真の実力はギリギリまで隠しているべきだったかもしれない 作:ちぇんそー娘
「というわけで聖人捕獲三銃士を連れてきたよ」
「聖人捕獲三銃士!?」
虫取り網を持って半袖短パンのおもしれーくんはそう言いながらなんか紹介を始めた。
涼しそうな格好に合わせてマスクも青色になってるけれどマスクとロン毛の時点で暑苦しい。
「靴舐めの研究でカブトムシを観察しまくり、捕獲のエキスパートに。
「山に入る時は長靴の方がいいですよ。舐めておきましたから」
半袖短パンでラフな格好と青い髪で涼し気な印象なのにやたら息が荒くてなんか暑苦しい。視線が俺の靴しか見てないよアイツ。
「何故か最近やたらと縄の扱いが上手くなった拘束のプロ。
「別に自分を縛ったりとかに使ってないからね? そんなことに使うわけないでしょ?」
本当に何かの間違いで来たんじゃないのかなコイツは。虫取りとか柄じゃなくない?
「昆虫採集にワクワク、アニキス」
「こんな風に心躍るのは久方ぶりだ」
「遊びに来た人じゃねぇか」
麦わら帽子まで被って本当に楽しそうにしてるよ。
「虫は食料、シャルロッティ」
「食べられる虫には詳しいですよ!」
「三銃士4人いるじゃねぇか」
クーラーボックスまで持ってきて、中にアイス入れてるしこの子は完全に遊びに来てるよ。
「虫は怖くて触れない、俺」
「役立たずは帰れよ」
予想以上に役に立たなそうなメンバーにさすがにため息が出る。
そもそも全員虫を捕獲するつもりで来てるけれど、俺は『聖人』を探しに来たんだよ。逆になんでこいつら虫を捕まえに来てるみたいな感じなんだろうね。
このままでは俺は一生童貞になってしまう可能性があるので、俺以外に降魔七階を殺せる可能性のある『聖人』とやらを俺達以外の勢力に渡す訳にはいかない。
そういうわけでわざわざ学院を休んで数日前に異常な魔力が感知されたらしい山に来たら、なんかコイツらも来てただけで俺は呼んでない。
「アンタ知らないの? 『聖教会』のヤツらが降魔七階を倒した聖人に賞金をかけたのよ。自分達の元に連れてきたら渡すって」
「だから俺は新聞なんて読まねぇんだよ。んで、幾ら」
「ん」
そう言って聖教会のヤツらが作ったであろう指名手配書の金額欄には……国家予算規模の額が書かれていた。
「アイツら無駄に犯罪で金作りまくって全部降魔狩りに使ってる頭のおかしい集団だもの。戦力が強すぎて誰も文句言えないけど」
この国って本当に大丈夫なんだろうか。
やばい規模の犯罪組織が国家でも対処しきれないレベルの力を持ち、国のトップである退魔九家は一つが潰れて、一つのトップは絶賛国家転覆を画策中って、もう俺が何かしなくても終わりじゃない?
「忘れてると思いますけれど、私もう家に帰る場所とかないんで……今は惟神家に身元を保証してもらってますけれど、この先お金を稼がないとお先真っ暗なんです……へへっ」
悲しいお家事情を語るネブは、いつもの薄ら笑いの下に本気の悲哀が感じられる。本人がやりたい放題してるから忘れてたけど、コイツ本気で事情だけは可哀想なんだよな。ちょっと靴舐めガチ勢過ぎて悲哀が感じられないだけで。
え、じゃあハツネも金目当てで……?
「何よその目。言っておくけど私は違うわよ。聖教会の奴らに私の家も迷惑かけられたことは何度もあるし、アイツらに渡る前に私が聖人を捕まえて見せびらかしてやろうと思っただけ」
「よかった〜。お前はそのままのクズでいてくれな」
「私を怒らせたいの?」
という事は、シャルロッティ達は、だ。
「私達は幾らお金に困っても犯罪に加担なんてしませんよ!」
「うむ。それがハバキの害になり得るなら尚更だ」
じゃあただ遊びに来ただけの人ね。
OK、帰れ。
「てことは誰も助っ人じゃねぇじゃねぇか」
「このメンツが誰か助けてくれるような人だと? おもしれー発想」
「他はともかく、シャルとアニキスは助けてくれるかもしれなかっただろ!」
「さっきからアンタ私に喧嘩売ってるわよね?」
「じゃあお前俺の事助けてくれるの?」
「は? なんで私がアンタのこと助けなくちゃならないの?」
もうこの自己矛盾女達は放っておこう。一刻も早く聖人を見つけないと、先に降魔を滅ぼされまくったら俺の股間が爆散or童貞の地獄の二択を強いられることになる。
そう思って山に向けて1歩踏み出した時、俺は背筋に猛烈な寒気を感じて思わず振り向いた。
見れば、ネブが俺の事を。主に俺の下半身を。更に言えば俺と言うか俺の靴を凝視している。
「……そう言えば、昨日雨が降ってましたよね」
「そうだな」
「雨が降ったあとの地面はぬかるんでいて、少し歩けば靴に泥が付いちゃいますよね?」
「そうだな」
「じゃあ綺麗にしないといけませんよね?」
俺は山の中へと全力で駆けだした。大人気なく身体強化も使ってもう全力で。
「なんで逃げるの? 君女の子に靴舐められるの好きそうじゃん」
「馬鹿にしてんのかテメェ! 舐められたいけどさぁ!」
「うわっ」
そんな俺に当たり前みたいな顔で付いてきてるおもしれーくんに、その後ろからは人間とは思えない立体的な機動で走ってくると言うよりは這いずり、飛び回り、転がってくる虫のような動きでネブが追いかけてくる。
「じゃあ舐めさせてあげたらいいじゃん。彼女も喜ぶしウィンウィンってやつじゃない?」
「だって……尊厳破壊みたいな感じがして靴舐めって思ったより興奮しなかったんだもん! むしろ申し訳なさが先立つというか……」
「中途半端に善性残してるよね。クズのくせにおもしれー男……」
だって仕方ないじゃん!
俺は確かにハーレムしたいし、えっちいことしたいけどそれで誰かが可哀想なことになってるの見ちゃったらもう萎えてやる気がなくなってくるんだもん!
どれだけ欲に塗れようとも、大抵の人間は善であろうとして生きてるんだぞ!
「これ以上あの、何もかも投げ出して人間性すら捨てて靴を舐めるあの子を見ると……俺が泣いちゃう」
「勝手に泣いてればいいんじゃない?」
おもしれーくんは興味なさげに指の爪を弄ってる。コイツ興味無いことにはとことん興味無いよな。
「おい! お前一応俺と契約してるならこの状況を助けてくれ!」
「いや、俺面白いことにしか力貸さないし」
「節足動物みたいな動きしてくる妖怪靴舐めに追いかけられてる状況以上におもしれー状況あるなら言ってみろ!」
「それはそう。しょうがないなぁ……」
突如おもしれーくんの体から黒煙が立ち上ったと思えば、晴れた時にはおもしれーくんの姿は俺と瓜二つの姿に変化していた。
「魔力から何から何まで、観測上は今俺と君は同一存在だよ。あんまり長くやってると存在重複で世界に弾かれるから長くはもたないけど」
「ありがとう! それこんなくだらないことに使っていいやつ!?」
「まぁおもしれーしいいんじゃない?」
改めてこの男の正体が、世界を滅ぼす厄災の七柱たる降魔七階の1柱であることをこんなくだらないことで思い出しつつ、俺とおもしれーくんは同時に別方向へと駆け出した。
二分の一とはいえ、目の前で追いかける対象が増えればほんの一瞬でも逡巡するはず。そしてこちらも二分の一で逃げ切ることが出来る。
おもしれーくんが追いつかれた場合どうなるか考えてなかったけれど、まぁ多分大丈夫でしょ。
とりあえず一安心しつつ、大きく息を吐いて背後を振り向いた瞬間、俺は絶句した。
ネブは動きを一切止めることなく、まるで俺の方が本物であることに絶対の確信を持ったかのような動きで、一切の逡巡なく俺の方を追いかけてきている。
「舐めないでくださいハバキさん! 舐めるのは私です!」
「舐めてねぇよ! え、なんで!? なんでわかったの!」
「見事な擬態でしたが、私は見た目や魔力で人を判断していません。えっと、おもしれーさんでしたか? 彼の擬態は
やだよこの子〜、降魔七階の完璧な擬態を靴から見抜くとか、一体何がこの子にここまでの執着をさせているんだ? それとも俺が悪いのか? 俺がぶっ飛ばしちゃったからこんなことになっちゃったのか!?
「安心してください! どんなに駆け回っても、私が汚れ一つ残さず綺麗にしてみせますから!」
いやこの子は絶対に俺が何かしなくてもおかしかっただろ。そうじゃなきゃこんなモンスターになるわけが無いよ。
元々あまり誰かと関わるのが得意ではなく、人一倍に臆病なネブはどんどんと他者の間に壁を作り、それが決定的になったのは今から四年前の事だった。
元々父とは仲は良くなかった。それでも肉親であるからその変化には気がついた。
父はある日、なんの前触れもなく
直感で、それを指摘してしまえば自分が殺されることはわかった。
だから父が別人になったことを誰にも相談出来ず、何か恐ろしい歯車が進んでいってしまってるのを他人事の様に見ろと自分に語り掛け、何もかもを諦めて、流れるままに生きてきた。
何かを知ることが怖くて、他者を知ることが怖くて、自分を知ることが怖かった。
そんな彼女の全てをぶち壊したのは、魔導学院の入学式の日。
恒星のような瞬きに身を包んだその男のことが、ネブは最初恐ろしくて仕方がなかった。
生まれて初めて本気で命乞いして、どうにか許してもらおうと必死になった。
生まれて初めて自分の全てをさらけ出して、醜い本性を引きずり出されて、それを皆に見られる屈辱を味わわされて。
自分でも驚くくらいにそれが楽しかった。
臆病で卑屈で根暗な自分を、それを自分だと認めて誰かに見せることが苦ではなくなっていた。
あの暴虐の恒星が、ネブの凝り固まった価値観事全てを壊して、気が付けば偽物の父ですら当然のように消し飛ばしてしまっていた。
保食ネブは彼に憧れた。
何にも縛られることなく、星のように煌めき駆け抜ける惟神ハバキという光に照らされ、己の光に自信が持てた。
だから、この光を見て欲しいとネブは今日も靴を舐める。
貴方に見せてもらった、生かしてもらった光なのだと今日も靴を舐めようとする。
何かを致命的に間違っている気がしなくもないが、とにかくネブは今日も自分が心の底から笑えてることを彼に伝えたくて、けれど対人経験が全くない彼女にはこれが精一杯。
結果出力されたのが妖怪靴舐めだった。
「いや〜こうして普通に虫取りに興じるなんて国が滅ぶ以前ぶりですな」
「そうだね。この4年間はせいぜい虫取りなんて食べられる虫探しくらいしかしなかったから」
アニキスとシャルロッティは極めて真面目に虫取りに興じていた。手掴みで次々と虫をつかまえ、シャルロッティに見せてはリリースを繰り返すアニキスと、虫取り網で捕まえてはアニキスに見せてリリースを繰り返すシャルロッティは、山の中から聞こえてくる惟神ハバキの悲鳴が耳に入らないほどに、失った4年間の青春を取り戻すように虫取りに熱中していた。
「ん……お! 見てアニキス! このカブトムシ大きくない!?」
「おお! 何たるサイズ! これはハバキにも見せたくなりますね!」
「うん! ……あれ、なんかこの虫喋ってる?」
「はっはっはっ、虫は鳴くことはあっても喋りませんよ。そう言えばカブトムシはどのように鳴くか知りませんね」
シャルロッティが捕まえた一回り大きなカブトムシを虫かごへと入れ、2人は楽しげな会話をしながら虫取りを続けていく。
『くっくっくっ……凡庸な人間にしてはやるではないか。この降魔七階、第三位『絶滅』の王、ギガノ・ザッハークを見つけ、捕まえるとは。その力に免じて我が貴様と契約を……おい、人間! 聞いてる? ねぇ聞いてる!?』
「ところでハバキくんが飼っちゃダメって言ったらどうする?」
「まぁいつも通り食べるとしましょう。生命は流転するものです」
「そうだね。カブトムシ料理かぁ、久しぶりだなぁ」
『……おい! 人間! 聞こえてる!? ねぇ聞いて! 我七階ぞ? 降魔の王、この世の全ての力の象徴、絶滅の王だよ!?』
籠の中のカブトムシ、降魔七階、第三位『絶滅』の王、ギガノ・ザッハークの声がカブトムシ料理のことで頭がいっぱいの2人に届くことは無かった。
これが降魔の王、七階だ!
第一位 不明
現在の状況不明。受肉してることは確か。
第二位 『起源』の王、ラフー・シュバルディス
万物万象の始まりを司るとされる降魔。世界の生誕の時から存在するともされている。
御狐アラシに受肉。意識休眠中。
第三位 『絶滅』の王、ギガノ・ザッハーク
あらゆる現象に紐づけられた来たるべき終りを定める降魔。純粋な凶暴性は最も高いとされ、過去に腕一本の権限だけで都市を滅ぼす災害となった。
カブトムシに受肉。現在アニキスの虫かごの中。
第四位 『禁断』の王、『真名不明』
常に自らすら縛る強力な力を湛えるとされる降魔。
現在の状況不明。受肉してることは確か。
第五位 『悦楽』の王、おもしれーくん(バルゼ・プロキアス)
快楽を司る降魔の王。あらゆる物事を遊びと捉え、力の勝負ではなく、如何に面白いかでなければこの降魔を滅することは出来ない。
おもしれーくんとして受肉。真名を汚されたことにより弱体化。
第六位 『禍津』の王、ドムズ・ギルファルベル
不幸を司る運命の降魔。漏れ出す瘴気は触れただけで対象に死の運命を決定づけ、自身は常に運命によって守られている。
完全消滅を確認。空席化。
第七位 『最底』の王、『真名不明』
現在の状況不明。受肉してることは確か。
これが最強の降魔、七階だ!