中華風ファンタジー大河ドラマ的世界で皇太子なんだが後宮薬漬け傀儡エンドは嫌すぎる   作:独活ノ苔玉

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師匠キャラのお約束〜


爽やかな暴力

 

 

 

 武侠小説とよばれるジャンルがある。

 

 武術を身につけ、義理を重んじ、己が正義と定める信条に従って、ひたすらに悪を挫いていくといった、一種の勧善懲悪ものと言えば分かりやすいだろうか。

 主人公は何らかの武術に長けた達人であることが必須で、大抵は町娘をかどわかす悪漢を退治したり、非道な酷吏を懲らしめるような展開が多く、ひとたびバトルとなればスピーディなアクション描写が読者を熱中させる。

 要は、最高に強ぇヤツが最高にカッケーところをスパッと華麗に見せるのが、武侠小説の醍醐味だと俺は思っている。

 

 氷雪姿──『꧁ 氷壺秋月・雪魄氷姿 ꧂』の略称──では、そういった武侠要素も盛大に盛り込まれ、武人として登場する人物は、だいたい何らかの武術を得意としていた。

 

 主人公である鳳・玉瑛も当然そのひとり。

 

 記憶の中にある映像では、剣と弓の使い手として、たくさんのゾンビを屠る鮮烈な姿が残っている。

 しかし……

 

 

「──ダメダメですね、玉瑛様」

 

「チキショーッ! 分かるかッ、こんなんッ!」

 

 

 天萬から送られた武術指南の達人、(ソウ)空燕(クウエン)の呆れた溜め息が耳朶へ届く。

 俺は訓練用の木剣を地面に突き立て、ウガー! と叫んだ。

 そもそもの話、

 

 

「気功って何だよ!」

 

「ですから、気功というのは世界に巡る『気』を操り、体内にもともと存在している陽気と陰気のバランスを上手いこと調節することで、通常の数倍から数十倍の生命力、回復力を得られる術のことですよ」

 

「曖昧! 曖昧! まずその気が分からねぇって!」

 

「……そんな、気が、分からない……?」

 

「おうっ!」

 

「玉瑛様は、才能がありませんね」

 

「キィィィィィィィ──ッ!!」

 

 

 哀れみの目線とともに、空燕は何の躊躇もなく断言した。

 仮にも皇族、仮にも皇子、雇われ者のクセして相当な口の利き方だった。

 事実だとしても、もっと、こう……なんというか、手心のある発言はできないのだろうか。

 正論は人を傷つけるとよく言われるが、真実だって、ときに人を傷つけるのに。

 

 一見して優男じみた風貌の長髪剣士。

 

 涼し気な顔立ちで、名前の通り蒼い空のような衣を纏った武侠──蒼・空燕は、実に直截的な物言いをするヤツだった。

 

 

(俺、コイツ、知ってる)

 

 

 男のフリをしているが、本当は女なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 ──蒼・空燕。

 

 真の名は、妃燕(ヒエン)といい、元は武家の子女だったという背景を持つキャラクターだ。

 幼いときに一家が離散し、以降は男のフリをしながら、一族に伝わる剣術を頼りに用心棒稼業をこなし、悪党ひしめく鳳国各地を練り歩くという……言うなれば、公式お墨付きの強キャラである。

 

 そして、氷雪姿においては、主人公である玉瑛の二人の師──すなわち、剣と弓の内の片方を担当した女傑。

 

 燕のように素早い身のこなし、空を舞い飛ぶがごとき閃光の太刀筋。

 舞踊を思わせる軽快な動きに、燕すら捉えると形容される剣速。

 原作において、玉瑛が空燕から学んだところはかなり多いとされていた。

 

 ……なお、氷雪姿は主人公が成人──二十二の歳を迎える頃を開幕とするため、俺はこの時期──十代のことについてはほとんど分からない。

 

 ただ、師匠がいたなら、そろそろ会うのかもしれないなぁ、とは思っていた。

 それがまさか、天萬(オーク)の紹介だとは思ってもいなかったけれど。

 

 

「先生! 先生! 先生はさぁ、どうして俺の剣術指南役なんかを引き受けたの?」

 

「う〜ん、ぶっちゃけ、借金の返済のためですねー。

 賭場でカモられ、危うく何もかも奪われそうだったところを、たまたま蠍家の方に助けていただきまして。

 剣の腕を見せたところ、あれよあれよと言う間に玉瑛様の剣術指南役ということになっていました」

 

「……へ、へ〜!」

 

 

 ヤベェ、詳しくは分からねぇけど、徹頭徹尾、仕組まれた流れにしか思えねぇ……!

 俺は「フゥッ!」と冷や汗を拭いながら、なんとか曖昧な笑顔でその場を流した。

 ま、まぁ、どこからどこまで天萬の掌の上かは知らないが、俺としては護衛に頼らずとも刺客を倒せるくらいに強くなりたいだけだ。

 なんだか天萬の思惑に乗るようで凄まじく居心地が悪いが、ここは素直に剣術を修めたいところ。

 それに空燕先生、よく見るとかなりの美人だし。氷雪姿じゃ珍しいサッパリとした善人だし。

 俺が「カァーッ、癒されるゥ!」と密かに和んでいると、

 

 

「……それにしても、気が分からないというのは困りましたね。本当に、ちっとも分からないんですか?」

 

 

 空燕先生は困った顔で聞いてきた。

 しかし、分からないものは分からない。

 陽気とか陰気とか言われても、パリピかそうじゃないか、そのくらいの違いしか俺には思い浮かばないのだ。

 素直にそう答える。

 すると、

 

 

「おかしいですねぇ、当代の鳳皇はかなりの使い手だと聞きましたが。

 息子である貴方にも、半分は同じ血が流れているのですし、才能はあるはずでは?」

 

「いや、見ての通り母親似なもので」

 

「噂に聞く白銀姫、ですか。

 いや、しかし、この国の皇族なら、たとえ混血であっても並外れた気量を持っているはず……なんかこう、生まれた時から感じる、ポワポワッとしたものとか……ありません?」

 

「なるほど、ポワポワッ! ですか」

 

 

 かわいい、と思いながら目蓋を閉じて全身の神経に意識を集中させる。

 

 

「──うん、分かりません!」

 

「そうですか。じゃあ、もしかすると、(ゲート)が閉じているのかもしれませんね──こじ開けてみましょう」

 

「え?」

 

 

 (ゲート)って、なんぞ?

 そう問い返そうとした刹那、空燕先生は目にも留まらぬ速度の掌底で、俺を殴った。

 

 

「グヘェ────ッ!?」

 

「荒療治です。大丈夫、死中に活あり!

 人間、死にそうな目に遭えば、不思議と第六感だったり真の力に目覚めたりするものですから!」

 

(いやそんなワケあるかァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ──ッッ!!)

 

 

 反論したかったが、突然のバイオレンスに頭が追いつかない。

 空燕先生は年端もいかない子どもを殴ったというのに、妙に爽やかな笑顔を浮かべて謎の理論を振りかざしている。

 ……や、やばい。まさか、この人──!?

 

 

「安心してください、玉瑛様。

 多少不自然な成り行きではありましたが、これは仕事。そう、久しぶりに安定した仕事です。

 私は仕事に手を抜きません──一度引き受けた以上、必ず貴方を一人前の剣士にしてみせます」

 

(ス、スパルタだああァァァァァァァァァァァァァ──ッ!!)

 

 

 別名、アマゾネス。

 スパルタ属スパルタ科スパルタ目に分類される、現代日本では死滅しつつある体育会系根性論者教師。

 無駄に熱い責任感と、周囲を振り回す強引なエネルギーを持った環境迷惑型生命体だ。

 美人でもこれはムリ。

 

 ──逃げよう。

 

 俺は前世での経験から、即座に「あ、これダメなヤツだわ」と直観し、吹き飛ばされた勢いを利用してそのまま逃亡を図った。

 

 

「おっと。どこへ行くんです?」

 

 

 しかし、玉瑛は回り込まれてしまった!

 大魔王からは逃げられない。

 なるほど、どうやら俺は天萬にハメられたらしい。

 

 

(あんのドグサレオーク…………ッ!!)

 

 

 さては稽古中の不慮の事故だとでも言って、いつでも俺を始末できると暗に告げたつもりか。

 それともあるいは、痛みに呻く俺をどこからか観察し、気色悪い愉悦に浸ってでもいるのか。

 もしや、あの刺客も、ヤツ自身が送り込んだんじゃないだろうな……!?

 

 

 ──殿下のお膝ぺろぺろっ! 美少年の擦りむいた膝小僧からでしか摂取できない栄養がこの世にはあるのですよォォ……ッ!

 

 

 イマジナリー・天萬が腹の立つ顔でほざく。

 

 

「な、舐めんなよ……? 上等だゴルァッ、やったらァァァァ……ッ!!」

 

「! 素晴らしいッ、その意気です! 玉瑛様!」

 

 

 ──このあと、めちゃくちゃ鍛錬した。

 気も分かるようになった。なんでや!

 

 







(ゲート)っていうのはアレです。
ガスの元栓みたいなものです。

プリーズ高評価!



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