蟻に運ばれていた何かの蛹を助けた日から、それは視界の隅に映るようになった。

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※企画参加作品。三千文字の軽く読める怪談です。


何かの蛹

 

 私にとって夏は死の季節だった。

 

 毎年、庭の片隅に盛り土が出来る。そこにはアイスの棒が突き刺してあり、何かしらの名前が書かれていた。

 お祭りでとった可愛い金魚や森でつかまえた綺麗な昆虫。どれもひと夏を越せないまま湿った土の下に埋められて、夏の底へ沈んでいく。

 道を歩いている時もまばらに散らばる彼岸の断片が目に入った。コンクリートに乾いてへばりついたカエルやミミズ、電灯に誘われた羽虫の成れの果て。

 

 ……列をなす蟻に運ばれる、何かの欠片。

 

 そんな小さな命の終わりがやたらと目につくのだ。夏という季節は。

 自分が繋げてあげられなかった命も含まれるからか、わずかな苦みを伴って記憶にイメージが刻まれている。

 

 

 

 だからだろうか。

 私が"それ"を見つけてしまったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 紫外線にザクザクと刺されている様に感じる直射日光の下、濃い影を作りながら歩く。その足取りは重い。何故かといえばこのうんざりするような暑さに加えて、無駄に大きい帰省用のキャリーケースをガラガラ引きずっているからだ。

 これが「行き」の道のりなら多少足も軽くなるのだが、「帰り」なものだから心の重さ分どうしたって動きは鈍くなる。

 ああ……短い夏休みが終わってしまった。いや夏休みって長さじゃなかったけど。こんな大きい荷物必要ないくらいの日数だったけど。しかも法事で休み貰っただけだし。

 これから真の夏休みを謳歌するであろう学生たちを恨めし気に見つめる。不審がられる前に視線を外した。

 

「あれ……。また、デカいもん運んでるな君らは。働き者なこって」

 

 ふと、ひび割れた道の上でせっせと行列を作る蟻たちを見つけた。彼らの獲物は随分と大きいようで、それはぷっくり中身がつまった何かの蛹だった。

 

「なんかのさなぎだ……」

 

 思わずつぶやく。同時に何とも言えない曲が脳裏を駆け抜けていった。

 

「ふふ」

 

 いけない、青春の具現化たる学生たちから不審そうな目を向けられている。しかし許してほしい。「なんかのさなぎ」という曲を思い出してしまったのだから、笑っちゃうのは許してほしい。

 昔ぴゅ~と吹くジャガーさんという漫画の中に出てきた曲なのだが、なんとCD化されている。当時買ったわ。

 蛹を見たらもうそれしか出てこなかった。

 

(ちょっと楽しい気分になってしまった……)

 

 蟻に運ばれる蛹を見て楽しい気分になるのはどう考えてもちょっとアレなのだが、まあ元気が出たことに変わりない。

 少々考えてから私は「ごめんね」と一言告げて、蟻たちから蛹をつまみ上げそれを手近な低木の枝にひっかけた。……果たしてこれで成虫になれるのかは知らないが、少し元気を出させてもらったお礼である。

 獲物を失ってうごうごしている蟻たちにはさすがに申し訳なかったので、カバンに忍ばせていたスティックシュガーの中身を近くに出してやった。ファストフード店でコーヒーに入れなかったものをそのまま持ち歩いていたのだ。

 

 蟻たちがそれにたかり始めるのを見届けると、私は再度帰路を歩み始めた。

 

 

 

 

 

 

 その日からだ。

 視界の端に、なんかの蛹が入り始めたのは。

 

 

 

 

 

 

 最初はアパートのトイレ。

 ペーパーホルダーの上にぼんやりとシルエットが見えたけど、目を向けたらそこには何もなかった。気のせいだと片付ける。

 

 次は会社のデスクの上。

 ペン立てのシャーペンに張り付いていて、そちらを見ずに手を伸ばしたら柔らかい何かを掴んでしまい声が出た。一瞬その姿を捉えるも、次に目を向けた時は消えていた。

 

 次はスーパーの野菜売り場で。

 キャベツにぴっとり張り付いていて、えっと顔を向けたら消えていた。しかしそのキャベツには水気とは違う、なにやらぬらぬらとした液が光っていた。吐き気がこみ上げる。

 

 いつでも、どこでも。

 数日に一回から、毎日へ。

 数時間から、数分に一回へ。

 

 見える頻度は増していき、常に視界に入り込むようになった。しかもその姿は。

 

(また、大きくなってる……)

 

 始めは小指くらいのサイズだったものが、段々と大きくなっていた。最初は気のせいかと思ったけれど、流石にこぶし大になっては気のせいで片付けられない。

 医者に相談もしてみたが、過度のストレスと言い渡された。薬を貰ったし会社も休んだが、蛹は消えない。

 眼科にも行ってみた。しかし何処にも異常はなく、受付の女性の腕にへばりつく蛹を見ただけに終わった。徒労である。

 

 

 

 そう。この蛹は、私にしか見えない。

 

 

 

 最近は見える事より、それがいつ羽化するかのほうが怖くなった。

 

 さすがにこれは「そういう」ものだろうと考え、私は神社へお祓いをしてもらいに足を運んだ。……運んだはず、だった。

 

「なんで、なんで。嘘でしょう?」

 

 思わず大きく声に出せば不審そうな目で見られたが、そんなものはどうでもいい。

 私は真昼間の駅の構内で膝から崩れ落ち、ナビが表示されたスマホを床に叩きつけた。

 

 半日ほどだろうか。電車を乗り継いで徒歩三十分、合計二時間程度でつくはずの神社へたどり着けないまま半日が過ぎた。

 どうしてたどり着けないか? まず下りる駅が異なるのだ。何度も名前を確認して下りたはずなのに、その場所は目的とする場所の一つ前か一つ後。何往復したか分からない。

 業を煮やして徒歩で向かうも、それでもたどり着けない。まるで空間が切り取られて振り出しにつながっているようで、ただただ体力だけが削られた。

 それが何度も、何度も続いた。

 

 胡散臭いと思いつつネットで調べた霊能力者へ連絡を取ろうにも、メールは文字化けで戻ってくるし電話は奇怪な音を返すだけ。

 

 そして私がそういった行動をとるたびに、蛹の成長速度は加速する。

 もう私の二の腕と同じくらいの大きさになっていた。

 

 お願い。助けて。もう消えて。

 何度言ったか分からない。しかし蛹はただ黙してそこに在る。

 

 

 

 

 

 

 

 ある日、蛹が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 やっと消えてくれた。そう安堵し息を吐き出した時……鏡に映る"それ"が目に入った。

 

 蛹は私の背中に張り付いていたのだ。

 

 声にならない悲鳴をあげ背中を搔きむしるも、それは肌を傷つけ蚯蚓腫れにが増えるばかりで蛹はとれない。トクトクと鼓動のような音が伝わり、ついに気が狂いそうになる。

 

 

 ……ただ、私は自分が思っているより図太かったようだ。

 

 

 狂いきれず、蛹と生活を共にするようになった。

 蛹はいつの間にか元の姿を失い、今では私の背中に歪な瘤となって存在している。その瘤は他の人間にも見えるようで、ずいぶん不気味がられたし同情された。手術で切除も試みたが、何度とっても翌日には戻っている。

 

 

 

 

 

 

 …………私はついに、蛹と離れることを諦めた。

 

 

 

 

 

 

「~♪」

 

 時々、子守唄のように歌を口ずさむ。歌う曲名は「なんかのさなぎ」

 

 一度諦めてしまうと不思議なもので、荒れ狂っていた気持ちは凪のように落ち着いた。諦めがつくと適応しようとするのが人間なのかもしれない。

 

「ぁ……」

 

 背中の鼓動がドクンと、ひときわ大きく響く。それが骨と内臓を直接撫でるかのように体を震わせるとき、私は妙な満足感と快楽を覚えるのだ。

 

 これはきっと私の背骨を苗床に今でも成長している。つまりはいつか羽化するということ。

 

 その時、私はどうなる?

 生まれてきたものに食われるのか、それとも私自身が「なにか」になるのか。

 

 死を想起する季節の中。気まぐれに何かの命を繋いが私が、今ではそれに首輪で繋がれたように人生を握られている。だというのに恐怖心はすでに麻痺し、過ごす毎日は穏やかだ。

 

 

 

 何もかもがわからないままに、ただただ時を数え。

 

 私は今でも蛹と共にいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※曲名の使用のみなので楽曲使用に関するコードは乗せておりません。

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