真の実力はギリギリまで隠しているべきだったかもしれない 作:ちぇんそー娘
惟神カサネはシーカ魔導学院生徒会の会計である。
普段は力こそパワーであり、どんなことも殴れば解決すると信じてやまない彼女であるが、その実成績は筆記試験の方も常に満点であり、少し脳みそがイノシシなだけで完璧人間と言ってもいい人物である。
「カサネ〜、仕事終わった?」
「イツミさんが手伝ってくれたらもう終わってたんですけどね」
「いやごめんって、眠かったんだよえへへ」
カサネが女性としては長身であることを踏まえても驚くほどの身長差のある小さな少女が生徒会室の扉を開く。
彼女の名は
「というか、イツミさんが登校してるなんて珍しいですね。もう夢とのお話は飽きたんですか?」
「うん〜。さすがに寝すぎてちょっと体を動かしておかないと死んじゃうからね」
イツミは成績で言えばほぼ最下位であり、実技にしても筆記にしてもいいところは無い。そんな彼女がなぜ生徒会に所属しているかと言えば、一つはそのふわふわした雰囲気が癒しとなりみんなの意欲もアップ! という
殯イツミの夢は未来を映す。所謂、予知夢というものらしい。
らしい、というのは誰もイツミの夢を見れないからであり、しかし実際に彼女は幾つかの大事件を夢を通して観測し、生徒会どころかこの国にとってなくてはならない存在になりつつある。
「それでさ、カサネって確か弟くんがいたよね?」
「はい。今は1年生ですね」
そう言えばと、彼は今友達と山に行っているというのをアラシから聞いたことをカサネは思い出した。
同時に思い出すのは幼い頃の姉弟での山篭り修行。あの時は色々あってハバキの魔力が暴走して、黄金に輝く人間大の高速移動体になって抑え込むのが大変だったと、若気の至りにほんの少し微笑んだ。
「いやー、これ確定じゃないんだけどね? 彼が遊びに行ってる山で、最悪の未来では降魔七階の三柱が合体した降魔が現れて、この国が滅ぶかもしれないんだよね」
「ぶっ」
口に含んでいた紅茶をあと少しで先輩であるイツミの顔面に吹き出しそうになったが、顔面の筋肉を総動員させ何とか抑え込む。
厄介事を引きつける体質の弟だのは思っていたが、まさかそんな訳の分からない状況になるとは。
しかし、既に受肉降魔を一度倒す実績を持った弟。
たとえそんな状況になったとしてもどうにかするだろうし、万が一の時は今すぐ助けにいけばどうにかなる。
そんなカサネの考えを無慈悲に切り裂くように、イツミは時計を確認して申し訳なさそうに続けた。
「もう時間過ぎちゃったんだけどさ……多分、カサネの弟くん。もう股間が爆発して死んじゃったかもしれないんだ……。できるだけ急いできたんだけど、ごめんね?」
さすがに訳が分からな過ぎて、カサネは口に含んでいた紅茶の全てを先輩であるイツミの顔面にぶちまけた。
そしてカサネの顔面の筋力で圧縮された紅茶の水鉄砲をモロに喰らったイツミは、意識不明の重体となった。
目が覚めて最初に思い出したのは股間に迸った激痛。
生きている限りあれを超える激痛はないだろうと断言出来る痛みを思い出し意識を失い、目を覚ましてはまた思い出し意識を失い……多分10回くらい繰り返してようやく俺は潔く意識を取り戻した。
……なんで股間が爆発したんだっけ?
理由が思い出せないが、何となくろくでもない理由の気がする。
「あ……目を覚ましましたか?」
「……
「はい。可愛いリンちゃんで覚えてください」
やたら厚かましい返事だが元気そうでなによりだ。
とりあえず看病をしてくれていたようだからお礼を言いたかったのだが、上手く声が出ない。
「もしかして、ハバキさん目を覚ましましたか?」
「ネブちゃん! うん、ハバキくん私の可愛さで目を覚ましたみたいだよ!」
「それは何よりです。あ、寝てる間に靴は舐めておいたのでご安心を」
何を安心すればいいのか知らないが、まぁ清潔なのは良い事だろう。
いつの間にかネブに追いつかれたみたいだけど、それが功を奏したようだ。リンはなんかアホそうだから1人にしたら何しでかすか分からないし。いやネブもまぁまぁおかしい奴だけど、一応元とはいえ魔導九家という両家の娘だし。
というかやたら下半身がスースーするな、と感じて思い出したが股間が爆発したのだ。そりゃあスースーで済んでれば良い方だろう。俺としては俺の息子の惨状を考えただけで憂鬱だ。
「……っぅ、俺、どうなって、うひゃぁ!?」
まず状況把握のために立ち上がろうとした時、自分の声が何かおかしいことに気がつき、それから突然頭の上に降って来た毛の束のようなものにギョッとして変な声、金切り声のような甲高い声を上げてしまう。
すぐにその毛の束のようなものを引き離そうと思いっきり引っ張り、
「………………は?」
自分の頭髪を確認する。
眩しいくらいの金髪はセットしなくても自然とツンと尖るような硬さがあったはずなのに、今ではまるで絹のように滑らかな手触りで、重力に従い流水のように長く滴り、半身を起こしても地面に触れてしまうほどに伸びている。
髪を触れる指からも硬さや角張が失われ、丸みを帯びて白く、柔らかで細長い指がそこにある。爪も可愛らしいピンク色だ。
「待って? なんでなんでなんで? なんでそうなるの?」
ようやくさっきから違和感のあった自分の声の異常に気が付いた。
高くなってるなんてレベルじゃない。こんな可愛らしく凛と響く声、別人でしかない。細くなった喉に手を添えるとそこにも凹凸が失われていて、視線を足の方に向けると、産毛すら見えない張りのあるふくらはぎと柔らかそうな太ももが外気に晒されてる。
手で触れてみる肩はすらりと撫でるような形になり、目に映る足は内側に向くように骨盤から変わり果て、手で触れる顔は随分と小さく感じ、ついでに肌がモチモチになっている。
そして生足が確認できるということは、俺はスカートを履いている。学院の制服がいつの間にか女子のものになっていて、サイズの合わない靴以外胸や股間のフィット感から……下着までそういうことだろう。
そう、下着だ。
先程から、肩に不可思議な重みを感じる。
目を瞑り、なるだけ何も考えずに、高鳴る自分の鼓動を確かめるように。すっかり小さくなってしまった掌を胸に押し当てる。
掌で覆えてしまうくらいの、されど柔らかく確かにそこに膨らみがある。
ここまで確認して、何かの間違いということはないだろう。
俺、女になってるわ。
「アラシ先輩! おもしれーくん! 集合!」
契約のパスを通じて2人に声をかける。
傍から見れば虚空に話しかけてることになるが今はそんなことを気にしてる場合ではない。
しばらくの間の後、最初に返答があったのはアラシ先輩だった。
『あ、あは……は、どうしたの、というか何があったのそっち、あはぁ……』
「アラシ先輩なんでそんな声震えてるんですか?」
『ハバキくんも、声が変わり……あは〜女の子みたい』
「みたいじゃないんですよ。残念ながら今はハバキちゃんなんですよ」
『は〜? ………………は?何言ってんの?』
状況を整理すると、俺はどうやら多重契約を行ってしまったらしい。
その辺りの記憶が激痛で飛んでしまっているが、その結果として俺の股間が爆発し、俺はハバキくんからハバキちゃんになってしまったのだ!
のだ、じゃねぇんだよ。
股間が爆散したら女の子になる面白ギミックがなんで俺の体に搭載されてるんだよ。
『恐らくその契約がとんでもないエラーで、行き場を失った力が少しでもその出力先を求めた結果、ハバキくんの『女の子といちゃつきたい』という願いと股間爆散の衝撃で共鳴してこうなったんじゃない? というかそれ以外だともう私の理解を超えてるよ』
「そんな……そんな猿の手みたいなこと人の体で起きていいんですか!?」
『ごめん、私なんかさっきからずっと存在しない内臓が体の外に飛び出て、それが爆発したみたいな痛みで頭が回らなくて……ちょっと寝込むね。意味わかんない……なんでこんな弱点でしか無い激痛を発生させる器官を体外に? 無理……わかんないよ……』
妙に具体的で想像ができるけど想像したくない幻痛がよっぽど辛いのか、それっきりアラシ先輩からは返答がなかった。
多分、多重契約のペナルティは俺だけではなくアラシ先輩とおもしれーくんにも襲ったのだろう。俺の股間爆散の痛みを味わったアラシ先輩は、一応女の子なので存在しない痛みに苦しめられてダウン。
……まずいな。この理論で行くと、一応男の体で受肉してるおもしれーくんはワンチャンショック死してる。一応繋がりは感じるから生きてはいるが、返答がないあたり気絶してるかもしれないし、同じ男の子として言わせてもらうがしばらくはまともに動けないはずだ。
「うぅ……アソコが痛い……ほんと痛い。何もかも最悪だ……」
しかもせっかく女の子になったのに、爆発したアソコの痛みの記憶で体調が最悪に近い。女の子の体を堪能! とか考える前に哀れな爆死を迎えた我が息子の怨念が俺を苛む。
「まぁいいじゃないですか。靴は無事だったんですし」
「靴以外制服すら変わっちゃってもう俺の面影ないんだよ」
「安心してください! 可愛い私は無事ですよ!」
「可愛い俺の息子が死んでるんだよ。お前が無事だからなんなんだ?」
こんな異常事態でもネブとリンは全く動じず、普段のと言わんばかりの雰囲気だ。
いや、ちょっと待て。そもそもなんでネブとリンは。
「俺の事、俺だってわかるのか?」
「まぁ私は目の前で急に股間が爆発して霧が晴れたらそこに寝転んでた女の子がいたからとりあえず君がハバキくんでいいのかなーって」
なるほど。さすが何も考えてなさそうな女だ。見事に何も考えてない答えだ。
一応ネブの方にも目を向けるとアイツの視線が俺の靴に動くのがわかった。聞くだけ無駄だから聞かないでおこう。
「靴だけは変わってなかったのでわかりました!」
「聞いてねぇよ」
ともかく、なんで股間が爆発してしまったのかとかどうして女の子になってしまったのかとか。
俺がわかることはあまりに少ない。まずは行動しておもしれーくんを探すのがいいだろう。もしも協力を拒んできたらアイツが好き勝手揉んできた俺の引き締まった尻がふにふにの柔らかい尻になっちまったとか言えばどうにかなるだろう。アイツ俺の尻大好きだし。
いや、それにしても俺の尻柔らかいな。胸はそこまでだけど尻がかなり大きい。男の時から義姉さんの影響で足腰をめちゃくちゃ鍛えさせられたからか? でもそれにしては脂肪が多いような。
「……ハバキさんも男の子ですね」
「おっ、あっ、べ、別にいいだろ、今は俺の体なんだから」
「安心してください。私の方が胸も尻も大きいですよ!」
自慢げに語るリンだが、確かにこいつのスタイルはめちゃくちゃに良い。聖人の偽物なんてやってなくても、見た目だけで食べていけるくらいには整っている。
「でもハバキくんと顔のほうはかなーりいい感じですよ? 私には負けますが。ほらっ」
「うわっ……わー……これが俺?」
鏡に映ったぱっちりとした碧眼の美少女が自分と結びつかなくて変な声が出てしまった。
どことなくカサネ先輩とシャルロッティに似ていて、2人を足して二で割って、そこに俺の面影を混ぜ込んだような美少女。良くも悪くも男の俺の要素がかなり薄い。
「って、とにかくおもしれーくんとかハツネとか探すぞ。なんか知ってるかもしれないし、あんなのでもいないよりは……」
「あ、ハバキさん迂闊にここを出ない方がいいですよ?」
洞穴から外に出ようとした瞬間、俺の前を高速で飛ぶ巨大な飛行体が横切った。
鳥、のようではあるが形態も大きさも何もかも既存の生物に当てはまらない。そして、纏う強大な魔力。
下級であるが、あれは降魔だ。そして体が鳥ではあるが受肉も果たしている。そんな降魔が通りすがって、受肉を果たせずさまよっていた他の下級降魔を捕食した。
そしてそのまま更に空に飛び上がろうとしたその鳥の受肉降魔を、恐らく狼の受肉降魔が跳び上がって喰らい、己の糧としている。
なんだここ地獄か?
「空気の穢れからして……下級降魔が200近く、中級が50以上、上級以上が……5ですかね。何故か分からないんですけど、この山にすごい数の降魔が集まってます」
「やっぱり地獄じゃねぇか」
目を閉じ舌を出して、ネブがそんなことを言っている。
なんでそんなこの世の終わりみたいなことになっているのと、コイツはベロを出しただけでそんなことがわかるのか問い詰めたいがマジで何か考えてる場合じゃない。
「オマケに山の周囲に結界が出来てて内側から出るのはハバキさんの力でも厳しいんじゃないんですかねこれ」
結界、ということは何かしらの起点が存在するはずだ。
この数の降魔が集まり、争い始めるだけの起点にふさわしい何か。それを破壊するまで俺達はこの山から出ることが出来ない。
かと言ってこの魑魅魍魎が比喩なしに蠢く山を真正面から突破なんて、俺1人ならともかくリンというお荷物を抱えてというのは現実的ではない。まずはここに隠れてしばらく様子を見るのが正解だろう。
『あは〜、言い忘れてたけど受肉降魔しかり、魂って肉体の影響をすごく受けるから、ずっとその体だとそのうち
「──────
光芒が空を裂く。
まだるっこしい話はなしだ。最短で最善の方法は1つ、この山にいる降魔を全て倒せばほぼ確実にこの結界は解除される。
そして急がないとハーレムを作る夢どころの話じゃなくなる。
「降魔狩りじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「いやっほぅ! 靴が汚れたら掃除は任せてくださいね!」
「いやー! なんで呼び寄せるような真似してるんですか!」
悲痛な叫び声を上げるリンを、舌を噛まないようにまた猿轡を噛ませて、抱えようとしたけれど今はネブの方が俺より体が大きいので投げてパスして走り出す。
ところで、さっきの「
割と魔力を込めて撃ったつもりだったんだけれど、普段の
きっと体が女の子に変わってまだ魔力操作に慣れていないのが原因だろう。あまり深く考えないでおこう。
・降魔の位階
七階
おもしれーくんやカブトムシがここ。降魔の中でも特別な存在であり、受肉せずとも本格的にこの世界に干渉できる存在。
上級
シャルロッティの国を滅ぼしたヤツもここ。受肉せずともある程度の権能を使うことが出来、知能も高く狡猾に受肉の機会を狙うためあまり表に出てこない。
中級
中途半端な存在。人間は軽く蹴散らせるが人間の強者には普通に負けるため本能的に隠れ潜むのであまり見つからない。
下級
結構な数いるらしいが聖教会がサーチアンドデストロイしてるせいで全く人目につかない。それでも受肉せずとも村落を一晩で消し去ってしまうほどの力はある。大抵顕現した瞬間聖教会が飛んできて消される。
七階〜下級の全ての降魔は受肉していない魂ならばある程度の干渉を受けることにより魔界に強制送還され、数百年から数千年再顕現は不可能になる。
受肉降魔
この世界に存在する肉体を得たことで、自らの持つ権能を本格的に振るえるようになった降魔。受肉してない降魔と比べ飛躍的に能力が上昇するが、この世に肉体がある分倒しやすいと聖教会は中級くらいまでならわざと受肉させてから祓ったりする。上級クラスにもなると国を滅ぼす大災害に変貌するため、あらゆる機関が降魔の受肉には警戒している。
ただし、人間以外に受肉すると相性にもよるが本来の性能を引き出せないことが多く、人間への受肉も強力な降魔であるほど難しくなるため上級以上の受肉なんて滅多に起きることは無い。