中華風ファンタジー大河ドラマ的世界で皇太子なんだが後宮薬漬け傀儡エンドは嫌すぎる 作:独活ノ苔玉
醜い……あまりにも、醜い……
──『꧁ 氷壺秋月・雪魄氷姿 ꧂』がどんな物語かと言われると、なかなか一言では言い表せない。
要素だけをズラズラ並べれば、武侠、陰謀、後宮、恋愛、幻想、気功、妖術、拳法、戦争、変態と、実に様々な魅力が詰まっている。
とはいえ、やはり一言で済ませるなら、それは当然、中華風大河ファンタジーとなるだろう。
まぁ、ここで言うファンタジー要素は、主にアクションシーンでの意味不バトルを指すことが大半なので、よくあるゴブリンとかエルフとかは、一切登場しないのだが。
そういう人外存在は、ぜんぶ動く死体に集約されている。
ともあれ、鳳・玉瑛という人間を中心に考えれば、ほとんどの人間が宮殿で巻き起こる陰謀ドラマに目を引かれているはずだ。
そういう意味では、『꧁ 氷壺秋月・雪魄氷姿 ꧂』は架空の歴史物として、非常に優れた人間ドラマだと言える。
クセの強いキャラクターが、五十話もある長大なストーリーで、七転び八起き顔芸連発する様は、見ていて大変おもしろかった。
──今にして思うと、完全に他人事だったから笑っていられたんだなぁ……と反省する。
「殿下ああァァァァッ! ご無事ですかッ、殿下ああァァァァッ!!」
「ヒィィィィィィィィィィィィッ!!」
刺客に襲われた翌日の昼である。
宮中の自室で、俺がひとり書を嗜んでいると、バタンッ! と大きい音を立てて、突然オークが侵入して来た。
オークというのは、尋常でない醜さを誇るバケモノのことで、脂ぎった肌とブヨブヨにのたうつ脂肪を纏った、人には決して救えない悲しい生き物だ。
ハゲ散らかったススキ頭と、老いさらばえ尚テカテカに光る粘つき顔は、正直に言ってかなり汚らしい。
俺はあまりの恐ろしさで、「ギャッ!」と震え上がった。
しかし、オークはそのまま下卑た眼差しで勢いよく俺の足元に跪く。
おかしい。俺はオークの知り合いなどいない。
不審に思ってよく見ると、それは、どうやらこの国の丞相、
「殿下ァァ……殿下ァァ……!
昨晩は不遜にも刺客に襲われたそうですなぁ!?
大事ないでしょうかァァ!?」
「お、おおぅ。天萬丞相、頭を上げてくれ。心配には及ばない。俺はこの通り、ほら、何の怪我も負ってないぞ」
「おおッ! おおッ! それは誠に、誠に! この天萬、安心しましたァァァァ……!
殿下はこの鳳国の大事なお世継ぎ!
何かあっては、大変なことですからなァァ……!」
ニチャァァ……!
と、オークもとい天萬丞相はいやらしく微笑む。
相変わらず、凄まじく醜い。
どれくらい醜いかと言うと、薄い本のキモデブハゲオヤジくらい受け付けない醜さだ。
この世界にオークなんて生き物はいないのに、ついついオークと錯覚してしまう。
そして、常にこの高血圧な喋り方。クセというかアク。アクが強すぎて、繊細な人間なら秒で卒倒しかねない。
どうやら、俺が昨夜、刺客に襲われたのを知って、心配から真っ先に駆けつけたような風体だが……コイツばかりは別に、来なくていいと思う。
なんというか、SAN値がゴリゴリ削れるのだ。
というのも……
「ウッ、フフフ……殿下は今日も誠! 雪のようにお美しいですなァァァァ……!
肌もスベスベツルツルで、ああっ、本当に食べちゃいたいぐらい可愛らしいですぞォォ……じゅるじゅる!
う〜ん、そうだッ! おみ足、舐めてもよろしいですかな?」
「死ね」
「ハゥアッ! その眼差しがまた至福ッ! この世のどんな宝にも勝る至上の法悦ですッッ!!
さすがですね、殿下! この天萬、ますます忠誠を捧げたくなりましたぞ……!」
そう言って、天萬はムフフフ笑いながら姿勢を正す。
このように、蠍・天萬は最悪のショタコンだ。ぺドフィリアでもある。
歴史上の偉人が、ときに倒錯した性的嗜好を持つように、天萬というクリーチャーもまた同様の性癖を持っていた。
先ほど、『꧁ 氷壺秋月・雪魄氷姿 ꧂』の魅力の一つに、サラッと変態というのを挙げたが、これで分かっただろう。
目の前の男の正体、それこそが変態だ。本当に死ねばいいのに。
──しかし、
「ときに殿下……私の差し上げた護衛は役に立ちましたかな?」
「……ああ、昨夜もそれで助かったよ」
「それはよろしゅうございましたッッ!」
蠍・天萬は大帝国“鳳国”の右丞相。
すなわちそれは、この国の内政をほとんど牛耳っている怪物であることを意味する。
俺は生き残るため、コイツと手を結んでいた。
地位薄弱にして、頼れるべき臣下を持たない異形の皇子。
暗殺が日常茶飯事となっている宮中で、一番の有力者に守ってもらえれば、少しは安心できるからな。
昨夜の世紀末モブもどきたちも、宮中を逃げ回っている内に何とか倒してもらった。
そのために、もちろん、俺はきちんとメリットも提示している。
「にしても……いやはや、本当に大事なくて安心しましたぞ、殿下ァァッ!
もしッ、殿下の身にかすり傷のひとつでもついていれば!
我が最愛の愛娘、
「婚約者殿は、息災か?」
「ええッ! 我が娘ながら、実に美しく健やかに成長しておりますともォォ……!」
天萬は上機嫌に笑う。
……そう。そうなのだ。コイツ、こんなに醜いのに既婚者なのだ。
そしてどういうワケか、小児性愛のクズの分際で、一端に子まで設けてやがる!
しかも、前に一度だけ、奥方を目にしたことがあるのだが、相当な美人だった。
まったく、美女と野獣どころの話じゃない。
大方、クソッタレな手段でムリヤリ婚姻関係を結んだに違いないが、とんでもねぇド畜生だ。
そんな天萬には、今年でちょうど十歳という、俺と同い年の娘がいた。
言うまでもなく原作に登場する人物である。
ポジションとしては、極悪一族に生まれた若き悪の華、と言ったところだろうか。
天萬をもしも悪の首魁とするならば、娘の麗薇は生粋の悪女。悪役のご令嬢だ。
女官をイジメる。他の妃候補を死に追いやる。
そういうヒデェ悪事を働く、マジモンの悪女。
幸い、容姿的には母親に似て美しい。そこだけは、本当に良かったと心から思う。
それはさておき。
直接会ったことはまだ無いが、後々の課題筆頭となることだけは間違いない相手。
蠍家に頼らなくても生きていける力さえつけば、なるべく早めに、婚約を解消したいところだった。
……まぁ、何にせよ、天萬の娘とは思えないほど美しいのは確かである。
それだけに、惜しい気持ちも無いでもない。
が、蠍家はすでに、天萬を代表に山ほどの悪事を働いている。
将来的に国を正す時、粛清は避けられない。
それこそ、一族郎党に至るまで皆殺しにするしかないだろう。
そう思うと、あまり深い仲にはならないでおくのが得策だった。
あ〜、もったいね〜!
「……ところで!」
俺が物思いに耽っていると、天萬がバチンッ! と手を合わせて言った。
だからいちいち怖いねん、オマエは〜〜!
「ど、どうした、右丞相」
「天萬とお呼びください」
「どうした、右丞相」
「天萬、ですぞ!」
「どうした、右丞相」
「……むぅッ! なんと強情な! しかし、そこがまたイイッ!
──いえ、そう大したことではないのですがねェェッ?
殿下は昨夜! 私の差し上げた護衛で辛くも命を助けたワケですがッ、殿下ご自身は、鍛錬などされたりしないのでッ?」
「なんだ、俺が力をつけてもいいのか?」
「ぷッ──失礼!
たしかに、殿下に強くなられると後々困りそうですが、しかし最低限の自衛能力は持ってもらいたいと思いましてなァァ……!
近頃は刺客の腕も日増しに上がっていく一方ですし、殿下に万一死なれでもしたら、いったい何のためのお守りなのか……天萬、分からなくなりそうなので!」
「素直に語りすぎだろ」
両者に隔絶した力の開きがあるからこその赤裸々トークだった。
天萬からすれば、俺と娘の婚約など策の一つに過ぎない。
将来的に俺を傀儡とし、自らは帝の養父というポジションに着いて、鳳国のすべてを意のままにしようという目論見だ。
だが、それは別に俺に固執する必要のない策でもある。
なにせ、現皇帝である鳳皇は存命で、絶賛傀儡生活を満喫中なワケだし。
新しく子でもこさえさせれば、わざわざ銀髪銀瞳のガキに娘をくれてやる必要はどこにも無い。
──なのに、俺にこうして護衛を貸し与えたり協力するのは、たぶんだけど、単なる気まぐれだろう……
如何に最悪のショタコンとはいえ、さすがにそれだけで俺との取引に応じたとは思えない。
てか、思いたくない。
なんかそのうち、マジでカラダを差し出す必要が出てきそうで怖いから……
そういう意味だと、たしかに鍛錬のひとつも必要と思える。
(でもなー、この世界の鍛錬ってアレでしょー?
気とかいう意味不明なエネルギーが不可欠なんでしょー?
俺にできるかなー?)
背に腹はかえられないのでやるが。
「じゃあ……まぁ、なんかいい感じの腕の指南役でもいたら、よろしく頼む」
「御意に!」
プリーズ高評価!