呪われた世界と優しい王国 作:スピナー
当時トリップも何もつけていなかったので作者証明が非常に難しく、またどうやら管理人曰く運営もまともに機能していないようです。
なので元スレの提示を証明としていただければと思います。
ニュー速VIP 智「さあ、おとぎ話をはじめよう」(おそらくリンク切れで開けないです)
ttp://raicho.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1294396628/
SS速報VIP 智「さあ、おとぎ話をはじめよう」
ttp://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1294925055/
SS速報VIP 智「さあ、おとぎ話をはじめよう」 Re:2
ttp://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1317575308/
SS速報VIP 智「さあ、おとぎ話をはじめよう」 Re:3
ttp://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1363440428/
ちなみにニュー速VIP時代のログは見れないようですけど、自分の手元には残ってます。
これも証拠になるかもですね? とはいえ、ダメと言われれば仕方がなし、削除します。どうぞよしなに。
……また、注意事項をば。
この作品はブランド暁WORKSのゲームタイトル、るいは智を呼ぶ、るいは智を呼ぶFD-明日の向こうに視える風-、並びにコミュ-黒い竜と優しい王国-のクロス作品です。
両作品にプレイ前提の内容となっており、多大なネタバレを含みます。
ご注意を宜しくお願い致します。
──あなたは、スカートです。
そう言ったのは死んだ母さん。
お前はスカートになるのだ……なんて無体を命じられたわけでなく、普通にスカートを履きなさいというだけの話。
勿論昔は恨まない日はなかった。
なにせ僕は『オトコノコ』なのだから、なんでそんなものを、と不条理な命令に対して怒りのぶつけどころに迷ったりもした。
けれど今はそのお陰でしっかりと卑屈なお姉様に育ったのだから結果オーライだと思う……多分。
それでもどうにも好きになれない。
足下が落ち着かないから。
それともう一つ。
視線を感じる。すれ違う人がこちらを振り返る。
口笛が背中をくすぐる。
これだから好きになれない。
繊細で幸薄層で麗しいご令嬢、そんなものに僕はなりたいんじゃない。
別に同姓にもてたいからってこんな格好をしているんじゃない。
僕は男なんだ!
……なんて、言えたのならどれだけいいことか。
これも生きるため、はたまた言いつけだから仕方がない。
目的地、たまり場その2、テナントのあまり入ってないビルの屋上へ向かって歩きながらそう思う放課後だった。
思わない日は殆どないけれど。
◯
その日の事の発端はこよりちゃんの発言だった。
「そいえばセンパイ方! 鳴滝の学校では最近都市伝説が流行っているのですよ」
「都市伝説」
都市伝説──怪談話ともまた違う、独特の雰囲気の物語。
有名所で言えばメリーさん、口裂け女、人面犬。あとはハンバーガーの肉にミミズが使われてる、なんてのも聞いたことがある。
殆どは事実無根の虚偽話。どこにでもあるような嘘。
勿論そんな中でも本当の話はある。
例えば僕らの住む街にある都市伝説。『バイクに乗った黒い王子様が夜な夜な美少女を攫う』だとか。
何を隠そう、我らが同盟一のプライドの持ち主、花城花鶏がその張本人だからだ。
視線で花鶏を追うと、僕の考えていることがわかったのかその銀髪(本人曰く『プラティナブロンド』)を手で靡かせる。
「ふっ、遂に私もこよりちゃんみたいな可愛い子達に噂され、誘われる日が来たのね」
「セクハラーの脳内は今日も蛆が湧いてますね」
茜子の毒舌も花鶏の耳には入らないらしい。
視線が明後日の方向に向き、げへへへへと涎を垂らしていた。乙女に有るまじき姿。
……見なかったことにしよう。
「たはは……勿論花鶏センパイの話とか……『無敗のフードファイター』とかの話もあったッスよ」
「『無敗のフードファイター』って……」
「はぐはぐはぐ……んぁ?」
我らがフードファイターこと皆元るいはここに来る前に買ってきたお菓子を只管に食べていた。
これだけ食べても太らない、というのは少したけ羨ましくもある。
「……ごくん、なになに、どーしたの?」
「いや、なんでもないからるいは食べてていいよ」
「そお? じゃ遠慮なく。……はぐはぐ」
僕がよしをすると、再び食べ始める。
本当、犬っぽい。
そう思いながらこよりに視線を戻すと、今度は茜子が真ん中に立っていた。
「そういえば都市伝説といえば茜子さんも知ってますよ。ラーメンの中に入っているメンマ、あれは実は割り箸を汁につけて作っているのです」
「嘘だっ!」
「本当です、本当。清純派乙女智なら知ってますよね?」
「うん、確かスープの中に割り箸を落ちたのを知らないで、数日後に見つけて食べてみると美味しかったっていう話だよね」
「そんなぁ~鳴滝、具の中でメンマが一番好きだったのに~」
「いつの時代も真実とは非情なものなのです」
「ひーん」
茜子の言葉を尻目に、こよりはさんざめく。
そんなこよりを見かねてか、伊代が割り込んできた。
「こらこら、二人とも嘘言わないの。メンマはシナチクって言って、筍の一種でしょ」
「ちっ、空気よめデカ胸」
「え、何よそれ。私、間違ってないわよね、ね?」
「いやいや、元々都市伝説の話なんですから、初めから話半分ッス。騙されてナンボッスよ」
フォローした筈なのにされた人からも責められる伊代。やはりイケてない。
その空気のよめなささえなければ……いや、なかったら伊代が伊代じゃないか。
「……伊代、これからも伊代は伊代のままでいてね」
「うぅ……なんだかよくわからないけど、ありがとう……」
閑話休題。
ようやくこよりに主導権が戻る。
るいも食べ終わり、花鶏も現実に戻ってくる。
「実はですね、高倉市の都市伝説なんですけど……」
「あ、それ私も聞いたことある!」
こよりが話し始めると、るいも声をあげた。
まとまりの無い、バラバラな二人の話の内容をつなげ合わせると、こうだ。
「『少女Aに連れられて怪物が現れる』?」
「纏めると、そういうことよね」
こよりの話は怪物の話だった。
人の二~三倍の大きさ(怪獣レベルの大きさでないぶんリアリティがある)の怪物が最近高倉市には出現するらしい。
例えば大きな人間の形、例えば竜の形。
目撃証言は多数あるが、友達の友達の話、だとかどれも確信を得ない。故の都市伝説、といったところ。
一方、るいの話はそれにちょっとしたアクセントが加わったものだ。
そういった怪物達を連れているのは数年前から現れた幽霊ともわからない少女――便宜上『少女A』という名を与えられた少女が彼女を見た人を連れていき、怪物にするらしい。
これもよくあるものだ。知らない人についていったら怪物になる、と。
天狗についていった子供が天狗になる、なんていう話も聞くし、亜種なのかもしれない。
るいの話からこよりの話が独立した、というような感じ。
「さて、皆様。如何ほど?」
「茜子さんは猫の形がいいです。巨大な猫を従えて茜子さんはアカネコ・オブ・キャットクイーンとなり世界を征服します」
「誰もんなこときいてないっての。……っていうか、その話高倉市限定なの?」
「はいッス! 鳴滝も気になってネットで調べてみたら、全部高倉市でした!」
高倉市は、僕らの住む田松市から電車で四つ向こうで着く隣街だ。
ここら付近よりももっと発展していて、しかしその分不良な人たちも多い、らしい。
そんな街限定の話。手を伸ばせば届く分、少しばかり興味をひかれる。
「でも、全部都市伝説なんでしょ? だったら、やっぱりないことなんじゃないの?非現実的だし」
伊代の言うことはもっともだ。都市伝説だから本当じゃない。
けれど、それが全てに当てはまらない、ということは証明されている。
しかし、そもそも。
非現実的だなんだのというけれど。
「私たちの存在自体、非現実的です」
茜子の言葉が一閃、僕らを引き裂く。
そう。
僕らは皆呪われている。身体のどこかに同じ痣がある。
皆元るいは未来を約束できない。
鳴滝こよりは通ったことのないドアを開けられない。
白鞘伊代は固有名詞を呼ぶことができない。
茅場茜子は人と触れることができない。
花城花鶏は……わからないけど、同じように呪いを背負ってるはずだ。
そして僕、和久津智は──本当の性別を知られてはならない。だからこうしてスカートをはいておんなのこをしているのだ。
そんな僕らが都市伝説について非現実的だだの科学的ではないだの語れるわけがない。
「それはそうだけど。少女Aはまだしも、怪物は流石に現実離れし過ぎじゃないかしら」
「そうよね、人間の数倍の大きさの怪物って……ちょっとね」
「そこで、鳴滝から提案があるのです!」
ローラースケートを履いたこよりはついーっ、と皆の前に躍り出た。
二つに括られた長いツーテールが揺れる。
「皆で調べに行きましょう!」
器用に跳ねる。うさぎちゃん可愛い。
……じゃなくて。調べにいく? 何を? 無論、都市伝説を。
同じようにるいも手を上げて跳ねる。
「はいはーい! るいねーさんは賛成―っ!! 話聞いた時から思ってたんだよねー! なんかこうさ、バキューン、ドカーンッ! って感じでさ、実際にあったらかっこよさそうじゃん!」
「また頭悪そうな擬音を。……私はどっちでもいいわ。まぁ暇つぶしにはなるかもね」
花鶏は本当にどちらでもよさそうだ。
多分多数決で多いほうに賛同するのだろう。
「茜子さんは賛成です。猫型があるなら茜子さんは」
「それはもういいから! ……あなたはどうするの?」
伊代は自分の意見は言わず、僕に話を振ってくる。
多分伊代は反対派だけど、今は賛成3棄権1だから僕が賛成したら賛成、反対したら反対にするのだろう。
……僕はどうしようか、考え始めると同時に、なんとなく、嫌な予感が脳裏を過った。
幼い頃から僕の勘は当たったりする。
だからこの勘に付き従ってみよう。
「……僕は反対かな」
「えぇ~っ、どうしてですかぁ~?」
こよりが僕の答えにジト目で唇をとがらせる。
そんなに行きたかったのかな……? そんなのを変な感じがしたから、ということで済ますわけにはいかないだろう。
僕は頭をフル回転させて、考える。
「ほら、皆。よく良く考えてみてよ。さっき花鶏と伊代も言ってたじゃない。巨大な化け物でしょ? そんなのいるわけがないよ」
「だから、それを確かめにいくんでしょ?」
「確かにそうだけど、もしそんなのがいたとしても、僕らが行ったぐらいで見つかるわけないし見つかるぐらいならもうたくさんの人に見つかってるよ。それがないってことはやっぱりいないからじゃないのかな」
それに、と僕は付け足す。
「……それに?」
るいの聞き返しを聞いてから、僕は心配そうな顔をイメージして言う。
「本当にそんなのがいて、僕らが偶然それを見つけちゃったら……無事でいられる保証はないし……誰かが怪我をしたら、僕はなんであの時止めなかったんだろうって後悔するだろうから」
「はきゅ~んっ!」
こよりが僕の憂いに胸打たれていた。
……計画通り。
「ともセンパイ、そんなに鳴滝のことを……わかりました! ともセンパイに心配はかけません! 鳴滝はオトナな女なのです!!」
「う~ん……ま、智が言うなら仕方が無いか」
るいは強いし、自分に自信を持ってるから少しだけ渋っていたけれど僕の言うことということで大人しく言うことを聞いてくれた。
花鶏はそんな僕らを見て鼻で笑い、伊代は笑顔を浮かべながら僕の背中を軽く叩く。
「やるじゃない、あなた」
「腹黒い貧乳ブルマです」
「まあね……ってなんで僕がブルマ履いてること知ってるの!?」
「茜子さんに秘密は全ておみとおしなのです」
両手を上げてゆーらゆーらと揺れる茜子。
やっぱり僕の天敵だ、この心を読む能力ーーと思うと同時。ゾクッ、と。背中を何かを悪寒が駆け巡った。
僕がそれに反応するより早く、何か――いや、一人しかいない! 花鶏が僕に抱きついてきた!?
「ぎゃわ!?」
「へぇ、智ちゃんブルマ履いてるんだ?その下はなに? もしかして履いてないの!?」
「そそそそそそんなわけないよね!?」
「確かめてみないと、わからないことじゃない? ほら、砂糖菓子の猫よ」
「適当言い過ぎだよ!?」
そう言ってスカートの下に花鶏の手が潜り込む。
太ももをつつつー、と辿り、その僕の秘密の領域に……
「やぁのやぁの、それやぁの!!」
貞操が! 違う、僕の呪いが!!
かーごめかごめ、と脳内で呪いの音楽が流れる。
「大丈夫、私に全部任せてくれれば、天国に連れて行ってあげるわ!」
「別に連れていってほしくないよ!!」
真の意味で連れて行かれちゃうよ!
助けて! 助けて!!
「智センパイがピンチです!! るいセンパイ!」
「バッキュン!!」
僕のピンチに気付いたるいが花鶏を思いっきり(手加減はしているだろうけど)殴る。
「ぷぎゅる」
花鶏はカエルの潰れたような悲鳴を上げて倒れた。
……僕の貞操は守られた!
僕は助けてくれたるいを崇めるように膝をついて、胸の前で十字を切り手を合わせた。
「るい、ありがとう、本当にありがとう……!」
「いいっていいって。トモは私の嫁だからね!」
男だけどね。
「そうやってると、ともセンパイ、シスターみたいですね……センパイなのにシスターとは、これ如何に?」
「シスターは二種類の意味があるからね。姉妹の意味と、修道女の意味。あなたがいうのは姉妹の方で妹のことを指してるし、姉という意味なら別におかしくはないわ」
「ほうほう、勉強になりましたッス、伊代センパイ!」
「ちなみに、辞書などには乗っていませんが後一つ意味があります」
へぇ、そうなんだ?
聞いてみると、ニヤリと笑う。
「レズのカップル相手のことです、シスターとも」
「レズの智ちゃんシスター!?どこどこ、花鶏おねーさまが智ちゃんの純潔うばっちゃうっ!!」
ひっ! 花鶏が起きたっ!!
「るい、助けてるい!」
「よっしゃ、シスターのるいねーさんが智のことまもっちゃる!」
そのシスターは姉の意味だよね!?
そんな僕の心配をよそに、るいと花鶏がいつものキャットバトルというには激しい戦いを繰り広げ始めた。
そんなこんなでいつもの如く騒ぎながら、日が暮れていく。
日が暮れても街灯がついても、僕らは騒がしい。
人の届かない場所で相変わらずに騒ぐ。
しかし、僕らのいる場所はここだけれど、外面的にはやはり帰らなければならないところがあるのだ。
「……そろそろ暗くなってきたし、解散しましょうか」
「さんせーッス! 実はこより、もうお腹ぺこぺこで……」
その言葉を聞いて、るいは酷く激しく、お腹を鳴らした。
ぷっ、と思わず吹出す。
「……お腹すいた」
「それでは暴食魔人が暴れる前に解散といきましょう」
「そうね。それじゃあさっさと帰りましょうか」
るいのお腹の悲鳴が決めてとなり、解散の運びとなる。
僕は伊代とこよりと帰るのが同じ方向だったから当然一緒に帰るのかと思ったけれど……
「あ、私図書館いかなきゃ。借りなきゃいけない本があるの」
「鳴滝はお母さんから買い物を頼まれているので、ここでお別れです」
と、その二言でそこで解散となる。
「よっし、じゃあ──」
「また、明日」
るい以外のまた明日が街の雑踏に一瞬だけ響き、紛れ、消える。
さて、僕も帰ろう。
何度が振り返りつつ、僕らは僕らの家へと帰ってゆく。
◯
「…………?」
僕は皆と別れてから高層ビルが並ぶ街を出る前に、足を止める。
振り返る。誰もいない。しかし、なにかを感じたような気がした。
……なんだろう、今のは。
僕はなんとなく今の感覚が気になり、その方向へと向かう。
人ごみの中をまぎれ、駆け足で行く。
そのうち、辺りは何やら如何わしい、ヤがついたり極めたりする人たちがいそうな、如何にもという場所になる。
一応、此処も繁華街の一部だ。しかし、大人しかおらず……ここでは制服は目立つ。
少しキョロキョロと周りを見るが、何も無い。誰もいない。
「……気のせいかな」
僕はそう思い、立ち去ろうとする。
――と、まさにその瞬間。
近くのビルの、屋上が爆発した。
「っ!?」
人々が足を止める。僕もそれに違わず足を止めた。
人によっては携帯電話を取り出してその爆発を写真取る人もいた。
何をしているんだ、写真を取るぐらいなら消防が先じゃないのか。
そう思って周りを見渡して────
「………………」
────そこに、少女がいた。
人ごみに埋もれてしまいそうな小柄な影が、道に溢れる人の間に見え隠れする。
なんてことない、普通の少女だ。
制服のようなものを来て、花鶏とはまた違うベレー帽をかぶって……
奇妙だ。
僕はさっき、思ったじゃないか。
大人しかおらず……ここでは制服は目立つ、と。
だったら――この少女はなんだ?
お父さんやお母さんのような人物が周りにいる様子もない。
僕のようなそこそこ年齢がいっている学生ならまだしも、ここまで小さな女の子が来る必要は此処にはない。
そして、最も奇妙なことは。
彼女は、爆発した方向ではなくその逆の、ビルに隠れた方向を向いている。
何が或るのかは見えない。けれど彼女はビルではなくて、その向こうを見ているように感じた。
そして。
目が、合った。
その刹那。
「どけっ────!」
駆け出す。
何を見たのかわからない。
わからないけれど――追わなきゃ、と思った。
どうして?
態々関わる必要などないじゃないか。
僕には呪いがある。人には関わってはいけない呪い。
それなのに、なぜ踏み出し、追う必要がある?
そうは、わかっていても。
僕は彼女の後を追って、走りだしていた。
「すいません、どいてください!」
少しでも眼を離したら雑踏に消えてしまいそうな少女を追いかける。
彼女は走る。脇目も振らず。
そして、その足元には。
「……ボード?」
まるで、スケートボードのような。
そんな形をしたよくわからないものがあった。
……本当に、よくわからない。
そんな少女が、空を見上げた次の瞬間、再び、爆発が起こった。
奇しくも、先ほど少女が見ていた方向から。
人々の足は止まる。しかし少女は止まらず、追いかける僕も止まらない。
「……本当、なんで追いかけてるんだろう僕は」
わけがわからない。
僕の人生のモットーは、草木のように静かに暮らすことなのに。
もうここまできたら、せめて事情は聞かないと気が済まない。
目の前で、少女が細いビルとビルの間に入る。
「よーっし、袋小路だ……!」
そうして意気揚々とそこに入った瞬間。
ベレー帽がふわりと、顔に向かって飛んできた。
思わず受け止めて、振り払う。
追っていたのがバレた、と思ったのは一瞬。
少女は倒れていた。
「ちょ……ちょっと、大丈夫!?」
事情だけ聞いてさようなら、と思ったけれど倒れている人(それもこより並に小さい女の子)を見捨てるわけにはいかない。
揺さぶって死んでいないことだけを確認して、背負う。やはり軽い。
……たしか此処は、尹央輝に駅の向こうに行く方法を聞いたときに通ったところに近い気がする。
フェンスを片手だけで登れるかはやってみないとわからないけれど……と思ったところに近くに運良くロープが落ちていた。
これ幸いとばかりに拾い、腰に巻いて固定する。
ここまでしても起きないということはきっと気絶しているだけだろう。外傷はあまり見当たらないから、脳震盪の可能性もある。
どちらにしても、早くいこう。
表通りが騒がしい。また爆発が起きたらしい。
僕は一気奮闘して、駅の向こう側を、僕の家を目指した。
◯
おにぎりを握った。
理由は一番簡単なもので、基本的に外れがないから。
そして本当の理由は、買い物のし忘れで材料がないから。
だからおにぎりも単純な塩むすびです。
「うっ……っ…………ここ、は……? 瑞和……じゃない……」
丁度、五つ目のおにぎりを作り終わったところで声が聞こえた。
僕は氷をいれた水と作ったおにぎりを乗せたお皿をお盆に載せて、寝かせたベッドへと行く。
「おはよう、ゆっくり眠れた?」
「っ!!!!!!」
飛び起きた。
やはり確認した(触診で)とおり、怪我はなかったみたいだ。
……触診と言っても、いやらしい意味はありませんよ、決して。
「こ、こここ、ここどこっ、お前だれっ!」
「どうどう、落ち着いて夜子ちゃん」
「!!!!!!」
名前を言ったことに、驚愕の顔をする。
僕は微笑ましい笑顔を浮かべながらガラスのテーブルにお盆をおき、ソファーに重ねて置いてあるベレー帽とピンク色の携帯を指さした。
「失礼ながら、名前を知るのに少しだけ拝見させていただきました」
本当は、電話もした。発信服歴から一番多かった……五樹って人に。
出なかった。仕方がなかったから彼女の名前だけ見た。
四宮夜子、と、いうらしい。
「………………」
睨まれる。僕はそれに苦笑した。
それは当然だ。倒れていたら病院か警察へ。
それを思ったのは、ベッドに寝かせておにぎりを握り始めてからだった。
「……まぁ、路地裏で倒れてる時点で何かわけありだと判断したわけで。何かに追われてたら危ないから、連れてきた。OK?」
夜子はまた驚いたような顔をした。面白い。
そしてうつむく。
「また……やっちゃった…………」
そのまた、というのがよくわからなかった。
もしかしたら前にもこんなことがあって、通りがけの人に助けられたのかな?
だとしたら良い人もいるものだ。
「まぁ、反省するのは後でも。おにぎり食べる? お水のむ? それともシャワーでも浴びる?」
「…………」
睨まれた。ショックだ。
これでも、学園で後輩たちからも黄色い声を貰っているのに。
「……ま、全員が全員じゃないからね」
「……?」
首を傾げる。
君は知らなくて良い世界だよ、夜子ちゃん。
「とりあえず今日はゆっくりしていって。急ぎの用があるなら今すぐでもいいけど、せめて作ったおにぎりは食べていって」
夜子はおにぎりを見る。
我ながら、美味しそうにできたと思う。
くー、と可愛い音がなった。
「可愛い」
「~~~~~~~~っ!」
笑顔で言うと、夜子の顔が真っ赤に染まる。
そしてそれを誤魔化すようにおにぎりに手を伸ばした。
僕も一つ手に取り、頬張る。
一口食べて、塩加減が絶妙だった。
夜子をみると、バクバクと食べて、アッという間に一つ無くなった。そして二つ目に手を伸ばす。
だけど……そんなに急いで食べると……
「っ!!」
どんどん、と胸を叩く。
いわんこっちゃない、用意していた水を渡して、夜子は急いで飲む。
少し力を入れれば折れてしまいそうな儚げな幼い首が、ごくんごくんと鳴る。
「ぷはっっ! ……死ぬかと思った…………」
「大袈裟だなぁ……でも気をつけてね?」
僕は笑いながら、一人では味わうことの出来ない夕食の時間を過ごす。最近はるいも来ることは少なかったしね。
そうして短い夕食を食べ終わり、茶碗を洗った後。
夜子はあいも変わらず、携帯を弄りながらベッドを占領していた。
今日は泊まるのかな、それともでていくのかな。どちらでも構わないけれど。
明日のご飯を炊く準備だけして、居間に戻り、押入れから毛布を取り出す。
冬ならいざしらず、暖かくなってきた今ならこれ一枚で十分だ。
「寝るときになったら電気消してね」
「……消していい」
「眼、悪くするよ」
「…………」
カコカコカコ、とボタンを撃つ音だけがした。
僕はそれをBGMに床の上に寝っ転がって毛布を被る。
「……ソファーで寝ないの?」
「そのソファー、バネが壊れてて寝たら身体いたくするの」
そう、というそっけない返事。
数分して、パチン、と携帯を閉じる音。そして電気が消える。
もぞもぞ、という音が聞こえたから、恐らくは今日は寝ていくのだろう。
「おやすみ」
「…………ねぇ」
就寝の挨拶をしたら、訊ねる声が返ってきた。
「なあに?」
自分と出来ている後輩の女の子にでも言いそうな口調で聞き返す。
少しの沈黙があった後、言う。
「……どうして、何も聞かないの」
――そう、僕は何も訊いていない。
どうしてあの如何わしい区域にいたのか。
どうして爆発の方向を見上げていたのか。
どうしてあんな路地裏で倒れたのか。
そして。
足元にあったボードのようなものは、どこにいったのか、とか。
そういったことは、一切訊いていない。
「……聞いてほしそうになかったから、かな」
「…………」
睨まれた、気がした。
バサ、と音がする。僕に背を向けたのかもしれない。
もう寝るのかな、と思って心を無にしかけ、危うく聞き逃すところだった。
「……名前」
名前……なまえ、ナマエ。
もしかして、僕の名前を聞いているのだろうか。
そういえば言っていない。夜子の名前を知ったから教えて気になっていた。
「和久津智。和久井の和久に、津波の津。それに、知るの下に太陽の方の日を書いて、和久津智」
「……和久津。覚えておく」
そういって、すぐに寝息が聞こえた。
僕が寝る寸前に、ありがと、と聞こえたのは恐らく気のせいだろう。
朝起きると、既に夜子はいなかった。
恐らく帰ったのだろう。昨日の元気さなら心配ない。
僕はそう思いながら制服に着替え、キッチンに行く。
……ちんまりとしたおにぎりが一つだけ、おいてあった。
◯
「早く、早く、早く」
少し準備に時間を食い過ぎてしまった。
このままでは学校に遅刻する。
優雅に、なんていっている暇はない。全力で走る。
いつもは何てことない顔で待っている宮和も既にいなかった。
「うわーん」
通りがけの公園で、時間を見ようと時計台を見上げた。
そこに、足があった。
上を見る。身体があった。手があった。顔があった。
そして────『唄』があった。
『────────』
「────」
思わず足を止めた。
るいが言っていた都市伝説の話を思い出す。
それは、まるで幽霊のような風貌で、選ばれたものを唄で誘うらしい。
つまり、だ。
僕が見ている、時計台に腰をおろし、何かを語りかけるように唄っている彼女こそが。
「少女、A────?」
これが。
僕らの、呪われたおとぎ話の始まり。