金田を迎え入れることを決めた帆波の判断に異を唱える生徒はいなかった。
個人的には一人くらい反対の意見が出てもいいんじゃないかと思ってはいた。いや、出るべきだと思っている。
しかし、帆波の人望故か、学校特有のカースト的格差故か。ほとんどの奴らは前者だろう、信じきった瞳で賛成の意思表明をしていた。
場の空気に流されていた生徒も少ないがいるのだろう。それでも嫌々賛成へと身を委ねている様子は見えない。
今のBクラスは帆波のクラス。本人達に自覚は無くても、俺からすればあいつら全員狂信者だ。正直ちょっと引く。
別に嫌いな訳では無い。クラスメイトとは少なくない時間を過ごしてきたし、むしろ仲がいいと思っている。ただ、この学校には適していない。勝てるクラスでは無い。
帆波は万引きという過去をイレギュラーである俺が介入したことにより完全にと言えるかは定かでは無いが乗り越え成長している。しかしその成長は帆波の強みが伸びただけに過ぎず、退学という危機が当たり前のように点在するやべえ高校に対する強みが増えた訳では無い。
自クラスのみならず、他クラスの生徒の退学も良しとはしない帆波はいずれ数度は行われるであろうクラス同士の蹴落とし合いがメインとなる特別試験で退学者を生み出すような戦い方は出来ないだろう。
そうなれば他クラスに攻め入る隙を与えることとなり、Bクラスから退学者が出る自体になるのかもしれない。そうなれば帆波は必ずその生徒を救済するべく仮称【帆波バンク】から2000万PPを支払う。一人目の退学者はそれで乗り越えられるだろう。だが、二人目、三人目となればどうだろうか。
プライベートポイントはクラス全体で見ても多く貰えるものでは無い。俺個人は1000万を突破してウハウハではあるが、良くて二人目まで。3人目は確実に退学になるだろう。
まあ、プライベートポイント以外に退学を阻止できるようなシステムが導入されたら別だが。例えばガードポイン……いや、著作権的に宜しくないか。適当にプロテクトポイントとかでも呼ぼうか。我ながら安直すぎる。
『自分のクラスから退学者が出る』。これは帆波にとってかなりのダメージとなる。それはクラスポイントが減るデメリットや戦力の低下などではない。単純に、今まで過ごしてきた友達を失うという喪失感と悲しみ。リーダーである自分の弱さ故にクラスメイトを失ったことによる自己嫌悪。確実にパフォーマンスは落ちる。
そしてリーダーである帆波が調子を落とすということはつまり、帆波好き好きブラザーズである狂信者ことBクラスの生徒達も士気を失うだろう。
まだ一年生が始まったばかりであり、なおかつBクラスという上から二番目の位置に属しているという事実に余裕を見せる奴らが多い。なんて言うか必死さが見えないんだ。
ま、今は焦る時期ではないし文句とかは無いが。俺から言わせれば、このクラスで正常なのは隆二くらいなもんか。あと、頑張ってくれそうなのは姫野辺りだろうか。場の空気に合わせてはいるが、内心はそうでは無さそうだ。Aクラスに上がる鍵はこの二人の頑張りにかかっているのかもしれない。現時点では俺は動くつもりは全くないしな。
「釣れないな」
「釣竿持ってボーッとしてる時間も含めて釣りなんだよ」
「そういうものなのか」
「そういうものなのですよ」
正直、俺はAクラスになりたいかと言えば「どちらでもない」と答える。Aクラスの特権なんてあってないようなものだし、試験があればわざと負けるような真似はしないと言えるが、本気で勝ちに行くという訳でもないし。
俺は今まで本気で勝ちたいと思ったことがない。だから、まあ。現段階では帆波の判断に任せるかね。そう考えたら俺も狂信者の一員のようでなんか癪ではあるな。
「お、来たきた」
「凄いな。何匹目だ?」
「一匹目」
……なんか真面目な話をしてしまった。調子が狂う。いつまで経っても腹痛はこないしチェス出来ないし。
空を見上げれば雲ひとつ無い青空。晴れすぎて明日雨降るんじゃねとすら思えてくる。スマホないから天気予報とか見れないけど。でも、雨の匂いはするんだよな。
「────あれから一年半か」
「何がだ?」
「いや、こっちの話」
俺が上を見上げている間にピチャピチャと何かが跳ねる音がして、横を見ればいつの間にか鮎を釣り上げている我らがパイセンこと綾小路の姿。元気よく尻尾を振る鮎を眺めている顔は無表情ながらに何処かキラキラとした瞳が幻視できて、まるで今まで外の世界を知らなかった箱庭のお嬢様のような反応だった。
いや、あながち間違いでは無いか。
金田を受け入れ、俺がリーダーであることを悟られないように過ごしてから数日。特筆するようなことは何も無く……何故か、俺は毎日のように綾小路と釣りをしていた。
時は金田を受け入れた少し後にまで遡る。
「邪魔するわ。一之瀬さんはいる?」
「邪魔するんやったら帰って〜」
「……一之瀬さんはいる?」
朝に軽く付近の散策をした後に昼食の準備にみんなが勤しんでいる時間帯。ガサガサと草を踏み鳴らす音が聞こえ出迎えるとそこには絶賛体調不良な様子でいつもよりキリッが足りない堀北妹と、いつでもどこでも誰とでも不変の表情筋、綾小路パイセンが視察に来ていた。
俺のボケを軽々と無視し、こちらに向かってきていた隆二へと声を掛ける堀北は傍から見れば異常なしでもちゃんと観察すれば所々がおかしく、不調であることが分かる。いやー、結構しんどそう。隣に立ってるパイセンなんか堀北の不調知ってるはずなのに利用するために放置とかパネェぜ。
「こんにちは、堀北さん。私に用があるって聞いたんだけど、どうしたの?」
俺が堀北妹に睨まれている間に隆二が帆波のことを呼びに行っていたようだ。文字にすると結構怖いが、口調によってそれは緩和されている。
俺はリーダーではあるが、クラスのリーダーでも代表でもなんでもないし、この話し合いに居なくてもいいな、うん。
「すごいな、うちのクラスとは比べ物にならない」
堀北妹を帆波と隆二が対応し、俺は気配を消してその場を後にすると当然のように着いてきた綾小路から声をかけられる。いや、こっち来んなよ。飼い主を置いてくるなよ。いや、お前からしたらあっちが
「ま、無理にポイントを節約するような試験でもないし。結構快適に過ごしてるよ」
っべー。俺パイセンと話しちゃってるよ。これは良いのか? 許されるのか? パパの小路に怒られない? ご挨拶した方がいい? 「息子さんとお話させてください」って許可とった方がいい?
そうだな、と言いパイセンは俺たちの拠点の設備を見渡す。あんたの行動全部意味深に見えるからやめて? 何考えてるの? リーダー探ってもどうせ協定結ぶから意味無いぞ? 知ってると思うけど。
「んで、どうしてここに……ていうか、帆波に話が?」
「堀北がな。Bクラスと協力関係を結びたいんだそうだ」
あくまで他人事のスタンス、悪くないね!
「水野は話し合いに参加しなくても良いのか?」
「帆波と隆二いるし。俺行っても邪魔なだけだろうしな」
「そうなのか?」
こっわい。光のない瞳をこちらに向けてこないでっ。観察しないでっ。
「水野は一之瀬の右腕だと聞いてたんだが」
「どこ情報???」
よく見ろ。帆波の右側に隆二立ってるでしょうが。俺今立てても左側しかないからっ。というか堀北といいパイセンといい、俺がBクラスの幹部的位置にいるという話はどっから湧いてるのだろうか。俺そんな大層なことしてないからやめて欲しいんだが。あ、俺生徒会入ってました。
「生徒会にも入ったんだろ」
「誰情報?」
「水野だが……」
あー、言ってたわ。そうだそうだ、星之宮先生に気絶させられて頭おかしかったんだわそん時。
「あの時の記憶ちょっと曖昧で忘れてたわ」
「星之宮先生の手刀は目で追えなかったぞ」
ガチっぽくて草。パイセンでさえ捉えられない手刀とか音速超えてるだろ。よく生きてたな俺。偉いぞ俺。生きてて偉いとか初めて思ったわ。
「何をしたらあんなことになるんだ」
純粋な疑問で聞いてくる綾小路。ふっ、そんなことも分からないのか。俺は分かりやすく肩を揺らし、両手を肩まであげて首を振る。
「いいか、綾小路」
「なんだ?」
「微妙に行き遅れてる女性に年齢の話はしちゃいけないんだぜ」
「お前……」
相変わらずの無表情ながら、馬鹿を見るように瞳を向けてくる。失礼なっ、と思いながら、こんなに表情がわかりやすい綾小路を見るのは初めてだなと内心で頷く。まあ綾小路と話したのなんか片手で足りるんですけどね。なんなら二本で足りる。二回かよ。
一応肝に銘じておく、と引き気味で言う綾小路は自然な流れで俺を観察する。俺が目を逸らしたり瞬きをする瞬間に一瞬だけ視線を動かしているようだ。怖い。電車の対面に短いスカート履いたJK来たら便利なスキルだ。俺の視野が広かったから気づけたものの普通のやつじゃ気づけないぞ。
「そういえば、水野は格闘技を習ってるらしいな」
本題きちゃー。思い出したふうに言ってるけど絶対最初から目的これだろ。
「まあ、多少」
「空手で全国優勝。堀北の兄にも勝ったことがあるって聞いたぞ」
「誰に」
俺の質問に対し、綾小路は身体を横にずらして後ろに視線を移すことで答える。そこには話し合いが済んだのかこちらへと合流しようとしている三人の集団の先頭を歩く堀北キリッとちゃんがいた。めっちゃ覚えてるやん俺の事。
「ちなみになんて言ってたか聞いても?」
「言葉は濁すが……まあ、気持ちが伝わってきたな」
めっちゃ嫌ってるじゃん俺の事。お兄様しゅきしゅきだいしゅきな彼女からすれば兄を倒してしかも何故か知らないが兄のお気に入り(仮)になっている存在はブラコン代表として許せるものではなかったのかもしれない。
「お前の話をすると堀北は機嫌が悪くなるんだ」
「理不尽」
「誰が理不尽ですって」
お前だよという言葉を吐いては吸ってを繰り返し何とか飲み込む。身長差的に見上げられているはずなのに何故か俺の事を見下ろしているような鋭い目付きを向ける堀北が無事BクラスとDクラスの協力関係を結ぶことが出来たことを綾小路に伝えていた。
その間にも周りでは山菜やら普通に育てられてる芋やらを調理したり、快適な暮らしをするための工夫を施したりと各々が作業している。金田も協力しているようで、そこの間での軋轢は特に見当たらない。まあこいつスパイなんですけどね。
そしてちょうど颯太達釣り組が帰ってきたようだが、あまり成果が宜しくなかったようで、全員が食べる量には程遠い数しか釣れていない様子。朝イチから釣りに行って長時間粘っていたからかそのグループには疲労がみてとれたので、さすがにこれ以上の労働を任せるわけには行かないだろう。
かといってほかのメンバーはそれぞれ働いてるため追加の食料を取りに行くメンツは限られる。この場所に大して仕事をしておらず、元気が有り余っておりなおかつ釣りのスポットやらのルートを知っているような都合のいいやつはいないだろうか。はい、俺ですね。
「食料足りてなさそうだから、今から軽く釣りでもしてくる」
「えっ、ほんと! ありがとう悠君っ。私も手伝おうか?」
リアクションが大きいから大きい山がVaundyしてるんだよなぁ。目の保養でもあるし目に毒でもある。それなんて薬? 世紀の大発見だね?
まあ一人で行く予定だが。帆波には全体の指揮取って士気上げて欲しいし、隆二には金田の監視を含めて残ってもらいたい。ここのクラスはお人好しが多いから、いい意味でこのクラスらしくない隆二には残って目をガンギマリさせて欲しいものだ。その旨を胸を揺らす帆波に告げるとそばに控えていた最高傑作様が考える素振りも見せずに手を挙げる。
「俺もついて行っていいか?」
なんぜやねん。対話のカリキュラム無かったせいで逆にコミュ強なのかこいつはっ。
で、何故か釣りをする時は綾小路パイセンとセットで行くという風習に。まあまだ3回目なんですけどね。無人島生活の半分くらいだからもう三回目と言っても過言ではないか。
正直、パイセンとの釣りに行くということ自体は悪いことではない。純粋にこの作品の一ファンとしても主人公たるパイセンと話すことは楽しいことだし、クラス外に友人というか、話せる間柄ができることは望ましいことだ。
ただ、何が嫌かって言うと。
「無人島に着く前に水野の話は聞いていたから、空手の試合映像を見させてもらったんだ」
「あざす」
「武道に精通してる訳では無いから詳しいことは分からないが、凄いな。他にも何かやっているのか?」
「テコンドーとか、合気道とかを少々」
「俺はピアノくらいしか習ったことがないんだが、それほどの数の武術を習得したのか」
「あざす」
嘘つけやっ、と心が叫びたがっていた。だが耐えた。俺は長男だから耐えれた。弟居ないけど。姉しか居ないけど。一人っ子だったら耐えられなかった。
ピアノしか習ってないやつの筋肉の付き方してねぇよ馬鹿が。理想的な筋肉量だよ服の上からでもわかるわっ。
このパイセン、隙あらば俺についての情報を抜き出そうとしてくるのである。単純な興味なのか、驚異となりそうな存在を探っているのかは知らないが、感情の起伏を見せずに淡々と質問をしてくる様を見るのは怖くて仕方がない。これが、恐怖っ!!
「あざす」botになりかけていた俺だが、釣りに没頭することで何とか耐えれた。毎回いいタイミングで魚が針に食いついてくれる。ありがとう鮎、君のことは美味しくいただくよ。
「一之瀬とは付き合っているのか?」
「付き合ってねぇわ」
たまにこういうジョークを挟んでくるあたり、俺の事を少なからず友好的に思ってくれているのだろうか。まあ必要とあらば全力で潰しに行くのが綾小路という男である。安心できる要素がどこにも見当たらないし、実力を最上位であるため間接的に対象を退学に追い込むことを難なく行えるだろう。2年生編とかあるなら一年の刺客を直接手を下さずに追い込みそうな風格を持っている。
船上試験で関わりをもてたらいいかな程度に思っていたが、無人島でここまで会話ができるようになるとは思わなかった。思いのよらぬところから来たチャンスだ。
特にこれといった目的は無いが、綾小路との繋がりは個人的に持っておきたい。単純にファンだからである。裏に隠れた意図なんで全くない。
「綾小路は彼女とか居ないの?」
「生憎と、これまでそういう機会は無かったな」
そりゃ白い部屋に閉じ込められてたからね。恋愛感情なんて持ってるのかこの人は。綾小路のことを好きだった子も蹴落としてそうだな。綾小路が恋を知る世界線があるのなら見てみたいものだ。想像がつかない。
パパの小路が清隆だいすきっ子な世界線ならワンチャン有り得るか? 「大事な息子の感情を消すなんて非道出来るわけないだろ!!」とか言ってホワイトルームの全てを否定してこの物語の根底をぶち壊しそう。
そんなことを考えていると、さすがに話すことが無くなったのか急な静けさが続く。そして思い出されるのが無人島に着く直前に行ったAliceとのチェス。俺の初敗北(不本意)の試合。押し間違いという初心者的ミスが無ければ……なんてありもしないたらればを想像しながら、俺が本来打つはずだった一手を脳内で再現し、そこから進められるであろう盤面を想像する。
俺の想像の中であるために相手の手は止まることなく、相手が取りうるあらゆるパターンを同時並行して盤面に移していく。
あの一手から最速で23手目、相手の投了を聞き、そして複数あるパターン全ての試合が俺の勝利で終了したところで綾小路と俺の釣竿が同時に反応し、互いに目を合わせて同時に竿を引き上げる。
同程度のサイズの魚が釣り上がり、そこそこ量が集まったことから今日の釣りは終了。相変わらずパイセンと釣りをして探られたくらいしか出来事は起こらずに、何の変哲もない無人島ライフが過ぎていっただけであった。
そして、遂に。
無人島の上空を、分厚い雨雲が覆い始めた。