中華風ファンタジー大河ドラマ的世界で皇太子なんだが後宮薬漬け傀儡エンドは嫌すぎる 作:独活ノ苔玉
鳳凰信仰の〈
火箭──火をつけて射る矢。
すなわちは火計などの戦争で用いられたり、ところによっては、船に乗せた遺体を川に流した後、あらかじめ敷き詰めておいた藁などに点火する目的でも使われる火矢のこと。
鳳国では死者を送り出すのに、遺体を火で焼く火葬が一般的なのだが、その理由は鳳凰信仰──聖なる鳥、火の鳥への信仰心が大きい。
氷雪姿における鳳凰は不死鳥、そして朱雀でもあり、要するに『火』を司っているから、死後は鳳凰と同じ場所に行けるよう、鳳凰と同じように肉体を焼いて燃やしてしまった方が、なんかありがたい。
理屈としてはそんな感じで、火箭と言うと、この国では自ずと宗教祭事的な側面も連想される。
そして、猫。
言わずと知れたかわいいニャンちゃん!
まるで神が、人間に愛玩させるためだけに生み出したかのような、全身たっぷり愛らしさの化身!
犬か猫かと聞かれれば、俺は間違いなく猫派だと断言できるほど猫好きなのだが、しかし、鳳国では猫は不吉の象徴、邪悪な獣として扱われていた。
理由はひとつ。
猫は鳥を喰うからだ。
鳳凰は鳥で、もちろん単なる鳥ではないが、しかし鳥という種であることに変わりはない。
猫は大抵、鳥を襲うし食い殺す。現代人の感覚だとイメージしにくいかもしれないけど、野生の猫はけっこう残酷だ。
その事実から、猫は邪悪な獣として鳳国人に嫌われる生き物になってしまった。
黒猫は不吉とよく言うが、氷雪姿では猫全般が不吉の兆しなのである。猫派の俺は泣いた。
が、
(そんな氷雪姿でも、〈火箭猫〉だけは唯一、人から畏敬されてる猫なんだよな。……まぁ人間だし)
火箭猫の妖術師たちは、皆が猫の仮面を被り黒衣と赤衣を纏い、火葬を執り行う。
鳳凰を信仰し、その霊力を分け与えられ、聖なる炎を指先に宿す彼女たちは、国に仕える専門の神職だ。
そのため、ある種の特別な権威と立場を認められているものの、自分たちを猫と蔑称することで、葬式などの祭儀以外では、あまり人前に顔を出すことを良しとしない。
……けれど。
「おはようございますゥゥ! 殿下あァァァァ……ッ!!」
「死ねッ、オ────ックッ!!」
「ふごぉォッ♡!?」
相変わらず、ノックも無しに皇太子の私室へ侵入を図ってくる
「……殿下! 天萬様への暴行は、お控えください!
天萬様は、この国でも有数の君子になられます!
あの悪しき左丞相から国を守らんと、日夜奮闘なされる護国の英雄ですよ……!
いかに殿下といえど、天萬様には払うべき敬意を……!」
「これっ! やめぬか、
私はイヤではない、むしろ感謝しているのだ!
これは暴行ではないッ! 玉瑛殿下は、この天萬へ、ありがたくも直々にご褒美を下賜されているのだァァ……!」
「ハッ!? し、失礼いたしました……!
私には殿下が、天萬様へ剥き出しの殺──怒気を放っておられるように見えましたため……!」
「──とりあえず、オマエら二人とも正気じゃねえ」
キモデブハゲの変態ぺド野郎を、護国の英雄と呼ぶ猫面の少女。
そんな少女を、紅玉と呼び捨てにして気持ち悪い笑みを浮かべる天萬。
二人の関係を一言で言えば、利用する者とされる者。
どっちが利用されているのかは、まぁ、言うまでもない。
鳳凰信仰の〈火箭猫〉が、真に神職として清廉だったのは遥か昔だ。
何代か前の長が堕落させられ色事に耽溺するようになってからは、今ではすっかり、組織も腐敗し天萬(蠍家)の私兵も同然。
手印を結んであれやこれや呪符をバラ撒いて、現代の重火器ばりに人体を破壊しまくる人型火炎砲台だ。
紅玉に至っては、どういう誤解か、天萬をまるで聖人君子のように見なしている始末でもある。
なお、こいつの存在は原作に出てこないため、俺にはさっぱりこの少女の情報が無い。
(ただ、皇太子である俺よりオークを重んじているとか、こりゃいったいどういう洗脳だよ?)
天萬をディスったり否定しようとすると、めちゃくちゃ不機嫌な声出すし。
素顔は見たことないけど、耳とか口元の様子から、たぶん可愛いはずだ。
そんな女の子が、オークをキラキラ眺めて俺には素っ気ない対応とか、
あれから、嫁をいびる姑のごとくネチネチと文句を垂れ流してやったが、それも何処吹く風。テキトーに聞き流された。
天萬に蹴りを入れたのはせめてもの腹いせだったが、効果は変態を喜ばせただけである。クソが!
(──頭おかしくなるで、こんなん!)
ともあれ、万・亜門もとい〈暗翳蛇道宗〉による襲撃から三日後の今日。
怪我の治療も済んで、名ばかりの警戒が強まったところで、俺は二人を集め話をしようとしていた。
議題はズバリ、俺を襲う敵の正体について──
「はい! それでは会議を始めますが、その前にルールを設けます」
「ルール、ですか?」
「はいそうです! いい質問ですね紅玉さん!
まず最初に言っておきますが──ここは俺の私室なので俺が王だ。
オマエたちには俺の気分を害したら罰を受けてもらう」
「! 体罰ですか!? 体罰ですかなァ、殿下!?」
「ピピィッ! はいっ、右丞相くんさっそく減点です! 気持ち悪い目で見ないでください! 髪の毛をひと房抜く刑に処します!」
「…………ッ!?」
「あ、ひと房も無かったですね。
じゃあ、とりあえず、ひとつまみでいいので抜いちゃいましょう。先生!」
「はい」
「ぬおっ!? そなた、いつからっ!? いや、待て、何をす──フオォォォ側頭部の髪の毛ェェェェ──!!??」
「天萬様あああッ!?」
「……これ、あとで罪に問われたりしませんよね?」
「皇太子権限で全力で守ります」
「そうですか……」
「はい! というワケで、このように俺の気分を害した者にはそれ相応の罰が下されるでしょう!
抵抗は無意味です! 空燕先生は最強です!
ルールについて、良いデモンストレーションができましたね!
右丞相くんにはあとで、育毛に効くらしい軟膏をプレゼントしてあげましょう!」
「フッ、フゥゥゥ……! さ、さすがですな殿下ァ! この私を恐れさせるとは、やはり貴方はタダモノじゃない……!」
「天萬様! 天萬様! 側頭部がまるで……焼け野原のように!」
「ええいっ、うるさいぞ紅玉! 私の頭は元からこうだッ!」
「! それでこそ右丞相くんです!
──ちなみに、紅玉さんが俺の気分を害した場合も、同じように右丞相くんに罰を受けてもらいます!」
「!? な、なぜ!?」
「え? だって、さすがに女の子の髪の毛は抜けないし……心優しい聖人君子な右丞相くんなら、喜んで部下の身代わりを引き受けてくれるかなって!
ああっ、紅玉さんがべつに、もしも自分の髪の毛を抜かれてもいいってんなら、俺としては特段構わないです」
「──て、天萬様……!」
「ッ、ク! ももも、もちろん構いませんぞ、殿下ァァ……!」
「ははは──責任重大ですね、紅玉さん!
右丞相くんが完全にツルっパゲになったら、きっと宮中じゃ、さぞ笑いものになるんだろうなぁ……!」
「ヒィ……!」
「プレッシャーの掛け方が鬼すぎる」
空燕先生がボソッと呟くのが聞こえたが、俺は鼻で笑って無視した。
好都合なことに、どうやら天萬は紅玉を利用するため、紅玉の前では悪人ムーブができないようだ。
日頃の鬱憤を晴らすのに、これほどラッキーなことはない。
空燕先生という暴力装置さまさまである。
人はきっと、こうやって力に溺れるのだろう。ぱわーいずぱわー!
「さて、第一問!」
「第一問!?」
突然のクイズ展開に目を見開く紅玉に、俺は「ん?」と目線を向ける。
会議が始まるかと思えば試験が始まったのだから、疑問はもっともだし驚愕ももっともな反応だ。
しかし、ここでは既に俺が王だと説明済み。
天萬ふくめ二人の背後には、空燕先生がスっスっと無情に髪の毛を引き抜く動作を素振りしていた。
紅玉は「ハッ!」と恐れ戦いた
天萬はタラリと冷や汗を流していた。ああ、なんて気分がいいのだろう!
まさか自分が雇い入れた剣客が、自分の髪の毛を狙ってくることになるとは。
さすがの天萬も、これは思いも寄らなかったに違いない。ククク!
「続けて……いいかな?」
「はい! お願いします!」
「よろしい! では一問目!」
デデン! とセルフ効果音を発し、俺は言った。
「〈暗翳蛇道宗〉と言えば、イカレポンチな殺し屋集団、毒殺のプロフェッショナルで有名ですが、現在そんな彼らをこの宮中で最も多く雇っているのは、果たして誰でしょう!? はい、紅玉さん早かった!」
「え! ええ!?」
「殿下ァァ! 回答は私が! 私がァァ!」
「右丞相くんうるさいですよ!
で、紅玉さん答えは分かりますか!?」
「ぁ、えっと、あの、その……!」
「ざーんねーん! どうやら時間切れです!
右丞相くんに二十本のペナルティ!」
「
「フオォアァ!? 私の前髪ィィィ──!!」
「天萬様ああああ──!!」
他者の慟哭がこれほど気持ちいいと感じたことはない。
俺は空燕先生にグッとサムズアップした。
空燕先生は髪の毛をブチブチ引き抜くと、パラパラと天萬の眼前に落としていく。スゲェ、慈悲の欠片もねぇ。男らしさの化身か? 惚れそうなほどカッコイイぜ!
「……やれやれ。じゃあ、右丞相くん。答えをどうぞ」
「左丞相! 我が怨敵、左丞相が答えになりまするゥゥ……!」
「はい、よくできましたね!
鳳国左丞相──
では何故、あの痩せぎす男は暗殺者なんかを雇っているんでしょう!?
答えはそのまま、右丞相くんでいいですよ!」
「ハ、ハハァ! あの男は、後宮の三貴妃がひとり、楊・綺蝶の養父!
すなわちはァッ、殿下の命を奪うことでッ、自らの養女に次なる皇太子を産ませようと、そう画策しているのでしょうなァァ……!」
「なっ、天萬様はそこまで、あの男の企みを調べておいででしたか……! さすがです!」
「──なるほど、たしかにスゴいですね!
ちなみに、いつから知ってましたかぁ!?」
「ぶっちゃけ、殿下が黒頭巾の刺客に襲われたとおっしゃった日からになりますなァァ……!」
「先生」
「
「おっ! ホォォォァッッッ!?!?」
「天萬様ああああ──!?」
オークの髪の毛はもはや数えるばかりしか生えていない。
天萬はビクンビクン震えて白目を剥きかけていた。
紅玉は仮面の下で涙を流して叫んでいる。その涙を、なぜ俺には適用してくれないのだろうか……
理解に苦しむが、要は洗脳がそれだけ深いのだろう。仕方がない。
何にせよ、敵はこれで明らかになった。
「左丞相、獺・暁明に反撃だ!」