(野郎……初めに俺を狙えばいい物を……ナメくさって『パフォーマンス』しやがった
矢の飛んできた方向は……向こうか……)
プロシュートは、スタンド――『ザ・グレイトフル・デッド』の力で手錠をねじり切り、その反射を鏡のように使って矢の飛んできた方向を確認する。かろうじて、空港の格納庫が建ち並んでいるのが見えた。そこまで最短距離で行くには滑走路を突っ切る必要があり遮蔽物などはない……『能力』をつかうにも『射程外』だ。
――ひゅうんっ!!!
ばきんっ!という音と共に手持ちの鏡のようにして使っていた手錠が弾き飛ばされる。
「……ッ、狙って弾き飛ばしやがったな……遊んでやがる……!
俺はいつでも仕留められる『獲物』ってわけか?」
……建物の影を伝っていくにせよ、あの射撃精度では建物の影にまで到達できるかすら怪しい。この車の影から出た瞬間、『狙撃』されるッ!
(思い知らせてやるぜ……)
プロシュートは、咄嗟に開いたままの護送車後部座席から、グレイトフル・デッドで隔壁を叩き壊して運転席に侵入。そのまま、キーが刺さったままの車のエンジンをかけ、『一直線』に『敵』を目指した。
「ほぉー……ナルホド、護送車の『防弾ガラス』の強度を活かして防御しながら一直線でこのガエターノに近づこうという訳か……我がスタンド……『ボーイズ・ドント・クライ』は人の肉体程度は貫けても、破壊力はさほどでもないからな……」
ガエターノは、格納庫の屋根の上でまだ豆粒のように小さくみえる囚人護送車を見つめ、せせら笑った。
「だがッ……『精密動作性』においてはッ!
我がスタンドは秀でているぞ、裏切者プロシュートッ!」
――シバッ!ドヒュルルルルルッ!!!!
矢玉が、囚人護送車のフロントガラスに打ち込まれる。だが、フロントガラスは多少ひびが入った程度でその矢弾を食い止めた。しかし――。
――バキッ!バキッ!メキャッ!メシャッ!メシャアアッ!!!
「野郎――なんて腕してやがる……フロントガラスの『同じ個所に』寸分たがわず当ててくるぞッ!」
全く同じ個所に打撃を繰り返し与えられ、フロントガラスがその部分から重点的にひしゃげていく!このままでは、持たない。いや、次の一撃でもう――
――バッキャァッ!!!
盛大にフロントガラスの一部が砕け……護送車が蛇行。そのままバランスを崩し横倒しになった。
「…………フン」
ガエターノは、格納庫の屋根から非常階段を使っており、護送車へと近づく。『ボーイズ・ドント・クライ』のボルトを一撃でも当てれば、相手はその個所から水を失って干からびて死ぬ。死体を確認して写真を撮ることが、今回の任務完了条件であり、そもそもガエターノは自分の仕事に誇りを持つタイプのヒットマン――仕留めたという確証をその眼で見たかったということもあった。
「……任務完了だな」
ご多分に漏れず、運転席にはからからに干からびたプロシュートの姿。ガエターノはスマートフォンのカメラで何枚か写真を撮ると、それをいずこかへと送信しイタリアへ国際電話をかけた――。
――ガッ!
しかし、不意にその足首を掴むものがあった。
「何ッ!?」
プロシュートの死体が動いている……まるでゾンビめいて、いつのまにか、自分の足元まではい寄っているではないかッ!まずいッ!
「ボーイズ・ドント――」
ガエターノは咄嗟にスタンドを出し、もう一発を至近距離から打ち込もうとしたが――
「『直』は素早いんだぜェーッ……!
『ザ・グレイトフル・デッド』の『直』触りはよォォォ……」
「うおおおおおあああああッッ!!!き、きさまぁあぁあぁぁ……!!!」
がぐん、とガエターノの体が弓なりに反り、悲鳴と共に『干からびていく』。いやッ!ちがうッ!急速に『老化』していっているのだッ!!!同時、プロシュートの体は生気を取り戻し、肌に若々しいハリが戻っていくッ!
「たしかに精密さはあるが……連射はさほどでもねえ。
ブチャラティの『スティッキー・フィンガーズ』のラッシュの方がよほど早かったぜ」
プロシュートは、矢弾が防弾ガラスを貫いた瞬間、それをいともたやすくスタンドで弾いたのだ。グレイトフル・デッドはスピードにはすぐれないが、精密な狙撃の分、どこに飛んでくるか事前に理解できたのでそれでも防御は簡単だった。
あとはその能力――『生物を老化させる力』を使い自身を寿命寸前まで老化。老齢により水分が失われた肌を、ガエターノは自身の能力によるものと誤認したのである。
「ガエターノ? どうした? 何が起こっているッ!?」
地面に落ちたガエターノのスマートフォンからは、聞き覚えのある声がする。
「よう……久しぶりだな。今は幹部だって? エ?
俺はもう、戦わん。お前たちも追ってくるな……これ以上な……
もしまだ懲りずに刺客を送り込んでくるようなら、全員消す」
スマートフォンを拾い上げ、それだけを一方的に話すとグレイトフルデッドで握りつぶし、破壊した。
「さてガエターノとやら……お前をどうするかだが……」
ガエターノは、極度老化で動けなくなっていたが、まだ息があった。プロシュートは、その首に足をゆっくりと乗せ、徐々に体重をかける。
「ぐ、グええええっ」
ばき、ばきと骨がきしむ音。もう少し力を籠めれば脆くなった首の骨はボキン、と音を立てておれるだろう。
「――やめてッ!!!」
と、そこに飛び込んでくる影があった。懐かしい声があった。気弱な中にも芯を感じさせるようになった、立ち姿があった。
「ライス……」
「ハァーッ……ハァーッ、さ、探したよ……お兄さま……」
ライスシャワーは、少し離れた場所で息を整え、それからプロシュートの胸に飛び込んだ。
「お兄さま……聞いたよ。お兄さまの過去。
ううん、全部じゃないけれど……お兄さまは悪い人、だったんだよね……?」
「……まあな」
悪びれもせず、プロシュートは言い放った。別段、懺悔をしようが、後悔しようが、今までに殺してきた人間は悦びもしないしよみがえりもしないし、己を許しもしないからだ。信心深くもない自分は、きっと死ねば地獄に墜ちるのだろう。
「……でも、ライスの一番大切な人はお兄さまなんだよ。
ライスはライスの事を信じてくれたお兄さまを信じてる。
それは、それだけは……だれがなんといおうとも、違わない事なんだッ!
お兄さまはッ! 『ライスのお兄さま』なんだよぉッ!!!」
「…………」
ライスシャワーはプロシュートの胸で泣きじゃくりながら、どれだけ『お兄さま』が大切かをずっとずっと、語った。
「……やめだ。なんだか萎えちまった」
そういってガエターノの首から、足を外すプロシュート。
「……ライス。だが俺はこうなった以上イタリアに戻らなきゃならねえ。
お前にもう迷惑はかけられん。これは、俺のケジメだ、わかるな――」
「………………」
ライスシャワーは、トレセン学園から空港まで走っているうちに覚悟をしていた。そして、やはり。これがお兄さまとの今生のお別れになるのだと、悟った。
「長い、お別れになるんだね」
「ああ……」
チームブルームスの2人は、踵を返して歩きだす。既に、異変を察知した空港警察が集まりだしている。これ以上罪状を追加されてもたまらないし、ライスシャワーを保護してもらう必要もあった。
その時だった。
「や、やろう……いいきに、なりやがて……」
「!」
ガエターノは、未だ老化したままで死にかけの体に鞭うち『ボーイズ・ドント・クライ』を発現。こともあろうにその狙いは……ライスシャワー!
「えっ……!?」
(ライス……!)
「しね゛え゛ッ!!!」
――シバッ!!!!ギャルルルルッ!!!
ボーイズ・ドント・クライから発せられた矢弾の軌道上にはライスシャワーの喉笛。過たず放たれたそれは、まるで獰猛な猟犬の唸り声のような音を立てながら……
ライスシャワーの前に立ちふさがった、プロシュートの胸を穿った。
「ゲフッ……!!!」
「あ、ぁ……!?」
何が起こったかわからぬライスシャワー。しかし、とんでもない、よくないことが起こったことだけは分かる。
「……なるほどゲス野郎だな。ゲス野郎には……相応の報いが待っていることを思い知らせてやるッ!!!」
プロシュートの胴からドボドボと水分が抜けていく。しかし、水分を抜いて殺すという性質上、『死』には多少の時間がかかるのだ。その間に、怒りをたぎらせながらプロシュートはガエターノに近づき……
「――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」
――メキャッ!メキャッ!グシャッ!メキャッ!メギョッ!バキッ!メキャッ!メキャッ!メキャアッ!!!
「あがばあああああああああああ……!!!!!」
『老化』の力を最大限振り絞った怒りのスタンドラッシュ。それをまともに受けたガエターノは、チリめいて粉砕され羽田空港の夜風に散っていった……。
スタンド名:ボーイズ・ドント・クライ
本体名:ガエターノ
――
「げほッ……!」
同時、プロシュートも片膝をつき……血反吐を吐いた。ガエターノが死亡したことにより水分流出は止まったようだが、あの矢弾のあたりどころがよくない。外傷はなくともおそらく、心臓まわりの臓器にダメージがある。
「ライス……」
「お、お兄さまッ! お兄さまッ! どこか痛いのッ!?
何が起こったの!? ねぇっ!!! お兄さまッ!!!!」
「俺はな……お前に言いたいことがあったんだ。もう一度会えたら、どうしても直接……ゴホッ……」
プロシュートはその場に座り込み、ライスシャワーに抱えられながら息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。ライスシャワーは混乱し、取り乱しているが、プロシュートはそのスカートのすそを掴み、聞け!と力強く諭した。
「ライス……今は、走ることを考えられないかもしれん……
つらいかもしれん……だがな、俺はお前の走る姿が、好きだったんだ……ゲホッ……
もう一度『夢』……ゴボッ……ゴホッ……追いかけちゃくれねえか……『俺』のためによ……
いつの間にかお前の『夢』は……俺の『夢』になっていたんだッ……!」
「わかったよ、お兄さま……だから喋らないでッ!」
「『栄光』は……お、まえに……」
それだけを言い残し、プロシュートは意識を失った。
直後に空港警察と、救急隊が到着。すぐさま、彼を救急搬送していく……。空港警察に保護されたライスシャワーは、忙しく動き回る警察関係者の中で夜中の冷たい空気の中白い息を吐きながら、一人呟く。
「…………『お兄さま』の、ため……」
ライスシャワーの眼に、失われていた力が満ちた。
「分かったよ。お兄さまの覚悟が……言葉ではなく心で理解できたッ……! ライスは、ライスは走ります! お兄さまと、ライスの『夢』を乗せてッ! そして、地球のどこにお兄様がどこにいようと! ライスの名前が聞こえるぐらいの、最高のウマ娘になりますッ! だからお兄さま……さようならは、言わないよ……!」
「ありがとう……私の最高の『お兄さま』」
◆◆◆ エピローグ ◆◆◆
……十数年後。
キューバ共和国 ハバナ 旧市街地。
世界遺産にも登録されている、スペイン占領時代風の白い街並みの中を一台のクラシックアメリカンカーが力強いエンジン音を響かせながら止まる。キューバという国はその歴史的背景から、古いアメ車を修理しながらしながら使ってきた歴史がありそれを転用した観光タクシーなどは、今では観光資源になっているほどだ。
「お客さんの言ってたのはここですが……
いいんですか? こんな流行ってない酒場なんかで。
新市街地のほうまでいきゃ、もっとオシャレな今風のパブなんかもありますよ」
「いいんです、ここで」
日焼けしたタクシーの運転手は、はあ、と釈然としない風に会釈すると、車体後方の荷物入れから、乗客――白いワンピースと青いバラのコサージュのついた幅広帽をみにつけた、東洋風の貴婦人の旅行鞄を取り出す。
「……ここまで観光案内、ありがとう。
これは、取っておいてね。グラシアス」
チップをいくらか、運転手に手渡し貴婦人はその寂れたバーの中に入っていく。店内には地元の物と思われる数人の客がいたが、観光客は皆無だった。バーテンもややいぶかし気に、観光客と思しき東洋の貴婦人を見やる。
その貴婦人は……わかっていたかのように、静かにカウンター席に着いた。
「……やっと、会えたね。『お兄さま』」
「……俺が勝手に託した『夢』は掴めたかい」
その隣には、いつもグラス一杯で閉店まで粘る常連の初老の男の姿。貴婦人の言葉に、はん、と鼻を鳴らしながら答え、その拍子に男の握っていたグラスの氷が、二人の再開を静かに喜ぶかのように、からんと音を立てた。
………………
…………
……
…
ライスの奇妙な兄貴、ここに終わる。