中華風ファンタジー大河ドラマ的世界で皇太子なんだが後宮薬漬け傀儡エンドは嫌すぎる   作:独活ノ苔玉

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すれ違い要素ですわ〜!


麗しき薔薇には棘

 

 

 

 (カツ)麗薇(レイラ)にとって、世界は自分を中心に回っているも同然だった。

 物心ついた時から、自分は他の誰よりも優れた存在だと確信していたし、生まれつき自分が絶対の勝利者であることを疑ったことがない。

 

 父は国の右丞相、母はもとは大貴族の麗人。

 

 貴種の両親のもとに生まれ、更なる貴種として生まれた麗薇は、まさに神に選ばれたとしか思えない最高の貴人に他ならなかった。

 

 麗薇を前にすれば、誰もが頭を垂れて跪く。

 

 男も女も、麗薇より遥かに大きくて年上でも、ほんのちょっと声を荒げれば、たちまち慌てふためいて、地に額を擦り付けてまで許しを乞うのだ。

 使用人、召使い、下男に下女。

 まさに、世界は意のままに形を変える砂糖細工のようなものだった。

 触れれば簡単に砕け、舌の上に転がせば、さらりと溶けるお菓子も同然。

 人の上に立つことの当然、自らが圧倒的な使う側である愉楽。

 未だ幼きゆえに明確な語彙で自覚はせずとも、麗薇はナチュラルに高慢且つ嗜虐的な少女だった。

 

 当人自身の、人並外れた美しさもまた、原因の一つではあろう。

 

 烏の濡れ羽色の髪、しなやかな手足、桜色の唇、小さな顔。

 目はパッチリとつぶらに光り、長いまつ毛、華奢な体格、可憐を体現した花のごとき容姿が高貴の証。

 たとえ子どもでも、一目で将来の傾国だと悟らせずにはいられない。

 他者とは違う恵まれた容姿から、麗薇は自尊心も人並外れた高さだった──だが。

 

 

「見よ、麗薇……()()がオマエの婚約者だァァ……ッ!」

 

「────お父様。あの方、が……?」

 

「ああッ、そうだよォォ!?

 見るがいい、ほらッ! なんてお美しいお方だろうねェェッ!?」

 

「────うん。すごく、キレイ……!」

 

 

 ある日のことだった。

 父に連れられ、初めて宮中に参上した日。

 いずれこの国のすべてがオマエのものになると聞かされながら、麗薇は初めて、自分より綺麗な(優れた)人間を目にした。

 

 皇太子──鳳・玉瑛。

 

 秋の夜の月光を束ねたような絹糸の髪。

 眼窩には上等な玻璃がキラキラと輝いて、白皙の肌、それはまるで雪の結晶のよう。

 遠目からチラと眺めただけ。

 本人は何処かつまらなそうに、伴も連れずひとりで宮中を歩いていた。

 

 けれど、彼はただそこにいただけで、アッサリ世界を変えていた。

 

 幻想的で神秘的。

 彼の立っている場所こそは、季節を問わず、いつまでも変わらない銀世界。

 ……嫉妬や反感を覚える暇なんてあるワケが無かった。

 それほどに麗薇は一瞬で心を奪われ……人生で初めて、無条件に敗北を認めてしまっていた。

 

 恋。

 

 自分でも驚きの感覚に、思わず呆然となる麗薇。

 父はそんな娘に、相変わらず「あれを手に入れれば」「私こそが帝国の」などペラペラまくし立てていたが、正直言ってどうでもよかった。

 麗薇にとって、重要だったのはたったひとつだけ。

 

 すなわち、

 

 

(鳳・玉瑛は、蠍・麗薇の夫となる)

 

 

 婚約者。結婚。愛し合う二人。

 この地上で唯一、自分を見事屈服させてみせた男性に、麗薇は執着を開始する。

 ──そう、何もかも、すべてはその日を切っ掛けとし変わったのだ。

 

 

 

 

 

 

(……だというのにッ)

 

 

 その日、久しぶりに麗薇が宮中に参上すると、あちこちから不愉快な声を聞いた。

 

 父の指示で、後宮の有力者に顔を見せておく用事。

 いずれ皇后となるのが確定している麗薇だが、幼いうちに自身の庭を見知っておくのも悪くないと。

 それに、宮中に行けば、もしかしたら彼のお方とバッタリ出会えるかもしれない。

 

 様々な思惑から、麗薇は楽しみに宮中へやって来た。

 

 だが、

 

 

「まったくっ、けがらわしい淫売の息子」

 

「──そこのオマエ、いま、何と?」

 

「ハっ! こ、これは蠍家のお嬢様──」

 

「黙りなさい。

 ……オマエ、いま、恐れ多くも皇太子殿下に向かって、不遜な口を利いたわね?」

 

「っ! しっ、失礼いたしました。蠍家の方のお耳汚しをしてしまい、誠に申し訳ございませんっ!」

 

「は? オマエ……見たところ侍女のようだけど、死にたいの?」

 

「死っ!?」

 

「皇太子殿下は私の婚約者よ?

 ──いえ、というより、たかが侍女ごときが皇族に向かって何たる不敬……玉瑛様への侮辱は、当然この私への侮辱も同然だわっ!」

 

「ヒッ、ヒィィっ!?」

 

「この無礼者っ! 私を誰だと思っているのっ!?

 誉れ高くもこの国の右丞相っ、蠍・天萬を父に持ち、皇太子であらせられる鳳・玉瑛さまの婚約者っ!

 ──未来の皇后、蠍・麗薇と知っての狼藉なのかしらっ!?」

 

「ヒッ、ヒィィッ! お許しをッ、どうかお許しください、お嬢様──ッ!」

 

「このっ! このこのっ! 誰かっ、鞭を持って来なさいっ!」

 

 

 麗薇は思い上がりも甚だしい下級民を懲らしめようと、厳しい体罰を下そうとした。

 想い人を貶されて、腹の底から煮えくり返るような怒りを覚えない者がいるだろうか?

 供回りに侍女を拘束させ、強制的に膝を床へ着かせる。

 そしてそのまま、麗薇自身の手で何度も平手打ちをした。

 鞭が届くまでの間、何度だって打ってやるつもりだった。

 

 ──しかし。

 

 

 

 

「あまりっ、ふぅ、っ、宮中で、ぜェ、騒ぎを……! ふぅぅっ、起こすものじゃ……ッ! ありません、よ……?」

 

「ぁっ──ぎょ、玉瑛しゃま!?」

 

 

 

 何度目かの振り下ろし。

 思いっきり叩きつけようと大きく振りかぶった右手を、背後から不意に誰かへ掴み止められた。

 驚きから振り返れば、なんとそこには大好きな皇太子がいるではないか!

 しかも、腕を掴まれるほどの至近距離。やばい、カッコイイ。

 麗薇は内心で「ふぇぇっ!?」と硬直してしまった。

 

 

 

 

 ────────────

 ────────

 ────

 ──

 

 

 

 

「ぁっ──ぎょ、玉瑛しゃま!?」

 

 

 赤ら顔の美少女が、完全に恋に蕩けた顔でこちらを見つめてくる。

 つい今しがた、自らが相当なバイオレンスを繰り広げていたのも忘れてしまったように、少女は乙女へ変身していた。

 目の前には、盛大に顔を腫れ上げさせた侍女がひとり。

 痛々しく真っ赤に染まった両頬を、哀れを誘う涙が零れ落ちている。

 それなのに、蠍・麗薇はすっかりその事実を忘却の彼方へ追いやってしまったか、瞳の中に俺を映すや否や、たちまち可憐な童女そのものの顔で狼狽えていた。

 

 

(……こ、怖ぇぇぇぇぇぇぇぇッ!! どういう神経してんだ、コイツ!?)

 

 

 俺は息を切らしながら、改めてその事実に戦慄した。

 蠍・麗薇が鳳・玉瑛に恋をしているのは知っている。

 けれど、今の俺はお世辞にもカッコイイ登場をしたとは思えない。

 どちらかというと、ゼェゼェ死にそうになりながら必死に空気を吸い求める酸欠の犬みたいな登場だったはずだ。なにしろ全力で走ってきたからね、無駄に広い宮中を!

 

 

(だっちゅうに、見ろよこの顔……!)

 

 

 少女マンガなら、さながら顔の周りに色とりどりの花が咲き乱れている()だ。

 理解不能だが、凄まじくトゥンク♡トゥンク♡しちゃってる。ヤバすぎだろ。

 二面性どころの話じゃない。

 こうして実際に、ドラマと同じような狂愛の片鱗を目の当たりにすると、金玉がヒュゥンッ! と勢い良く縮み上がりそうだった。

 ヤンデレというかメンヘラというか、適切な属性が見つからないので、やっぱり悪役令嬢(悪女)と呼ぶしかないのだが、何にせよ、さすがはあの天萬の娘である。

 血の伯爵夫人や武則天とまではいかずとも、幼い内からこの異常性。

 父親はショタコンのオークで、娘はクレイジーな恋愛脳とか。

 やれやれ、親子揃って俺を心から震え上がらせるなんて、蠍家はつくづくタダモノじゃない。

 

 ……が、今はそんなことより、この場をどうにかして収めるのが先決だ。

 

 とりあえず、侍女はさっさと解放してしまおう。

 助けてやるから、どうか恨みに思ってくれるなよ?

 俺は優しい皇太子。麗薇とは違って性格も真っ当。こわくなーい、こわくなーい!

 なので蠍家の息女と婚約関係だとか、頼むから言いふらさないでね? ムリかな? ムリなんだろうなァ……!

 俺はキリキリと痛む胃をさりげに抑え、笑顔を作った。

 

 

「……失礼ながら、蠍・麗薇様ですね?

 俺──あいや、私は鳳・玉瑛と申します」

 

「はいっ! 存じ上げておりますわっ!」

 

「ありがとうございます。

 私も、右丞相から聞き及んでおりまして、麗薇様のことは前々から存じ上げておりました」

 

「麗薇と! 私のことは、ぜひ麗薇とお呼びになられてください!」

 

「……麗羅様」

 

「麗薇です!」

 

「……いえ、麗羅様、さすがに会ったばかりの女性を、いきなり呼び捨てにはできませんよ」

 

「好き!」

 

 

 もしや、天萬よりイカれてるのか?

 

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハハ。

 ──話を戻しますが、宮中ではあまり騒ぎを起こさない方がよいですね、麗薇様」

 

「! まさか、見ていらしたので!?」

 

「ええ、まぁ」

 

「わ、私としたことがっ、なんてお恥ずかしい……勘違いなさらないでくださいね!?

 私、いつもはあんな大きい声をあげたりしませんから!

 はしたない娘だと、どうか思わないでいただけると幸いです……!」

 

「……そ、そうですか。

 いえ、べつに、そこは気にしていないんですけども」

 

「? で、では、騒ぎというのは、いったい……?」

 

 

 少女は本当に分からないと言った顔で首を傾げた。

 ナチュラルボーンサディスティックガール!

 価値観の違いを告げてもロクなことにはならない。

 なので、

 

 

「……ここは宮中ですよ?

 広いとはいえ、我々皇族が息をし暮らす場所です。

 景観のひとつ、音のひとつさえ皇族のもの。それを乱せば──ね?

 私だから良かったですが、我が父、鳳皇の機嫌を損ねれば、麗薇様に罰が下されたかもしれません」

 

「!」

 

 

 ゴリラ、マジオッカナイアル。

 俺がそうそれっぽい主張で述べると、麗薇はカッ! と目を見開いて、途端に口を押さえると、やがてぷるぷる震え出した。

 

 

「で、では、玉瑛様は私の身を案じて……?

 夫が妻を、守ろうとしてくださったのですね……!」

 

「え?」

 

「分かりました! 他ならぬ玉瑛様の忠言、この麗薇、しかと肝に銘じましたわっ! ──ほら、そこの、さっさと行きなさい」

 

「はっ、はいぃぃ……!」

 

 

 ……う、う〜ん、この恋愛脳。

 猛獣が懐いてくるような感慨に襲われる。

 

 

(けど、ヨシ!)

 

 

 俺は現場猫の顔で頷いた。

 騒ぎは静まったし、侍女も無事。

 この様子じゃ、我が婚約者も俺の忠告には()()素直に従うだろう。

 壁に耳あり障子にメアリー。

 いつまでも騒ぎのあった中心地で佇んでいたって仕方がない。

 どうせ噂は避けられないが、一刻も早く立ち去らなければ……

 

 

「そ、それでは、私は剣術の鍛錬がありますので……おさらば!」

 

 

 俺はバッ! と逃走した。

 

 

「ああっ、玉瑛様……!」

 

 

 ……好き。

 背後からはそんな声が聞こえた気がする。

 

 

 

 

 ──

 ────

 ────────

 ────────────

 

 

 

 

 

 

 ──なお、その夜。

 俺の寝所には、案の定、刺客がやって来た。

 また黒頭巾だった。

 

 

「キェェェェイッッ!!」

「おのれ天萬……ッ、仕事しろ、護衛ッ!!」

 

 







ストックが切れましてよ〜
プリーズ高評価ですわ〜!

(優しいネットの世界に感謝、ですわ〜!)

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