香を焚くって言ってたなー」

 香を焚くのにもちょうどいい大きさだし、何より色が良かった。想楽はそれを手に取ると、もう一つの買い物を探しに店の奥へ足を進めた。

 クリスへの土産は予め決めていたからすぐに済んだ。自分の買い物を終えた想楽は、今度は向かい側の店先で何やら考え込んでいる恭二に声を掛ける。振り返った恭二の手元には、鮮やかなターコイズブルーのスカーフが握られていた。

「いい色だねー」

「そうだろ? 日よけにもなるらしいから、ピエールに買って帰ってやろうと思ってるんだが」

 言いながら恭二は視線をチラチラ下に落とす。その視線を追った想楽は、軒先に並べられた、スカーフと同じような柄と色の小さなハンカチを見つけた。

「せっかくだからカエールにもお揃いで買って帰ろうかと思うんだけど……さすがに二つはな」

 どうやら予算オーバーらしい。それでもカエールへの土産も買おうとする恭二に、想楽は少しばかり悪い顔で笑いかける。

「ねぇ恭二さんー、旅行前にポケット翻訳機とか、買ってなかったー?」

「え? あ、あぁ、買ったけど、音声対応だけで使いづらいからあんまり使わなかったな。これがどうかしたか?」

「ちょっと借りていいー?」

 怪訝そうな顔で頷いた恭二の手から小さな翻訳機を受け取ると、想楽は恭二が握りしめていたスカーフも手元から奪い取った。面食らった様子の恭二を無視して翻訳機をオンにすると、店内にいた店員らしき男性に声を掛ける。

「すみませーん、ちょっといいですかー?」

「な、なあ北村、何を」

「いいからいいからー」

 商売人の顔で男性が何か言う。翻訳機を通して、そのスカーフはシルクだから良いものだよ、お買い得だよ、といったセールストークが流れてくる。細かいニュアンスはさておき、きちんと意思疎通ができそうなことを確認した想楽は、手に持った大判のスカーフを差し出して笑顔で言った。

「おじさんー、これ、ちょっと値引してくれませんかー? あと、このスカーフ買うから、こっちのハンカチ、おまけしてほしいなー?」

 幾度かのやりとりの後、言葉をなくしたまま立ち尽くす恭二をよそに、想楽はちゃっかり恭二とみのりの分のハンカチまでおまけに付けてもらうことに成功した。じゃあそれで買うねー、と恭二を差し置いて男性に告げた後、翻訳機を恭二に返しながら、想楽は当初の半値程になった値段を伝える。

「……確かに、多少の値段交渉はできるって調べてる時に書いてあったけど」

「ごめんねー差し出がましかったかなー」

「いや、助かった。助かった、けどな……」

 ニコニコとした顔で出てきた店主に代金を支払いながら、恭二は何やら複雑そうな表情を浮かべた。何か言いたげな様子だったが、想楽がにこやかに店主に手を振るので口を挟みそこねたらしい。恭二はいくばくかの逡巡の後、小さく会釈して、想楽と共にその店を後にした。

 それとほぼ同じ頃、先程の店で買い物を終えた誠司も店から出てきた。誠司も何くれと店と交渉し、色々と買い込んだらしい。ブレスレットだけにしては荷物が多くなっている。

「自分はブレスレットだけでいいと言ったんだが、あれもこれもと勧められてな。あれもこれも全部まとめてブレスレットと同じ値段で、と言われたのでつい買ってしまった」

「これだけあれば暫く不運も寄ってきませんねー」

「だと、いいのだが」

 半ば押し売りにあったようなものだ。誠司も自覚はあるのか、少々持てあまし気味に荷物を持ち直す。

「じゃあ、誠司っち、これオレ達にも分けて欲しいっす! 四人でお揃いにするっすよ!」

「僕はいいかなー」

「そんなぁ想楽っちつれないっす!」

 四季は想楽の肩を後ろからガクガクと揺らして食い下がる。些か面倒だとは思ったものの、自分からはぐれるなと言った手前、大っぴらに振り払えず、想楽は仕方なくそのまま歩き出した。

「と、とにかく最後の店に向かおう。北村、ランプ屋に行きたいんだよな? 葛之葉さんと古論さんへの土産は買えたのか?」

「さっき雑貨屋で買ったよー」

「何買ったっすかー?」

 背中から覆い被さるように四季が顔を出す。さすがにうんざりして引き剥がそうとしたが、四季に、離れたらまたはぐれるっす! などと言われて諦めた。

「雨彦さんにはお香を焚くための陶器の器、クリスさんは髪と肌を手入れするためのローズウォーターだよー」

 同じ店で、一希にはガラスペンを、九郎にはトルコガラスのカップとソーサーのセットを買っていた。割れ物ばかりでどうしたものかと思ったが、丁寧に梱包してくれたので何とか無事に持って帰れそうだ。想楽の兄はきっと雑貨に興味がないから、あとで何かお菓子でも買って帰ることにする。どのみちあとで事務所全員用に大袋のお菓子を買うことになる。その時に何か買えばいいだろう。想楽はそう判断していた。

「恭二さん、これ頼まれてたみのりさんの分ねー」

「ああ、助かった」

 出国前からみのりに頼まれていた恭二は、肩の荷が下りたと言わんばかりにあからさまにほっとした顔をしていた。副産物的にハンカチが手に入ったとはいえ、本命はこちらだ。恭二は想楽から受け取ったローズウォーターを自分の手荷物に大事そうにしまい込んだ。

 そのやりとりを見守っていた誠司が、一段落付いたのを確認して全員を見渡して声をかける。

「ではそのランプ屋で買い物をして、心残りのないように最後に周辺を見て回ったら、プロデューサーのところに戻ろう。存外時間が経っているから、遅れないようにな」

「はいっす!」

 誠司に分けてもらったよく分からないブレスレットを腕に、四季ははしゃいだ様子で元気に返事をした。

 

  * * *

 

 想楽の目当ての店は、四人が買い物をした場所から更に奥に進んだ場所にあった。いくつかの交差路を抜けて、地図を見ながら何度か角を曲がり、迷路のようなバザールを歩いて行く。

「前に来た時は気付かなかったっすけど、天井まで模様が描いてあるんすね」

 ほぇー、と気の抜けた息を漏らしながら四季は天井を見上げる。想楽もつられて天井を見上げると、高いドームの中心にまで複雑な文様が描かれているのが見えた。

「偶像崇拝が禁止されてるからこういう幾何学文様が発達したって聞いたけど、それにしても凄いよな」

 一部が剥落した壁面の模様すらこの場所が経てきた歴史を思わせて、見飽きることがない。初日は早々に四季がはぐれてしまってゆっくり見るどころではなかったから、今になって目に入るその内装が新鮮で仕方がなかった。

「見とれるのも分かるが、前を向いて歩かないとまたはぐれることになるぞ」

 誠司に釘を刺された三人は少しばかりばつの悪そうな顔で笑った後、言われた通りに前を向いて歩き始める。

 そこからもういくつか角を曲がった場所にその店はあった。

 値段と品質のバランスが良いと評判の店の前には、店内に並べきれなかったランプが所狭しと溢れ返っている。中を覗き込めば、床や棚はおろか天井からも無数のランプが吊り下げられていた。きらきらと輝くそれらを眺めて想楽は思わず息を呑む。

 おずおずと覗き込んで呆気にとられている想楽に向かって、無愛想な店主が何かを言った。言葉が理解できずにまごついた想楽の様子に気付いたのか、店主は黙って顎をしゃくった。入れ、と言っているらしい。頷いてから恐る恐る店内に足を踏み入れる。

 薄暗い店内はランプが放つ淡い電球色でほの明るく照らされていた。異国と言うよりもはや異世界だ。そんな感想を抱くほど、目に入る光景はこれまで想楽が行ったどの場所よりも幻想的だった。

「綺麗だなー。一つくらい買って帰りたいんだけどー」

 目移りする想楽の目を一際惹いたのは、天井から下げられていた、紫色を基調としたモザイク柄のランプだった。ランプシェードはカボチャのような形で、複雑な透かし模様の入った真鍮の金具が取り付けられている。

「……さすがに持って帰れないかなー」

 自分の頭程もある大きさだったので、持って帰るのにも一苦労だろう。諦めて視線を足下に落とすと、いくつも並べられたランプの中から丁度良い大きさの、ランタンのようなランプを見つけた。

 ランタンのシェード部分は真円に近い。先程の大型のランプと同じように、凝った細工の真鍮製の金具が取り付けられており、シェード部分も小振りだが精緻なガラス細工でできていた。しゃがみ込んでじっくりと眺めていると、何かに気付いた店主が歩み寄ってきて、そのランタンをひょいと持ち上げた。差し出され、持ってみろ、とジェスチャーで示されたので、想楽はおたおたとそのランタンを受け取る。

 店主は想楽にランタンを持たせると、雑然とした床から何かを探り始めた。何事かと見守っていたら,不意に視界の端が鮮やかに彩られる。店主が探していたのはランタンの電源だったのだと、その時ようやく理解した。

 手の中で輝く淡い光が、想楽の瞳の中でキラキラと反射する。明かりが灯されたランタンは、床に佇んでいた時とはまるで違う様相を見せた。複雑で幾何学的なモザイク柄のランプシェードは、ステージの上から見た、太陽が沈む寸前の紫に染まる地平線と、観客席で輝くペンライトを想起させた。

「いい色だなー」

 この旅を象徴するような紫色にうっとりと見惚れる。何より大きさがちょうど良かった。手に乗せて持ってみると、ランプは想楽の手に驚くほどよく馴染んだ。アメジストを砕いてちりばめたようなその美しい色合いに魅入られてしまった想楽は、そのままそのランプを店主に差し出し、恭二に借りた翻訳機を駆使して何とか購入の意思を伝えたのだった。

 

 

 

 

 空港に着いたのは夜も遅くになってからだった。想楽は空港内の椅子に座って、ランプ屋で手に入れたランタンを満足そうに眺める。梱包材の上からでも精緻なモザイク模様がよく分かった。

「いい色だな」

「はいー。憧れてたから、買えてよかったですー」

 隣に座った誠司に頷いてみせる。もう大きな荷物はチェックインカウンターに預け入れたが、割れ物だからと手荷物で機内に持って入るほど気に入っていた。

「いい旅だった。そう思わないか」

「……はい、いい旅でしたー」

 本心からそう思う。到着した頃はどうなることかと思っていたが、ユニットを離れて誰かと行動するのも悪いことではない。そう思える、楽しい旅だった。

「正直、想楽のことは少し心配していてな。自分達の歩幅に合わせるのはしんどいかもしれんと思っていたんだが。杞憂だったようだ」

「いえー。実際、来てすぐはどうしようかと思いましたよー」

 想楽のあっさりとした告白に、誠司は少しばかり困惑した表情を浮かべる。それに気付いて想楽は小さく頭を振った。

「でも、初日のグランドバザールで四季くんが迷子になった時、思いがけずバクラヴァに出会えましたよねー。四季くんが迷い込まないと、あそこには行けなかったんだなーって。それに、その後も皆さんで道を聞いてくれたりしたでしょー? 誰かと一緒に行くって、悪いことばかりじゃないなーって、思ったんですよねー」

 ランタンを撫でながら言う想楽に、誠司は安心したように、はにかんだ笑みを浮かべる。

「自分も年の離れた皆と一緒にやれるか不安もあったのだが、楽しかった。ああ、楽しい、いい旅だったな」

「帰った後のことは、考えたくないですけどねー」

「……凱旋ライブか」

 想楽の言葉に、誠司は力なく笑った。 

 今回の旅で全世界を回るワールドトレジャーが終了した。それを祝して日本での凱旋ライブが予定されている。最終出発組の四人は、日程的に仕方ないとはいえ、帰国後すぐにその凱旋ライブの準備に取りかかることになる。休息は長くないだろう。

「でも、来てよかったですー。みんなのことも色々知れましたしねー」

 帰国後の忙しさに思いを馳せると辛いものがあるが、それでも想楽は務めて明るく言った。そんな想楽の様子に安堵して、誠司も首肯して答える。

「それはよかった。きっとこれは今後の糧になるだろう。凱旋ライブも、絶対に成功させよう」

「はい、そうですねー」

 いつの間にか四季と恭二も戻ってきていた。四季は空港でまたよく分からない土産物を買ったらしい。きらきらと安っぽく光る、赤と黒のガラスビーズが連なったストラップを嬉しそうにスマホにぶら下げている。High×Joker全員分買ったと言っていたが、さすがに四季もあの陶器の人形だけではまずいと思ったのだろうか。それとも単純に浮かれていただけなのか。想楽は呆れながらも、そんな四季の行動もまた可愛げがあるとすら思った。

 時刻はまもなく夜半を過ぎる。飛行機の電光掲示板には、日本行きの飛行機の搭乗案内が表示された。長いようで短かった旅も終着点が近づいている。

 搭乗口で手続きをしていたプロデューサーがこちらを向いて大きく手招きをした。もう飛行機に乗れるようだ。

「搭乗、始まったみたいっすね」

「そのようだな。さ、無事に帰るまでがワールドトレジャーだ。最後まで気を抜かず、全員無事に帰国しよう」

 誠司の声に応えて全員揃って頷き、搭乗口へと向かう。

 飛行機の扉に繋がる無機質な床と壁を歩きながら、想楽は振り返って通路から窓の外を一瞥する。暗闇に沈んだ町並みは、きっとまだ音楽と喧噪に満ち満ちていることだろう。日本とまるで違う空気と情調。数日間で嗅ぎ慣れたこの空気の匂いもこれで最後だと思うと名残惜しかった。

「いつか、また来るねー」

 誰に言うでもなくそう声を掛けて、今度こそ想楽は飛行機に向かって踵を返した。

 海外でのライブの成功という大きな成功体験を胸に、四人は帰国の途につく。飛行機は、手の中のランタンか

ら溢れる程の思い出と共に国境を飛び越え、日常へと帰っていった。




今はサービス終了したTHE IDOLM@STER SideM Live on Stageでワールドトレジャーのシリーズが始まった頃、自分の担当が何処に行くのか、ワクワクしながら待っていました。
各国へ出向き、ライブをし、ほんの少し成長した他のメンバーを横目に、今か今かと出番を待っていました。
そして、満を持して発表された最終組の行き先が、日本。

いや海外じゃないんかい!

と、その時分は随分がっかりしたものです。
そして、公式が出国させてくれないなら自分で出国させようと思い立ち、これを書き始めました。記念にオフ本にもしました。
が、折悪く疫病が蔓延し、リアルイベントは壊滅。作った本を頒布する機会も無いまま大元のゲームがサービス終了してしまいました。
頒布するタイミングを逃してしまったので、供養のためにアップすることにします。
校正、改定前のものは他サイトにアップしましたが、こちらは改訂版です。
折角書いたので、どなたかの目にとまれば、そして、かつてがっかりした同僚Pの心が少しでも慰められたら幸いです。

なお、現在は後継アプリが元気に稼働中です。私はそちらはプレイしていませんが、3Dで踊ってる彼らは今も元気にやっているようです。

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