中華風ファンタジー大河ドラマ的世界で皇太子なんだが後宮薬漬け傀儡エンドは嫌すぎる   作:独活ノ苔玉

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悪役令嬢(悪女)ですわ〜!


宮中さんぽ

 

 

 

 世に聖王現る時、鳳鳴いて天光地に満つ。

 鳳は瑞鳥なり、霊泉より来たる不死の仙鳥なり。

 聖なる王は国を富ませ、民を肥沃(ふと)らせ、必ずや繁栄をもたらす者なり──。

 

 大帝国“鳳国”に伝わる、建国初期の碑文である。

 

 鳳、鳳凰、フェニックス。

 呼び名はいろいろあるが、要はおめでたい鳥のことだ。

 国の創設にあたり、なんかそれっぽい伝説がセットになるのは、古今東西珍しくもないありふれた話。

 だから氷雪姿の大舞台、鳳国でも、鳳という伝説上の鳥が、時の帝──権力者の地位を確立するのに、昔からめちゃくちゃ便利に使われていた。

 

 鳳国の皇帝、鳳皇は、言うなれば鳳に保証された光の聖王。

 

 となれば、皇族は聖なる王の血を継ぐ特別な人間であり、この時代、民は半ば現人神のように帝室を崇めていた──少なくとも、崇めることを当然とする風土で生きている。

 なので、下賎の身分。

 仮に百姓や奴隷が、もしも貴士族の反感を買えば、無礼討ちというのが何の比喩でもなく、普通に行われるのだった。

 現人神に仕え、国のために働き、聖王とともに(まつりごと)を執り行う者が、単なる労働者階級に比べて偉くないはずはない。

 理屈としてはだいたいそんな感じで、人間はまぁ、環境によって簡単に堕落するから、権力を笠に着て圧政の限りを尽くす地方領主もそりゃ多いのである。

 帝都に足を運んだことなど一度も無いような下級文官でさえ、増長して傲慢になることしばしばらしい。

 

 で、そうなってくると、じゃあ正真正銘本物の特権階級、皇族に近しい人間たちはどうなるの? て考えるじゃん?

 

 

「──穢らわしい卑賎の混ざり物が。よくもまだ宮中にいられるものね」

 

「綺蝶様の前で、なんと厚かましい!」

 

「陛下はなぜ、あんな者をいつまでも皇子の身分にしておくのでしょう……」

 

 

(クゥ〜〜! 塩辛ェェ〜〜ッ!!)

 

 

 答えはこんな感じ。

 廊下を通り過ぎたり、ちょっと視界に入っただけで、その度に俺は唾を吐く勢いで罵られる。

 特に、後宮の貴妃や皇后に直接仕えている侍女たちからは、「ちょ、おまっ、それライン超えちゃってっからね?」と思うくらい蛇蝎のごとく嫌われていた。

 

 高級娼婦だった母、白銀姫。

 

 名は白、ただの白と云い、国を傾けると謳われた絶世の美貌、男を蕩かす妖艶。

 かつて国で一番の妓女と噂され、哀れにも鳳皇に見初められることになり、一度入れば二度と脱出不能の後宮へブチ込まれた悲劇の人。

 

 そして故人。

 

 俺を産んだ夜、原因不明の火災で命を落とした女性だ。

 鳳・玉瑛は彼女の血を引く子どもであり、由緒正しい家の正当な貴妃たち、正室たる皇后らの立場からすれば……なるほど。お察しの忘れ形見と言えるだろう。

 

 げに恐ろしきは女の嫉妬!

 

 

(後宮? ハーレム? なーんも嬉しくないねッ、こんなん!)

 

 

 クソよ、クソクソ!

 まったく、醜いったらありゃしないわ!

 ワタクシがいくらお母様ゆずりのビューティーフェイスだからって、ホント、嫉妬で暗殺者を送り込むとか、やめてちょうだいよねっ! 死ぬから!

 冗談でもなんでもなく、本気で勘弁して欲しいのだわ! ぷんぷん!

 

 俺はキッ! と心の中で睨みつけ、そそくさと逃げる。

 

 たかが侍女ごときに絡んだところで何の利益にもならない。

 波風起こしたところで要らぬ騒ぎが起こるだけ。

 表向き、というか、暗黙の内?

 どちらにせよ、俺は天萬の庇護下に入ったことになってはいるが、後宮の方々からすれば、天萬など所詮はキモデブハゲのブサイクである。

 女性からすれば生理的に受け付けず、気持ち悪くて仕方ないだろうし、俺を害することで天萬まで困らせられれば、まさに一石二鳥。

 いずれ自分が子を孕んだときのため、皇太子の席を率先して空けておこうと思っていてもおかしくない。

 というか、もし俺が後宮勢力だったら間違いなくそうしている。

 なぜって? だって天萬、アイツはあまりにキモすぎるからな! アイツに目をかけられてる(表向きはそう見える)俺も、そりゃ一緒くたに嫌われるだろうさ! もとから好感情などゼロだろうし。

 

 

(……しかし、後宮、後宮……綺蝶様、ねぇ)

 

 

 宮殿の廊下をテクテク歩きながら、俺はどうしたものかと考える。

 時刻は昼、穏やかな蝉時雨。

 皇位継承権第一位の皇子といえど、鳳皇は健在で未だ子を成すのにも支障ない年齢。

 対して、俺はいつ消え去るかも分からない死にかけの蛍みたいなもの。

 一日の内、最低限の勉強と鍛錬しか求められない。

 ゆえに、剣術も弓術もとりわけ予定の無い日は、このようにして宮中を散策がてら探索して回っていた。

 

 なにしろ、宮中は広い。

 

 広すぎて、どこに何があって誰がいるのか、いちいち覚えるのも一苦労だ。

 万が一の時に備えて、いざという時の脱出経路や、変装用の服の在処を抑えておく目的もある。

 厨房近くに行けば、家畜番などの小屋もあるし、テキトーな服をかっぱらって髪を隠せば、早々に俺とは分かるまい。

 将来、もし革命軍が入り込んできたりした時に、皇族は真っ先に狙われるだろうからな。下人に扮する努力は今のうちからしておかないと。

 

 ただでさえ、日常的に命を狙われているのだ。

 

 黒頭巾を被った謎の暗殺者の正体も、あれから一月が経つというのに、依然、(よう)として知れないまま。

 一応、糸を引いている黒幕として、現状で最も有り得そうだと考えられるのは、先ほども名前が上がっていた綺蝶という女だ。

 

 ──(ヨウ)綺蝶(キチョウ)

 

 後宮の三貴妃の一人であり、皇后に次いで高い地位を誇る三人の寵姫がうち一人。

 榛摺(はりずり)色の綺麗な髪を持ち、楚々とした立ち振る舞いや、上品で穏やかな人となりから、後宮随一の癒し系美女だと聞いている。

 記憶にある原作のドラマでも、結構キレイな女優さんが演じていたはずだ。

 だが……

 

 

(そういう人ほど、一度闇堕ちするとスゲー速さで暗黒面に落ちていくんだよな〜〜!)

 

 

 しかも、楊・綺蝶には白銀姫が後宮入りしたのと同時期、流産の直後だったという設定がある。

 女性としては相当なショックだったに違いない。男だって気が動転する。

 だってのに、あのバカゴリラこと鳳皇は、そんな時期に妓楼に行って娼婦である母を後宮に連れ込んだのだ。

 なんとお腹には、俺まで孕ませた状態で!

 悪い時期に悪い出来事。弱り目に祟り目。泣きっ面に蜂。

 つまり、

 

 

(チクショウ〜〜! もうなんもかんも、ゴリラが悪ぃよォ〜〜! 死ねよアイツゥ〜〜!)

 

 

 もしこの推測が正しければ、楊・綺蝶は俺だけでなく、母、白銀姫まで殺害に至った黒幕の可能性が高い。

 推測、可能性と言うのは、俺が肝心な部分をまったく覚えていないからだ。

 自分でも悔しくて悔しくてたまらないが、クールな剣戟アクションシーンや、壮大なオーケストラ演出、CGをフル活用したゾンビ軍団などの光景(シーン)はいくらでも思い出せるのに、ネチネチドロドロした部分は虫食い状態でほとんど忘れてしまっている。

 

 

(仕方ないじゃないか! だって男の子なんだもの!)

 

 

 そういう宮廷ドラマや陰謀劇は、どちらかというと女性ファンの方がしっかり見てるよね。

 俺はどちらかというと、恋愛要素はそれほど興味がなく、血湧き肉躍る武侠アクションだとか、誰が死ぬか油断できない衝撃的な展開に目を惹かれたクチだから……

 

 後悔先に立たず。

 

 こんなことなら、しっかり宮中の人間関係を抑えておけばよかった。

 今からでも、できるかなぁ?

 

 と、俺が白目を剥きつつ歩いている時──

 

 

 

 

「この無礼者っ! 私を誰だと思っているのっ!?

 誉れ高くもこの国の右丞相っ、蠍・天萬を父に持ち、皇太子であらせられる鳳・玉瑛さまの婚約者っ!

 ──未来の皇后、蠍・麗薇と知っての狼藉なのかしらっ!?」

 

「ヒッ、ヒィィッ! お許しをッ、どうかお許しください、お嬢様──ッ!」

 

「このっ! このこのっ! 誰かっ、鞭を持って来なさいっ!」

 

 

 

 

(……え、えぇ──!?)

 

 

 あまりのトンデモ展開に、俺は自分が気絶するかと思った。

 蠍・麗薇。天萬の娘。婚約者。

 どうせちっこくてもヤベェ性格したイカれたクソガキだと思っていたが、ウソだろ? ここまでかよ!

 

 

(よりにもよって宮中で、そんな大声で喚き散らすのやめて────ッ!?)

 

 

 どこに耳があり目があるかも分からないのに、未来の皇后とか、婚約者だとか、迂闊な発言しないでくれますぅ……!?

 余計な反感と憎しみをますます買いかねない。

 これ以上ヘイトは要りませんのに! ンもうっ! 玉瑛、やんなっちゃう!

 

 なんとかせねば……なんとかせねば……

 

 俺はアワワと狼狽え、覚悟を決めると、目をカッ開いて全力で疾走した。

 

 

 

 

 







プリーズ高評価!


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